二章幕間 求めていた獅子の姿
職員たちが集まり、『カイアロス』を一株、また一株と査定していく。職員が複数いる利点を活かし並行して査定を行うが、それでも中々終わらない。ミーフェが持ち込んだ品の数が多いのだ。『カイアロス』の数も多ければ他の素材の数も多い。
また、『カイアロス』の衝撃の強さ故に忘れられていたが、他の素材も貴重なものばかりだった。
故に、時間がかかってしまう。しかし、時間がかかることで、周囲の興味も強くなっていく。
査定が進むごとに、周りにいる探索者たちが興奮したように声を上げる。ミーフェはそれを聞き、気分が良さそうな顔をした。妙に穏やかに見えるその表情を見て、普段とのギャップを感じ、極々少数の者たちの胸が高鳴った。
しかし、ある探索物を査定するとき、ギルド職員の手は止まった。
「これは? あれ? えっと、すみません、何か分かります?」
経験豊富そうな中年のギルド職員が、一番のベテラン職員の問いかけた。査定用の手袋を着けた彼の掌の上には石が置かれていた。
「ん? それは……ん? いや、ちょっと見せてくれ」
ベテラン職員が石を手に取る。数十秒間、石を様々な角度から観察する。
「分かります? すみません、見たことないもので……ただ魔力濃度はかなり高いですよね」
他の職員たちが査定を続けている中、中年職員は手持ち無沙汰になり、石を持つベテラン職員に質問する。
「いや、……これは見ないな。ホフナー様、こちらはどの遺跡の何層で見つけれたんですか?」
前半は仲間の職員に答え、後半はミーフェに向けて問いかける。
「ん? これは――いや、何でミーフェが答えないといけないの?」
ミーフェは気分が良かったために反射的に答えそうになるがギリギリで堪えた。なぜなら、探索した遺跡と層の情報は、事前に信頼するクランの副首領――藤ヶ崎戒に口止めされていたからだ。
「いけないということはありませんが、これがどのような物か分からないと査定が難しくなります。私は数十年ギルドにいますが、こんな物は見た事がありません。しかし決してガラクタではない。これ程の魔力濃度は極めて珍しいです。本来であれば三十層でも見つからないでしょう。魔力濃度から逆算すると未開拓領域――四十層の領域の物になるかもしれません」
「だから?」
「入手した遺跡や層が分かれば、ある程度査定はしやすいかと思います」
「は? ミーフェが百層から持ってきたって言ったら値段百倍になるの?」
「……それは、なりません」
「はー、乞食は困るな~。つまり最初から査定できないんでしょ。わざわざミーフェが情報落とす意味ないから。まあ、これはいいや、他の査定して」
ミーフェはそう言うと、ベテラン職員から石を乱暴に取り上げた。そして何となく石をじっと見た。この石は信頼する副首領が『眩しい』とか『熱い』とか言っていた石だった。ミーフェには眩しさは感じられなかった。
「はい、分かりました」
そう言って他の査定をしようとするベテラン職員に向けてミーフェは何となく声をかけた。
「あのさ。これ熱かった?」
「……? いえ、特に熱くはありませんでしたが……?」
「そう、ならいいや」
ミーフェの脈絡のない質問にベテラン職員は不審に思うが、追求せずに査定に戻った。
一方でミーフェは、自身のバックパックに触り、ある事に気付いてしまった。それ故に、どうしようかと悩む。数秒程悩んで、これでいいかと思い口を開いた。
「まあ、ミーフェ、器デカいから、今日、入手した素材の情報はあとで売ってやってもいいよ」
――ミーフェが気付いた事。それは魔獣を解体して得た素材を売らなくてはならないということだ。素材を売れば当然、元の魔獣が分かる。そして魔獣が分かれば、今日ミーフェのパーティーが活動した遺跡と階層も殆ど分かってしまう。故にミーフェは情報を売るという形を取った。売るという形を先の成立させれば、たとえこの後の魔獣素材の売却により階層が特定されても問題は無い。売る約束はしたのだから、高値で売れば金にはなる。もし約束を破棄されたら、そのときは正統な行為をするだけだ。副首領も、『露見することが明らかだった情報』が、少しでも金に換わったならば納得するだろう。いや、むしろ、機転を利かせたミーフェに感激し、偉大な首領を持ったことを感謝するだろう。
「ありがとうございます。勿論ギルドの方で買い取らせて頂きます。後々、お時間を頂けますか?」
「いや、ミーフェ、今日は忙しいから。明日にして」
――ミーフェは念のために明日売る約束をした。副首領も交渉の場に交えてやろうと思ったのだ。これは勿論、副首領に『首領の偉大な交渉術』を見せるという面もあるが、情報がギルドに渡ることを心配していた副首領と、もう一度相談してから情報を売ろうと思ったからだ。
自分は本当に器が大きいなと、ミーフェは思った。
「はい。ありがとうございます。ホフナー様」
「ん」
それから、しばらくして大査定会は終了した。ミーフェの予想通り、魔獣の素材を出した辺りで、ギルド職員が探索層を推測して驚いた表情をしていた。『売る』約束をしておいて正解だったとミーフェは思った。
売却を終えたミーフェのバックパックの中身は、大量の素材から大量の金貨へと換わった。それを背負い、またしても探索者たちが開けてできた道を使いギルドの外へと向かった。
窓口に行くときは皆、ミーフェと目を合わせないようにしていたが、去る時は皆、歓声を上げながらミーフェを見送った。気分が良くなったミーフェは探索者たちに手を振ってやった。
ギルドを出た時、ミーフェは大きな達成感と喜びに包まれていた。自身の理想とする獅子の姿をまさしく今の自分は体現できているとミーフェは思った。まさに人生の絶頂期であった。
たった一人で莫大な素材を一日にして卸したミーフェの名はリデッサス遺跡街を駆け抜けた。一時的にだが、功績が悪名を上回った。
また、翌日のことではあるが、ミーフェ・ホフナーのソロA級昇進がギルド内で確定した。ギルドはソロA級にせざるを得ないと判断したのだ。
名実ともに念願のソロA級だった。しかし、ミーフェはその事を喜ぶことはなかった。それ以上に彼女にとって悲劇的なことが起こったからだ。




