一章2話 異世界初日 現状把握と『絶大な力』
――気付いたら、よく分からないところにいた。
レンガ造りの建物を見ながら、俺はそんなことを考えていた。
ついさっきまで、自宅にいたのだ。就活に何度も落ち、どこにも内定を貰えることなく、大学を卒業。さて、これから、どうしようかと考えて時間ばかりを浪費していた。
考えている最中に昼飯用の食べ物が無い事に気付いたので、バックパックを背負い、食料確保に出かけようとしたのだ。しかし、自宅を出た瞬間、強い光に包まれて、気づけば、レンガ造りの街並みの中に迷い込んでいた。
辺りを見回すと、レンガや石でできた建物、それに道路もアスファルトではなく別のもの――おそらく石材でできている。行き交う人々に至っては日本人離れした見た目の人達だ。
雰囲気としてはヨーロッパの観光地に近いが、どういう訳か、外国の言葉は聞こえず、誰もが日本語で話していた。ヨーロッパの日本人町……? にしては、日本人のような見た目の持ち主はいない。あと、少し恰好がおかしい気がする。ローブだったり、鎧だったり、なんだかドラマのセットの中みたいだ。
「いや、ここ、どこ?」
疑問に答える声は無かった。仕方なく、辺りを彷徨い、人込みの中を掻き分け、大通りのような所に出た。そこで、勇気を振り絞り、親切そうな人に絞って声をかけてみたところ、いくつかの事が分かった。
一つ、まずは言語に関してだ。聞こえてくる言葉は日本語なのだが、一方で文字は初めて見るものだ。平仮名・カタカナ・漢字・アルファベットのどれとも違う。独特な文字だ。しかし、なぜか不思議と読むことができた。おかしな事だ。そう、とてもおかしなことだ。俺は初めて見た文字の意味が、なぜか分かった。
二つ、ここは日本じゃない。ミトラ王国のクリスク遺跡街というところらしい。地理はそこそこ得意だった。その知識からすると、ここは日本ではないどころか、下手をしたら地球ではない。というか多分地球ではない。
三つ、日本語は使えても日本円は使えない。というより、貨幣経済の歴史が地球より古いような気がした。見た限り、紙幣はなく、金属を加工した硬貨が使われているようだ。
四つ、三つ目と被るが、文明の感覚が現代の地球とは違っていた。貨幣経済だけではなく、その他の歴史も地球より少し古いような……というより、技術のあり方が少し違うような、そんな感じがした。いや、まあ、国が違えば色々と違うのだから、地球ではない可能性が高い場所では文明がまったく違うものになるのは当然と言えば当然だが。
これらの情報を得て、バックパック1つでよく分からないところに転送されたという事が分かった。しかも、なぜか変な文字が読めるようになってる。夢でも無さそうだったことから、就職に全滅したこと並に気落ちした俺は、気分が悪くなり、ふらふらと倒れそうになったところで、さらに新しい情報を得た。
五つ、ここの水はとてもおいしいという事だ。かなり親切な人が、道端で落ち込んでいる俺を心配し、水筒から水を分けてくれたのだ。素晴らしい人だと思う。頂いた水は、今まで飲んだ水の中で一番おいしかったかもしれない。妙に冷えていた事が気になり、それを聞いたところ、魔術で冷やしているらしい。魔術かー、そうきたかーって感じだ。
最後のとても親切な人に何度も頭を下げ、礼を言った後、俺は大通りを南側へと進み、ある建物を目指した。
おいしい水の人が、俺が金無しだと知ると、小銭を得る方法を教えてくれたからだ。
何でも、遺跡と呼ばれるものがこの街の中にはあり、その中のものは誰のものでもなく、盗掘し放題という事だ。そしてその盗掘品を遺跡ギルドと呼ばれる所が買い取ってくれるらしい。
詳しい話は遺跡ギルドで教えて貰うと良いという事で、ギルドまでの道筋を教えて貰った。おいしい水の人も盗掘を専業にしているらしい。これには安心感を感じた。何といっても、盗掘っていうのはあまり良いイメージが無い。そのため、怖い人がいっぱいいるのでは無いかと思ったが、あんなに親切な水の人が推薦し、彼女自身も盗掘家なのだ。この世界では真っ当な職業なのだろう。
――よし、何の後ろめたさも無いな!
