二章78話 異常な群生
魔獣『スコギウ』を倒した後、『感覚』に頼りに俺はホフナーと一緒に十層の端の方にある小部屋にたどり着いた。
道中、ひたすらホフナーが俺の臆病さを揶揄ってきたが、これには訳があった。というのも、ホフナーは『スコギウ』を殺した後、ナイフでその体の一部を抜き取っていったからだ。前の世界では、グロ映像を生で見る機会など殆ど無かったため、俺は目を背けてしまった。
そして、そんな俺の態度をホフナーは見逃さず、抜き取った眼球や肝臓、睾丸などを掲げながら、こちらに近づいてきたのだ。俺はできるだけ平然とホフナーに近づけないように注意したが、ホフナーは益々調子に乗った。調子に乗って俺に魔獣の体の一部を押し付けてきた。元々決めていたことだったが、改めて思う。俺は二度とホフナーと探索はしないだろう。
まあ、兎に角、こういった事があったせいで、道中ホフナーの機嫌は良かった。
「ん? こんなとこに部屋、無かったと思うんだけど」
そして、そんな機嫌の良いホフナーは、小部屋を見ながらも疑問の声を発した。
その声を聞き、手元の地図を確認する。彼女の言葉通り、地図には存在しない部屋だ。
「カイ、地図」
俺がホフナーの疑問に答えるよりも早く、彼女が指示を出した。俺は持っている地図をさりげなく入れ換えてからホフナーに渡した。
「荒くて分かんないな。はー、使えない地図だなー。今度、これ売ってきた商人ボコろうかな~」
俺の方をチラチラと見ながらホフナーが言葉を舌に乗せた。はい、分かっております。
「ミーフェさんが仰ることは間違いなく正しいです。こんな地図を売るような商人は良くありませんね。ただ……商人にも生活がありますし、何より、誰もがミーフェさんのように優れた人ではありません。質の悪い物でも売らなければ生きていけないような小物も世には多いのかと……ただの小物に、真の強者であるミーフェさんの手を煩わせるというのは大きな損失かと思います。特にこのリデッサス遺跡街においては」
俺が適当に言葉を並べると、ホフナーは満足そうな表情を浮かべた。
「ん。ミーフェ器デカいから、あんまり気にしてないけど。まあ、それはいいや。それよりも、この部屋何? カイ、分かる?」
……分かるけど言いたくない。
たぶん、俺の『感覚』で造られてしまった部屋なのだろう。つまり、ホフナーの読み通り、ここは元々存在しなかった部屋だ。というか、碌な地図を持っていないのに、こんな隅の方の部屋までよく憶えてるな……
「……詳しいことは分かりませんが、ただ、何となくですが、この部屋の中に何かありそうな気がします。注意しつつ、中に何かないか探してみるというのはどうでしょうか。何か不審なことがあったとしてもミーフェさんのお力をお借りできれば突破は容易いのではないかと……」
今まで、小部屋で危険は無かったから大丈夫だと思うが……十層での探索は初めてだし、一応ホフナーに警戒を促しておく。まあ、メインは警戒を促すことよりも、『さっさと小部屋に入って素材を回収しよう』という思いだが。
「……いや、別にミーフェはビビッてないから」
「勿論、分かっています。ただ、一流の方は観察力や洞察力、そして警戒心も一流だと思っています。今のミーフェさんのご判断もそういったものから来ていると推測していましたが、すみません、間違えていましたでしょうか……?」
「ん、まあ、そんな感じ。うん、カイは分かってるね」
よし、さっさと小部屋に入るぞ。
「はい、ありがとうございます。今後もご指導よろしくお願いいたします」
「いいよ。これからもミーフェが躾けてあげる」
そうして、得意げな顔のホフナーと共に小部屋に入る。
小部屋の内部は草まみれだった。
面白いという意味ではない。
背が高い草が、遺跡から大量に生えていたのだ。藍色に染まったその草たちからは不思議な魅力を感じる。何となく貴重そうに見える。というかどこかで見たような気がする。ギルドの素材図鑑だったかな……あ! 思い出した! これは凄い貴重品だ。そして見たことがある。おそらく二回も。
一度は初めてクリスク遺跡を探索した時に恐らく見た。
そして二度目の方は確実に見た。数日前リデッサス大聖堂でリュドミラに案内されて、ユリアと一緒に見た『スイリラグメム』だ! あの『スイリラグメム』を構成する七色の植物、その藍色――たしか『カイアロス』だ。『カイアロス』が大量にある! 凄い!
