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二章幕間 向かいの部屋でずっと張ってました


 藤ヶ崎戒がリデッサス遺跡街を去った翌日の朝。茜色の髪の美少女、ルティナ・カールトンは宿アーホルンで、彼女の同居人である聖導師ユリアを待っていた。

 そして、朝早くから大聖堂へと向かったユリアの代わりに、ずっと油断なく向かいの部屋の気配を探っていた。

 けれども、向かいの部屋の気配は、ユリアが大聖堂に行く前も行った後も、ずっと感じられなかった。よほど昨日の探索で疲れてしまったのだろうなと、ルティナは考えていた。


――部屋の中にいるはずの人物は既に、この街を去ったことを彼女はまだ知らない。


 しばらくして、馴染み深い足音がルティナの耳に届いた。ルティナの気分が少し明るくなり、それと同時に部屋の扉が開かれる。


「ルティナさん、戻りました」


 珍しいピンクブロンドの髪の少女ユリアが言葉とともに部屋へと入った。


「お疲れ様、ユリアちゃん。どうだった?」


 自然な笑みでルティナはユリアを迎えた。


「はい、一応いくつか報告することがあって……まずは一番大事な話からしますね。今日の午後には判定具を使わせてもらえるように許可が下りました。ただリュドミラ様が言うには、大聖堂からは動かせないので、来てもらう必要があるみたいです」


「そっか、カイに一緒に来てもらわないといけないんだね。素直に来てくれるかな?」


「えっと、それに関わってくることで報告することもあって……リュドミラ様からはこれも預かりました」


 言葉を口にしながら、ユリアがルティナにあるものを見せた。


「それ、聖具だよね……聖女様は素直にカイが来ないって思ってるみたいだね」


 ユリアが手にしたものは聖具――悪魔憑きを捕獲するための拘束具だ。どこか冷たい印象を与えるそれには、囚われた悪魔憑きの怨念のようなものが籠っているようにルティナには思えた。


「はい……連行するときに使うようにと、リュドミラ様には言われました。素直に応じないときは使う必要があると、リュドミラ様は思ってるみたいです」


「聖女様はそれで良いって思ってるのかな? でも、それなら、いっそのこと今やっちゃう?」


「今、ですか……?」


「うん。今、カイは寝てるから部屋にこっそり入って、首輪と手枷嵌めちゃう?」


「えっと、それは、ちょっと……それに、部屋に入った時に気付かれちゃうと思いますよ」


「気付かないんじゃないかな。ずっと身動き一つしてないし、たいぶ深く眠ってるみたいだよ。昨日の探索で疲れちゃったんじゃない? だから後々、抵抗されるくらいなら、今のうちに捕まえちゃうのはアリだと思うよ」


 ルティナは向かいの部屋――藤ヶ崎戒の部屋からは物音一つ聞いていなかった。そして、その理由は昨日の藤ヶ崎戒の行動が原因だと考えていた。

 昨日の探索の件は有名だ。探索者の間でもミーフェ・ホフナーの活躍が大きく取り上げられていた。ルティナもユリアもその話をある程度聞いていた。そして、藤ヶ崎戒がミーフェ・ホフナーと一緒に活動すると言っていたことも知っていた。非常に大きな成果を残した探索。そんな探索に同行したのならば、その成果に比例した疲労が発生しても何らおかしくはない。故に、ルティナは納得していた。


 一方で、ユリアは納得していなかった。なぜなら流れて来た噂からはミーフェの活躍ばかりで、肝心の藤ヶ崎戒の話が一切無いからだ。そこに疑問を感じたのだ。

 また同時に、身じろぎ一つしないというのが、なぜかユリアには引っかかった。頭のどこかで、薄っすらと、大変なことが起こっているのではないかと考えてしまう。しかし、すぐに藤ヶ崎戒の人柄を思い出し、頭の中に引っかかりを気にしないようにする。彼は誠実な人だから、自分が考えてしまったようなことは起こらないだろう。そこまでユリアは考えて、不快感を覚えた。それは、最近、何度も感じているものだ。


「えっと、まだ『容疑』なので……それにフジガサキさんも逃げたりはしないと思うので、できれば自然な形で大聖堂に来て欲しいって思ってます。なので、この聖具はせっかくですけど、使わないようにしたいです。その、勿論、フジガサキさんが逃げようとしたり、悪魔憑きだって確定したら、使いますけど……」


 不快感を表情には出さないように堪えて、ユリアはルティナに応える。ルティナを心配させたくないからだ。


「ユリアちゃんがそう言うなら私はその通りにするよ。実際、聖具で捕まえてから大聖堂に連行するのに目立っちゃうもんね」


「はい、もし本当に悪魔憑きだったとしたら、聖堂の中でこっそり処分する必要がありますし、あんまり目立つのは良くないと思います。それにもし悪魔憑きじゃなかったら……無理やり拘束したりするのは良くないですから」


