三章幕間 まてまて~③
「偽名? でもリミタリウス遺跡街のギルドでカイさんは自分の名前で馬車を取ってたよ!」
マリエッタがすぐに反論を口にした。リミタリウス遺跡街のギルドで、藤ヶ崎戒と同じ見た目の人物が『藤ヶ崎戒』の名前でフリギダムの街へ向かう馬車を予約していた事――それを突き止めたのはマリエッタ・ルティナ・アストリッドの三人だ。
「えっと……それは二通り考え方があって、あ、三通りあるかも……その、マリエッタさん。私は、悪魔憑きの行動が三通りあると思うんです。えっと、一つは今マリエッタさんが言った通り、リミタリウス遺跡街のギルドで馬車を確保して、このフリギダムの街に来ている説です。それで、この街から偽名を使い始めてどこかに移動したという考え方です。その場合は、流石にもうこの街にはいないと思います。昨日から街中探していないので、この街に来ていたとしても別の街に移ってると思います。これが一つ目です。それで二つ目ですけど――」
「でも! 今日探すときはカイさんの見た目とか特徴も――」
「――口を挟まないの。まだユリアちゃんが喋ってるでしょ!」
ユリアが二つ目を話すよりも前にマリエッタが口を挟もうとするが、途中でルティナに口を抑えられる。マリエッタはジタバタと暴れてみせるが、力勝負でルティナに敵うはずもなく、途中で諦めて、ルティナの肩をタップし降参を告げる。ルティナは仕方がないとばかりに口を抑える手を放した。そんな二人の様子にユリアは曖昧な表情を見せた後、再び説明を続ける。
「それで、二つ目ですけど、リミタリウス遺跡街で既に偽名を使っていたという説です。これは結構厄介な可能性で……えっと、具体的な例になりますけど、たとえばリミタリウス遺跡街では『フジガサキカイ』という名前で悪魔憑きが行動します。それで、フリギダム行きの馬車を確保した後、それには乗らずに、偽名を使って別の馬車に乗ったっていう考え方です。なので、これをされてると、私たちが調べるのはここフリギダムじゃなくて、リミタリウス遺跡街になるんだと思います。正直、リデッサス遺跡街で普通に『フジガサキカイ』の名前を使ってリミタリウス遺跡街まで来て、それで、リミタリウス遺跡街でもその名前で行動して、急に偽名で馬車を取る、しかも『フジガサキカイ』の名前で別の街に誘引するっていう手段は、手が込んでて、こっちを本気で攪乱させようって考えてると思います」
ユリアは二つ目の説を口にした後、すぐに藤ヶ崎戒の所業についての感想を付け加えた。これはリミタリウス遺跡街で藤ヶ崎戒の情報を拾った三人を責めないことを示すためだった。
もしこの説が正解であったならば、現状の成果が出ない原因は三人がまんまと偽情報に引っかかったからということになる。厳しく見れば、商会やギルドを探った時、藤ヶ崎戒らしき見た目の持ち主が偽名を使ったことに気付くことだってできたかもしれないのだから。
しかし、それを指摘するのは酷だとユリアは思っていた。実際ユリアはこの説通りであれば、藤ヶ崎戒の巧妙な計画に引っかかってしまうのはしょうがないと思っている。むしろ、短期間でこの計画を考えたかもしれない相手の方が一枚上手だったのだろう。
勿論、二つ目の説が絶対的に正しいとは限らず、一つ目の説か、もしくはこれから説明する三つ目の説か、はたまた自身には思いつかないような説が正解という可能性もあるとユリアは考えていた。
そして、ユリアは四人の反応を伺いながらも、最後の説を口にする。