隣を見るとホフナーが少し困ったような顔をしていた。何だか珍しい表情だ
「まさか、こんな物があるとは……確か、『カイアロス』ですよね……?」
ホフナーは何度か目を瞬かせた。
「ん? ああ、うん、そうだね。ミーフェ知ってたけど?」
……あれ、もしかして知らなかったか? まあ、確かに、これはかなり貴重品のようだし、確かリデッサス遺跡の最深部周辺――三十五層から三十八層で稀に見られるんだったか? 確かに、流石のホフナーもそこまでは探索していないだろう。そうすると、ホフナーからすると馴染みの薄い素材なのかもしれない。
「はい。ミーフェさんもご存知の通り貴重品です。この階層で手に入ることは滅多にないと思いますが……とりあえず採取してしまいますね」
滅多に無いというか、たぶん絶対にないってレベルだと思うが、まあいいだろう。
俺はバックパックから採取道具を取り出し、『カイアロス』の採取を始める。ホフナーは最初、俺の採取の様子をしげしげと見ていたが、途中で役割を思い出したのか、小部屋の入口の方へと体を向けた。一応、魔獣が入ってこないか警戒してくれているのだろう。まあ、それでも気になるのか、チラチラとこちらを見ているが……
ホフナーの視線を気にしないようにしつつ採取作業を進める。
『カイアロス』は聖なる術に関わりがあり、教会で非常に需要がある植物だ。
何に使われるかの詳細を知らないが、それでも以前リュドミラが『ルカシャ』と同じように貴重だと言ってた。おそらくギルドで高く売れるだろう。
あ、でも……ギルドでこれを売ると最終的には教会に卸されるのだろうか?
そうすると、教会が必要としている物を教会に渡してしまうことになるな。俺は教会と間接的に敵対する可能性があると考えると、『カイアロス』の大量売却はあまり喜ばしい行為なのではないかという気がしてきた……うーん。いや、まあ『カイアロス』を売ることによって発生する教会の力の強化の全てが俺の追撃に費やされるわけではないし、タイムラグなどもあるし、そこまで深く考えるべきではないのかもしれない。
それに、仮にリスクがあったとしても、ここで俺が得る金を増やすリターンの方が遥かに大きいだろう。あまり気にせず売ってしまっていいだろう。
よし、半分くらい採取できたな。結構、量があったから時間がかかる。
「カイ、結構採取上手いね。道具もちゃんと持ってるみたいだし、悪くないよ」
「え……あ、ありがとうございます」
意外な言葉をかけられてしまい少し驚く。何というか、採取に関して俺は経験でホフナーに劣っているので、むしろ嘲笑われるかと思っていたのだが、褒められるとは。
「分かってると思うけど、ミーフェのナイフ捌きほどじゃないから」
まあ、それはそうだろう。というか、ホフナーって植物を採取するときも専用の採取道具じゃなくてナイフ使うんだな。器用だな。
「やはり、そのナイフで採取もされるんですね」
「は? ミーフェ、採取の話とかしてないけど」
……? 話題を間違えただろうか?
あ! いや、そういうことか。
「あ、はい、失礼しました。つい勘違いをしてしまって……勿論、ミーフェさんの仰るように、自分の採取の能力とミーフェさんの戦闘の能力はかけ離れています。本当に、自分ではミーフェさんの足元にも及ばないかと」
「はー、まあいいよ。ミーフェ器デカいから、クランメンバーに小さいミスをいちいち気にしたりしないから」
クランメンバーじゃないが?
「はい! ありがとうございます!」
ホフナーの激励もあってか、その後も採取作業は順調に進み、全ての『カイアロス』を回収することができた。
しかし、初っ端から凄い物が採取できたな……やはり十層ともなると、『感覚』の成果も良くなるのだろうか?




