三章幕間 まてまて~②
調査の結果、聖導師組は藤ヶ崎戒と遭遇することはなく、また情報を得ることもできなかった。
しかし、アストリッド達三人は大きな成果を得た。藤ヶ崎戒がギルドに足を運び、北の街フリギダムへの馬車に乗ったことが分かったからだ。
馬車の発車履歴から、藤ヶ崎戒はここリミタリウス遺跡街に着いた日のうちにフリギダムの街行きの馬車を確保しているということに対して、五人はそれぞれの反応を見せた。ユリアは行動計画の素早さと的確さに驚き、ルティナは自分たちの上を易々と行く藤ヶ崎戒の自慢げな表情を想像し怒り、アストリッドは迷いのない行動から強い意志を感じ取り今後を不安視し、マリエッタは何だかよく分からないことになっていると頭を捻らせた。そしてリュドミラはそんな四人を余裕のある笑みで眺めていた。
ともあれ、五人はリミタリウス遺跡街で消耗品の補充等を行うと、素早く準備を済ませ北の街フリギダムへと向かった。
四騎が草原を駆け林道を抜け北の街へと進む。五人のうちマリエッタの乗馬技術は他の四人に比べて拙く、彼女は現在リュドミラの馬に乗っていた。最初はアストリッドの馬に乗せてもらっていたが、速度が落ちてしまったため、途中からリュドミラの馬に乗り換えたのだ。四騎の中でリュドミラの馬が最も速く、そして最も強かった。いや、正確に述べるならば、最も速くされ最も強くされた馬だった。
リュドミラは『癒し』の力を使い、馬の体力を強化しながら駆けていたからだ。リュドミラの馬は走ることによって疲労するペースよりも回復するペースの方が遥かに速かった。故に休むことなく走り続けることができる。少なくとも体力面に関しては。全速力では一日に数キロ走ることが限界であるはずの馬が何十キロも休みなしで走らされる。リュドミラは最も馬を酷使していた。
一方で他の三頭の馬は幸運にも休みが与えられた。全速力の移動のため、数キロ走る度に休憩が挟まれた。休憩の際、三頭の馬にユリアが『癒し』の術をかけていくことで、再び走れるようになった。なお、この際、三頭の馬の騎手――ユリア・ルティナ・アストリッドとマリエッタの合計四人は馬と一緒に休憩を取っているが、リュドミラだけは休憩を取らなかった。聖女であるリュドミラの強化された肉体は殆ど休みを必要とせず、また『癒し』の力は馬だけではなく彼女自身にも及ぶ。故に彼女に休みは必要なかった。
リュドミラはフェムトホープの四人が休憩している間、馬とともに一人で道を先行し道の状況や周辺の環境の確認をし、休憩時間が終わるころにはユリアたちの下に戻るということを繰り返していた。フェムトホープの四人は聖女であるリュドミラに斥候のような仕事をさせることに最初は気まずさを感じていたが、今ではリュドミラの乗る馬に対して気まずさを感じていた。リュドミラが休まないので彼女の馬も休めないのだ。ユリアはリュドミラの馬がどこか悲しそうに遠くを見ているように感じられた。
なお、もしこの場に馬を扱う者がいればこう言っただろう「いや、ユリアも十分に容赦がないと」。ユリアも休みを与えているとはいえ、当然のように三頭の馬に『聖なる術』を用いて、本来の馬の限界以上に走らせているからだ。勿論、ユリアもリュドミラも優れた『癒し』の使い手だ。故に馬に潰すようなことは一切していない。むしろ体力面では一般の騎手が乗るよりも余裕があるくらいだ。ただ、それでも本来ならば一日一回が限界な行動を短時間で何度も繰り返させるリュドミラとユリアの行いは、どこか悍ましいように感じられる者もいるだろう。
しかし、この聖なる術を使った酷使戦術により五人は非常識な速さで移動することができていた。馬車を使って移動する藤ヶ崎戒の数倍以上の移動速度であった。
リミタリウス遺跡街の北――フリギダムの街にたどり着き、リュドミラとマリエッタが馬から降りた時、強化を施されていた彼女の馬は勢いよく駆けだそうとした。しかし、すぐにリュドミラに手綱を掴まれ阻まれた。リュドミラは馬と目を合わせ微笑みながら、片手で手綱をしっかりと握り、もう片方の手で馬の体を撫でた。そうすると、しぶしぶと馬は暴れるのを諦めた。残る三頭の馬は休憩があったためか、特に暴れることなく騎手に従った
馬に関しては御しきることができた五人であったが、肝心の藤ヶ崎戒の捜索は全く進まなかった。リミタリウス遺跡街と同じように二手に分かれて情報を集めるも、成果は全く出ずに夜を迎えてしまった。馬を酷使してまで短縮した移動時間の全てを情報収集に注ぎ込んだが結果が出なかったのだ。もしリュドミラの馬に人と同じような感情や思考があったならば、強い怒りや悲しみ、徒労感を感じたかもしれない。
さらに翌日も一日中フリギダムの街で情報収集を行ったが、五人は何も得ることができなかった。まるで、この街で藤ヶ崎戒が消えてしまったかのように、彼の情報は何一つなかったのだ。ユリアは何かがおかしいと感じていた。何か大きな間違いを思い違いをしているのではないかとう感覚がユリアの中で大きくなっていく。そんな感覚をユリアは持ちながらも定期的な進歩報告として他の四人と話し合う。
しかし話し合っても情報が全くないため報告することも少なく、アイディアも出ない。詰まるような息苦しさを感じたユリアは前々から考えていたことを口に出した。
「あの……実は、前々から思ってたことがあって……その、もしかしたらなんですけど、フジ……例の悪魔憑きが偽名を使ってたりしないでしょうか……? リュドミラ様には前少しお話したかもしれないですけど、偽名を使って、こっちを攪乱しようとしているかもしれないです」
ゆっくりと自信無さげに喋るユリアであったが、内心では確信のようなものがあった。もし自分だったら偽名を使って逃げるのではないかと思った。そして彼であれば、きっと自分と同じような行動を取るのではないかと感じたのだ。




