3章15話 のんびりほのぼのと
リーシアの告白事件の翌日、俺は約束通り再び立派な屋敷へ来ていた。今日は非常に寒いため、玄関に入っただけで暖かい屋敷のありがたみを感じる。いや本当に寒い。ここ数日の中で一番寒いだろう。雪が降っていた時くらい寒いかもしれない。リーシアによって、いつもの暖炉がある広間に案内される。おぉ……やはりこの部屋はどんな時でも暖かい。今日のような厳しい環境では、より強く素晴らしさを感じる。そういった気持ちが顔に出たからか、リーシアが話しかけてきた。
「ロラン、今日は外も寒いし、ここでのんびりしましょう……」
穏やかな表情で優し気な声音だ。この部屋の暖かさとリーシアの心の温かさがあれば、今日一日は簡単に乗り越えられるだろう。
まあ、本当は、対ユリアに備えて、この都市のことをもっと調べたりしなくてはいけないのだが……いや、昨日リーシアと約束してしまったし、それにこの寒さでは、どうせ上手く活動できないかっただろう。
「そうだね、リーシア。今日は凄く寒いし……誘ってくれてありがとう。宿にいたら、きっと寒くて寒くて、のんびりとはいかなかったよ」
「そうなの……? ロランの泊ってる宿には暖炉はないの?」
「えっと、そうだね……さすがに借りてる部屋には備え付けの暖炉とかはないよ。だから寒くて……一応ロビーには小さな暖炉があるけど、ここにあるやつに比べると出力も小さいし、何より、暖炉のまわりは人気ですぐ人で埋まっちゃうから、そこから暖かさを得るのは難しいね」
「そうだったの……大変ね…………」
リーシアは苦しそうな顔をした。なんだか、とても苦しそうに見える。そんな顔をさせてしまって、なんだか申し訳なく感じる。あと、他人事なのに、そこまで悲しめるなんて……やはり彼女はとても優しいんだろう。あと共感性も強い方なのかもしれない。まあ、俺に好意を抱いているから、というのも理由の一つになっているかもしれないが。
「まあ、そうでもないよ。ここまで寒い日は珍しい気がするし……」
「珍しくもないと思うわ……それに、もっと寒くなる日もあると思う…………ロラン、寒かったら泊っていってもいいわよ」
ん……?
リーシアの唐突な言葉に、思わず一瞬固まる。
「……あのね、えっとね、変な意味じゃなくて、その……寒いなら……」
そして、俺が固まったのに気付いたのか、リーシアが慌てたように言葉を付け加えた。
「そ、それは、とてもありがたい話だけど……あーえっと、さすがにそれは何だか悪い気がするから」
俺も少し気が動転しながらも、何とか断りの言葉を口にする。
実際、良くないだろう。リーシアは俺の事が好きだと言っているし、その状態で泊るのは良くない。というか、その状態でなくても、この屋敷には基本的にはリーシアとルミしかいないようだし、男の俺が泊るのは良くない気がする。
ついでに言うと、リーシアの立場がよく分かっていない――予想では、準上流階級ということしか分かっていない、そういった情報で、リーシアの家にお泊りするのは長期的な危険要因になる可能性もある。屋敷に遊びに行くのが良くて、友達になるのも良いとしても、お泊りをするのは良くないと思っているのだ。つまり一線を越えてしまっている気がするのだ。
「そうかしら……?」
リーシアは不思議そうに俺を見た。
……やっぱり、リーシアは少し変わってるな。いや、まあ俺もどちらかと言うと変わった人だと思うけど。
「そ、そうだと思うよ」
「そうなの…………でも、寒かったら、泊って良いって思ってるわ。私は悪いとは思ってないから…………だから、ロランが寒くて苦しいようなら、いつでも言って欲しいわ……」
穏やかに、それでいて懇願するかのようにリーシアはこちらを見た。
これも彼女の優しさ、だろう。きっと俺が寒さで苦しむ姿を想像して、それを避けたいと思ったが故に懇願なのだろう。うーむ、なんだか俺が罪悪感を覚えるほどに優しい少女だ。
