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三章幕間 恐ろしい破壊の技術


 藤ヶ崎戒がテチュカの街でほのぼのと過ごしている一方で、ユリアたち『フェムトホープ』にリュドミラを交えた一行はヒストガ王国のヴィアダクタの街に滞在していた。


 なぜ、この街にとどまっているかというと、その理由は二つあった。


 一つは藤ヶ崎戒の捜索が難航したためだ。

 リュドミラの聖なる術により『藤ヶ崎戒がヴィアダクタの街の宿でリヒャルトという偽名を使い宿泊した』というところまでは判明した。しかし、その情報には数日以上のラグがあった。リュドミラが聖なる術を使ってからユリアたちに報告するまでのラグ、そして、フリギダムの街からヴィアダクタの街まで移動するまでのラグ。この時間の経過は致命的であった。時間が経ち過ぎてしまったため、情報が途切れてしまったのだ。

 ヒストガ王国内を行き交う人は多い。特に大きな街道に面しているヴィアダクタの街では顕著である。よって何日も前の一人の男の動向など追うのは難しく、さらにその男が偽名を使ったり、不必要な馬車を確保していたりするのだから、正しい情報を追うなどというのは困難であった。

 もし乗合馬車の記録を全て確認することができれば、多少は捜査も進展したかもしれない。けれどそれもまた難しかった。ヒストガ王国はミトラ王国ほどに記録が完璧ではないし、何より、ヒストガ王国中部ではミトラ王国よりも聖導師の影響力が小さく、全ての商会に乗合馬車の記録を提出させるなど不可能であった。


 そしてもう一つの理由は吹雪であった。

 ヒストガ王国を襲った突然の猛吹雪。普段よりも早い猛吹雪はヒストガ王国内の交通網に大きな悪影響を与えた。ユリアたちはヴィアダクタの街に調査している間に吹雪が起こり、何らかのアクションを起こそうとするときには交通網は破壊されていたのだ。

 さらに、これが季節を前倒した吹雪だったことも災いした。真面目で慈悲深いユリアは『悪魔憑きを狩る』という使命そっちのけで、猛吹雪により遭難した旅人や商人の救助活動を優先してしまったのだ。『フェムトホープ』の面々はユリアを積極的に手伝い、そしてリュドミラは少し呆れつつも手伝った。彼女らの行動もあり、ヴィアダクタの街周辺での遭難被害の殆どは大事には至らなかった。

 一方で、ユリアたちはヴィアダクタの街を脱出する機会を失い、結果、吹雪とそれに伴う交通網の麻痺によりヴィアダクタの街に閉じ込められる形になったのだ。


 ヴィアダクタの街に閉じ込められたユリアたちは、各自各自がそれぞれの行動を取った。

 アストリッドはユリアをサポートすべく、交通網の混乱情報やヒストガ王国内の地理・危険情報などを集め今後に備えた。

 ルティナは時々アストリッドを手伝いつつも、殆どは対悪魔憑きのための自己研鑽に時間を費やした。

 任務に対してやる気が無かったマリエッタは美味しい酒とつまみを求めた。そしてユリアとリュドミラは二人で行動する時間が増えた。


 そして現在、ヴィアダクタの街に存在する小さな聖堂――クリスク聖堂やリデッサス大聖堂に比べて遥かに小さいカテナ教の聖堂の一室で、ユリアは聖なる術を行使していた。

 『光』が室内の一部分を柔らかく照らし出す。ユリアが生み出したその『光』は、木片へと照射され続けている。ユリアは目を瞑り、全身で集中を高めている。眉間に皺を寄せ、呼吸を整えながら、自身に宿る聖なる力を『光』に注ぎ込んでいる。彼女の集中力が頂点に近づくにつれ、『光』の輝度は徐々に増していく。最初は薄っすらとした光だったが、時間と共にその輝きは増していき、部屋全体に存在感を放ち始めた。ユリア自身の特徴的なピンクブロンドの髪も『光』の影響か、歪に輝いていた。

