三章幕間 クッキーマウント
そうして、休憩となり、ユリアは言葉通り、二人分のハーブティーを用意した。紅茶を淹れることで培われたユリアの技術は、ハーブティーでも同じように価値を示した。つまり、リュドミラの舌を十分に楽しませることができた。リュドミラは満足気にハーブティーを口にしながらも、何気ない仕草で近くにあった瓶からクッキーを一枚取り出した。そして流れるようにそれを口に含んだ。
ユリアの視線がじっと瓶に刺さった。
リュドミラはユリアの視線には気付いたが、特に反応することはなく、口の中のクッキーの味を楽しんだ。そして、自身にこのクッキーを渡した相手を思い出し、心の中で小さく笑った。
「あの……」
「はい? なんでしょうか、導師ユリア」
「えっと……そのクッキーは……?」
「これは巡礼用のクッキーです」
それだけ言うと、リュドミラは意味深に笑った。ユリアは大きな引っ掛かりを感じた。
「その、これってこの辺りでは売ってないクッキーですよね……? どこで、手に入れたんですか……?」
「リデッサスにいた頃、親しくしていた方から貰ったのです」
リュドミラは何とでもないといった風に答えた。
ユリアは内心で、フジガサキさんと一緒にお茶会したときと同じクッキーだ、と思った。ユリアの中で疑念が膨らんだ。
「あの、親しくしていた方っていうのは……?」
「ふふっ……私が誰と親しくしているかどうかが気になるのですか?」
「ええ、その、一応……」
「一応とは、どういうことでしょうか?」
「その…………あの、これは前、その……前、そのリュドミラ様がクッキーを貰ったって話を、リデッサスにいた時にしてたと思うんですけど、そのクッキーですか……?」
「仮にそうだったとして、何か問題があるのですか?」
「え、えっと、『仮にそう』って言うのは、つまり、肯定ってことでいいんですか……?」
「さて、どうでしょうか。あまり自慢げに言う話ではありませんが、聖女となると、貢物を貰うこともあります。誰に何を貰ったかなど、全てを覚えるのは至難な技かと思いますが、導師ユリアは全て覚えておくべきだとお考えですか?」
「い、いえ、それは、違いますけど……」
「ふふっ……では、このクッキーがどのような形で私が入手したとしても問題はありませんね」
「えっと、それは……そうですけど……」
「何やら不満がありそうですね。もしや、このクッキーが欲しかったのですか?」
「え!? ああ、いえ……あっ! え、っと、その実は少し気になってて、一枚貰ってもいいですか?」
ユリアはリュドミラの突然の言葉に驚くものの、すぐに、クッキーを食べれば、それが藤ヶ崎戒に貰ったものかどうか分かると気付いたのだ。
リュドミラはユリアの言葉に何も答えず、意味深に微笑んだ。ユリアは許可を得たと思い、ゆっくりと瓶に手を伸ばした。
瓶にユリアの手が近づき、あと少しでクッキーに触れられるというところで、リュドミラが瓶の口を手で覆った。
「あげません」
面白がっているかのようなリュドミラの顔を見て、ユリアは困惑した。そんなユリアに対して、リュドミラはさらに言葉を重ねた。
「導師ユリア、実は、このクッキーには毒があるのです。聖女以外が食べれば倒れる危険な毒です」
「……え? 毒、ですか……? あの、それって、もしかして、フジ――悪魔憑きが毒を……?」
「冗談です。ところで、導師ユリア、悪魔憑きを捕獲した時の話をしておきたいのですが、よろしいですか?」
「え、冗談……? その、え、……捕獲……?」
あまりにも突然すぎる話題の変換についていくことができず、ユリアは混乱した。
「話を続けますね。悪魔憑きを捕獲した場合の心構えですが、これは戦う時と全く同じです。『油断しない、容赦しない、徹底的に』を意識しましょう。聖具でしっかりと拘束します。この時、暴れたり慈悲を乞うことがありますが、悪魔憑きの言葉は全てこちらを惑わそうとする言葉なので、慈悲をかけてはいけません。拘束がしっかりと済んだら、次は裁きを与えます。これも徹底的に行いましょう。殺さない程度に痛めつけます。より分かりやすく言うと拷問します」
「え、えっと、その……」
何とかユリアはリュドミラの言葉に付いて行こうとするが、次々と出てくる残虐な言葉に脳が対応しきれずにいた。ユリアにとって難しい言葉の数々だったからだ。ユリアは、できれば暴力的な手段はあまり取りたくないと思っているのだ。
「私がやってもよいのですが、やはり、導師ユリアがやる方が良いでしょう。最初に悪魔憑きに気付いたのは導師ユリアですし、それにこれは聖導師の力量を試す大きな試金石になります。悪魔憑きを捕獲し、正しく裁いたとなれば、その実績は大きなモノとなるでしょう。また過程で得ることできる経験も、導師ユリアを成長させるでしょう。あなたならば聖女に至ることもできるかもしれません。ですから……ふふっ、できますね?」
にっこりとリュドミラは微笑んだ。ユリアはリュドミラの表情から何とも言えない残虐性を感じてしまった。
「えっと、その、努力します……」
リュドミラに圧されたユリアは、せめてもの抵抗にと、あとで自信が覆せる言葉を選んだ。『努力する』は絶対にやるではないとユリアは考えていた。
「ええ、今はそれで構いませんよ。まだ覚悟ができていないという面もあるでしょうから。ですから、まずは覚悟を付けましょう。休憩が終わったら、聖具の使い方を一から教えて差し上げましょう。実習が一番です。幸い、被験――協力者は呼んであります。彼女が来たら、始めましょう」
「……? 協力者?」
リュドミラの言葉が分からず、ユリアは疑問符を浮かべた。
「すぐ分かりますよ」
一方で、リュドミラはまたしても意味深に笑った。
それから十数分後、茜色の髪の美少女――ルティナがリュドミラとユリアの前に現れた。思わぬ人物の出現にユリアは驚いた。そして、ルティナもまた驚くユリアを見て不思議に感じ、自身を呼び出したリュドミラを見た。
リュドミラは悪戯気に笑った。
――それから十数秒後、ルティナはユリアの聖具練習に巻き込まれてしまったのであった。
※聖具練習はあくまで練習ですので、痛くはないと思います。……たぶん。