三章13話 突撃
な、なぜ……? いや、リーシアの予想は当たっているのだが、なぜ当たる? 俺の初恋の相手の役職が分かるのは、非常に不思議だ。もし、ありきたりな職業であれば、当てずっぽうで当てることができるかもしれないが、カテナ教の聖女など、極めて珍しく、数が少ない存在だ。当てずっぽで挙げる役職としては、不適切だ。
……ということは、俺の言動や雰囲気から当てたということになるが……俺はそんなにカテナ教の聖女が好きそうな雰囲気を出しているだろうか……? リーシアの前でカテナ教の話はしていなかったと思うし……うーん、謎だ。
「それは、まあ、実を言うと、そうだけど。どうして分かったの? 俺は、リーシアの前でカテナ教の話も初恋の話もしてなかったと思うけど……」
俺が問いかけると、リーシアは俯きながら小さく「初恋……」と呟いた。そして小さく口元に笑みを浮かべた。そのまま数秒間、リーシアは俯きながらも嬉しそうな笑みを堪えつつも言葉は発しなかった。
さらに数秒間それが続き、気になった俺は再度問いかけることにする。
「えっと、リーシア、その、どうしてか、聞いても良い? 俺が好きな人が聖女だって分かったか」
リーシアは俺の言葉が耳に入ると、ハッとしたような顔になり、俺の方へと目線を向けた。どうやら、一つ前の問いかけはリーシアには届いていなかったようだ。
「え……あ、うん……あのね……ずっと見てたから、ロランのこと……」
弱弱しくもリーシアは一つずつ言葉を発する。
「な、なるほど……?」
明確な答えが返ってこないため、俺が微妙な相槌を打つと、リーシアは再び何かに気付いたような顔になり、慌てて口を開いた。
「へ、変な意味じゃないのよ……ただ、見ててそう思ったの……」
「見てて……つまり、聖女好きそうな感じの顔ってこと……?」
俺は自分の顔を指差しながら、抱いた疑問を口にする。
「そうじゃないけど……えっとね、ロラン、あのね…………言っても怒らないかしら……?」
リーシアは不安そうに俺を見た。
ふむ。つまり、もっと具体的な理由があるけど、あまり指摘できない系の理由か。うーん、どうしよう。なんか今日の本題であるリーシアの告白対応をするからだいぶ離れている気もするが……でも気になるな。
俺はカテナ教から逃亡中の身だ。しかし、カテナ教を意識している事は他人の前ではしていない。なぜかと言うとその方が安全だと思ったからだ。それなのにカテナ教と俺を結びつける人がいる。なぜそうなったのか知っておけば、もしかしたら今後の為になるかもしれない。それに好奇心としてもリーシアがどのように考えているのか、そして、なぜこのような的確な予想ができるのか気になる。
「怒らないよ。むしろ、なんでこんな正確に分かるのか、気になるくらい」
「それなら……えっとね、ロランはカテナ教があまり好きではないと思ったの……カテナ教の話は全然しないのに、街を歩く時、いつも教会がある方を意識してたわよね? それに聖導師と似たような服装の人を気にしてたから……だからカテナ教を好きじゃなくて、それで、どうしてかなって思って…………あとは、ロランと話をしてて、カテナ教の聖導師か聖女が関わってると思ったの……嫌なことでもあったのかなって……」
リーシアは、俺の顔色を窺いながら、おっかなびっくり話した。
なるほど。だいたい分かった。
俺は結構態度に出ていたみたいだ……いや、これはむしろリーシアの能力を高く評価するところか。
リーシアはかなりぼんやりした感じの見た目だが、そういった雰囲気に反して観察眼がとても高い。俺は確かに、教会の方には近寄らないように意識していたが、リーシアは気付いていたとは。その上、行き交う人々が、聖導師の恰好かどうかを俺が気にしているということまで分かっていたのか。というか、これに関しては俺も完全に警戒しているというよりは、少し意識しているという程度だったので、リーシアに当てられてびっくりしている。
僅かな意識の違いをこうも当てられるとは……いや? 俺が僅かと勝手に思ってるだけで、結構態度に出てるのかな? うーん、いや、たぶんリーシアの観察眼が非常に高いのだろう。心読めるレベルかもしれない。
しかし、一方で肝心の所が少しぼやけてるな。
カテナ教を警戒してるからカテナ教を意識しているというのは、まあ分からなくもないが、その原因が、聖導師や聖女を好きになって嫌な事があったというのは、発想の飛躍のような気がする。というか、『好きになって嫌な事があった』ってようは失恋したってことじゃん。俺は失恋したら組織ごと嫌うタイプに見えるのか……? いや、まあ、実質リュドミラとの失恋後にカテナ教から逃げてるから、ある意味正解なのかもしれないが……
「……ロラン、怒ってる……?」
俺が悩んでいたのを怒りと思ったのが、リーシアが恐る恐る問いかけてきた。
怒ってない、驚いてる。
…………
……?