 もし光が集中している部分に立てば、強い眩しさを感じただろう。そして、それだけではすまないのだ。なぜなら、『光』の温度も同時に上昇しているからだ。最初はほんのりと暖かかったが、次第に熱を帯び始めている。

 そして、ついに、光線が照射されている木片から小さな煙が立ち上る。最初は薄い煙だったが、時間が経つにつれ、少しずつ濃くなっていく。木片の表面が焦げ始め、その部分から炭のような香りが漂い始めた。ユリアはそれでも集中を解かず、むしろさらに集中を続けた。木片がはっきりと燃え上がった。

 それでもユリアは集中を解かなかった。木片は焼け崩れる。崩れた部分を貫通して、さらに後ろに設置してあった岩に光線が刺さった。岩が焼かれ始めた。さらにユリアは集中した。しかし、そこから先は続かなかった。いくらユリアが集中しようとも、岩を焼き貫くことはできなかった。

 ぱちんと、手を叩く音がユリアの耳に響いた。


「ここまでにしましょう。導師ユリア」


 ずっとユリアを見守っていた妖艶な銀髪美少女――リュドミラが穏やかな表情でユリアに話しかけた。ユリアは『光』を停止させると、目を開き集中を解いた。


「リュドミラ様。すみません。私ではまだまだのようです……」


「いえいえ、そんなことはありませんよ、導師ユリア。木片を焼き貫いたのは中々のことです。『光』を光源や熱源ではなく、戦闘用の射撃武器として使える聖導師は少ないですから」


「そうでしょうか……? すみません、リュドミラ様のさっきの一撃を見た後だと、どうにも自信がなくなってしまって……」


「聖女になると底上げがありますから、比較することではないと思いますよ。自分で言うことではないかもしれませんが、やはり聖女は別格です。純粋に聖導師と比較するべきだと私は思います。そして、聖導師の中では、あなたは格別に筋がいい、数日の訓練でここまで上達するのは『光』との高い適性があるからでしょう。もしかしたら、今まで使う機会が無かっただけで、導師ユリアには『熱線』使いとしての才能があるのかもしれませんね」


 『熱線』――リュドミラが口にしたそれは聖導師が扱う特殊な射撃だ。聖なる術の『光』、それを一点に集中して照射し、対象を瞬時に焼き貫く恐ろしい技である。本来、『光』は闇を払う光源として、寒さに凍える人を助ける温かさとして使用される技であったし、多くの聖導師がそのように認識している。しかし一部の戦闘術に長ける聖導師が、戦闘用に改良した結果、このような使い方が生み出されたのだ。

 ある伝承にはこのような言葉がある――曰く、最も『強い』聖導師は最も『光』の扱いに優れた聖導師である、と。実際、『冠聖女』と呼ばれる歴史的に名高い聖女たちの中でも、特に高い武威を示した者たちの多くは『光の冠聖女』であった。

 しかし一方で、武威を示す彼女たちは争いの中で斃れることもしばしばあった。教会もその存在に困り、『光』の応用である『熱線』は秘匿としたのだ。それ故、知らない聖導師も多かった。ただ秘匿されたといっても、その時点で知っていた聖導師や聖女は存在し、そして、そういった聖女たちの弟子が技術を引継ぎ、さらにその弟子に引き継がれ……連綿と続く破壊の技術はリュドミラにも受け継がれていたのだ。現に、リュドミラはユリアに訓練を見せる前に一度、『熱線』を自ら実演し、岩を一瞬で焼き貫いたのだ。


「えっと、ありがとうございます。ただ、だいぶ集中しないと使えないですから、私では実戦で使うのは難しいような気がします……訓練を続ければ使えるようになるかもしれませんが、今回、フジ――悪魔憑きと戦うときまでに使えるかどうか……」