「それで、最後に三つ目で……これはさっき思いついたんですけど、途中で馬車を降りたっていう説です。これは偽名とは直接関係ない……あ、でも関係なくもないか。あ、いや、でも、……すみません、えっと三つ目の説ですけど、これはリミタリウス遺跡街からフリギダムの街に来るまでの途中の街で馬車を降りたっていう説です。最初の降りるって決めた街より遠くまで乗せて貰えるかは状況次第ですけど、それよりも前の街で降ろしてもらうのは簡単にできると思います。だから敢えて本当に降りる予定の街よりも遠くに行くように予約する、それで、実際に乗る時は本当に降りる予定の街で降りる。馬車代が余計にかかっちゃいますけど、ミーフェちゃんからお金を貰ってるみたいですし、それに元々、例の悪魔憑きはクリスクにいた時から大金を得ています。なので、この説も十分あり得ます。あとこの説は偽名を使ってても使ってなくても使える方法なので、今後は『途中で馬車を降りて別の街にいる』可能性も追う必要があると思います」
そこまで言うとユリアは他の四人をそれとなく見回した。察したルティナがすぐに口を開いた。
「ユリアちゃんはどの説が一番ありそうだと思ってるの?」
「全部ありそうだと思いますけど……すみません、根拠はないんですけど、二番目の説――フリギダム行きの馬車にはそもそも乗って無かったんじゃないかと思ってます」
「それなら、商会に確認して馬車代を払ったけど、乗らなかった客がいたかどうか試してみるのはどうかな?」
「実はもうやったんですけど……商会はお金が入ればいいみたいで、そこまでは確認してないみたいです。御者なら分かるかもしれないとは言っていたんですが、その時の御者はすぐに馬車で別の街に行ってしまったみたいで……」
「そっか、それだと確認はできないね……」
「はい! 質問!」
マリエッタが勢いよく手を挙げた。本当はそんな事をせずにすぐに疑問を口にしたかったが、それをやるとまたルティナに邪魔されると思い、逸る気持ちを抑えたのだ。
「なんでしょう、マリエッタさん」
「ユリアの説は分かったけど! それで、どうする感じなの? 結局、今、カイさんはどこにいるの?」
マリエッタの質問を受け、ユリアは内心、少しペースが乱れたかもしれないと感じた。しかし、すぐに自分の考えた『ある解決策』を口にする流れを作ることにした。
「えっと、どこにいるかは分からないです……ただ、こんな風に攪乱されてる状況だと、足取りを掴むのは難しくて……一応、案としては三組に分かれて、この街と、リミタリウス遺跡街と、道中にある街を、並行して調べるって方法はあります。上手くいけば悪魔憑きが逃げた場所が分かるかもしれないです……ただ、この方法は連絡を取り合うのが難しいです。一応その対策も考えたんですけど、欠点も多くて……」
そこでユリアはチラリとリュドミラの方を見た。リュドミラはユリアの視線を受け止めると、意味深な笑みを浮かべ口を開いた。
「何か、私の力が必要ということでしょうか?」
ユリアはどう切り出すべきか僅かに悩み、少し遠回りな方法を選ぶことにした。
「……はい。えっと、その今考えてる案なんですが……リュドミラ様に色々とお願いすることになりそうです。具体的には、まずリュドミラ様にはルティナさんとマリエッタさん、アストリッドさんと馬三頭を連れてリミタリウス遺跡街の方に行ってもらいます。それで、途中の街でマリエッタさんとアストリッドさんと馬二頭を降ろしてもらいます。そこで二人には途中の街で悪魔憑きの情報を探してもらいます」
そこでユリアは一旦視線を名前の挙がった二人の方へと向けた。マリエッタは『ようやく分かる話が来た』とばかりに頷いた。一方でアストリッドは小さく頷きつつも、何となくユリアが考えている『本題』はまだ先なのではないかと予想し始めた。
「その後リュドミラ様はルティナさんと一緒にリミタリウス遺跡街まで行ってもらって、そこで二人で悪魔憑きの情報を探ってもらいます。それで私はこのままこの街で悪魔憑きの情報を調べます。この流れでリュドミラ様にお願いしたいのは馬の管理です」
そう言ってユリアはリュドミラの方をじっと見た。リュドミラはほんの少し、本当に少しだけだが、馬を酷使したことを責められているのかと思った。ユリアはそんなリュドミラの感情には気付かずに話を続ける。
