三章2話 テチュカの街での行動計画
ヒストガ王国のテチュカというとても大きな街に入って一日が経過した。
雪が未だに降っている。この街に駆け込んできた時も、だいぶ雪が降っていたが、時間の経過とともに強まっているのだ。一日経った今は、流石に降る量も減ってきたが、それでもまだ降ってる。
そのため、現在、俺は『ウスタレゴ』という名前の宿で休んでいる。なお、この宿の確保はライゼハンデ商会に手伝ってもらった。なぜかというと、突然の大雪だったため、俺が乗っていた馬車以外も多くの馬車が駆け込んだためか、街の宿泊施設はかなり混みあっていたのだ。正直、自分一人だと宿を取れなかったかもしれない。街に駆け込んできた時も親切にしてもらったが、またお世話になってしまった。
そうして『ウスタレゴ』の宿に籠ること既に一日。だいぶ降る雪の量が減ってきたとはいえ、まだ外に行くのは難しい雪だ。正直、かなり寒いので早く降り止んで欲しい。寒すぎて、宿の中にいるのに防寒具を何枚を着込んでいる状態だ。
早く晴れた日になりますようにと願いながらも、現状について考察することにする。
――大陸東部に逃げる計画だ。雪が止むまでは動けない。いや、たぶん雪が止んでも動けないだろう。最悪の場合は、冬をここで超すことになるだろう。
おそらくだが、雪が降り終わったとしても、ここまで積もったら、交通網は麻痺すると思われる。復旧にどのくらいかかるか分からないが、十日以上かかるかもしれない。十日も経てば、本格的な雪の季節が近づいてくる。いや、もう既に本格的に降ってるけど、今回のは季節を前倒した雪だ。つまりこれからはもっと気合の入った雪が来る可能性がある。そうなれば、各都市の交通は断絶されるだろう。俺もこの街で冬越しをする必要があるかもしれない。
そうすると、東部に逃げる計画が狂う。俺の予定では雪が降るのはもっと先だった。具体的に言うと十数日から三十日ほど先だろうか。なので、それまでにヒストガ王国を一気に抜け、東にあるミティス公国に入りたかった。そして冬が明けたら大陸東海岸のあるストポルド王国まで行く予定だったのだ。
計画が狂ったのは問題なので、何か修正案を……いや? そこまで大きな問題ではないか? なぜなら、これは元々、追って来るであろうユリアから、できる限り距離を取るという意味合いが強い計画だからだ。
勿論、大陸東部に向かうというのも意味があるのだが……やはり、どちらかと言うとユリアとの距離を稼ぐという点を意識している。そして、これまでの移動で、ユリアが追ってきているような痕跡は感じられなかった。そもそも追ってきてないという可能性もあるが、まあそこまで楽観視するのは良くない気もするので、追ってきていると仮定する。
ただ、その上でも、ここま痕跡がない以上、現状でもだいぶ距離を取れていると考えて良いと思う。そして、今回の大雪だ。雪がヒストガ王国内でどの程度の範囲で広がったかにもよるが、少なくともテチュカ近郊の交通網は壊滅的な被害を受けたはずだ。ならば、少なくとも交通網が回復するまではユリアは追ってこれないと思う。交通網が回復してすぐ動けば、ユリアとの距離を広げるという点において、今回の大雪は俺にとってデメリットにはなっていない。メリットも無さそうだけど。まあ、それはいいや。
ただ一方で、少し考えている怖い予想があって……これはユリアが交通網が麻痺していることを無視して進撃してくるケースだ。これをやられると怖い。俺はこのテチュカから動けないけど、ユリアは動けてしまう。
最悪の場合はテチュカにユリアが乗り込んで来る可能性だってあるだろう。ユリアの身体能力や噂に聞く聖なる術を使えば無理やりな進撃ができないことも無さそうだが……うーん? でも来るかな……? たとえユリアが大丈夫でも他のメンバーが大丈夫かという問題はある。それに馬って雪の中で走れたりするんだろうか?
