3章19話 過去からの尾行
リーシアの告白から七日が経過した。
この間、俺は一日も休むことなくリーシアの住まう屋敷へと足を運んでいる。理由としては、毎日リーシア屋敷を去る前に、リーシアから明日も来て欲しいと強く乞われているからだ。あんまり、ずっとリーシアたちに家に邪魔するのも良くないかと思い、一度勇気を出して断ろうとした事もあった。しかし、その時、リーシアがとても悲しそうにしたため、俺は断りきることができなかった。
念のため、言っておくと、泊ったことは一度も無い。こちらに関しても、二日に一度の頻度で誘われるが、なんとか、断っている。俺にも一線があるのだ。
友人としての関係を維持し続けているつもりだ。実際、一緒に話をしたり、ボードゲームっで遊んだり、美味しいものを食べたりと、健全な感じだ。
まあ、ずるずると毎日通ってるのは良くない気もするので、どこかで、一度リーシア屋敷に通うのを止めたいところだ。リーシアが飽きるのを待つか、それとも頑張って気合を入れてリーシアの頼みを断るか……うーむ、難しそうだ。
そんなことを悩みながらも、本日もまた、俺はリーシア屋敷へと向かっている。
寒空の下、少し早足気味に道を歩く。ここ数日で、どんどんどんどん寒くなっている。一応、以前積もった街の雪はだいぶ減っているので、街の中は少し前よりは活気を感じる。しかし一方で、ヒストガ王国の交通網はまだ回復していない。その上、そろそろ、また大雪が降るのではないかという噂もある。この冬はテチュカの街から離れるのは難しいと考えた方がよさそうだ。
ふと何かが変な気がして辺りを見回す。
うん……?
気のせいか……?
誰かに見られていたような気がしたが……いや、きっと過敏になってるな。ユリアに追われている――本当に追われているかは分からないが、それでもユリアに追われているのではないかという考えが頭の片隅にあるせいで、色々気になってしまうのだろうな。
気を取り直して、テチュカの街を歩いていき、例の貴族街と一般街を分ける内壁にたどり着いた。
貴族街へと繋がる城門を一人で潜る。潜る際には通行手形を衛兵に見せているので、以前のように捕まることはない。
この通行手形は、この七日間で入手した権威アイテムだ。これはルミから貰ったものだ。何でも、偉い人にお願いして発行してもらったらしい。毎度毎度ルミやリーシアに迎えに来てもらう必要がなくなったので、その点では助かることだ。けれど、内心少し不安も感じた。
なぜなら、こういう手形って治安維持にも関わるだろうから、簡単には発行できないはずだ。それを発行させたのだから、何らかの権力・権威が動いたということだ。小市民にすぎない俺としては不安に感じてしまう。というか、発行をお願いしたのがリーシアでなくルミというのも気になる。俺はてっきり、リーシアだけが上流階級的な存在なのかと思っていたのだが……ルミもそうなのだろうか……? いや、単に、リーシアの代わりに事務手続きを全部やってるだけなのかもしれない。貴族と家令みたいな関係だろうか? まあ、それはそれで、ルミは凄い人ということになるが……
おっと、考え事をしていたら、無事リーシア屋敷に着いた。相変わらず立派な屋敷だ。
扉をノックすると、すぐに中からルミの声が響いた。
「ロランさん! おはようございます!」
ルミが扉を開けながら朗らかな笑顔で挨拶を口にする。今日もいつも通り、黒と白の特徴的な二色髪だ。
「おはよう、ルミ。今日もよろしく…………あれ? リーシアは? まだ眠ってるの?」
普段ならリーシアも迎えてくれることが多い。過去七日間で、一度だけリーシアが寝坊してしまったことがあったので、その再来かと思ってしまう。
「えっと、リーシア様は……そのー、ちょっと、急用で……! 作業の方が……」
ルミはそこまで言うと気まずそうに目を伏せた。どうやら、リーシアは忙しいようだ。今までには一度もなかった展開だ。
未だに、リーシアの職業については不明だ。ただ、恐らくだが、工房のようなところが関係しているのだと思う。なぜそう思うかというと、この七日間で何度かルミがいなくなることがあったのだ。その時、「素材を見てくる」とかそんな言葉を言って屋敷から離れて、数時間後に戻ってくる。たぶんだが、離れた工房に行っているのだと思う。ルミはリーシアの弟子らしいので、リーシアの代わりに、仕事に関わることをしていたのだろう。そして、今回は、ついにリーシア自身が行くことになったということだ。
……何となくだが、これって今まで俺と遊んでいた反動だったりするのかもしれない。本当は普段から定期的にリーシアがする仕事があって、でもリーシアが俺と過ごしているから代わりにルミが対応して、それで、どうしても対応できない部分を今回リーシアが対応しに行った、そんな感じじゃないだろうか? なんだか、悪い事をしてしまったような気分になる。
「なるほど……そっか、ごめん、出直した方がいいよね」
正直な話、リーシアがいないのに、俺が屋敷に上がってはルミに迷惑をかけてしまうだろう。リーシアが戻ってからまた来るか、もしくは本日は諦めて翌日来るという流れが良いだろう。
「いえ、いてください! リーシア様が帰って来たときにロランさんがいたら、きっと嬉しいですから……!」
ルミがぐいっと俺の手を掴んだ。そして逃がさないとばかりに屋敷の中へと引っ張る。俺は特に抵抗する気はなかった。しかし、突然の事だったので、足が動かず、それ故、ルミの力に耐えられず引きずられるような形になってしまう。
「お、とっと……」
思わぬ怪力に驚きつつ、何とかバランスを取る。
いや、驚いた。ルミの力はかなり強いな。小柄に見えるが、鍛えているのだろうか?
