一章17話 異世界四日目 昇級審査①
「フジガサキ様。本日はお忙しい所、ご協力いただきありがとうございます。クリスクの探索組織部のクレーデルと申します。よろしくお願いします」
三人の中では一番年上に見える男がそういって、頭を下げた。中年くらいの年だろうか。ルカシャを鑑定した職員よりは年下だが、なんというのだろう、管理職みたいなオーラというのだろうか、仕事ができそうな男性の雰囲気を醸し出しているように思えた。
「探索支援部のベルガウです。よろしくお願いします」
続けて、クレーデルの隣にいる若い男が名乗り、クレーデルと同じように頭を軽く下げた。こちらはギルドの職員に良く見る若手職員と同じような雰囲気を持っていた。年も俺とそうは変わらないように思える。まあ、ちゃんと就職しているので、俺よりは社会経験豊富だと思うが。
「クリスクのギルドで活動しているパーティー、『フェムトホープ』の聖導師、ユリアです。よろしくお願いします」
最後に、一番端にいたの黒いローブのような服を着た少女が名乗った。紹介から思うに、職員ではなく探索者のようだ。しかも聖導師だ。つまりはスイと同じく『力』などの特殊な術が使える人間だ。ついでに言うと年齢もスイと同じくらいに見える。つまり、かなり年下だ。あと恰好も似ているな。もしかしたら聖導師の制服なのかもしれない。まあ、ユリアはスイと違い黒いローブをきっちりと着ているが。
いや、それにしても、かなり珍しい髪色の少女だ。柔らかい金髪というのか、少しピンク色に近い……こういうのってピンクブロンドって言うんだっけ……? 街でも金髪の人はよく見かけるが、淡い金髪の人は少なかった。ピンク色が混じっているように見えるのは彼女が初めてだ。染めてるのだろうか……? いや、でも地毛っぽいよな……うーん、珍しいな
「藤ヶ崎です。よろしくお願いします」
なんか良い名乗り方が無いか少し考えたが、無かったので苗字だけ名乗った。こういう時、パーティーに所属していると気まずくなくて良いのかもしれない。
「どうぞ、おかけになって下さい」
年長のクレーデルが、三人の対面となるソファーを指し、勧めてきた。言葉に従い、ソファーに座ると、三人も俺の向かいのソファーに腰かけた。そしてすぐに、クレーデルが口を開いた。
「まずは本日の昇級審査の流れについて、ご説明したいと思います。よろしいでしょうか?」
審査……なんか色々必要なのかな。準備してないな、どうしよう。
「あ、はい。大丈夫です」
「まずは、最近の探索の階層、ルート選び、戦闘内容、採取物など、分かる範囲でお聞きしたいと思います。フジガサキ様ですと、『ルカシャ』の案件と『リィド』の案件、この二件の探索内容になります。その後はフジガサキ様の方から私達ギルドにご意見・ご要望がありましたら、お教えいただきたく存じます。最後に今回の協力者のユリアさんからご意見がありましたら、お話いただく形となります」
な、なるほど。うん。どうしよう。1層しか行ってないんだけど。やばいな、どう誤魔化すか。俺が悩んでいると、さらにクレーデルが言葉を続けた。
「それと、説明が遅れましたが、一般的に昇級の際はギルド職員の立ち合いのみとなっておりますが、フジガサキ様のように実戦経験豊富で、単独での深層探索できる方の場合は我々ギルド職員では感じ取れない事もございますので、上位の探索者の方もお呼びして、より適切な昇級審査になるようにしております。予め、ご了承いただけますように、宜しくお願い致します」
ああ、なるほど。それで探索者がいるのか。現場の意見に耳を貸すみたいな感じなのかな。社会経験がないから分からないけど、なんか良い制度のような気がする。わかんないけど。まあ、でも今回の俺にとっては、あまり望ましくないのかもしれない。誤魔化そうにも経験者、しかも上位の探索者がいるとなると、俺の聞きかじった程度の知識ではボロが出てしまいそうだ。さて、どうするか。
「何かご質問はございますでしょうか?」
「あ、はい、えーっと、あんまり、その、何と言いますか、終わったことを記憶しておくのが苦手で、えーっと、つまりですね。ちょっとあんまり覚えてないことも多くて、答えられないこともあると思いますが、いいでしょうか?」
自分でもかなり苦しい言い訳の気がしたが、実際にあった事を話す訳にもいかないので、こうするしかないのだ。いや、かなり苦しい言い訳の気もするが。
「ええ、勿論でございます。分かる範囲でもお答えいただければ、ギルドの方としても大変助かりますので、宜しくお願い致します」
クレーデルが丁寧な口調で淀みなく言葉を紡ぐ。彼は俺よりもかなり年上に見えるが……うーむ、やはり仕事ができそうな上級管理職みたいな人は誰に対しても丁寧で礼儀正しいのだろうか……
「ああ、はい。よろしくお願いします」
「では、まず『ルカシャ』ですが、何層で入手されましたか?」
1層!