「リュドミラ様がいる時は私たちは非常に速い速度で移動できます。これで、四人は迅速に目標となっている街に行く事ができます。あと、これは連絡手段にも使えると思っています。早馬よりも速いですから、リミタリウス遺跡街で悪魔憑きの新しい情報を手に入れたらリュドミラ様にはこの街に戻ってきてもらいます。戻り次第、今度は私とリュドミラ様でリミタリウス遺跡街に移動します。この時、道中でマリエッタさんとアストリッドさんと馬二頭を回収します。逆に私がこの街で新しい情報を見つけたら私がリミタリウス遺跡街まで行って、五人でこの街に戻ってきます。マリエッタさんとアストリッドさんが情報を拾った場合は……その時はアストリッドさんが馬二頭を交互に使ってできるだけ速く私かリュドミラ様の近くにいる方と合流してもらいます」
そこでユリアは一度言葉を区切った後、最後に必要そうな言葉を付け加える。
「あと、進展が全くない場合ですが、その時はある一定の期日を設けて……たとえば三日経過したら私が道中でアストリッドさんたちと合流しながらリュドミラ様の下へ……あ、いえ、それだとすれ違いになりそうですね。リュドミラ様の方が速いので、進展がない場合はリュドミラ様に動いてもらおうと思います。それで、期日を過ぎた場合はリュドミラ様以外は新しい情報を得ても動かずにリュドミラ様を待ちます。とりあえず、こういった形の案があります。ただ、やっぱり色々と欠点があるので、他にもっと良い案があれば別の案もいいと思います。ただ、この街でこれ以上探しても見つかるかどうか怪しいと思ってます……」
そう言ってリュドミラを見た。ユリアは内心では今口にした案はそこまで重要ではなかった。
勿論、最悪の場合はこの案が採用されても良かった。組み分けとしてもリュドミラにルティナを付けることができる、それが重要だった。欲を言えば、『より怪しい』とユリアが考えているリミタリウス遺跡街の方に自身と経験豊富なアストリッドで行きたかったが、そうすると馬が苦手なマリエッタを一人で道中の街に置くことになる。故にできなかった。
また自分とリュドミラ・ルティナの持ち場を逆にすることも考えたが、比較的移動が多い所にリュドミラを置いた方が全体の効率が上がるし、何より提案が自然になると思ったので、この組み合わせにした。比較的、自分にとって都合が良く、それでいて情報を集められる組み合わせだった。
――ただ、この案はユリアにとってそこまで重要ではない。もっと良い『解決策』がユリアの目の前に転がっていたからだ。
「なかなか興味深い話ですね、導師ユリア。しかし、複雑な計画に思えます。それに効果のほども未知数です。対案を出す訳ではありませんが、もう少し具体的な効果が見込める計画の方が良いのではありませんか」
「具体的ですか……」
ユリアは少し困ったような顔をした。しかし内心では、良い流れが来てると思っていた。
「ええ、複雑な計画でも、効果がはっきりと表れるならば、良いでしょう。しかし、効果が少し見えにくいように私には感じられます。現状成果が出ていない以上、具体的な解決策が望まれています。勿論、簡単に出せるモノではないでしょう。私自身、どのような意見を口に出すべきか悩んでいます。それ故、意見を出せるだけでも導師ユリアの行動はとても素晴らしいモノだとは思います。けれども、複雑な計画は全体の効率を落とします。私としては賛同しにくいモノです。もう少し、この街で五人で捜索を続けた方が良いように私には感じられます」
穏やかな笑みを浮かべ、それでいて丁寧な態度でリュドミラはユリアに話しかけた。しかし、内心では少し醒めていた。リュドミラはユリアの優秀さに期待していたのだ。
ユリアは内心の歓喜を悟られないようにしつつ、言葉を選ぶ。
「えっと……そうですね。複雑じゃなくて、成果……あっ……!」
そして、タイミングを見計らい、何かに気付いたような雰囲気を出す。
「あの……それなら……その、もしできたら、リュドミラ様……『導き』の能力を使って頂くことはできませんか……?」
そして、最も提案したかった『解決策』を口にした。




