二章77話 初めてのパーティー探索開始
そうして一度ギルドを経由してから、ホフナーと共に目標としている遺跡――ポドロサクリス遺跡に到着した。昨日ホフナーと話し合い、この遺跡に挑戦することに決めたのだ。
ホフナーはリデッサス遺跡を推していたが、俺は人が多いリデッサス遺跡が嫌だったので、比較的人が少なく、それでいて探索しやすそうなポドロサクリス遺跡なったのだ。
やはり、人が少ない方が良い。他の探索者に、『俺がどこで何をしていたか』を知って欲しくないからだ。勿論、ホフナーなどという危険人物を他の探索者に会わせるのは忍びないという思いもある。
一応、本日の流れとしては、転移結晶を使いポドロサクリス遺跡の五層に突入する。そして数層ほど潜って、途中で折り返し五層に戻るか、又は、ある程度の時間になったら転移結晶で脱出する予定だ。また不測の事態が起きても脱出することになっている。あと俺とホフナーのどちらかが探索するのが困難と判断した場合も脱出する。
遺跡内での戦闘はホフナーが担当し、探索は俺が担当する。一応採取も俺が担当することになっている。一通り採取道具はあるので大丈夫だと思う。
「ん。転移結晶」
ポドロサクリス遺跡の入口で、ホフナーが転移結晶を渡してきた。行きと帰りの転移結晶の準備はホフナーがすることになっていた。ちゃんと準備してきたようだ。
「ありがとうございます」
それを受け取り、ホフナーと共にポドロサクリス遺跡の一層へと入る。転移結晶は遺跡の中でしか使えないので一層に入る必要があるのだ。
一層に入るとすぐに『感覚』が発動した。久々の感覚だ。思えば遺跡に入るのは結構久しぶりだ。
今回は一層では素材回収はせずにホフナーと一緒に転移結晶を使い五層へと向かう。少し勿体ないが、五層以降でもざくざく取れるだろうし気にしないでおこう。というか、どちらかと言うと、一層で活動している探索者に『感覚』で発生した素材を回収されることの方を気にした方がいいかもしれない。一層で珍しい物が取れたら驚愕するだろうし、変な噂も広がるだろうから。まあ、どうせ今日中にリデッサス遺跡街を去るので、そこまで問題ではないかもしれないが。
そんなことを考えながら転移結晶を発動させ――う、めまいが……
う、お? お? おお、景色が変わった。あ、お、『感覚』も発動した。
なるほど。こうなるのか。今まで所持していたが、使ったことがなかった。今度使うときは目を閉じて使おう。まあ、目を閉じても意味ないかもしれないけど。
「行くよ、カイ」
「はい、ミーフェさん」
ホフナーから声がかかった。懐から地図を取り出す。五層の地図は……ん?
あれ……おかしいな。
「何? どうしたの?」
「あ、いえ、ミーフェさん。すみません。えっとポドロサクリス遺跡の五層ですよね。あれ、おかしいな。地図と地形が合わないんですよ。なんでだろう……?」
地図の状の五層の転送陣がある所を見る。そして周囲を見回す。うーん、見た目が地図と違う。あれ? 転送陣あったよなーと思い足元にある転送陣を確認する。
うん。やはり転送陣がある。というか、転送陣が無いところには転移できないので、あるのは当たり前なんだが……
あれ?
足元にある転送陣を見ていると、不思議なことに気付いた。
転送陣には十層という文字が書かれていた。
…………?
十層?