「ありがとう、リーシア。その言葉だけでも凄く嬉しいよ。もし、本当に寒くなったら、お願いしちゃうかもしれないけど、その時はどうかよろしく」
そんな日はこないだろうが、ここでリーシアの言葉を拒絶するのは良くないことのように思えたので、肯定的な言い方をしておいた。
「うん……いつでも泊っていいわよ」
リーシアは嬉しいそうに小さく笑った。
※
それから、昨日と同じように、雑談をしたり、トランプで遊んだり、ウミガメのスープを何問か交替で出題したりした。
そして午前の終わりには、リーシアが屋敷の奥からボードゲームを取ってくると言って広間から離れた。その直後、ルミが昼飯の準備を始めるために厨房へと向かい、僅かな間だが、広間で一人きりになる。
先程まで会話がなくなり、暖炉の火の音がぱちぱちと耳にこだまする。外の寒さとは無縁のこの空間で、暖炉の炎が優しく揺らめき、部屋全体を温かい色で照らしている。日の音がぱちぱち、ぱちぱちと心地よく響く。そのリズムが心をさらに穏やかにしてくれる。
まったりしている。穏やかに、それでいてトランプなどの少しばかりの刺激もある。楽しい気がする。もしかしたら、今まで俺が過ごした冬の中では最も恵まれた状態かもしれない……頭の片隅でユリアを思い出す。たぶん、まだ大丈夫だ。少し不安だが、でも、恐らく、俺とユリアの距離はだいぶあるはずだ。
もしかしたら、俺の心配のし過ぎで、実はユリアがまだリデッサス遺跡街にいる可能性だってある。だから、そんなに不安になる必要はないだろう。というか、今はせっかくリーシアの屋敷に招待されたのだから、この楽しくてまったりとした空気を維持する努力をすべきだろう。緩める時は緩め、楽しむ時は楽しもう。宿の部屋に戻ってからユリアの心配はしよう……!
俺が気持ちの整理を終えたところで、広間の扉が開く音がした。見ると、リーシアが大きな箱を両手で抱えていた。
「ロラン、持ってきたわ」
心なしか、彼女の長い髪は嬉しそうに揺れ動いていた。リーシアの静かな雰囲気とは違い、明るい茶髪――もはやオレンジ色に近い髪は、いつも見てもサラサラとしていて、不思議な美しさがある。
「大きいね……」
「うん……どれにしようか悩んだの。でも、これから寒くなるでしょ……だから全部持ってきたわ」
寒くなるから……? どういう意味だ……?
「なるほど……いっぱいあるんだね。でも、これだけあると、どれで遊ぶか迷うね」
「一個ずつ遊んでいきましょう。冬が終わるまで長いもの……」
ん……ああ、そういうことか。なるほど……冬は屋内活動が多いから、屋敷にあるボードゲームを一時的に広間に移動させたのか。
「そうだね」
俺が相槌を打つと、リーシアは大きな箱をソファーの近くに置いた。そうして、彼女は広間を見回すと不思議そうな顔をした。
「あら……? ルミちゃんがいないわ……」
「ああ、えっと、ルミはお昼を作りに厨房の方に行ったよ」
「そうなの……? もう、そんな時間だったのね……ロランと一緒にいると時間が飛んじゃうわね……」
「え、あ、それは、ごめん」
「ううん……悪いわけじゃないの……たぶん、きっと、良いことよ」
そういってリーシアは頬を赤くしながら、俺から視線を逸らした。
昨日の告白もあり、なんとも言えない気持ちになる。
「えっと、その、ありがとう。あれ、えっと、それで、どのボードゲームで遊ぼうと思ってたんだっけ?」
気まずい気持ちを隠すためにも急いで話題を元に戻す。
「そうね……いつもルミちゃんと遊んでるのにしようと思ったけど……ルミちゃんはご飯を作ってるのよね…………、あら……? それなら三人でできるのじゃなくても、良いのかしら……? でも、二人で遊ぶのを今やったらルミちゃんに悪いかしら……?」
リーシアは悩まし気な顔を作った。
「でも、もうすぐお昼よね……今から遊んでも……あ、ロランはこの箱の中のは遊んだことがある?」
「見てみないと、分からないけど……」
問いに応えながらも箱の中を見る。
ふむ。
