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三章3話 雪の中に咲く花のように


 それからさらに翌日。天気は曇りだ。雪がようやく止んだのだ。良かった。ちなみに寒さはそんなに変わらないので十分寒い。まあ、雪が降ってた時よりはマシか。


 朝食を済ませて午前中から活動を開始した。幸いにも既に雪かきは始まっているのか、街の中は最低限歩けるようにはなっていた。勿論、まだまだ雪まみれの街であったが。主要の大通りを見て回り、午前中はテチュカの街の構造の把握に務めた。また、他にも並行して美味しい飲食店がないか調べた。というのも、正直な話、このヒストガ王国には欠点があるように俺には感じられるのだ。

 つまり、料理がいまいちなのだ。この二日間、『ウスタレゴ』の宿で食べた料理もいまいちだった。というか、今まで通って来た街――シュトラセラの街からヴィアルムの街まですべての宿、飲食店、屋台の料理はどれも美味しいとは形容しにくかった。

 唯一、ヒストガ王国で美味しい食べ物があったのはミトラ王国との国境にあったリミタリウス遺跡街だけだった。もしかしたらミトラ王国から美味しい料理が流れてきているのかもしれない。いや? 遺跡街は経済が活発な気がするから、そのせいかもしれない。


 まあ、それはどちらでもいいか。

 兎に角、料理が微妙なのはちょっと嫌だ。クオリティオブライフが下がってる気がする。

 勿論、逃亡生活中にそんなこと気にするな、という話かもしれない。だが、これは士気に関わる。リミタリウス遺跡街からテチュカの街までの移動は素早く行わなければいけなかったため、料理の味は我慢した。しかし、このテチュカではしばらく滞在する。恐らくだが、逃亡計画にかける時間を目一杯使ったとしても時間は余るだろう。ならばその時間の一部を士気の維持――美味しい飲食店探しに割り当てても問題は無いだろう。


 色々と調べてみたところ、ある弁当屋が美味しいようだ。大人気で予約制らしい。行ってみたら運よく予約できた。ああ、勿論、街の構造も色々調べた。まだ雪まみれの街なので、細かいところは調べてないが街の西側の大通りはいくつか見て回った。


 そうして待ちに待ったお昼、俺は少し気分を高揚させながら弁当屋へ向かった。久々に美味しい料理にありつけるかもしれない。嬉しい。

 




 しかし、美味しい料理は俺を待っていなかった。

 俺が弁当屋に行き、前払いで入手した引換券を見せたところ、「もうない」と言われた。

 はて? 意味が分からず店員に聞いたところ、ロランさんは既に弁当を受け取っているらしい。いやいやいや……受け取って無いんだが、と思い、引換券を見せてこちらの状況を説明した。しかし、店員は「もう渡した」の一点張りだった。

 なお、この間、前払いで入手した引換券は店員に回収されてしまった。ちなみに前払いの金は返ってこないらしい。理由はちゃんと作ってもう渡したかららしい。引換券は回収しそびれたから今回収したんだって。


 ………………それは、困るんだが。


 いや、まあ仕方が無いか。正直、少し不快に感じたし、何より美味いと噂の飯をありつけず非常に悲しい。しかし、これ以上粘っても、飯は無いだろうし、悪目立ちしそうだ。故に諦めた方が良いだろう。

 内心では、飯がないならせめて前払いの金だけでも回収したいという気持ちはあった。しかし、ここで些細な金に粘って変に悪印象を持たれて記憶されるのは避けたかった。俺が記憶されていて、それでもしユリアがこの店に来て情報収集をした時に、この店員がユリアと話をすることになったら嫌だと思ったのだ。極めて低い確率だと思ったが、何となくそう思ったのでやめておいた。

 少し悔しいような気持ちになったが、なに、俺にはホフナー金がある。ホフナー金に比べれば、弁当代一食など大きな問題ではない。

 さて切り替えていこう。とりあえず昼飯はどうするかと思ったその時、風が吹いた。風が体を撫で、そして同時に強い悪寒が走る。うーむ、昼なのにだいぶ寒いな……


 そこまで考えたところで、視線を感じた。なんとなくその方向に振り向いた。


 こちらを見る少女――いや、美少女の姿がそこにはあった。

 静かに雪の上に立っている少女は、憂いを帯びた瞳でこちらを見つめている。儚げで、触れば崩れてしまいそうな弱弱しい印象を与える少女だ。そして何より容姿が非常に美しい。リュドミラという美少女と触れ合った俺でさえ思わず見てしまうような美しさだ。

