三章4話 テチュカでの調査
ここ数日間、俺は、頑張ってテチュカの街を巡った。
『頑張って』と表現したのは雪と寒さが原因だ。数日前の大雪は未だに街の中に爪痕を残している。そこらじゅう雪まみれだ。そして雪が止んでも寒さは続いている。まあ雪が降っていた時に比べれば十分に暖かいが、それでも絶対的には寒いと言える。街の構造や情報を集めるだけでも大変だ。
一応、大雑把ながらテチュカの街の大通りの接続は確認した。ただしテチュカは大きな街であり、さらに至る所で雪が沢山積もっているので細かいところはまだまだ分からない。一方で、除雪されるスピードから各大通りの重要度はなんとなく分かった。
また、いくつかの施設の位置も確認した――特にカテナ教の聖堂の位置は、よく覚えておいた。カテナ教の聖堂に近づかずにカテナ教の聖堂の位置を知るのは少し大変だったが、地図を買ったり看板を見たり聞き込みをしたりすることで、ほぼほぼ特定することができた。
他にもテチュカの政治や経済状況などの情報収集も行った。というより、雪と寒さがあったので、大通り巡りや施設確認よりも情報収集の方がかけた時間は大きいかもしれない。
テチュカという街はたぶん城壁都市と呼ばれる街だ。街が壁に囲まれているのだ。というか、最近通った街はどこも城壁都市だった気がする。例外は遺跡街くらいだろう。遺跡街には城壁が無かった。どこもかしこも城壁都市ばかりというのはヒストガ王国の特徴なのかもしれない。
これはミトラ王国との大きな違いだ。クリスク遺跡街からリデッサス遺跡街を移動するときにいくつか街を見たが、城壁都市はなかった気がする。たまたま城壁がない街だったのか、それとも城壁文化がなかったのか、どっちなんだろうか……いや、まあそれはいいか。とにかくヒストガ王国の街は俺が見た範囲では殆ど城壁都市みたいだ。人口が少ない街や村とかだったら城壁は無いかもしれないが、今のところ俺が通った街は中央街道に面している大きな街ばかりなので、その辺りは不明だ。
あとテチュカは大変大きな街だ。正直こんな大きさだと城壁で囲むのが大変だったのではと思った。まあ、城壁が二重になっていたので、おそらくだが、最初は普通に城壁を建てて、その後、拡張のため、城壁の外にさらに街を作り、その街の外に二つ目の城壁を作ったと思われる。
現在では、城壁は外壁と内壁に分かれていて、多くの人は内壁と外壁の間に住んでいるようだ。かく言う俺も内壁と外壁の間で生活している。ちなみに、内壁の内側は貴族とかが住んでいるみたいなので、俺には関係なさそうだ。
政治や経済の状態としては、基本的には安定しているみたいだ。ただし、いくつか問題はあるようだ。街の中で噂されていた問題としては大きく分けて四つあった。
一つ目は貧民街問題だ。
このテチュカという街は城壁都市と呼ばれるだけあり、壁に囲まれている。しかし壁の中に全てがあるわけではない。例えば、農作物などは少し離れた農作地帯で育てられるし、木は伐採場から加工されて運ばれてくる。そして産業以外にも壁の外にあるものがある。それが貧民街だ。
貧民街は城壁の外に形成されていて、何かの事情で街に入れない者たちが集まっているらしい。街には入場税があるので、それが払えない者が中心となっているのかもしれない。実際結構高いので払えない人が出てしまうのは理解できる。ちなみに乗合馬車で街に入る時は馬車を予約する時に街の入場税分も払うことになっている。
話は逸れたので、元に戻すが、この貧民街はかなり昔から形成されているようで、形成当初の事情等は分からなかったが、現在は城壁内部の人達にとってはあまり良くないものだと考えられているようだ。理由は概ね、臭い・怖い・見たくない・あと義務がなんとか、というものだった。この辺りは、深く追求するとたぶん思想とか政治の話になっていて、難しいので深くは考えないでおく。というか、そこを追及してもユリアから逃れるか難しいし考えても、ん…………貧民街の人を金で雇ってユリアの妨害や移動手段の確保に繋げるとか、一応あるか……? いや、貧民街の人からすれば、俺のような雑魚はボコって金だけ回収すればいいから商談を成立させるのは難しいか。一応、頭の片隅に入れておこう。
