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三章9話 万物を溶かす熱


「はい、なんでしょう?」


「うん……」


 何だか思いつめような表情だ。はて……? 何か良くないことをしただろうか?


「リーシアさん? あ、えっと、すみません、何か駄目でしたか……?」


「うん……あのね」


 肯定か。

 少し緊張しながらも、それを態度に出さないように気を付けながらリーシアの言葉を待つ。


「もっとね、気安く呼んで欲しいの。リーシアって呼んで欲しいの……」


 ん……?

 なるほど……?


「気安く……リーシアさんと呼ぶのではなくといことですか……」


「うん…………あと、もっと普通に話してほしいの……丁寧語じゃなくて……」


 な、なるほど……いや、でも俺は結構デフォルトで丁寧語の人なんだけど……ああ、まあ家族とか親しい友人とかには丁寧語ではないか。なるほど、そんな感じが良いと……うーん。


「それは……そうですね。えっと、その、こんなに親切にしてもらった人に気安くっていうのは……」


 一応断る方向の言葉を口にしてみる。絶対断りたいというわけではないが……なんというのだろうか、あんまり普段から気安く人と話さないので悩むのだ。丁寧語が外れると距離感がちょっと掴みにくくなる気もするし、できれば今の感じがいいのだが……


「…………ロランは、私のこと嫌いなの……?」


 リーシアは悲しそうに呟いた。


「いえ、それはないです。違います。良い人だと思ってます」


 正直に自分の気持ちを伝える。


「私もロランのこと、そう思ってるわ……だから、ロランと仲良くなりたいの…………」


 そして、それはきっとリーシアも同じなのだろう。リーシアの正直な気持ちなのだろう。

 どうしよう……


「なるほど……」


 相槌を打ちながらリーシアを見る。懸命な表情だ。不安そうで、拒まれるのを怖がっていて、弱く儚く今にも崩れそう。ただそれでも懸命に俺の方を見ていた。言葉を、気持ちを伝えようと頑張っていた。


「ロラン、私ともっと、その…………気安い、関係、に、なって欲しい…………」


 顔を赤くして勇気を振り絞ったようにリーシアが必死に言葉を紡ぐ。

 これは、断れない。こんなに頑張ってるのだし、その想いに応えるべきだと思う。それにもし断ったら、きっと凄く傷つけてしまうだろうから。だからリーシアの望む答えを出そう。でも、なんでこんなに必死なのだろうか。もしかして……いや、今までも本当は薄々と感じていたが、リーシアは俺の事が好きだったりするのだろうか。勘違いかもしれないけど。でも、そんな気がする。


「そうです……いや、そうだね、分かったよ。これからはできるだけそうするよ。でも、自分は――いや、俺は、普段から結構丁寧語で、それが癖になってるから、偶にもとに戻っちゃうこともあると思うけど……えーっと、その、改めてよろしく、リーシア」


「っ! うん! よろしくね、ロラン」


 リーシアはまるで花が咲いたかのような満面の笑顔を向けた。俺が気安くしたら心底嬉しそうにしてくれた。俺との関係が進んだから嬉しいと解釈できると思う。うーむ、やっぱり俺の事が好きなのではないだろうか。それは人として好きなのか、それとも違う意味で好きなのかは、まだはっきりと結論は出ない。ただ、何となく後者なのではないかと俺は感じていた。もし後者であれば…………難しいな。

 凄く嬉しいことで、とても光栄なことだけど、それでもある理由から、もし後者であればリーシアを苦しめてしまうかもしれないと思ってしまう。


「――話は聞かせてもらいました!」


 歓喜の表情を見せるリーシアの前で考え込んでいる俺の耳に可愛らしい少女の声が響いた。どうやらルミが後片付けを終え戻ってきたようだ。


「……あ、ルミさん、その、後片付け、ありがとうございます」


 俺の方を見るルミに、とりあえず感謝の言葉を告げる。


「どういたしまして、です。って、違います! 違います! ロランさん、間違いですよ!」


 ルミは俺を糾弾するように近づいてきた。


「ん、あ、えっと、すみません、間違いましたか……?」


「それです! リーシア様と気安くなったんですよね……! それなら私にも同じように話してください! リーシア様に普通に話すのに、私には丁寧語なんて変ですから……!」


