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3章18話 ほのぼのほのぼの


 その後、リーシアは少し名残惜しそうにしながらもカードを回収して、それを束ねたあと、元の大きな箱の中に片付けた。

 なんとなく一段落したような気持ちになり、三人で少し雑談をして、喉が渇き始めたあたりで、ルミが再びハーブティーを淹れてくれた。

 そうして、三人で美味しいハーブティーを飲みながら、まったりと過ごした。

 しばらくそんな時間を楽しんでいたら、ふとルミが朗らかに俺とリーシアに問いかけた。


「リーシア様、ロランさん。夕食は何が良いですか?」


 夕食の内容についてのようだ。

 ふむ。何だろう。正直、ルミの料理なら何でも美味しいと思うが……


「そうね……ルミちゃんのご飯は全部美味しいから…………特にこれっていうのは無いわね……ロランは何かある?」


 どうやらリーシアも同じことを考えていたようだ。


「うーん、実を言うと、リーシアと同じことを考えてて。ルミの料理は本当に美味しいから、正直ご馳走してもらってるだけで十分すぎて、特に何っていうのが出てこなくて……」


「分かりました! 何か良さそうなものが無いか見てきますね」


 そう言ってルミは立ち上がり部屋の外へと向かおうとして、しかし、急に動きを止めると、振り返りこちらを見た。


「あ! ロランさんは苦手な食べ物はありますか?」


 どうやら、細かいところまで配慮してくれるようだ。

 その配慮は大変嬉しいが……どう答えるべきか。


「苦手な食べ物……」


「何でも言ってください!」


 ルミは握りこぶしを作り、どんと来いとばかりの表情をする。

 よし……それならば……!


「苦い野菜は……少し苦手かも」


 好き嫌いは人並みにある方だ。いや、もしかしたら人並み以上にあるかもしれない。


「ピーマンとかですね! それなら大丈夫です! リーシア様も苦手ですから! 他にはありますか?」


「多分、無いと思うよ」


 まあ、細かいことを言うと、味付けが濃すぎたり油が強すぎたりするのは、あまり得意ではない。けれど、今までのルミの料理から考えてそういった料理にはならないだろう。


「わかりました! それじゃあ行ってきますね!」


 そう言って今度こそルミは食材調達へと旅立った。

 嵐のようにルミが去り、少しばかりの静寂が広間に訪れる。十数秒ほどその感覚を味わったところで、リーシアが小さく声を漏らした。


「ロラン、あのね……違うの……」


 明るく長い髪を緊張で震わせながらリーシアはこちらを見た。


「えっと……?」


「ピーマンが食べれないわけじゃないの……ただ、ちょっと、食べたくない時があるの……」


 リーシアの深刻そうな顔で呟いた。

 なるほど……


「そうなの? 俺は結構苦手だから、実を言うと食べないときの方が多いかな。まあ、どうしてもって時は頑張って食べるけど、でも、食べなくていい時なら苦手なものをわざわざ頑張って食べたりはしないと思う」


 今俺が口にした言葉の半分はリーシアを安心させるようという思いから来ているが、もう半分は本当に自分の意見としての言葉だ。

 何と言えばいいのだろか、苦手に向き合うコストに釣り合わないと思うのだ。勿論、餓死寸前でピーマンしかないという状況なら普通に食べるだろう。ただ、元の世界にいたときも、そしてこちらの世界に来てからも、そこまで食事に困ったことがない。なので、好きな物を基本的に食べているし、それでいいと思っている。

 この辺の考え方は単に俺が恵まれた環境にいたからだとは思ってはいる。けれど、それはきっとリーシアも同じだろう。彼女の醸し出す雰囲気や、今までの会話内容から彼女は上級階級、ないし準上級階級だ。食料に困ることはないだろう。ならば栄養が偏らない範囲で好きな物を食べても問題はないはずだ。

 あ、ちなみに俺も、あんまり好きな物ばかり食べると栄養が偏るので、ある程度意識して特定の分野のものを食べる時もある。


「…………うん、そうよね……食べなくてもいいこともあるわよね…………うん、ありがとう、ロラン」


 リーシアは安心したような表情を浮かべた。ピーマンを避けていたことに罪悪感があったのかもしれない。

 それから何となく会話が途切れて、ルミが淹れてくれたハーブティーを飲んでいると、再びリーシアが立ち上がり、ごそごそと大きな箱を漁り始めた。しばらく、そのごそごそを眺めながらハーブティーを静かに飲んでいると、リーシアが「あった……」と達成感の籠った小さな声を漏らした。そして盤のようなものをテーブルの上に置いて俺の方を見た。


「それは?」


 ゴクリとハーブティーを飲み込み、リーシアに問いかける。


「あのね……これは、二人で遊ぶものよ。ルミちゃんが行っちゃったから……いいかなって思ったの……」


「今から遊ぶ?」


「うん……いつもはルミちゃんと遊ぶんだけど……たまには他の人とも――ううん、ロランと遊びたくて……」


「もちろん、いいよ。今度のはどんなゲーム? 兎を並べてくゲーム?」


 見た感じ、盤があっていかにもボードゲームって感じだ。


「うさぎはいないの……」


 リーシアは寂しそうに呟いた。


「そ、そっか……」


「うん……このゲームは駒を動かして相手の王様を取るゲームよ」


 そういってリーシアは駒を取り出して盤の上に並べ始めた。ふむ……これは……チェスみたいなゲームか?

