三章8話 絶品
なにか話題を提供しなくては……えっと、聞いて良さそうな話題の中で、かつ今の雰囲気にあった話題は――
「――リーシア様、ロランさん! できました!」
俺が話題を切り出すよりも早く、ルミが現れ場の空気を大きく変えた。配膳ワゴンを押すガラガラとした音が暖炉のぱちぱち音を掻き消していく。そして同時に美味しい料理が放つ良い匂いが部屋を満たす。
「ルミちゃん、ありがとう……」
「ありがとうございます……!」
配膳ワゴンが近くに停車すると同時にリーシアがルミに声をかけ、俺も慌ててそれに続く。本当の良かった。ちょっと気まずい空気が換気された気がする。それに何だか美味しそうな匂いだ。これはきっと味も期待できる。
「はい! リーシア様もロランさんもどうぞ召し上がってください」
明るく可愛らしい笑みを浮かべながらルミが素早くテーブルに料理を配っていく。なんか凄い手際が良いな。器用でスピードがある。不器用な自分としては深く感心してしまう。そして同時に配られた料理にも心を惹かれる。何というか、見ただけで凄く美味しそうなのだ。見た目も匂いもとても美味しそうで食欲を誘う。ああ……やばい…………これは、無茶苦茶美味い料理なのでは……?
「ロラン、食べましょう……せっかくルミちゃんが作ってくれたから温かいうちに食べた方がいいわ……」
ルミの動きと美しい料理に見とれていた俺にリーシアが催促する。リーシアは既にスープを飲んでいた。早い……! あ、いや確かにリーシアのいう通りだ。こんな美味い料理は早く食わねば……!
「そ、そうですね……では、いただきます……!」
リーシアに続きスプーンを手に取り――あ、これ銀製のスプーンだ。凄い。今まで殆ど木製の食器を使っていたので新鮮だ。
いや、違う早く食べねば……!
スプーンを手に取り、香り豊かなスープを飲む。美味い……! 味はかなりコンソメスープに近い。ただ、俺が今まで飲んできたコンソメスープよりも濃厚で味が凝縮されている。それでいて飲みやすい。変に濃すぎるというわけではないと言えばいいだろうか。舌触りも喉越しも良い。温かさも完璧だ。ちゃんと暖かくて、一方で火傷しない程度の熱さだ。いや、ギリギリ火傷しない熱さか? とにかく一気にがっついたけど火傷しなかった。これは偶々なのか、それとも温度調整まで計算されてるのだろうか……? うーん、凄いな。温度の件は抜きにしたとしても、味がとても良い。美味しい。凄く美味しい。
俺が今まで飲んだ――それこそ、元の世界を含めたとしても、今まで飲んだスープの中で一番美味しいかもしれない。いや、まあ最近ヒストガ味に慣れてしまって、美味しいものに過剰に反応しているだけかもしれないが……でも、そうだとしてもこんな美味しいものを飲めるとは。
いや、これで終わりではない。まだまだスープ以外も前菜やパン、肉料理やこの辺りでは珍しい魚料理まである。結構昼にしては多めだが、これだけ美味しければ食べきれそうだ。
「ロランさん、気に入って貰えましたか?」
ニコニコとしながら、二色髪の朗らかな少女――ルミが問いかけてきた。
「はい! 凄く美味しいです。いや、もう本当に凄く美味しいです!」
「それなら良かったです。リーシア様、私も一緒に食べてもいいですか?」
熱心にハムとチーズを白いパンに乗せていたリーシアは、ルミの言葉に一瞬止まると、彼女の顔を見て優しい表情を向けた。
「……勿論よ、ルミちゃん」
そう告げるとリーシアは再び白いパンに具材を乗せる作業へと集中し始めた。
「はい! では失礼しますね」
そう言ってルミがリーシアの隣に腰かけた。そしてすぐに彼女も料理を食べ始める。なんだか興味深い二人の関係性を見つつも、俺も食事に集中する。リーシアを真似て白いパンにハムやチーズなどを乗せて食べる。
美味い……! まずパンが焼きたてだ。それに、白くてふわふわしている。こういったパンはヒストガ王国に入ってからは食べれていないので、おそらく自家製パンだろう。ほかほかでふわふわで、とても美味しい。そしてハムには塩の他にも香辛料が練り込んであるようで、香ばしく味も良い。パンやチーズととても合っている。
いや、本当に美味い。素材が良いというのもあるだろうが、それを活かすのが上手い気がする。ルミは一流料理人になれるだろう。やはり料理人の弟子とかなのか……? いや、でもリーシアは料理人って感じがしないんだよな……
「リーシア様、美味しいですか?」
黙々と食すリーシアにルミが明るい笑顔とともに問いかける。