「急ぐ必要はありません。今回の悪魔憑き狩りは長丁場になるでしょうし……それにもし、今回の狩りで使うことがなかったとしても、それ良いのです。今回の悪魔憑きを捕まえた後、別の悪魔憑きが導師ユリアの前に現れるかもしれません。そういった時に、今の練習が役立つかもしれません。何も今回だけのために私は『熱線』を教えているわけではないのです」


「あ、そうだったんですか……てっきり今回、悪魔憑き相手に使うためだと思ってました……」


「そういった面もあります。今回の悪魔憑き狩りで導師ユリアが『熱線』を使えれば、より優位に立てるでしょう。しかし、『熱線』は難しい技です。簡単に習得できるとは私も思っていませんでした。実際は、私の想像以上の導師ユリアに適性があったようですから、今回の戦いでも役に立ってしまうかもしれませんね」


「それは……えっと、リュドミラ様のご期待に応えられるように頑張りたいです……」


「ふふっ……そのような事を言われてしまうと、もっとみっちりと導師ユリアに私の技術を話したくなってしまいますね」


「え、えっと、頑張って受け止めます……!」


「冗談です。あまり真剣に考えないで下さい。あなたの真面目さは美徳ですが、そんなに気合を込めて日々を過ごしていると、疲れてしまいますよ?」


「真剣に考えない……そ、そうですね。気を付けますっ……!」


「その真面目さも師匠譲りなのでしょうか?」


「え? いえ、そこはたぶん違います……あっ! いえ、これは、その師匠が不真面目ってわけじゃないですよ!?」


 ユリアが慌てたように否定の言葉を口にする。


「安心してください、導師ユリア。むしろ私は、あなたの師が優れた方だと思っていますよ。導師ユリアの『聖なる術』は基本に忠実で良く練られています。導師ユリアの才能や努力の面も大きいでしょうが、師の教えが良かった面もあるはずです。おそらく基礎をしっかりと固めたからでしょう。そういった師弟は、どちらも真面目な傾向が強いです」


「は、はいっ! その、師匠は凄い人だったと思いますっ!」


「ええ、私もそう思っています。ふふっ……ですが、そのように過剰に反応されると、もっと導師ユリアの師の話を聞きたくなってしまいますね。どのような方だったのでしょうか? 導師ユリアの在り方や、『熱線』については知らなかった方のようですから、牧歌的で平和を愛する方だったのでしょうか?」


「ええっと、師匠は、何と言うか……明るい人でした。ちょっと悪戯好きなところがあって、あと紅茶を淹れるのが……じゃなくて、ええっと、そうですね、明るくてお茶目なところがあって……あと、優しい人でした。あ、すみません、これ全部性格の話になっちゃってますよね……えっと能力的には、私よりは遥かに上でした。ただ、聖女様ではなく聖導師だったので、リュドミラ様には劣ってしまうと思います」


 ユリアは自身の師匠について思い出しながらも、それを言葉に出していった。

 しかし、内心では、少し疑問もあった。『熱線』に関してだ。師匠には教わらなかった。けれども、今にして思えば、師匠は『熱線』が使えたのではないだろうか、とユリアは考えた。

 もっとも、これはユリアの憶測であり、確信や証拠は無かった。けれども、ユリアにはなんとなくそう思えてしまったのだ。この危険な技術を、師匠は知っていたとしても、それを弟子に教えないのではないか、ユリアにはそう思えたのだ。ただ、それは口には出さなかった。口に出せば、『熱線』を今ユリアに教えているリュドミラを批判するような形になってしまうからだ。


「明るくて優しい方というのは、しっくりきます。悪戯好きというのは少し意外ですが、納得感もあります。導師ユリアのような存在が近くにいれば悪戯好きになってしまうのも仕方がないのかもしれませんね」


「えっと……その、もし、良かったら休憩にしませんか……? 紅茶……じゃなくて、ハーブティーも用意しますよ」


 なんとなく揶揄われていると感じたユリアは、話題を変えることにした。


「そうですね。少し休みましょうか」


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[良い点] なんだか…二人は優しい姉妹のように感じます…
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