 ただ、見た感じ、盤のマス目はチェスと違うし、駒の数や形からしても俺の知っている類似ゲーム――チェス、将棋、シャンチー、軍人将棋とも違う気がする。あ、軍人将棋はちょっとジャンル違うか……? まあ、いいか、とにかく、どれとも違うこのゲームは俺の知らないゲームだろう。ただ、一部似たようなルールがあるかもしれない。少し確認してみよう。


「もしかして、駒は複数種類があって、それぞれ動き方があって、逃げる王様を詰めていくタイプのゲーム?」


「……そうよ。どうして分かったの……? ロランもこのゲームを遊んだことがあるの?」


「いや、無いよ。ただ似たようなゲームを遊んだことがあるから、何となく分かったんだ。でも、細かいルールはきっと違うと思うから、教えて貰えると嬉しい」


「分かったわ……まかせて」


 リーシアは自信あり気な表情を浮かべた。どうやら上手く説明できると思っているようだ。俺はふと先程の動物ゲームの際のリーシアの説明を思い出した。少々、意見があったが、それは口に出さずリーシアの説明を聞くことに集中した。

 十数分ほどリーシアの独特の説明を聞き、大まかなルールは把握できた。やはり思った通り、チェスに近いゲームだ。ただ所々ルールが違う。なので、戦略は違っていくだろう。どういった方針で戦うか考えていると、リーシアから、お試しで一度やってみようとなった。


「じゃあ、まあ、初めてなので、お手柔らかに……」


 俺の申し出を聞くと、なぜかリーシアは自身の手を見て、小さく笑った。

 よく意味が分からず、リーシアを見ていると、彼女は俺の視線に気づいたのか、こちらを向き優しい表情を見せた。


「……安心して、優しくするわ」


 そうしてお試しの戦いが始まった。

 リーシアに教えてもらった駒の動きを思い出しながら、一手一手、慎重に慎重を重ねて行動する。

 そうして十数分ほどお互いに相手の駒を倒していき、盤上の駒が半数程度になったころ、玄関から音が聞こえた。ルミが帰ってきたのだ。

 勝負を一度中断しルミを迎えた。

 ルミは諸作業を手早く済ませ、それから広間に来て素早くハーブティーを補充してから、テーブルの上に置かれていた盤を覗き込んだ。


「あっ! やってますね! こっちがリーシア様ですよね」


 そう言ってルミは有利側の王の駒を指差した。


「そうだよ」


 俺が答えると、ルミは一度リーシアの方をちらりと見た後、俺の方を向きぐっと力の入った表情を浮かべた。


「リーシア様は強いですよ……! 私、全然勝てないですから」


 それだけ告げるとルミは台所へと向かった。

 俺とリーシアが顔を見合わせた。そして自然とソファーに座り勝負は再開になった。

 それからさらに十分くらいの時間が経過し、勝敗がついた。

 リーシアの勝ちであった。展開を振り返ると、序盤から少しずつ駒の損失が増えてそのままリーシアに磨り潰された感じだった。

 さっきの動物ゲームは同率一位だったが、今回はそう上手くはいかなかった。ただ、苦し紛れの言葉に聞こえるかもしれないが、練習ということを考えると、よく遊べたと想っている。ルールもだいたい把握できたし、今回の敗北を参考にいくつか戦術のようなものも思いついた。次に期待だ。


「ロラン……楽しかったわ……それに、強かったわ。初めてやる人には思えなかったわ……」


「俺も楽しかったよ。ありがとう。ああ、でも、さっき言ったみたいに似たようなゲームをやったことがあるから、厳密には初めてではないのかも」


「それでも強かったわ……」


「あはは、それはありがとう。次やる時は、リーシアに勝てるくらい……と、言えるまで上手くできるかは分からないけど、それでも、今回よりは拮抗できるように頑張るよ」


「…………うん。えっとね、……ロランは強く……ううん、あのね……良かったら、色々、今の勝負のこと話してもいいかしら……振り返って、その……勝負を振り返って、一手一手の動かし方とか話したりするの。いつも、私もルミちゃんと終わった後に話したりしてて…………ロランも、どうかしら……?」