 なるほど……確かに、それはそうか……? ん、でも……


「それは確かにそうですね。あ、でもルミさんも自分には丁寧語ですよね。それはいいんですか……?」


「私はいいんです! 私は元々こういう話し方なので!」


「それは言うと、自分も元々こういう話し方が多いのですが……あーでも、確かにそうですね、なんとなく仰ってることは分かります」


 まあ、俺とリーシアが対等な感じに話す状況で、リーシアに敬意を持っている弟子がいて、リーシアは弟子には普通に話すという状況だ。この状況で俺が弟子に丁寧に話すのはバランスが悪いと言われれば、そうかもしれない。うーん、まあ一人通したなら、似たような人物をもう一人通すのも同じか。


「分かったなら、私にも同じようにお願いします。気安い感じでっ!」


「えっと、なら……分かったよ、ルミ。あ、ルミちゃんの方がいい感じだったり?」


「それはちょっと悩みますけど、ルミでお願いします。リーシア様のことも呼び捨てみたいなので、私も呼び捨てがいいです」


「なるほど……分かった。じゃあ、その、ルミも、これからよろしく。あと今日のお昼ご飯凄く美味しかった。ありがとう」


「はい! これからもよろしくお願いします、ロランさん。ご飯も気に入ってくれて良かったです」


 弾むようなルミの声からは純粋な嬉しさや達成感といった感情が読み取れた。ただ、これは俺への好意とは少し違う気がする。いや、まあ多少は好意もあるかもしれないが、その幅は大きくはないはずだ。つまりリーシアが俺に向ける感情とルミが俺に向ける感情がかなり違う気がする。前者の方が強い感情だ。だから、まあ、やっぱり、リーシアは俺のことを……? うーむ。


「たぶん、あんな素晴らしい料理を気に入らない人はいないと思うよ」


 リップサービスとかではなく正直な気持ちだ。というか、ルミは料理人――それこそ上流階級の人に仕えるような料理人になれるのではないかと思ってしまう。それほど美味しい料理だった。

 まあ、上流階級の人は俺が今まで食べたどんな料理よりも美味しい物を普段から食べていて、ルミの料理に惹かれない可能性もあるけど……ん? あ、いや、そもそもリーシアが準上流階級みたいなものか? それならもう上流階級に仕える料理人と言えなくも無いか……


「ありがとうございます。頑張って腕を磨いたので、嬉しいです! もし、また食べたくなったら言ってくださいね」


 可愛らしい笑顔とともに、ルミが爆弾を俺に投げつけて来た。

 ごくり……これは、本心で言ってくれてるのだろうか。もしまた食べれるなら、それは非常に嬉しいことだが……


「そ、それは、とても魅力的な話ですね……!」


「あ、ロランさん! 丁寧語に戻ってますよ!」


 ルミが目ざとく指摘する。


「あ、すみま――いや、ごめん、つい、癖で。えーっと、とても魅力的なな話を聞けてテンションが上がってる……! そして凄く図々しいお願いなんだけど、また食べに来たりしても……?」


「勿論です! リーシア様の大切な人は私にとっても大切な人ですから……! ロランさんの分もいくらでも作りますよ……!」


 ……!

 ごくり……いくらでも……? 少し食べられるだけでなく、たくさん……? いけない、欲が出ている。いや、落ち着け、それよりも今、ルミは重要なことを漏らしたぞ。


「ありがとう……! 凄く嬉しい提案。ところで、今のは、えっと……」


「はい?」


 俺が言葉に迷うが、ルミは気付いていないのか、不思議そうな顔をした。


「あー、えっと、リーシアの大切な人っていうのは、……あ、今、気安くなったから……?」


 正直、指摘するべきか悩んだが、放置はしにくいので聞いてみる。そしてルミとリーシアの様子を窺う。

 ルミは一瞬『しまった!』といったような顔になり、すぐにリーシアの方を見た。俺とルミに見られたリーシアは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