「美味しいわ」
リーシアは素早く答えると、今度は肉料理に手を付けた。なんだろうか。リーシアは動作はかなりゆっくりしているのに、食事を手に取る動きにためらいが無いからか早く食べているように感じてしまう。うーん、実際はけっこうゆっくり食べているように見えるが……
じっとリーシアを見ていると、視線に気づいたのかリーシアがこちらを見返してきた。
「…………えっと、ロラン、どうしたのかしら……?」
急に食事の手を止めたリーシアがこちらを不安そうに見た。
「あ、いえ……リーシアさんはすごく動作がゆったりとしていて、何と言うか上品な感じな振る舞いをされていて……でも一方で食事の、何と言うか…………食事のペースに無駄がないというか。どうやったら同じようにできるか気になって。あ、何と言いますか、自分は色々と無駄が多いタイプなので。何か学べないかと思ったんです」
『食べるのが早い』と言うのは何となく躊躇われたので迂遠な表現を使う。
「………………あのね、違うの。いつもは、もっとゆっくりなの……最近ルミちゃんの料理を食べてなくて…………それで久しぶりだったから…………いつもは違うのよ、本当よ……」
リーシアは俺に咎められたと思ったのか、言い訳のような言葉を口にした。何だか咎める気は全くなかったので申し訳ない。
「あ、いえ、いえ、その、良いと思いますよ。あの、何と言うか、自分は食べるのが遅いので、ちゃんとできる人に憧れがあって、それで今のような言い方になって……あ、その、ご不快に思ってしまわれたのでしたら、すみません……!」
「……不快とかじゃないわ。でも……いっぱい食べてるところをロランに見られたから…………恥ずかしかったの……」
段々とリーシアの声が小さくなっていく。ルミがおろおろとリーシアと俺を見る。気まずい!
ええい! こうなれば! 必殺……!
「あ、あの、あ! 最近はルミさんは忙しかったんですか? その、お忙しい中、こんな美味しい料理を本当にありがとうございます……!」
話題強制変更だ……!
「えっと、……」
しかし、ルミは乗ってはくれず、リーシアの方をチラチラと見た。リーシアを無視して話を変えるなということだろうか。いや、リーシアは恥ずかしそうだし、ここは無理やり話を変えて、リーシアの恥ずかしさを自然発散させた後に再度リーシアに会話を持ちかける流れが個人的には良いと思うのだが……
どうする……? ゴリ押しでもう一度ルミに話しかけるか……? いや、ホフナーが相手の訳でもないんだし、あまりゴリ押し連打は良くない。チラリとリーシアの様子を見る。恥ずかしそうにしながらも小さくルミの方へと首を振っていた。
「えっと、ロランさん。私は最近はそんなに忙しくなくて……ただ、少し作業があったので、それをやることに集中してたんです。なので、その間は料理は作って無くて、それでリーシア様にお昼ご飯の買い出しをお願いしてて……でもでも、よくよく考えたら、リーシア様にこうしてご飯を出すのも弟子としての役割ですから、今のがむしろ正しいことなんだと思います。つまり、忙しくないので全然大丈夫です……!」
「そうだったんですか……でも、それでも直接関係が無い自分の分まで、こんなに美味しい料理を作って下さって、ありがとうございます」
「いえ! 私はリーシア様の弟子ですから、リーシア様のお客様の分の料理も用意するのは当然です!」
ルミは胸を張って答えた。
健気で可愛らしい少女だなと改めて思った。
チラリとリーシアを見る。先程よりは恥ずかしそうにはしていなかった。よし。このまま自然発散させよう。そして、ついでに気になったことについて、この際聞いておこう。会話の流れ的にも悪くない。
「とても素敵なお考えですね。リーシアさんもルミさんのような立派な弟子を持てて……あ、すみません、ふと気になったのですが……ルミさんはリーシアさんの何の弟子なんですか? 実はリーシアさんのご職業をよく分かってなくて……旅をしていることは知ってるんですが、職人さんなんですか……?」
リーシアの立ち位置に関しては結構気になっているのだ。ついでにリーシアとルミの関係も少し気になる。
「えーっと……あの、それは、リーシア様?」
ルミはリーシアの方を見た。リーシアは少し困った表情でルミを見てから、俺へと視線を向けた。
「……ロランは私の職業が気になるの……?」