地図は五層のものだ。
俺はホフナーを見た。ポドロサクリス遺跡の五層へ行くための転移結晶を準備するという話だったはずだが。
「いや、十層だけど。何? いいでしょ。別に。ミーフェ余裕だし」
良くないんだが。
「え、いや、その確かにミーフェさんにとっては余裕だとは思いますが、今日はパーティー初日ですし、相性の確認と言いますか、小手調べと言いますか……」
「はぁ~、カイは分かってないなー。十層とか、ミーフェにとっては片手で余裕だから」
いや、俺が困る。一応、装備的には十層は行けるとは思うし、もしもの時の転移結晶もあるけど、安全を考えて五層から八層くらいを探索する予定だったのだ。それをいきなり十層とか困るし、何よりも計画とは違うことを勝手にされるのは凄く困る。そういうのは本当に止めろ。
「それは、そうかもしれませんが……地図は、どうしますか? 地図が無いと自分は探索はかなりできなくなりますし、本来の役割をこなせなくなります。今日は五層から八層のものしか、ちゃんとは用意できていませんし……」
厳密には十層が書かれている地図も持ってはいる。ただ、細かな書き込みはしていない。
五層から八層に関しては、資料と照らし合わせ出現する魔獣の特徴とかも書き込んでいるので、それに比べると十層の地図はただ書かれているだけだ。情報量で劣る。まあ、それでも一番良い地図を買ったので、平均的な探索者が保有する地図よりは良いものだろうけど。
「ん、ミーフェ持ってるから」
そう言ってホフナーは地図を差し出してきた。
駄目だ。俺が持っているのよりも質が悪い地図だ。
これなら俺のを使った方が良い。
「そうですか……ありがとうございます」
しかし、ホフナーに言うと怒られそうなので、仕方なく地図を受け取る。
「ん。じゃあ、行くよ」
そう言ってホフナーが歩き出してしまった。
……しょうがないか。まあ、今回一度きりの相手だ。あまり深く考えてはいけないかもしれない。最悪の場合は転移結晶を使って脱出すればいいのだから。念のため脱出用に関しては自分の分を用意しておいて良かったな。
一度小さく息を吐いた後、背中を向けるホフナーに気付かれないように地図を差し替える。
『感覚』によって惹きつけられる方向と地図を見比べ、前を進むホフナーに話しかける。
「ミーフェさん、もしよろしければ、次の角を右に曲がってもいいですか?」
ホフナーを『感覚』の導く先に誘導するための言葉を発する。そして、同時にホフナーをよく観察する。指図されて怒り出す場合に備え、すぐに適当な言葉を並べる準備をしておくためだ。
「ん。分かった」
しかし、予想とは異なり、ホフナーは特に反論することなく俺の言葉を聞いた。
……思ったより素直だ。
一応、事前の計画では、俺に探索方針を任せるということになっていたので、別におかしいことではないのだが……なんというか先程、予告なくホフナーが計画外のことをやったので、『俺に探索方針を任せる』という約束も無効になったのかと思ったのだ。それ故、今、俺の言う事を聞いたのは、逆にちぐはぐというか……
いや、まあ、とりあえず探索方針は聞いてくれそうで良かった。
そんなことを思っていると、前を進むホフナーが角の前で止まった。そして無造作にナイフを抜く。
「カイ、角先30メートル、雑魚一匹、狩るよ」
そう言うとホフナーは素早く動いた。俺の反応を待つことなく、バックパックを地面に落とし、角の先へと消えていく。慌ててホフナーを追いかけ、角の先を覗き込む。
ホフナーが戦っているのならば何かしなくてはと思った故に行動だ。冷静に考えれば、俺がいても足手まといだから、そんなに早く覗き込む必要はなかった。けれど覗き込んでしまった。
視界の中にホフナーを収める。小さな背中だ。何かを拭っている? 背中に隠れて見えないが、ホフナーが何かをやっている。
いや、それより戦闘は……? いや、していない……? ホフナーの勘違いか……?
そこまで考えたあたりで、視界の端――遺跡の床面に赤い物が動いているのが見えた。不審に思い、それを見る。赤い液体が遺跡の床を流れていた。大量のそれが床面を汚している。
赤い液体の流れる元を見る。
何か大きなものがあった。いや、ものじゃない魔獣だ。
ホフナーの足元に魔獣が倒れていた。思わずまじまじと見ていると、ホフナーが振り返って俺を見た。
「カイ。見てた?」
得意げな少女の声が遺跡の中で響いた。
「あ、えっと、その、戦闘ですか……?」
彼女の指している言葉が何か特定できず、状況から読み取った考えを口にする。
「ん。まあ、瞬殺だったから、見てないか。とりあえず、こっちきなよ」
そう言ってホフナーは手招きした。緊張しつつもホフナーの下へと向かう。できるだけ赤い液体――魔獣の血液と思われるものは避けて移動した。