 長い髪は明るい茶髪、いやもはやオレンジ色に近い色だ。一方で明るい髪色とは違い、雰囲気や顔つきは儚げな雰囲気を感じる。そして、どこか凛としている。凛としているが気が強いという感じではなく、むしろ弱そうに見える。不思議な少女だ。リュドミラは蠱惑的な花のような魅力があったが、目の前の少女は雪の中ひっそりと咲く花のような印象を受ける。儚く弱いが凛としている。いや、実際、今この辺りは雪がいっぱいあるからそう感じるのかもしれないけど。


 そしてそんな少女がなぜかこちらを見つめている。俺もなんとか見つめ返しているせいで、なんだか見つめ合っているような形になっている。

 おっとっと、少女の美しさもあり、思わず見てしまったが、失礼かと思い視線を外す。気まずくなり、そのままどこかへ行こうと通りを歩き始めた時、美しい音が耳に触れた。


「待って……!」


 透き通った声が俺を貫いた。


「え?」


 反射的に声を出し、そして気付く。おそらく今、自分は話しかけられていると。少女を見る。先程と同じように弱弱しい印象を受ける。しかし、どこか勇気を振り絞ったかのような、そんな雰囲気を彼女は出していた。


「あの、その……あなたがロラン?」


 そうして、かけられた言葉を聞き、一瞬頭が白く染まる。


――ロランというのは、今、俺が使っている偽名だ。なぜ知っているのか? というより、なぜ俺に声をかける……?


 もしや、この儚げ少女……ユリアの手先だったりするのだろうか。疑念を感じ、再び少女を見る。


「えっと……?」


 適当な語句を出しながら、思考を回す。

 彼女はカテナ教関係者か……? ちょっと分からないが、少なくとも聖導師では無さそうだ。聖導師は特徴的な黒い服装をいつもしている。あのスイでさえ、着崩していたものの、常に聖導師の服装をしていたのだ。聖導師ならばきっと着用義務みたいなものがあるのではないだろうか。というか、あると思う。聖導師という力と権威を持った存在が黄門様みたいに市井に紛れてたら普通に困るだろうから。


「これ、あなたの……?」


 少女がバスケットを俺に差し出してきた。バスケットには紙が添えられていて、そこには『ロラン』と書かれていた。ふむ?

 どうしようかと少し悩みながらも、恐る恐るバスケットを受け取り、中身を確認する。中には食料が入っていた。大き目の黒パン、小さめのチーズ、串が刺さった肉、木の器の中にはドロッとした液体状の物――シチューみたいな料理が入っていた。料理はまだ温かく外の空気の冷たさもあって湯気が漏れている。

 これは、まさか……?


「これって、もしかして、そこの店の……?」


 なぜ持っているのか理由が分からず、この美しい少女をじっと見てしまう。少女が恥ずかしそうに視線を俺から外した。


「あのね…………私が貰った時に、一緒に貰ったの…………えっとね、気付かなくてね……そう、最初は気付かなかったの…………それでルミちゃんに言われて気付いたの。だから、それで、この店で待ってれば来ると思って……盗んだとかじゃないのよ……」


 少女はゆっくりと、所々で言葉に詰まったり悩んだりしながらも、俺に言葉を伝えた。

 どうやら、少女は俺の分を間違って回収してしまったようだ。

 なるほど。勝手に疑ってしまったが、彼女は別にカテナ教とかとは関係なく、親切心や義務感で俺の事を探していたようだ。しかも、料理からまだ湯気が出ていることを考えると、彼女が料理を手にしてからあまり時間は経っていないのかもしれない――つまり、彼女は一生懸命、俺のことを探してくれたのだろう。

 たぶん良い人だ。

 うーん。勝手に疑ってしまって悪かったな。逃亡生活などしていると、すぐ人を疑ったりしてしまうようだ。反省、反省。

 反省の気持ちからというわけでもないが、少女の様子を窺う。恥ずかしそうに視線を逸らしている。多分だが間違って人のものを受け取ってしまったために、気まずさみたいなものを感じているのだろう。まあ、俺も逆の立場なら気まずく感じると思うから、気持ちは分かる。


「ああ、そうだったんですか。わ――ありがとうございます。助かりました。えっと、あなたもこちらの料理を? 自分も美味しいという話を聞いて、食べてみたいと思って来たんです」