おっとっと、また話が逸れたが、まとめると、城壁内部の人達が外部の貧民街の存在を嫌だと思っている、これが貧民街問題だ。一応、城壁内部の治安悪化にも関係しているのではないかと言われているが、これについては二つ目の話が関わっている。
二つ目は北方寒村問題だ。
このテチュカの街の北側はあまり開拓が進んでいないようで、寒村部が形成されているらしい。元々、テチュカの北部は寒冷地で農地が少なく、さらに数年周期で不作になるようで、食料供給が不安定のようだ。また産業のようなものもない。食料もなく産業もないので、当然ながら富を蓄えることができず、結果常に貧しい状態に陥っているらしい。病気などが流行ると村一つが壊滅することすらある。恐ろしい話だ。
そして、貧しい故に犯罪者の発生源になっているようだ。貧しい犯罪者は寒村内で盗みを行うこともあるが、そもそも寒村内だと盗む物すらないことがある。そのため貧しい犯罪者は暖かく富がある南に移動して盗みを働くらしい。つまり、ここテチュカの街に犯罪者が来るのだ。一応、城壁の効果もあり、入場税を払えない者や明らかに怪しい者は城門で止められるため、多くは城壁外の貧民街で犯罪を行うらしい。
しかし、何らかの非正規手段によって貧民街にいる人間が城壁内部に入ることが以前からあったらしい。そういった人達の一部が内部で犯罪行為を行い、それが先程言及した貧民街問題における治安悪化に繋がって来る。そして北方寒村から流れて来た犯罪者が貧民街が持つ非正規手段を使って豊かな城壁内部へと侵入し、内部で多くの犯罪行為を行う。
結果、北方寒村部の不作期に入ると、時間差を置いてからテチュカ城壁内部の犯罪数が大きく延びるらしい。今年は少し不作気味だったらしく、時期的にも収穫期を終えて冬に入ったので、昨年に比べて城壁内の治安の大幅悪化が予想されているらしい。治安悪化は普通に自分にも関わる問題なので、怖い所だ。明るい時間に大通りを利用するなどを意識し、危険そうな場所は避けよう。あと荷物や貴重品は分散して持とう。
三つ目はカテナ教問題だ。
カテナ教は俺とは対立関係にあると言えるので、前述した二つ以上に重要な問題だ。これはカテナ教をどのように扱うべきかという問題だ。これについては少し複雑で、まずヒストガ王国におけるカテナ教の立ち位置について説明しなくてはいけない。
ヒストガ王国――カテナ大陸において、ヒストガ地方を支配する王国という意味だ。しかし、これはある特定の王朝だけを指すわけでは無い。一応、『現在』のヒストガ地方において、ヒストガ王国とされているものは単一の王朝を指す。しかし、過去にヒストガ王国は現在支配している王朝とは別の王朝が支配していることがあった。アケメネス朝ペルシャとササン朝ペルシャみたいな感じと言えばいいだろうか。家柄は違うけど同じ名前の土地を治めている感じだ。
現在の王家はシェルニツキ家というところだ。つまりシェルニツキ朝ヒストガだ。シェルニツキ家は百年以上前に大陸北部――現在のヒストガ王国の領土の外からやってきた一族の末裔だ。遊牧民族とかそんな感じだったのだろうか? 詳しくは分からないが、シェルニツキ王家やその側近たちの文化・宗教は大陸北部の影響が大きいようだ。
一方で、シェルニツキ家がヒストガ王国を治めるよりも遥か昔からカテナ教は影響力をある程度持っていた。これは地域ごとに異なり、南部では強い影響力を、中部・北部ではあまり大きな影響力を持っていなかったらしい。代わりに中部・北部では大昔の土着信仰やカテナ教から派生した新宗教などが乱立されている状態だったらしい。つまり宗教分布がかなり面倒臭い状況だったようだ。
シェルニツキ朝ヒストガの上流階級は大陸北部の宗教の影響を受け、一方で中流階級以下の人々は住む地域によって異なる宗教体系を持っている。そして、その中では王国南部のカテナ教が頭一つ抜けた影響力を持つ。しかしでカテナ教だけでは国内全てを覆うほどの影響力はない。
初期のシェルニツキ朝がこの問題にどう悩み、そしてどのような思考の経路を辿ったかは謎だが、結果としては、『国教を定めない』という選択をしたようだ。この選択により、シェルニツキ朝傘下の各領主たちは自身の持っている領地で好ましいとされる信仰を選ぶことができた。主君であるシェルニツキ家に合わせて特定に信仰を推奨しないというケースもあったようだが、支配者としては宗教がある方が都合がいいのか特定の信仰を領内で推し進める場合もあった。