 悪魔憑きは教会内の一部が知る秘密だ。教会内でさえ知らない者も多い。教会外になると知る人は殆どいないだろう。悪魔憑きは危険な存在故に、世俗の中には利用しようとする者もいる。故に教会はその存在を秘匿しているのだ。


「やっぱりユリアちゃんは優しいね」


 ルティナは曖昧な笑みでユリアを見た。しかし、すぐにその緩んだ表情を引き締め口を開いた。


「それじゃあ、何時カイを大聖堂に連れて行く? 今日の午後に正面から話す?」


「すぐには、しないつもりです。フジガサキさんはミーフェちゃんとしばらく一緒に探索するようなので、二人の探索が一通り終わってから動きたいと思ってます」


「どんな感じに動く予定? 大筋とかは決まってる?」


「はい。一応、案としてですが……私と、あとリュドミラ様の二人でフジガサキさんを大聖堂に呼びます。できるだけ任意の形を取ります。強く拒否したら、無理やり連行するつもりです。その時は聖具を使います。でもフジガサキさんならたぶん来てくれると思います。良い人ですから……」


 そこまで口にして、ユリアは一瞬言葉に詰まった。『良い人』、そうユリアにとって藤ヶ崎戒は『良い人』だった。またしてもユリアは強い不快感を覚えた。『良い人』に対して陰謀のようなモノを仕掛けている、それが正しいとはユリアには思えなかったからだ。


「それで、その後は大聖堂で判定具を使って、結果によってはその場で拘束します。違ったら、謝ります。今までのことも含めて……それで、ルティナさんにはミーフェちゃんをお願いしたいです。ミーフェちゃんを見張ってもらって、大聖堂に近づけないようにして欲しいんです。大聖堂に近づいたら止めて、それでも止まらない時は、一時的でいいので拘束して下さい」


 不快感を飲み込みながら、ルティナに向かって続く言葉を口にした。


「ミーフェをね。分かった。計画の筋は良いと思うよ。でもミーフェは止めるだけでいいの? 殺した方が後腐れがなくていいじゃない? ミーフェはたぶんかなり騒ぐよ。カイが悪魔憑きだったら、騒がれると面倒だし、悪魔憑きじゃなくてもカイに謝るならある程度カイには情報を与えることになるし、そうするとミーフェにまで情報が行っちゃうよ。どっちにしろ、悪魔憑きの秘匿問題に触れるからミーフェは殺しちゃっていいと思う。評判も悪いし、身寄りもないし困る人もいないでしょ」


 ミーフェ・ホフナーに関する情報は以前からフェムトホープの面々――より正確には、アストリッドとマリエッタの二人が調べていた。それが、今回のリデッサス遺跡街における活動での役割分担だった。アストリッドとマリエッタが情報収集を担当し、ユリアとルティナが悪魔憑きの監視と捕獲を担当することになっていたのだ。


「それはちょっと……流石に殺すのは可哀そうだと思いますし、それにフジガサキさんが悪魔憑きでなかったら、ミーフェちゃんを殺すのは取り返しがつかなくなる気がします」


「そっか。それなら止めておこっか。でも、ミーフェが騒いだらどうするの?」


 ユリアが否定すると、ルティナすぐに案を取り下げた。ルティナもミーフェのことをどうしても殺したいわけではない。殺す条件が整っていたので、提案してみただけだ。あくまで殺人は手段であり目的ではないのだ。


「一応、フジガサキさんが悪魔憑きかどうかで変わるんですけど……悪魔憑きだったら、フジガサキさんは探索中に事故死したことにしようと思ってます。ミーフェちゃんと一緒の探索を終えた後、一人で探索をした時に魔獣に襲われて死んだみたいな感じで……フジガサキさんはずっと一人で探索をしてたし事故死は自然です。悪魔憑きじゃなかったら、ちょっと大変で……一応フジガサキさんにお願いして、悪魔憑きの秘匿問題を共有してミーフェちゃんには教えないでもらうつもりです。判定を行った当日は大聖堂の見学に来ていたことにしようと思っています。フジガサキさんなら応じてくれると思います」


 ユリアは淡々と方針を話しつつも、内心では不快感が強くなっていった。そのせいか自然と淡い赤色の瞳に力が入ってしまう。

 もし悪魔憑きであればフジガサキカイは良くて幽閉、悪ければ処刑だ。せめて幽閉の方面に持って行きたい。いや、本当ならば自分の予感など外れて悪魔憑きでなければいいと、ここ最近、ずっとユリアは願っていた。


「一応なんとかなりそうだけど、カイが悪魔憑きだった時、ミーフェが判定の日にカイが大聖堂に行ったことを知ってたら面倒なことになりそうだよ」


「それは……そうならないように当日は振る舞います。もしそれでもミーフェちゃんに知られちゃったら、その時は……とりあえず、ルティナさんはミーフェちゃんを拘束してもらっていいですか? 一応考えがあるんですけど、少し自信が無くて……」