 ああ、なるほど、感想戦みたいなやつか。あんまり感想戦ってやったことないから興味あるな。実際、いくつか、悩んだ手もあるし、リーシアに聞いてみるか。


「いいね。色々聞いても良い?」


「勿論よ。まかせて……」


 リーシアは得意げな表情をした。今日はよく見る表情だ。リーシアは弱弱しい表情や雰囲気がどちらかと言うと多いし、ちょっと意外に感じるが……ボードゲームが得意なんだろうか? 少なくとも、『ボードゲームが好き』ではありそうだな。インドアな趣味というのは、大人しい彼女の印象を裏切らず、しっくりくる。

 しばらくの間、リーシアと感想戦をしていると、ルミがいつものように配膳ワゴンを押して広間へとやってきた。どうやら、夕食の始まりのようだ。なんというか、我ながら良い身分だな。

 夕食は、当然のように美味しかった。もう何度か食べているが、全然飽きない。大変美味しい料理だ。あ、ちなみにピーマンは料理内に含まれていなかった。俺もリーシアも、にっこりであった。

 いつものように食後のハーブティーを飲んでいると、リーシアが小さく口を開いた。


「…………ロラン、今日は寒いわね」


「そうだね。この暖炉のおかげで、この部屋とても暖かいけど、外はかなり寒いね」


「うん…………これから夜になって、どんどん寒くなるわ。明日の朝もきっと寒いわ……」


 不安そうに、心配そうに、リーシアは俺を見た。


「確かにそんな気がする。寒さに備えて今日は着こんで寝ることになりそうだ」


「………………ロラン、あのね……、その、変な意味じゃないのよ……ただ、その……今日は、泊っていく……? その、寒いから……、部屋も余ってるし……」


 リーシアは顔を真っ赤に染めながら、そんな提案を口にした。午前中にも同じ提案をされたな……

 まあ、俺としても、暖かいところで過ごすことは本当は興味がある。しかし、午前中にも考えた通り、受け入れるのが難しい提案だ。


「それは…………うーん、えっと、気持ちは凄く嬉しいんだけど……ええっと、宿ももう取ってるし……それにお泊りとなると……迷惑もかけちゃうし、いや、まあ、もう既にだいぶ迷惑かけてるけど……」


「迷惑じゃないわ」


 じっとリーシアが俺を見た。押しが強いリーシアだ。珍しい。


「そ、そう? でも、えっと、そうだね……今日は止めておこうかな」


「…………そう」


 リーシアは残念そうに俯いた。

 それから十数秒ほど沈黙が続いた。何だか苦しい気分になる。


「ロラン。明日も来てくれる……?」


 おもむろに話すリーシアが、懇願するようにこちらを見た。

 断れない……!


「も、もちろん……」


「ありがとう……」


 リーシアは複雑な表情で感謝の言葉を口にした。安心しているような、一方でどこか罪悪感を持っているかのような表情だった。俺の心の中が読まれたのかもしれない。


「ま、まあ、その、えっと、さっきのゲーム、負けたままでは終われない気もするし……明日も来るよ、リベンジのためにも……!」


 急いで適当な理由を作り、リーシアに合わせているのではなく自身のためだと、彼女にもそして自分にも言い聞かせるような言葉を放つ。急いでいたせいで、少々理由が突飛になってしまったが、実際、感想戦もしたので、もう一回遊ぶのも良いだろうという気もする。

 しかし一方で、このような生活をずるずると続けてしまっても良いのか、と疑問を感じた。逃走中の身としては、もう少し真面目に大陸東方面へ行く計画を練ったりする必要があると思ったのだ。ちらりとリーシアを見た。俺の言葉が効いたのか、苦しそうな表情が和らいでいた。そのため、今のリーシアの表情からは、安らぎや喜びの感情が強く伝わって来た。

 ふむ……


――まあ、ユリアもしばらくは追って来ないだろうし、少しの間、リーシア屋敷に入り浸っても良いだろう。





 本格的に夜の寒さが来る前にリーシアたちと別れて、宿へと戻った。

 今日一日は、何と言うか、至れり尽くせりの日であった。非常に寒い日に、暖かい暖炉がある部屋で、心地よいソファーやクッションに身を預け、自分のことを好意的に見てくれる少女と遊び、おまけに、大変に美味な料理まで頂ける。冬の厳しさの中とは思えない程、心地よい、まったりとした日だった。

 そして、おそらくだが、明日も同じようになるのだろう。

 凄く良いことで、恵まれている気がするが、同時に、長期的に見れば良いことではないような気がしてしまって――いや、そういう考え方は止めよう。約束したのだし、明日もまたリーシアの元へ行こう。彼女の期待に応えることはきっとできないけれど、それでも、俺が、この街にいる間は、彼女にとっての安らぎの一助になれればと思っている。ちょっと、おこがましいかな?


 この日は、寝るまでの間、なんとなくリーシアのことや、彼女との今後の関係性について考えてしまうのであった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ピーマンが嫌いな人はなぜいるのでしょうか?美味しいのに… また、1日3食あることに気付きました。日本では普通なのでしょうか(私は通常1日2食ですが、イギリスでは3食のほうが一般的です) …
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