あれ?
何で、こんなに人の心を読むような観察眼を持ってるのに、俺が怒ってるって思ったんだろう? ああ、いや積み重ねた言動から思考を予想するのと、状況によって流動する感情を予測するのは別の能力だから、おかしくは無いか……?
「いや、怒ってないよ。ただ、凄いなって思って。今のリーシアの話は、だいたい当たってたから。まあ、その凄く嫌いって訳じゃないけど、なんかカテナ教に苦手意識があって。あ、でも俺としては、聖女様への恋が実らなかったから恨んでるわけではないつもり。あくまで俺としては、だけど」
一応、言い訳を述べておく。
「……そ、そうなの……ごめんね、ロラン。勘違いしちゃってたかもしれないわ。えっと、そうね……ロラン、色々と教えてくれてありがとう。だいたい分かったわ……」
リーシアは俺の言葉を聞いて気まずく思ったのか、話題を元に――つまりリーシアの告白を行うための事前質問について戻した。いや、戻したというか事前質問に関してはだいたい終了したと考えていいだろう。
さて、これからが本番だ。
「いや、俺の方こそ、質問に質問で返しちゃったりしてごめん。でも色々答えてくれてありがとう」
リーシアは優しく微笑んだ。
「うん、いいの…………ねぇ、ロラン、聞きたい事はこれで終わりだけど……最後に手を握ってもいいかしら……?」
そして、優しい瞳のまま、俺に問いかけた。
「え、あ、まあ、その大丈夫だけど……」
少し予想外の問いかけに混乱しながら答える。
「安心して、変な事するわけじゃないの。ただ、不安で、ロランと手を握りたいって思ったの。そうすれば不安が晴れるような気がしたの……」
……なるほど。
確かにそうだよな。今まで聞いてたのって告白のための準備なのだし、それが終われば、流れとしては告白だ。それはもう不安なのだろう。そしてその不安を抑えるためか。ならば協力しなくては。
「ああ、なるほど。それなら全然いいよ」
言葉を口にしてから気付いたが、告白をする不安を告白相手の手を握って晴らすって結構不思議な行動だな……いや、まあ、俺は告白する方もされる方も経験不足だから、勝手に不思議だと思ってるだけかもしれないが。
そんな風にどうでもいいことを考えていると、片手に柔らかく繊細な感覚が伝わってきた。リーシアの手だ。滑らかで程よく柔らかい。触り心地が良いと思う。いや、なんか凄いな……あ、駄目だ、美少女に手を握られていると思うと、ちょっと胸が高鳴ってしまう。いかん、いかん、断る予定なのに、こんな感じじゃ先が思いやられる。
それから、リーシアは無言で手を握り続けた。その間、リーシアは目を閉じて、何かに集中しているようだった。俺は逆にリーシアの肌のぬくもりを意識しないようにした。あ、リーシアの手は結構温かい気がする。体温高いのかな……あああ、駄目だ駄目だ意識してしまう。いけない、いけない。
数秒か、十数秒か、はたまた数十秒か。俺の体感だと妙に長く感じてしまったので数十秒経過しているように思ってしまうが、まあ、胸が高鳴っていたから現実時間だと数秒かもしれない。いや、まあそれはいいや。兎に角、リーシアは手を放した。それからゆっくりと俺の方を向き、嬉しそうに微笑んだ。
「ロラン、ありがとう……不安な気持ちが晴れたわ……」
「どういたしまして」
俺は逆に少し不安になってきた。ちゃんと断れるかな……いや、これで受けちゃったら、駄目すぎるから、断る以外に無いんだけど……
「それでね……ロラン。今日ロランに来てもらったのはね……本当はこれから私がする話を聞いてほしくて来てもらったの……」
来たか――!
よし、平常心、平常心。断るぞ、断るぞー。
「うん、何かな」
「えっとね…………うん、そうね…………あのね、嫌だったら断っていいわ。でも、できれば受け入れてほしいわ……」
リーシアは何かを悟ったかのような顔で俺の方を見た。そして、その顔は、どこか悲しそうにも見えた。
ああ、そうか。リーシアは観察眼があるなら、俺の気持ちや行動も読めるはずだから……ああああ、俺が断ろうってずっと考えてるのも読めてるか。あああああ。これは色々と良くない流れ……!