少なくとも馬車は無理だろう。車輪と雪の相性が悪いはず。ユリアがどういった移動手段を使うかは分からないが俺と一緒なら馬車を使ってるはず……馬とか乗れたりするのかな? そうすると馬や、もしくは騎乗可能な何らかの生物に乗って来る可能性があるか。そういった生物の中で寒さや雪と相性が良い生物に乗れば、無理やりな進撃ができなくもない、か……? まあ、これは今後テチュカの街で馬などを見かけるかどうかで分かるかな。たとえば、雪が止んでしばらくした後に街に馬に乗った人が入ってくるのを見かけたら、テチュカ近郊の交通状態は『とりあえず馬だけなら動ける』ということになるだろう。その段階になったら、馬に乗ったユリアがテチュカに入ってくる可能性を検討すればよいだろう。
一応、そのケースになった場合――つまりユリアが馬などを使い無理やり追ってきたかつ、馬車が動かないという状況になった場合は、隠れてやり過ごすか、もしくはこちらも馬を使い逃亡だな。
前者に関しては、今のうちからテチュカの街で隠れられそうな場所や手段、人脈などを築くことができれば、俺を探すであろうユリアに対して優位に立てると思う。まあユリア側も四人もいるから長時間探されたら見つかっちゃうかもしれないけど……それまでに馬車が利用可能になれば何とかなるか?
後者に関しては、誰かに乗せてもらうことになるだろう。一人で頑張って乗れるようになるまで訓練するという方法もあるかもしれないが、この雪で積もった街の中で訓練するのは色々と難しそうだ。
なので、誰かと一緒に移動することになるだろうが……うーん、そもそも雪の中、馬で移動する人って限られると思うし、そういう人ってきっと雪でも急いでいるから移動するのであって、足手まといを一緒に乗せることは目的に反するだろう。だからよほど機会や出会いに恵まれないと難しいだろう。
よって、現状では、ユリアが無理やり馬を使ってテチュカに乗り込んできた場合は、隠れつつ、運が良ければテチュカから脱出という流れになるだろう。
あと、変則的なケースだがだが、ユリアが走って来るという可能性も僅かにあるかもしれない。これはユリアの身体能力だけで進撃してくるパターンだ。クリスクで見たユリアやスイの類稀な身体能力を駆使すれば可能かもしれない。
ただ、この場合はたぶん追手はユリア一人ということになる。いつ来るか全く予想ができないのがとても怖いが……数が少ないのは有利か? 実質俺とユリアの一対一になるだろう。それならば、直接対面せずに上手く隠れてやり過ごしたりとか……あ、いや、それはカテナ教の影響力次第か。このテチュカの街で教会の人を動員されてローラー作戦とかされたら見つかりそうだな。巡礼地図によるとテチュカはとても大きな街であるためか、カテナ教の聖堂もあるようだし、十分危険だな。
というか、そうだ、この街、カテナ教の聖堂があるんだ。正直、この街に留まるケースは想定してなかったので、あまり考えてなかったが、一応、聖堂関係には近寄らないようにしておこう。まあ、普通のカテナ教の信者の人ならそこまで怖がらなくて大丈夫だろう。危険なのは聖導師だ。なので聖導師警戒だが……でも、聖導師の希少性を考えると、この街にいる可能性は非常に低いだろうから、そこまで心配しなくてもいいだろう。もちろん、それでも一応、カテナ教の聖堂には近づかないようにしよう。
あと話が戻るが、ユリア単独が来た場合だが……まあ、ユリアが聖堂で動員をかけたりしたら、流石に動きで俺も分かるはず。街全体の空気がざわつくだろう。その場合は……どうしよう? というか聖堂に動員をかけられる可能性って、ユリアが馬で乗りこんでくるケースでも有り得るような……うーん? ローラー作戦をやられると隠れられるかどうか難しいような……やはり交通網が麻痺している状態でも脱出できる手段が欲しいな。一応、雪の中、一人で移動することが可能かどうかの検証はやっておくか。
と、まあ、とりあえず、この街でやることは、街の構造や仕組みの把握、人脈の構築、他にもテチュカの政治体制な経済状況とかも知っておいていいかもしれない。あと可能ならば馬に乗ったり雪の中一人で移動することが可能かどうかの調査といったところだろう。あと、この街ではカテナ教の聖堂には近寄らないようにしよう。
よし、こんなところだろう。色々と自分の立場が悪い状態を想定したが、現状、ヒストガ王国に入ってからユリアの影はまったく見えないし、俺の心配しすぎかもしれない。案外、俺の事なんか全然気にしてなくて、諦めてる可能性だってあるしな。あまり悲観的になりすぎないようにしよう。
うーん。それにしても本当に寒いな。カーテンを少しだけ開けて窓の外を見る。まだ雪が降っていた。それにかなり積もっているようだ。まあ、だんだん降る量は減っているので、あと少ししたら外に出れるくらいにはなるだろう。