「対策はあるの? どんな感じ?」


 ルティナが問いかけると、ユリアは曖昧な笑みを浮かべた。


「ちょっと自信が無いんですけど、その時はミーフェちゃんを『説得』する感じになります。たぶんリュドミラ様にやってもらう感じで、無理そうなら私がやります」


「『説得』って……それなら殺した方が……いや、まあ、ユリアちゃんが良いなら良いんだけど。というより、そこは聖女様頼りなんだね。ユリアちゃんも結構えぐいね」


「え? あ、いえ、『説得』って、そうじゃなくて、本当に普通の説得で……あ、でもリュドミラ様がやるのは普通ではないですけど。ええっと、何て言うか、リュドミラ様の聖女としての能力って前、話しましたよね」


 ルティナの僅かに責めるような言葉を耳にし、少し慌てながらユリアは否定した。ルティナが言う方法での『説得』――つまりミーフェを脅迫・拷問しようとは思っていなかったからだ。ユリアは暴力的な手段は好きではない。どうしてもそれが必要な時以外はするべきでないと思っている。故に、誤解されたくはなかったのだ。


「あー、確かユリアちゃんの予想だよね。そっか、それがあるか。それ使えばカイもミーフェも楽に処理できるね。でも、まだその能力って予想だよね。ユリアちゃんを疑うわけじゃないし、実際ユリアちゃんの読みはよく当たるけど……何とかなるからいいのかな?」


――ユリアの予想、それはリュドミラの聖女としての能力のことであった。リュドミラは『他人の意志や感情に干渉』する能力の持ち主だとユリアは予想していた。それは今までのリュドミラの振る舞いと、そして藤ヶ崎戒の振る舞いから考えたことだった。ユリアはクリスク遺跡街にいた頃から、ずっと、ずっとずっと藤ヶ崎戒を見ていた。だから気付いた。彼がとても強くリュドミラを意識していることに。ユリアには、それがとても不思議に感じられたのだ。


「あ、はい、その、私の予想が外れていても、その時は別の方法でミーフェちゃんを『説得』するだけですし……何とかなるとは思います」


「そっか。じゃあその辺は大丈夫そうだね。とりあえず、大筋はそんな感じとして……あと聞きたい事だけど、悪魔憑きじゃなかった時のケースだけどさ、秘匿の話はカイにしなくてもいいんじゃない? 判定具を使って、違ったら、適当に誤魔化しちゃうのは?」


「フジガサキさんを大聖堂に強制的に連行した場合だと、理由を説明する必要が出てくると思います」


 ルティナは、ユリアの淡い赤の瞳から強い意志を感じた。


「そっか。それもそうだね。ん? でもユリアちゃんの読みだとカイは普通に大聖堂に来てくれそうなんだよね? なら、そこは心配しなくても。一応ってこと? それなら、普通に大聖堂に来てくれたら秘匿の話はしない?」


「……どちらにしろ、悪魔憑きではなかったら、秘匿の話もしようと思ってます。ずっと疑って、監視してましたから、違ったら謝らないといけないですし、そうすると監視していた理由も話さないといけないと思います。だから悪魔憑きの話をして、それが教会内だけの秘密ということも話すつもりです。フジガサキさんなら納得はしてくれると思ってます」


「……ユリアちゃんが決めたことなら、それでいいと思うよ」


 ユリアのどこか頑なな心に、ルティナは一瞬だけ悩んだが、すぐに彼女に従う言葉を口にした。

 それから、二人はさらに今後の作戦を詰めていった。また並行して、ユリアがアストリッド・マリエッタの両名から得た新たな情報をルティナと共有した。

 アストリッド・マリエッタの二人は教会で寝泊りしている。毎朝、ユリアかルティナのどちらかが大聖堂へ向かった際に彼女たちと会い情報交換をしているのだ。

 今回、受け取った情報はやはり昨日のミーフェ・ホフナーの件だ。探索者の間でも話題になっているため、ユリアとルティナも耳にしていたが、やはり経験故か、元々探索者であった二人の方が情報の密度も濃かった。

 それらの情報も踏まえ、ユリアとルティナは、藤ヶ崎戒を大聖堂へ連れ出す作戦や、それを支えるミーフェ・ホフナーの動きを止める補助作戦をさらに詰めていった。状況に応じて複数の作戦を念入りに考え、時間は過ぎていき、ふとユリアはある事に気付いた。


――いくら何でも起きるのが遅すぎる、と。



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― 新着の感想 ―
[良い点] リュドミラやっぱりそういう系の能力かぁー… 普段のカイならしないプレミしまくってたので予想はしてましたが…
[一言] ルティナ、お節介焼きと思ってたら裏でこんな風に思ってたのか。 まあ何様だよとは感じてましたが
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