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二章幕間 ミーフェの帰還


 ギルドの売却窓口に小柄の少女が大量の荷物を背負って入って来た。

 小柄の見た目に似合わぬ荷物の量だ。どんな探索者でもここまで荷物を持ったりはしない。

 なぜならば、あまりにも動きにくいからだ。たとえ戦利品が多くなったとしても、動けないことは死に繋がる。パーティーを組んでいれば別だが、少女は一人だ。低層漁りだとしてもあまりにおかしな格好だ。

 その様子を不思議に思った者、滑稽に思った者、初心者だと思い探索者の厳しさを教えてやろうと思った者、何かに巻き込まれないか心配する者、様々な理由から探索者たちが少女に視線を向けるが、その少女の顔をはっきり確認すると皆が同じ事を思った。


――悪名高きミーフェ・ホフナーだ、と。


 そして、慌てて視線を逸らす。ミーフェ・ホフナーと会ってしまうのはリデッサス遺跡街における最大の不幸の一つだ。

 不幸中の幸いは、肝心の少女が視線に気づかなかったことだろう。これは非常に珍しい。いつもであれば、好奇の視線を飛ばした者をミーフェ・ホフナーは許さなかったからだ。一人一人、追い詰め、絡み、厳しく責め、謝罪を要求する。たとえその場を切り抜けたとしても、その中の半数が数日以内に、より酷い目にあう事でも有名だ。故に、多くは謝罪を選ぶ。

 そのような事態にならず、不用意に視線を向けた者たちは、一安心と息を小さく吐く。そして、ふと彼らは思い出す。そもそも最近、ミーフェ・ホフナーに絡まれる人を見る機会が減っていることに。

 その理由としては、そもそもミーフェ・ホフナーをギルドや遺跡で見なくなったのだ。以前は不定期ながらも頻度が多く、リデッサス遺跡街を荒らし回っていた。それが、ここ十数日の間、急に姿を見せなくなったのだ。

 本心を口にする事を恐れない者たちは、次のように噂した。ついにギルドに出禁になったとか、警吏に追われてリデッサスを去ったとか、教会と揉め事を起こしたなどだ。中には、『こんな噂をできる程に最近は平和だった。このままホフナーにはギルドに来ないで欲しい』と切実に願う者もいた。


 しかし、彼らの願いを破壊するように唐突にミーフェ・ホフナーは帰って来た。大量の荷物とともに。


 普段から混雑しているギルドの売却窓口であったが、ミーフェに気付いた者たちが徐々に彼女のために道を開ける。絡まれたくないからだ。そしてミーフェの姿に気づいていない者も、急に道が開いたことを不思議に思い、そしてすぐに開いた道とミーフェの姿を捉えて、『ミーフェ・ホフナーが生きてやがった』と残念な気持ちを抱きながら道を開ける。そうやって次々とミーフェの存在を認知した者が道を開けていき、ミーフェと売却窓口までの間に一本の道ができた。

 そして当然のようにミーフェはその道を進み、売却窓口に向かって歩く。本来ならば列に並び待たなければいけない――そんなルールはミーフェには存在しない。いや、周りが彼女を恐れて自然とそのルールがミーフェに適用されず、ミーフェ自身も『開いてたから進んだ』という気持ちでいた。


 売却窓口担当の若手職員は自身の運の悪さを呪った。なぜ複数ある売却窓口の中で自分の担当する所の道が開いてしまったのか、隣でもいいじゃないか、と。

 しかし、職員がそう思っている間にもミーフェの歩みは止まらず、すぐに窓口までたどり着いた。そしてミーフェは両手に持った素材と両脇の抱えた大量の素材――藍色の植物『カイアロス』をカウンターの上に乗せた。


「お久しぶりでございます。本日は遺跡の素材の売却でよろしいでしょうか?」


 覚悟を決めた職員がミーフェに問いかけた。名前を呼ばず、それでいてミーフェ・ホフナーのことを記憶しているというアピールだ。

 以前この職員はミーフェの名前を呼んだところ、機嫌の悪かったミーフェは「ミーフェの名前を気軽に呼ばないでよ」と注意した。それならばと後日、またミーフェの対応をすることがあり、その際、名前を呼ばないようにしたところ、またまた機嫌の悪かったミーフェは「ミーフェのこと知らないとか、舐めてるの?」と絡んできた。


 そういった一つ一つの悪事が人を遠ざけるのだ。

 若手職員が慎重にミーフェに対応する一方で、近くにいたベテラン職員は異変に気付き息を呑んだ。そして急いで手の空いている職員に、増援を数名呼ぶように頼んだ。若手職員一人に任せるには荷が重すぎる仕事だからだ。


「ん。そうだけど」


 言葉を発しながらもミーフェはバックパックを開き、中から多くの素材を出し、カウンターに並べる。大量の素材が次々と積みあがっていく。

 異変に気付かない若手職員は、ミーフェの振る舞いが以前よりも緩やかで『いつもの凶暴さはどこにいった? なんでこんなに機嫌が良いんだ?』と疑問に感じていた。異変に気付いているベテラン職員は、積み上がる素材を見て驚愕の表情を浮かべた。


「かしこまりました。では、査定を……? ん……? これは――っ! 『カイアロス』ですか!? いや、え!! こんなにっ! え?!」


 ようやく異変に気付いた若手職員があまりに事態に混乱する。


 一方で、ベテラン職員は異変に驚きつつも、この事態に対して考察する。

 『カイアロス』はリデッサス遺跡の三十七層付近で稀に入手できる超貴重品だ。三十層後半という北方遺跡群の中でも遥か深い領域――当然のごとく、非常に危険な領域だ。

 そんな領域に行く事は常人には不可能であり、おそらくミーフェ・ホフナーにも不可能だ。ギルドが把握している彼女の実力はソロA級前後だ。もっとも、素行不良が著しいため、未だに公式記録はソロB級止まりではあるが。兎に角、ミーフェ・ホフナーの実力の上限はソロA級だ。AAA級が前提となっている三十七層に潜るなど、一人では到底不可能だ。考えられるとすれば優秀な仲間とパーティーを組んだということになるが……それもまた素行不良のミーフェ・ホフナーには難しいだろう。それに仮にパーティーを組めたとしてもAAA級の実力者など滅多にいない。リデッサス遺跡街で把握しているだけでも数えるほどで、どの人物もミーフェ・ホフナーと組もうなどとは一瞬たりとも考えないだろう。

 そして問題はそれだけではない。『カイアロス』は出現も極めて稀なのだ。AAA級の探索者たちが命を懸けて挑み、それでも入手できるかは運が関わる。それほどの品だ。こうも大量に並べていいものではない。いや、そもそも、無造作に両脇に抱えて歩くものではない。もっと慎重に大切に運ぶべきものだ。

 少し個人的な感情を出しつつも、概ね冷静に分析したベテラン職員は次のような結論を出した――ミーフェ・ホフナーが三十七層以外から入手したのではないか、と。


 そこまでベテラン職員が考えたところで、周囲には『カイアロス』と呟く声が広がっていた。


 若手職員の驚きの声を聞いた周囲にいる探索者が『カイアロス』の名を思わず呟き、そして呟きを拾った者も呟き、情報が次々と伝播していったのだ。ホール全体に呟きが広がり、ついには誰かが大きな声を出した瞬間、勢いが解き放たれた。探索者たちが次々と歓声を上げた。

 それとほぼ同時に、大量の高級素材の査定要員として数名の職員が増援として駆けつけた。

 そうして、大規模査定が始まった。



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