自己正当化を一通り終えた俺は、ギルドと呼ばれる建物へと足を運び、これまた親切そうなギルドの職員を捕まえ、ギルドの会員証を発行してもらった。なお、この時、俺は自然とこちらの文字を書くことができてしまった。知らないはずの文字を読めるどころか書けるようになっていたのだ。大変不思議な気分だ。
ギルドの会員証発行の合間にギルド職員に遺跡での小銭の稼ぎ方、そして注意点を教えて貰った。なんでも、遺跡というのは超危険地帯らしい。それを最初聞いたとき、おいしい水の人の言っていたのと違う……と思ったが、これには訳があった。
遺跡は地下深くまで延びており、その深度は今でも不明。現在進行形で開拓が進められているが、底が見えず、最深層は現在27層まである。
遺跡内部では魔獣と呼ばれる危険な生物が発生し、それらは人間を見つけると襲い掛かってくるらしい。多くの遺跡荒らし(探索者と呼ぶらしい)達が魔獣との戦いで命を落とした。そして、魔獣は層が深くなればなるほど、危険度が増していき、最深層付近での探索者の活動は極めて困難と言われている。
ただ、一方で浅い深度ではそこまで危険な魔獣多くはなく、特に1層は魔獣を全て掃討し、さらに再出現を防ぐ仕組みも取り入れているため、1層では魔獣との遭遇は完全に無いらしい。
そして、この1層というのが、おいしい水の人も言っていた小銭稼ぎのポイントらしい。
どうも、遺跡というのは面白い仕組みでできており、定期的に魔力を放出するという性質があり、それにより、魔獣だけではなく、遺跡内部には魔力が籠った鉱物や、特殊な植物などが見られるらしい。これらは採取されたあとも、遺跡内で再生されるようで、魔獣掃討が終わった1層でも、手に入れる事ができるらしい。まあ、低層のものは価値が低く供給も多いことから、そこまで大金にはならないが、いくつか拾ってくれば、その日暮らしはできるらしい。
親切なギルド職員に、「とにかく最初は1層だけで拾い物をし、決して2層には下りないように」という金言を頂いたあと、1層で取れるめぼしい鉱物や植物のリストを確認した。一通り頭に入れた後、バックパックを背負い、遺跡の中へと入っていった。ここまでは良かったのだ。
ここからが問題なのだ。遺跡の中に入ってすぐに、何か惹きつけられるものを感じた。最初は神秘的な雰囲気に魅入られたのかと思った。なぜなら、遺跡の中が思ったより広く、しかも、独特の光る蔦で満ちていた事、さらには石材でできているような壁や床には独特の紋様が刻んであったりと、空気感が違っていたからだ。幻想的と言うべきだろうか。とにかくそういった神秘性に惹きつけられたのだと思った。
しかし、ふらふらと歩き出すと、その感覚は少し違うのだと気づいた。歩き出して数歩もしないうちに体が、何かを求めるように、特定の方向へと『行きたい』という気持ちになったのだ。僅かに恐怖を感じたが、それでもどうしても『行きたい』という気持ちが先行した。
そのまま、迷わないように入口からの距離や方角を気にしながら、惹きつけられる方向へと20分くらい歩いたところで、光り輝く植物を見つけた。遺跡中に張り巡らされた蔦の発光とは比べられない程の眩い光を放っていた。しかも、その光はゆっくりと強弱をつけるように点滅し、その色合いも周期的に変化している。
「ゲーミング植物……?」
明らかに異質で特殊な存在だ。なんだか魔力的なパワーもありそうだし、これは小銭になりそうだ。
「1層の素材リストには無かったけど……まあ、でも、これは絶対特殊な植物だろ……」
そう思い、植物を引っこ抜こうとしたが、思ったより堅く簡単には抜けなかった。何度か勢いをつけてようやく抜けたが、変に力がかかったのか茎のところで折れてしまった。しかし、このゲーミング植物は折れた後も、赤く光り続けていた。
「折っても光り続けるのか……あれ? 点滅してないぞ。光ったままだ。それに……色が赤一色になった。これじゃゲーミング植物じゃなくて不思議植物だぞ」
貴重性が落ちたかもしれないと感じたが、とりあえずバックパックに植物をしまった。一応、植物の近くに光る石が数個落ちていたので、それも拾ってバックパックに詰めておく。
探索を続けようとして、気づいたことがあった。それは、先ほどまで感じていた惹きつけられる感覚が途絶えてしまったのだ。なんとなく、バックパックを空け、中に収めた不思議植物を眺めてみたが、とくに惹きつけられることはなかった。妙な気分がしたが、とりあえず、他にも小銭候補が無いか探索をつづけた。
そして、2時間近く探したが、追加の成果は何もなかった。お腹が減ってきたのもあったので、そこで探索は切り上げ、とりあえず不思議植物を換金しギルドに戻ることにした。このときは、「これを売って昼飯代くらいになればいいな」などと、物事を楽観視していた。このときは。