 もう、なんとなく分かった気がする。

 よくリーシアの顔が赤くなるのは気温のせいではないようだ。


「………………あのね、ロラン…………」


「はい」


 何が来ても受け止めるようにリーシアの方を見る。リーシアは泣きそうだ。これはきっと感情が高ぶったり、特に不安や恐怖が大きいのだろう。とても分かる。俺も多分リュドミラの前で同じようにしていた気がする。

 というか、本当に俺でいいのか……? いや、違うか、たぶん本当に俺とリーシアは同じなのだ。俺がリュドミラに一目惚れしたように、リーシアもきっと俺にそうだったのだろう。なぜ、そうなったのかは分からないが、それでも一目惚れのパワーが強いことを俺は知っている。だから、なんとなく今のリーシアの状況は分かる。

 でも、どうしよう……


「…………ロラン、私ね………………私ね……」


 これは長丁場になるな……

 いや、むしろ助かるか。その分、自分も気持ちを整えたり、答え方を準備することができる。なぜならリーシアが告白したら俺は回答を言わなければならないからだ。

 そして、たぶん今の俺が出せる回答はきっとリーシアが望んでいるものではない。勿論、俺はリーシアを傷つけたくない。リーシアは優しいし、一生懸命だ。そして、リュドミラと同じように非常に端正な顔立ちをしていて、上流階級ともつながりがある。そんな少女が自分を好いていてくれるなど、これ以上ないほど光栄で幸福なことだろう。

 ただ、二つの理由から、俺はきっと断らなければいけないのだ。


 一つ、俺は逃走中の身だ。しかもカテナ教という大きな組織から逃げている。そして聖導師と呼ばれる強力な追手が俺を狙っていると思われる状況だ。そんな中で恋人を作るのは危険だ。

 俺の行動が制限されるという意味でも危険だが、リーシアもまた危険だ。恋人という存在に危険な目にあって欲しくない。特に、リーシアのような優しく、儚げな少女がひどい目に合う所など考えたくもない。


 そしてもう一つは…………とても馬鹿みたいな話だけど、俺もまだ片思いをしているからだ。まだ、リュドミラのことが忘れられない。彼女は潜在的な敵と言える。だから彼女のことを俺は忘れなくてはいけない。

 でも、忘れようと思っても、時々彼女を思い出してしまう。リデッサス遺跡街からこんなに離れてしまったのに、それでも彼女を想っている。そんな状態で恋人を作るのはとても悪い事のように俺には思えてしまうのだ。


「うん、リーシア、その、ゆっくりでいいよ。無理しないでね」


 できるだけ、目の前の少女に優しくしたいという思いがある。でもそれは恋ではない。リュドミラへ俺が向けたあの大きく押し潰されるような、心が詰まるような感情とは違う。


「えっとね…………ロラン、あのね……私ね…………」


 リーシアは次の言葉が中々言えないでいた。気持ちは凄く分かる。俺も言えなかった。いや、だから、俺よりもリーシアの方が立派だ。俺は自分から言えなかったけど、リーシアは、こんなにも弱弱しい少女は、それでも勇気を振り絞って自分から言おうとしている。なぜだか、応援したくなる。支えたくなる。変な感じだ。どうせ断るのに、なんで応援したくなるのだろうか。


「あのね……えっとね…………ロランは…………そ、その、私の事、嫌いじゃない、の、……よね……?」


 リーシアはぎこちなく先程した話を取り出す。なるほど、そこから切り出すか……


「もちろん、嫌いじゃないよ。リーシアのことは、とても優しくて頑張ってて良い人だと思ってるよ」


 俺の言葉を聞くと、リーシアはがばりとこちらを見た。彼女の顔は真っ赤で、湯気がでてしまいそうだ。それほどまでに、彼女からの恋の熱は凄まじかった。その熱の大きさは、もしかしたら、何もかもを溶かしてしまうほどかもしれない。


「……! そ、そう…………だったら、その、あ、あのね……私ね、ロランが、あのね…………ロランは、恋人とか、いる……?」


 そう来たか……


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