「いきなりで悪いのですが、実は、階層を数え忘れていて、いやー、本当に、すみません」
正直に言うわけにもいかないので、すっとぼける。いや、たぶん、この前のギルド職員の様子から25層と答えるのが自然だとは思うが……うーん、どうしたものか。
「ああ、そちらの件、買い取り担当の職員から伺っております。今回の昇級審査で提示していただいた情報に関しましては、昇級とは別にギルドで適正価格で購入させていただきますので、そちらの方、ご懸念がございましたら、ご安心下さい」
そっちじゃない……困っているのは入手場所がおかしいことなのだ。というか、階層ド忘れ作戦は通じないな……どうもこの設定は、ギルド職員には『絶対にありえない設定』なのだろうか。だが、ここは濁しておきたい。この後、遺跡の攻略ルートとか聞かれるなら、階層は特定されない方が良いはずだ。
「いやー、本当に覚えてなくて、すみません」
俺が答えると、三人はそれぞれ別々の表情を見せた。クレーデルは特に気にした風ではなく、ベルガウは少し訝し気な表情をし、そしてユリアは何か悩んでいるような表情をしていた。
「そうでしたか、かしこまりました。もし、思い出されましたら、後日でも構いませんので、ギルドまで御一報お願い致します。では、覚えている範囲で構いませんので、当日の移動経路などを教えて頂いてもよろしいでしょうか」
そう言って、クレーデルは大量の紙をテーブルの上に広げた。
それは地図だった。1枚1枚に遺跡の構造が書き込まれている。俺が持っている1層の詳細地図をやや簡易化して見やすくした感じのものだ。それが複数枚、見たところ10枚以上ある。おそらく1枚1層であることから、10層分以上の地図だ。
なるほど、これを使って説明せよということか。しかし、これを完全に覚えてませんは流石に無理があるよなー。どうしようかな。
「あの日は、こちらの遺跡街では初めての活動だったので、とりあえず行けるところまで行って、何か取ってこようかなといった感じでして。思いのほか良いものが取れて自分でも驚いています」
言いながらも広げられた地図をチラリと流し見る。とりあえず、1層から15層までの15枚の紙が順番に並べられていて、それぞれ、層の入口、階段の場所などが示されている。へー、3層と4層を繋ぐ階段って2つあるんだ。色々と新しい発見があるな。
まあ、この迷路みたいなのを適当に指差していけばいいか? ところどころ地図にはバツマークがあったり、注釈があるので、それを避ける感じでいいだろうか。
「でー、えっと、まあ、当時のルートですが、あー1層から説明しますか? 途中からにしますか?」
時間を稼ぐため、ゆっくり喋りながら、ちらちらと地図を確認する。だいたい12層までの流れは作れそうだ。どうでもいいけど、俺って結構土壇場に強いのかもしれない。今、凄く頭をまわせている気がする。
しかし13層の地図をチラリと読み込もうとしたあたりで、クレーデルが質問をしてきた。
「1層から? 転移結晶は使用されなかったのですか?」
おっと、新ワードが出てきた。ちょ、まってくれ。何だそれ。名前的に、あれか、ワープ的な感じか。あ! そうか! なるほど、確かにそれはそうだ。遺跡の広さから考えて1日で10層とか15層とか潜って帰ってくるのは変だと思っていたんだ。なるほど、途中までワープすれば時間短縮になるな。なるほど。不味いな、どうしよう。でも前言は覆すものではないし。
「初めてのところは1層から入るって決めてて、自分の中のポリシーみたいな感じでしょうか」
この返し、我ながら、結構上手くない? だめ? だめかな?