「ええっと、そうですね、そういえば知らなかったな、と思って。なので結構気になるんだと思います。あと、ルミさんのことも今日初めて会ったので気になって、それでルミさんはリーシアさんの弟子ということなので、どういう弟子なのかなと思ったので、そういう意味でもリーシアさんのご職業が気になるというのはあります。あ、でも、もし説明しにくいものだったり、何かのご事情でお話できない内容でしたら、全然大丈夫です」
予防線を張りながら言葉を口にしていく。気になるには気になるが、最悪知らなくてもいいと言った感じだ。というか、何か特殊な理由で話せないのなら無理に聞くのは危険だと思う。
なぜならリーシアは推定上流階級、または上流階級と繋がりがあるのだ。変に怒らせるのはよくないだろう。でも、どういった立場の人か知っておくのは大切なことだ。なので、できれば教えて欲しい感じだ。
俺の今の予想としては、高級ファッションのデザイナーみたいな感じかなと思ってる。貴族お抱えの高級品職人、ないし芸術家みたいな人だ。何か飛び抜けた物――才能、名声、流行、血統、コネクション、人望といったような物を持ち、それが上流階級にも影響を及ぼしているのではないかと考えている。
「……………………えっとね…………なんて言えばいいのかしら…………」
リーシアはとても悩んでいるように見える。
「あ、その、無理なようでしたら、全然無理に言わないで大丈夫ですので……」
「……その、あのね、……言ったらロランが………………うん…………あのね、ロラン、私はね…………旅をしてるの」
それは知ってる……
「はい」
とりあえず相槌を打つ。
「……それでね、…………えっとね……たまに物を作ったりするの……」
やはり職人か……?
「はい」
「えっとね……他にも、色々やったりするけど…………ルミちゃんのことも気になるって言ってたわね…………」
複数の分野に跨る職人か……? それとも職人以外にも何かやってるということか……?
「はい」
「ルミちゃんは私の弟子なの……」
それは知ってる……
「はい」
「一緒に旅をしたりしてるの……それで、えっと、今はね…………作ってる物があって……ルミちゃんと一緒に作ってるの……」
職人とその弟子ということでいいだろうか……?
「なるほど……」
「うん……そんな感じよ…………」
知ってることが多かった……
まあ、これはあまり説明したくない、または説明できないということなのだろう。
「なんとなく分かりました……職人さんみたいな感じですね」
俺がまとめると、リーシアは悩んだ顔をした。
「…………………………………………………………そんな感じよ」
だいぶ長く間をとってから答えが返ってきた。リーシアが肯定したので、職人さんと思うことにしよう。たぶん俺の予想通り、特殊な背景を持った職人さんなのだろう。貴族職人さんとでも定義するべきだろうか……?
「私はリーシア様の弟子です!」
そしてルミからも知ってる情報が送られてきた。
「分かりました。ありがとうございます」
とりあえず二人に感謝を告げつつ肉料理に手をつける。美味い!! うん、美味しい料理も食べられるし、今は深く考えなくてもいいか。内心ほんの少しだけ、対ユリア計画の補強を考えてしまったが……いや、こんな美味しい料理を頂いてそれ以上を求めるのは欲が強すぎるか。
それから、リーシアとルミと一緒に料理を満喫した。何とも絶世の料理であった。スープもパンもチーズも肉も魚も野菜も果実も、何もかも美味しかった。どの味もヒストガ王国どころかミトラ王国のどの味よりも美味しかった。たぶん元の世界の料理でも対抗できないかもしれない。それほど美味しかった。
何でこんなに美味しいのか、食後のハーブティーを飲みながら疑問を感じるくらいだ。
そしてこのハーブティーも美味しい。これもルミが淹れてくれた。なお当のルミはいない。食器を片づけて配膳ワゴンとともに調理室へと去った。
正直、何もしないのは気まずかったので、せめて片づけくらいはと手伝いを申し出てみたが、普通に断られた。
何でもリーシアの客にそんなことをさせられないとのことだ。その圧に押し切られて、俺はリーシアと一緒にハーブティーを飲んでいる。リーシアは食後故に気が緩んでいるのか、ぼんやりとしている。いや? そもそもリーシアは結構ぼんやりしていることが多かったかな……ふと思ったのだが、リーシアは気まずく感じないのだな。ちょっと意外なような、そうでもないような。いや、そこは二人の関係性もあるし俺が気にすることじゃないか。
「……ロラン、ちょっといいかしら……」
リーシアが俺の視線に気づいたのか、ティーカップを置いて話しかけきた。