 『わざわざ持ってきてくれて』と言いかけて別の言葉を選んだ。なんか嫌味っぽく聞こえるかもしれないと思ったからだ。この少女は見た感じ繊細そうに見えるし、特に悪意を持っているようには見えないし、傷つけたくはないなと思ったのだ。

 まあ、それ故、なんとなくどうでも良い話を振ってしまった。まあ少女の罪悪感のような意識を逸らせればいいなー、とか思ってる。これで少女が俺のどうでもいい話に適当に返事をしてくれたら、俺も『美味しそうですよね~、それじゃー』みたいな感じで離れよう。


「うん……ここのご飯は美味しいって言ってる人がいたわ……」


「ああ、やっぱりですか。美味しそうですよね。それじゃあ、またどこかで会ったらよろしくお願いします」


 俺はできるだけ笑顔っぽい表情を作り少女から離れた。ふー、一件落着。念願の料理も手に入れたし、完璧だな。


「ま、待って……」


 背後から声が聞こえて後ろを向く。少女が俺の服の背中の部分を摘まんでいた。

 はて?


「はい?」


 少女の手に力は入ってないため、俺が歩けば簡単に摘まんだ部分は彼女の指から抜けるだろう。ただ、弱弱しく俺の背中を摘まむ少女を振り払うのは、なんだか罪悪感を誘う。


「あ、あの、……ごめんなさい、わざとじゃないの…………」


 少女は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、小さく呟いた。

 …………ええっと、罪悪感を強く感じるタイプのようだ。さっきの俺の言い方だとうまく罪悪感を逸らせてないのだろう。うーん、優し過ぎたり完璧主義者なタイプなのかな? 

 俺としては全然気にしてないし、そんなに罪悪感を抱いて欲しくないのだが……どう言えば一番いいかな?


「ええっと、あの、アレですよね。たぶん一緒に持ってっちゃった事を気にしてるんですよね。全然大丈夫ですよ。気にしてないといいますか。こうして料理は今、自分の手にありますし。むしろ、さっきの、あなたのお話だと、結構前からお店で自分の事を待ってもらったみたいですし、逆に申し訳ないと言いますか……あー、何て言うか、自分、たぶん予約した中では最後に来た人だと思うので、待たせてしまいましたよね? すみません。お互い様というわけではないですけど、自分もあなたに悪い事をしてしまいましたから、気にしないでください」


 何となく思っていた事や喋っていて思いついたことを上手い感じに並べてみる。どうかな?

 少女がじっと俺を見た。美しい容姿の少女に見られて少しドキリとする。なんか、この子、改めて近くで見ると、本当に美少女だな。あのリュドミラと良い勝負かもしれない。つまり無茶苦茶美少女だ。故に目を逸らしそうになってしまう。ただ、このタイミングで逸らすと、この儚げな少女を傷つけてしまいそうだと思い、強い意志で目を見つめ返す。

 ん?

 気のせいだろうか。少女の目の色が薄っすらと濡れているように思えてしまった。泣きそう……? うん? うん? うん? 俺の言い方、悪かったかな……?


「……、……優しいのね」


 ?

 うーん?

 これは、えっと、気を遣ってることはバレたっぽい。あー、気を遣わせてしまったと思われたかな?


「ど、どうでしょう……?」


 困ったな。もう少し気の利いた言葉を言えれば良かったのだが、そこまで対人関係が得意というわけではないので、難しいな。


「…………優しい人だと思うわ」


 そう言って、少女は顔を赤くしながら、じっと俺を見つめた。数秒ほど見つめた後、少女は再び口を開いた。


「リーシアよ」


「え?」


「私の名前、リーシアっていうの……また、どこかで会いましょう、ロラン……」


 そう言って、不思議な透明感を持つ美少女――リーシアは去っていた。

 彼女の背中は俺はぼーっと見送った。彼女の背が見えなくなった時、ふと自分の感情に気付き、軽く額を叩いた。


――何を考えてるんだ、俺は。


 一度首を横に振った後、俺は手に入れた料理を持って一度『ウスタレゴ』の宿へと戻った。


 なお、肝心の料理はそこまで美味しくなかった。どうやらヒストガ王国の料理は俺と相性が悪いようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おお!ついに新キャラクターが登場しました。久しぶりです! 彼女は本当にいい子のようです。ただ、この小説の登場人物の傾向を考えると、ひねりがあると思います...。(面白いことに、彼女はユリ…
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