「う、うん……そうだね。できるだけ……ああ、いや、違うな。えっと、あ、ごめん、話の腰を折っちゃったけど、それで話って?」
上手い言葉が思いつかず、ただ催促する言葉だけが出てしまう。
「そうね……ずっと、引き延ばしたりはできないものね………………えっとね、ロラン、私、ロランのことが好きなの。それで、もし、よければ、私の恋人になって欲しいの……その、どうかしら……?」
弱弱しくも訴えるような瞳がじっとこちらを見つめる。凛としつつも儚い少女の精一杯の告白だった。
あー、うー、あー、もう、なんだかなぁ。
もしリュドミラと出会わなければ、もしカテナ教に追われていなければと思ってしまう。
いや、カテナ教に追われなければヒストガ王国など来なかったし、リーシアと出会うこともないかったから、そんな前提は有り得ないと知っているが……それでも、こんな告白をされては考えてしまう。きっと、こんなに素晴らしいことは無いだろう。一人の少女が一生懸命に俺に想いを伝えてくれた。ここまで光栄で、そして恵まれたことなどないだろう。これまでも、そしてこれからも。きっと最初で最後の出会いだろう。
ああああああ……、応えなければいけない。でも応えることはできない。
いや、うん、考え方を変えよう。変えるべきだ。もし、俺が受け入れれば、少なくとも短期的に見れば、それは大きな幸福だ。俺にとっても幸福だし、そして彼女にとっても幸福なようにしたい。でも、長期的に見ればきっと悲劇だ。こんなに俺を想ってくれた少女を危険な目に巻き込むことになるのだから。勿論、俺は全力で逃げるし、同時にリーシアの安全にも十分に配慮することは可能かもしれない。でも、もしかしたら、どこかで捕まってしまうかもしれない。その時に、リーシアを巻き込みたくない。
自分だけなら、自分のミスと割り切れるかもしれないが……きっとリーシアを自分のミスで不幸な目に巻き込めば、とても後悔するだろう。その後悔の大きさは、きっと今リーシアの想いに応えないことへの後悔の大きさよりも、大きいモノとなるだろう。
うん、答えは出たな。
「ありがとう、リーシア。凄く、本当に、凄く嬉しい。尋常じゃないくらいに嬉しい。そういう風に言ってくれた人はきっと初めてで……その相手がリーシアなのが本当に、俺にとっては光栄なことで……あ、ごめん、なんか頭がごちゃごちゃになって、引き延ばすみたいな言い方になって……えっと、そうだね、だから……本当にごめん、恋人には、なれない。理由があって、いや、でも、理由に意味はないか。本当にごめんリーシア、気持ちに応えられなくて……でも、凄く嬉しかった。リーシアが勇気をもって告白してくれて……」
あ、駄目だ。なんか俺が泣きそう。平常心とか無理だ。これまでの人生で、これほどまでに自分の感情と逆の選択をしたことはないかもしれない。あー、つらい……
「……いいのよ。ロランにはロランの事情があるものね…………、私の告白、ちゃんと聞いてくれて、ありがとう……、一生懸命になってくれて、ありがとう……」
リーシアも悲しそうな顔をしていた。けれど、その顔は弱弱しさよりも凛とした強さがあった。泣きそうな俺とは違う。しっかりとしたものだった。ああ、何と言う事だろう。きっとリーシアの方が悲しいはずなのに……
「いや、そんなことは……」
「ロラン、あなたは優しい人よ。だから、好きな人がいても、私の事を見てくれたし、一生懸命に応えようとしてくれたわ…………ねぇ、ロラン、今はまだ私と恋人になれないかもしれないけど……友達にはなれる、かしら……?」
リーシアは凛とした表情のまま、こちらに語りかけてきた。
「え、っと……それは、まあ、確かに、友人なら……いや、でも。こんなことを俺が言うのは変かもしれないけど、気まずかったり、苦しかったりしたり、するんじゃないかな、俺と一緒にいると……」
告白が失敗したとなると、会うのもつらいのではないだろうか。そんな中、友人として関係を維持するのはリーシアにとって苦しいだろうし、俺としては、たぶん今日を境に、リーシアとは会えなくなるものだと考えていたのだが……
「……? どうして? ロランと一緒にいるならつらくないわ」
リーシアは不思議そうな顔で俺を見た。
な、なるほど……
なんか凄いな。図太い……いや、違うなリーシアはどちらかと言うと繊細だ。だから、何と言えばいいのだろうか、豪胆というのだろうか。繊細だが時に豪胆、時に勇者みたいな……?
「そ、そう……? それなら、全然、俺として大丈夫だけど。でも、本当にいいの、その、友達でも……」
「うん……友達でいいわ。でも、もし、恋人になりたくなったら言ってちょうだい……そしたら、なるわ」
リーシアは、ぼんやりしているようで、それでいて真剣なような表情で、そんなことを言ってのけた。
何というか、冗談なのか本気なのか分からない言葉だ。雰囲気的に本気っぽいが、そんな、ふわっとした感じで友達と恋人の境界を跨いでいいのか……?