そうやって恐る恐る近づき、ホフナーの元にたどり着く。そんな俺をホフナーは鼻で笑った。その事に僅かな恐怖を感じ、彼女をチラリと見る。ナイフは既に鞘に納まっていた。角を曲がる直前、ホフナーはナイフを持っていたはずだ。いつ納めた……? あ、いや、さっき俺が魔獣の血液らしきものに驚いていた時か。
とりあえず、ナイフが鞘に納まっていて良かった。流石に刺してこないと思うけど……いや、なんか、こう、緊張してしまうのだ。別にホフナーを悪く思っているわけではない。
「えっと、ミーフェさん」
ホフナーに話しかけつつも、彼女の足元に倒れている魔獣が気になってしまう。理由は、体格がかなり大きいからだ。遠目だと分かりにくかったが、近くで見るとはっきり分かる。たぶん2メートルはある。熊とかそんなサイズだ。
「ん? 何? え? コレにビビってるの? え? ミーフェ、これくらい瞬殺だけど? ナイフも片方しか使ってないけど? え?」
ホフナーがにやにやとした表情で、何度もわざとらしく質問してきた。彼女の声音からは嬉しさが滲み出ている。
「あ、いえ、その、この魔獣はもう死んで……ますよね?」
遺跡の床面を大量の血で汚していることから考えるとかなりの出血量だ。それに、先程から近づいてもピクリとも動かない。倒れているのではなく死んでいるのだろう。
「当たり前でしょ。ミーフェがこんな雑魚を仕留められないと思った? 言っとくけど、これミーフェから見たら超雑魚だから、まあ、十層で二番目くらいに強い魔獣らしいけど、ミーフェから見たら超雑魚だから。瞬殺だから」
ホフナーの言葉を聞き、足元の魔獣が確かな死を知る。何となく自身の胸元を触る。『衝撃吸収のアミュレット』を、宿を出る前に、服の下にこっそり身に着けている。
「十層で二番目……確か、『スコギウ』でしかたか。言われてみれば、確かに『スコギウ』ですね。大きな体格で……確か凄く硬くて、その上、特殊な魔法を使うから非常に危険だと聞いたことがあります」
ホフナーの言葉と、見た目を頼りに、頭の中から情報を引き出す。ついでにそれを口に乗せておく。うろ覚えだが、『スコギウ』は炎の魔法を使うんだっけ……? 硬くて魔法まで使うから危険性が高いという情報をどこかで見たような気がする。
ただ、同じ十層帯ではオグマスという非常に危険な魔獣がいるそうなので、そちらに比べると知名度では少し劣るようだ。しかし、スコギウが強いのは確かだ。俺では決して歯が立たないだろう。そんな魔獣を瞬殺というのは本当に凄いことだと思う。
「まあ、ギルドはそう言ってるね。実際、苦戦するヤツも多いみたい。まあ、ミーフェなら瞬殺だけど。苦戦しないから。余裕っていうか。いや、もう逆に、苦戦するのが難しいっていうか。目瞑ってても勝てるっていうか」
「流石は、ミーフェさんです。自分や他の探索者では、倒すことが難しい魔獣をこうもあっさりと……本当に凄いです」
ホフナーが嬉しそうに語るので、適当な相槌を打つ。
いや、実際凄いことだと思うが……いまいち肝心の戦っている所を見ていないので、よく分からない。見た時には勝負がついていた。たぶん凄いんだろうけど、強さがよく分からない。
いや、待てよ。それだけで十分強さが分かるか? 戦闘が始まってから俺が戦闘終了の場を目撃するまで、おそらく数秒だ。その間に倒したのだから――ん。違うぞ。
俺はチラリと先程曲がった角を見る。角までの距離が長い。だいたい三十メートルくらいか? ホフナーはこの距離を詰めて、さらに『スコギウ』を倒したのだ。その合計時間が数秒――四秒くらいだ。いや、俺が覗き込んだ時には戦闘が終わっていたので、そのことを考慮に入れると、三秒程度と考えてもいいかもしれない。
三十メートルの距離を詰めるのに……三秒以内に三十メートルの距離を詰めるのって非常に難しくないか……? 接近速度が尋常じゃなく速いな。あ、でも、以前マリエッタとルティナがホフナーは尋常じゃなく足が速いみたいなことを言っていた気がする。だとすると、できるのか……?
まあ、とりあえずに三十メートルの距離を二秒で詰めたとしよう。どんなに頑張っても二秒は必要だろう。でもそうすると、『スコギウ』を倒すのにかかった時間は恐らく一秒未満だ。本当に凄いな。接近時間も短いし、倒す時間も短い。ホフナーが言う『瞬殺』という言葉は決して嘘ではないようだ。
「まあ、ミーフェは超一流だから。このくらい軽いっていうか。なんかカイはさっきからビビってたみたいだけど、ミーフェがいるから、あんまり心配しなくていいよ。てか、心配しないで遺跡に入れること、もっと感謝した方がいいよ」
「はい! ありがとうございます!」
いつもは漫才みたいだって思うけど、今回は割と本気で感謝してしまったのであった。




