三章幕間 まてまて~④
「『導き』ですか。確かに成果は出るかもしれませんが、何の成果も出ないまま、時間だけが過ぎてしまうかもしれませんよ?」
『導き』の能力を使えば藤ヶ崎戒の居場所は分かるかもしれないし、分からないかもしれない。しかし精度の高い予知を試みれば『昇華』により、リュドミラは数日間行動不能になる。リュドミラはユリアにそういったニュアンスを込めて言葉を告げた。
「このまま何もしないよりは、ずっと良いと思いますし……きっと私の考えた案よりもリュドミラ様の予知の成功率の方が高いと思います……リュドミラ様が言う成果を一番出せる方法なんだと今は考えています……その、リュドミラ様に負担をすごくかけてしまうんですけど……ただ、この方法が今では一番良いと思っていて、お願いします……!」
ユリアは最初からリュドミラに予知をさせたかった。ここまでの話の流れはこれを言うためのものだった。勿論、リュドミラが断った場合は、先ほどの案でも良いと思っているし、別の誰かがもっと良い方法を提案できるならそれでよいと思っている。今、この街でこれ以上時間を浪費するのを避けたかったのだ。
「『昇華』のリスクの話は少し前にしたばかりだったと思いますが……ふふっ、馬を酷使するのは厭う導師ユリアでも聖女は酷使されるのですね」
リュドミラは内心、これはこれで構わないと考え始めていた。本当を言うと、もう少しユリアと共に過ごして彼女に聖なる術や聖具について色々と教えることができれば考えていたが、ユリアが悪魔憑きを捕まえるための手段として自分を利用しようという考えがあるなら、それでも良いと思っているのだ。リュドミラにとって藤ヶ崎戒の居場所を知ることなど簡単なことなのだから。
ただ一方で、馬の酷使術を見せてから、時折ユリアが向ける視線が気になったのも事実であった。
「え……いえ、その、それは、すみません。リュドミラ様を酷使しようとは思ってなくて……でも、そう見えますよね……あの、リュドミラ様が嫌なようでしたら、全然大丈夫です。他の方法を探します。ただ、もし、できれば、やって欲しくて……この方法が今取れる手段の中では、一番確実だと思うんです。あと、その、馬のことは仕方がないことだと思ってます。むしろ、リュドミラ様のおかげで移動がだいぶ楽になりましたし、馬も常に元気そうでしたから……その、こ、酷使はしてなかったと思います、よ……?」
前半の言い訳はユリアとしては本心に近かった。リュドミラを酷使したいわけでもないし、別の手段を使ってもいいと思っていた。ただ、今はリュドミラに頼るのが一番良い手段だと考えたのだ。
一方で後半、馬の件に関しては、まさに言い訳だった。第三者が見れば、酷使しているように思われるのではないかと考えていたからだ。ただ、これもリュドミラを責める気はなかったのだ。そのためユリアは馬の話を急に持ち出されて少し混乱したのだ。
「……そこまで言うのでしたら、構いませんよ。しかし、二つ条件があります。よろしいですか?」
リュドミラの了承のような言葉を聞き、ユリアは内心で上手くいきそうだと笑みを浮かべる。
「はい、それは勿論です」
「それでは、まずお話することは、予知の精度についてです。予知しようとする内容によっては間違った結果を引き出すことがあります。また、上手く予知できないこともあります。それを前提で考えて欲しいのです。予知したい内容に関しては後で皆さんと詰めて考えましょう。それと、予知をするときは必ず一人にして下さい。見苦しいところを見せたくはありません。意識を失っている間もです。ですから、私が部屋から出るまで誰も入らないように」
フリギダムの街において、藤ヶ崎戒を追う五人は聖堂ではなく一般の宿泊施設で部屋を借りていた。
この街はヒストガ王国北部に位置しているためカテナ教の影響力が少なく、また街そのものの規模も小さいため、都合よく寝床を提供してくれる聖堂が無かったからだ。そして、部屋は隣り合う二室を確保していた。割り当てはリュドミラとユリアの聖導師組と、アストリッド・ルティナ・マリエッタの三人組だ。現在の話合いは三人組の借りている部屋で行っていた。
「えっと、予知の内容の件は分かりました。ただ、その、意識を失ったリュドミラ様を一人にするのは、ちょっと……何かあったら良くないですし、私が近くにいちゃダメですか……?」
部屋を追い出されることを恐れた、ということではなく、純粋に心配する気持ちと、そして疑う気持ちからユリアはリュドミラに願い出た。
「導師ユリア相手であっても見苦しいところを見せたくないですし、事前に扉や窓、壁は補強しておきます。危険はないでしょう。それに隣の部屋ですから、もし何かあったら助けてもらえるのでしょう?」
「それは勿論です」
「ふふっ、それでしたら構いませんね? 安心してください。そう長くはありません。三日以内には意識を取り戻すはずです」
「三日ですね。分かりました。もし、三日を過ぎてリュドミラ様が目を覚まさなかったらどうしますか?」
念のためといった風にユリアが尋ねた。
「そういったことはないと思いますが……どちらにしろ、私が自然に意識を取り戻す他ありませんから……ただ、そうですね、四日目になっても目が覚めないようであれば置いて行ってしまっても構いませんよ。その時は導師ユリアを中心に纏まってください」
「その時は目が覚めるまで待ちます」
ユリアの誠実そうな顔つきを見て、リュドミラは愉快そうな笑みを浮かべた。
「そう言われると十日くらい部屋に籠ってしまいたくなりますね」
「えっと……」
ユリアは困ったような顔になった。
「冗談ですよ、導師ユリア……というわけで、私が一人になれるように、導師ユリアは部屋の移動をお願いします。それと先ほども申し上げましたが、皆さんには予知の内容の決定を」
それから五人で話合い予知の内容を決めた。それは藤ヶ崎戒が今、どこにいて、そして何という名前を使っているかだ。本当は数日先の未来の方が良いのではないかという提案もあったが、近い未来の方が予知の精度が上がるということから、直近の未来を『導く』こととなった。
そして、ユリアが自分の荷物を隣の部屋からルティナたちの部屋へと運び込んだ後、リュドミラは隣の部屋に籠った。
※
それから三日後、リュドミラが部屋から出て来た。そして、次のように告げた。
――悪魔憑きはヴィアダクタの街の宿でリヒャルトという偽名を使い宿泊した、と。