「そうでしたか、それは失礼しました。では1層からお願いします。もし、時間などもお分かりになる範囲で教えて頂けると助かります。一応ギルドの記録ではフジガサキ様の『ルカシャ』売却は午後の2時30分前後となっております」
…………あれ、ちょっと待って、売却時間バレてるの。あー、そうか、それはまあそうか、記録されてるよな。
あれ? ちょっと不味くね。あの日俺はギルドカードを発行している、たぶん昼前だったとは思うが、11時くらいとかだったと思う。不味いぞ。もしギルド側に俺の『ギルドカードを発行した時間』が記録されているとおかしなことになってしまう。
俺はギルドカードを発行してから3時間30分くらいで25層くらいの場所に潜った人になってしまう。ワープも無しで。単純に考えて、1層につき8分くらいしか時間がない。うん無理だな。
目の前にある地図の縮尺がどのくらい精確なのかにもよるが、1層の地図と俺が実際に1層に潜ったときの経験を比較するに、1層から2層に行くだけでも最短でも15分はかかる。いや、もの凄く頑張って移動すれば8分でいけなくもないが……それは道を知っていて、途中に危険が無ければという事だ。たぶん2層以降はスピードが落ちるし、地図の縮尺が1層のものと完全に同じだと仮定しても、各層8分程度で通りにけるのは不可能に思える。しかも往復だ。
不味いぞ。まあ、前提として、俺が遺跡に潜った時間が特定されているのかという問題もあるが…………うーん、ギルドカード発行の時は分からなくて色々質問してしまったから、覚えられてるかもしれないし、それに何より、発行した時間がギルドの記録として残っているのかもしれない。
「フジガサキ様。何か問題でもございましたか?」
俺が黙っていると、クレーデルが疑問を投げかけてきた。
「あー、いや、すみません、今思い出したんですけど、逆でした」
「逆とは?」
「何と言いますか、確か、その日はお金が減ってきて、急いで稼ぐ必要があったんです。だから確かポリシーを曲げて、深いところまで行ったんです。素早く。それで、1層から潜ったのは『リィド』の時でした。すみません」
「そうでしたか、かしこまりました。『リィド』が1層からで『ルカシャ』の時は転移をされたんですね。何層まで飛んだんでしょうか?」
えーっと時間的に20層くらいにした方がいいのか……いや、そもそも転移でどこまで飛べるとかルールがあったら困るな……うーん、今までの探索者たちの発言的に不自然ではない層は……えーっと、17層かな?
たぶん17層に直通で行く方法があるはず……それにルカシャは設定的に25層くらいで拾ったことにする必要があるしから……うん。各層20分くらいの制限時間なら不可能でも無いかな……それはそれで俺の足がだいぶ早くて体力もありすぎる気もするが、ただ、総合的に考えて一番不自然では無い気がする。
「確か17層くらいに飛んだんだと思います。17層の地図を見せて頂いても?」
「17層は開通ゲートが1か所ですから、こちらですね」
そう言ってクレーデルは17層の地図の1点を指差した。なるほどここから、スタートする感じか。俺は自分の指をクレーデルの指した場所まで持って行き説明を始めることにした。
さて、どこまで誤魔化せるか……