いくつかのボードゲームが目についた。具体的には、チェスみたいなゲームを見つけた。でもマス目の数がチェスと違うし、駒もたぶん違う。恐らく似た感じのゲームだろう。他にも……あ、これ、もしかして、バックギャモンじゃないかな、サイコロついてるし。
「うーん、見た感じ無さそう……ああ、でも何となくどんなゲームか分かるのもあるかも……でも、ちゃん遊んだことないから、ルールとかは分からないと思う」
「それなら説明が必要よね…………うん、ルミちゃんのご飯の前にルールを教えるわ。それでご飯を食べた後、三人で一緒に遊びましょう」
穏やかな笑みを浮かべながらリーシアが提案してきた。
「そうだね。それが良さそうだね」
俺が応じると、リーシアは箱からカードの束を取り出した。色々と絵柄が多彩なカードだ。トランプとは違った絵柄――それも精巧に作られていて、庶民が遊ぶカードではなさそうに見える。それに、丁寧に使われているのか、それともあまり使用されていないのか、カードには傷や汚れが見当たらなかった。ちなみにボードは無さそうだ。まあ、トランプとかを指してボードゲームって言ったりするし、別に問題があるわけではないが。
「……それじゃあ、説明するわね。このゲームはね、動物の住処を作ってあげて、それで動物を仲良く暮らせるようにしてあげるゲームよ……」
「おー、なるほど」
共同体作成ゲームみたいな感じか? あんまり遊んでないジャンルだったと思う……いや、まあ、ボードゲームでちゃんと遊んだことあるのってトランプとチェスとバックギャモンくらいしかないけど……ルールだけならそこそこ知ってるゲームもあるんだが。
「可愛いうさぎもいるわ……」
……?
「兎も、なるほど? 確かにそれは重要かも。ちなみに、兎は好きなの?」
「どう、かしら……? ……………好きかもしれないわ。なんだか小さくて可愛いもの……」
「小さくて……つまり、大きな動物はあまり好きではない……?」
「大きいのは…………大人しい動物なら、好きだと思うわ……」
肉食動物とかはダメな感じかな?
「大人しい動物は、特に兎は可愛いからね……兎以外にはどんな動物がいるの?」
「いっぱいいるわ……馬、犬、鹿、熊、他にも色々よ……」
結構大きい動物もいる……というか熊は大人しいのか……? 分からん……いや、まあ別に、リーシアの好きな動物だけピックアップされているゲームではないだけだと思うけど。
「なるほど……確かに色々だ。その色々な動物が共存できるように頑張るゲームなんだ。面白そうだね」
結構気になる。どんなゲームなんだろう。
「うん……面白かったりするわ。毎回、作れる住処が少しずつ変わってて……遊ぶたびに組み合わせも変わるの……上手に動物を仲良くさせると、気分が良くなるわ」
面白かったりする……? 面白くないこともあるということか……?
「なるほど……それで、具体的なルールはどんな感じ? たぶん、今リーシアが持ってるカードの束を使うんだよね? あ、それ動物の絵柄か。それが動物のカードで、それを何かの規則に沿って並べていくのかな?」
「…………合ってるわ。えっとね、動物のカードと住処のカードがあるの。それで住処のカードを少しずつ繋げていくの。それと同時に動物のカードを住処に置いていくの。住処のカードを全部繋げて、動物も全部置ければ、完璧よ」
「完璧……」
「……うん、動物を全部置けると、嬉しくなるわ。でも中々うまくいかない事もあるの……たまに動物がはぐれちゃって……そうすると少し悲しくなるわ」
そう言ってリーシアは悲しそうな顔をした。ボードゲームの中の出来事でも、リーシアの心には響くようだ。なんとなくだが、リーシアはぬいぐるみとか大切にするタイプだなと思った。
「なんとなく分かってきたよ」
主にリーシアの感受性に関してだが。ちなみにゲームのルールはまだよく分かっていない。まあ、それは仕方が無いか。
それから、リーシアのゆっくりとした独特な説明を聞き、ルールの全貌をなんとか掴みかけたところで、ルミが食事を作り終え、昼飯となった。