そしてようやくテチュカの街におけるカテナ教問題に入る。テチュカの街では主君のシェルニツキ朝ヒストガと同じ方針を取り、長年特定の信仰の奨励はしなかった。これは、どうもテチュカを治めるヴィシニェフ家がシェルニツキ朝の遠い親戚であることが影響しているようだ。
ヴィシニェフ家は、シェルニツキ朝がヒストガ王国を成立させる前からの家臣であり、ヒストガ王国成立後しばらくしてからシェルニツキ家の血が入ったようだ。王族の血があると聞くと凄い力を持っているのかなと最初は思ったが、そこまで強くはないらしい。入った王族の血も傍系のものだ。一応、公的なポジションとしては伯爵の爵位とテチュカという大きな城壁都市の支配権と、テチュカを支える街や村の支配権だ。……いや、結構凄い力を持ってるか……? まあいいや、とにかく、このヴィシニェフ家がテチュカの街における最高権力を持つ家だ。
そして、ヴィシニェフ家は最近になってカテナ教を奨励宗教にするのではないかという噂が街に流れている。長くなってしまったが、これが三つ目のカテナ教問題だ。
伝統的な人達や、カテナ教以外の信仰を強く持つ人たちからは反感が大きい。一方でカテナ教は非常に強力な宗教で、かつカテナ教を信仰しているヒストガ王国南部は栄えているという話も都市の中ではあり、カテナ教との結びつきを強くすることは都市を強くすることに繋がるので良い選択だという意見もある。
そして、そもそも、なぜこのような噂が流れているかというと、これは次の問題であるヴィシニェフ家後継者問題に繋がっていく。
四つ目の問題はヴィシニェフ家後継者問題だ。
これは後継者候補として注目されている人物が二人いて、そしてその二人の政策方針が真逆のため発生している問題だ。
まず大前提としてヴィシニェフ家もシェルニツキ朝も長子相続を基本とする文化を持つ。今回の後継者候補は現当主の長男と次男だ。父親と母親は同じだ。はて、それなら文化的に長男一択ではないかと俺は思った。しかし問題があった。長男はカテナ教推進派であり、次男は伝統派だった。そして、噂によると、次男はとても優秀な人で、一方で長男はとても良い人だが情熱的すぎる面があるらしい。
つまり……皆、次男が継いでくれると色々と嬉しいなと思っているようだ。俺も次男が継いでくれると嬉しいなと思った。なぜなら俺はカテナ教とは仲が悪いからだ。一応、なぜ長男がカテナ教を推進するのか調べたところ、そこには納得できる理由があった。
どうも、この長男は数年前に死に至る大病を患ったらしい。名医に見せても治らず、瀕死の重体を彷徨った時、なんとカテナ教が聖導師を派遣してくれたらしい。そしてその聖導師は『癒し』の術で長男を治療したらしい。これにより長男の病気は無事回復。長男は熱心なカテナ教徒になりました、というわけらしい。まあ、命の恩人だと考えれば納得できる。でも、それはそれとして個人的にはカテナ教を推進して欲しくないので、次男に頑張って頂きたいところだ。
集めた情報はこんな感じだ。ああ、そうだ、ついでに美味しい飯情報も調べているが、こちらは難航中だ。今も飲食店で昼飯を食べているが、正直いまいちだ。一応、今食べている飲食店も美味しいという噂の店だったのだが……うーん、ミトラ王国の料理が恋しい。
そこまで考えて視界の端に知った顔を見つけてしまった。いや、知った顔と言うのは少し行き過ぎた表現かもしれないが……以前、バスケットを一生懸命持ってきたくれた不思議な透明感のある美少女、リーシアが店内にいたのだ。ちょこんと座って、料理を食べている。何というか相変わらず大人しそうな感じだ。それでいて儚く弱弱しく見える。実を言うと、彼女の姿はここ最近よく見る。行動様式が被っているのだろうか?
まあ、見かけるだけで特に話をしたりはしていないが。特に話す事もないし、というか、向こうからするといきなり話しかけられても困るだろうけど。
うん、とりあえず完食。残念ながら味はいまいちだった。次の店を探さなくてはいけない。
気落ちしながら店を出る。そして少しだけ歩いたところで、透き通った儚げな声が耳を撫でた。
「ちょっといいかしら……」
振り向くと、店内にいた美少女――リーシアがそこにいた。
はて? 俺に何の用だろうか?