「あ! ご、ごめんなさい、ロランさん……つい……」
ルミは少し気まずそうに謝罪した。
「あ、いや、全然大丈夫。ええっと、じゃあ、お邪魔しちゃってもいいかな?」
「はい! 暖炉の火は入れてありますから、くつろいじゃって下さいっ!」
ルミに案内され、暖炉のある広間へと案内される。いつもはリーシアがちょこんとソファーに座っているが、今日はそれがないので、少しだけ寂しく感じてしまう。
俺は定位置になりつつある暖炉の近くのソファーに座る。ふぅ、温まる~。
暖炉の方に手を向けていると、ソファーが弾む音が聞こえた。ルミが対面のソファーに座ったのだ。そして、にこにことした笑顔で俺の方を見た。
「ロランさん、最近はリーシア様と、どうですか?」
ルミが朗らかな声で問いかけてきた。
「どう、というと……?」
正直な話、三人一緒にいることが多いので、『どう』と聞かれても難しい。ルミも知ってるでしょとしか返せないというか……いや、まあ、たぶん、その、恐らくだが、『リーシアのことを最近どう思っているか?』『恋愛感情を持ち始めたか?』といったニュアンスの質問なのだろう。後者は少し自惚れかな……?
「リーシア様のこと、好きになりましたか……!」
こちらに迫るように、ルミがテーブルに身を乗り出した。
その行動に少々驚きながらも、できるだけ冷静に言葉を作る。
「それは、まあ、友人としてはとても好ましい人だと思うよ。穏やかで、凄く優しくて、それに何だか、自然と人を惹き付ける魅力を持った人だと思う」
じっとこちらを見るルミと目を合わせながら、ゆっくりと言葉を口にしていく。
ルミがごくりと唾を飲んだ。
「こ、恋人としては……?」
期待するような瞳がこちらを捉える。その視線に焼かれそうになりながらも必死に言葉を作る。
「ええっと、それは……前にも言ったけど、今は、まだ心の整理がついてないから、ごめん……」
ルミは俺の言葉を聞くと、しゅんと肩を落とした。それから、へなへなと力を抜きテーブルから離れて、がくりとソファーに座った。
「むー、ダメですか~」
ソファーに背を預けて、だらんとルミは脱力した。しかし、数秒程するとすぐに、脱力を解き、背筋を伸ばして、きりりとした顔でこちらを見た。
「ロランさんにも事情があるみたいですし、それならしょうがないです! 残念ですけど、しょうがないです! 残念ですけど!!」
きりりとした顔で、何度か執念深く、けれどどこか明るい口調で『残念』と繰り返した後、ルミは立ち上がりソファーの後ろにある大きな箱――ボードゲーム入れに手を突っ込んだ。そして、すぐに目的のものを見つけると、それを手にしてソファーに戻って来た。リーシアのように、ゆっくり、ごそごそと探すようなことはしないようだ。
「今日はどれで遊びますか? どれでもいけますよ……!」
テーブルの上には、三人で今まで遊んできたボードゲームが置かれていた。ルミは器用なことに、ひとまとめにして持ってきたようだ。
「それなら……まあ、二人だし、これにする? まだ、ルミとはやってなかったよね」
俺はこちらの世界におけるチェスのようなボードゲームを提案した。
ここ数日、リーシアと何度か遊んでいるゲームだ。ちなみにまだ一度も勝てていない。リーシアが思ったよりも強いのだ。ルミであれば勝てるだろうというわけではないが、偶には別の人ともやってみたいので提案した。
あと、まあ、単純に二人でやるゲームを三人の時には提案しにくいので、このゲームでルミと遊べる状況は、ルミと二人きりというような場合でないと作れない。今は、その珍しい状況になっているので、提案してみたのだ。
「わかりました! やりましょう!」
ルミは元気よく返事をすると、にこにことした表情で盤の上に駒を並べ始めた。俺も自分の分の駒を並べていく。
全ての駒を並び終えて、ルミと向き合う。
「ロランさん……! 負けませんよ……!」
ルミのきりりとした表情からは自信が読み取れた。いつもリーシアに負けてばかりいる俺には勝てると思ったのかもしれない。俺から見るとルミの実力は未知数だが……初勝利目指して頑張るぞ……!