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二章75話 さらば永遠に……


「あの、リュドミラさん……?」


 目を瞑っている間に首と手に何かを嵌められたのだ。先程の会話が頭に過った。さっきまで俺とリュドミラが座っていた椅子がある方を見る。首輪と手枷が無くなっていた。


「カイ様。鞭はそこに置いたままですのでご安心下さい」


 俺の視線の先を読んだのか、リュドミラがそんな言葉を口にした。確かに鞭はサイドテーブルに置いてあるままだ。だが、首輪と手枷が無い。そして、俺の首と手の圧迫感、さらに言うと両手首を包む革は鎖で繋がれている。つまり、先程リュドミラが紹介していた聖具が、俺に使われていた。そしてこれはきっと本来の用途なのだろう。悪魔憑きを捕まえるための……!


「い、いえ……その、そうではなくて……これは?」


 時間を稼ぐような言葉を口にしつつも、体を翻しリュドミラと向き合う。そして不自然にならない程度に両手を動かす。いや、そもそも、こんな手枷をいきなり嵌められたのだから、両手を動かそうとするのは自然か。

 しかし、カチャリカチャリと左右の革を繋ぐ鎖の音が響くだけで、外れる気配はまったくない。リュドミラの説明通り、とても頑丈なものなのだろう。体を動かしたせいか、首の圧迫感も強く感じる。呼吸は発声を妨げることはないが、締め付けられている感覚は、何とも言えない不快感がある。


「ふふっ、先程、ご説明した首輪と手枷です。念のため今一度申し上げますが、聖具は聖導師でなければ嵌める事も外す事も叶いません。ですから、私が外さなければずっとこのままになりますが……ふふっ、ご安心下さい、聖女ヘルミーネの慈悲深い聖具の中でも、特に体への負荷が少ないモノを選びましたので」


 まるで慈しむような瞳でリュドミラは俺を見た。悪寒を感じ、思わず、リュドミラから距離を取る。

 体を動かしたためか、首も動き、そのせいで首元の締め付けを強く感じた。


「え、あの、どうして……?」


 混乱する頭を落ち着かせるように言葉を漏らす。大丈夫だ、ここは多少変な言葉が出ても自然だ。

 あ、いや現在進行形で大丈夫じゃない。この聖具は悪魔憑きを管理するための物とリュドミラは言った。それはつまりリュドミラは俺を悪魔憑きだと知っているということだ。

 いや、『知っている』というより『思っている』、だろうか? いや、それはどちらでも殆ど同じだ。どうしてかは分からないが――いや、ユリアだ、ユリアが情報を共有しているのだ。それ以外に考えにくい。いや、いや、いや、もう情報源の事など、この際どうでもいいことだ。兎に角、何とかここをやり過ごさなければならない。そのためには時間を稼ぎ、情報を得る必要がある。故に反射的でもあった先ほどの質問は現状ではベストだ。

 こんな状況になっている時点でベストもなにもないが。

 後ろ手で聖具を嵌められているために、正面にいるリュドミラからは俺の両手は俺の体に隠れて見えないだろう。鎖を鳴らさないように、ゆっくりと枷の接合部や鎖の太さなどを確認する。

 駄目だ。よく分からない。ただ、やはり直接触った感じ、かなり頑丈そうに思える。もしかしたら、前の世界の手錠よりも頑丈かもしれない。いやまあ手錠をかけられたことはないから比較できないが……

 とりあえずこの聖具の性能に関しては先程リュドミラが言った通りと考えよう。つまり俺では解除不可能、ゆえに聖導師――状況から考えてリュドミラかユリアに外してもらう必要がある。


「ふふっ、どうしてかはカイ様がご存知なのではありませんか?」


 満足そうな笑みから慈しむような笑みになり、そして今は妖艶な笑みでリュドミラは俺を見た。


――悪魔憑きだと疑い、いや、違う、ほぼ確実に悪魔憑きだと思っているのだろう。そしてそれを俺も知っていると思っている。駄目だ、情報が増えない。


 どうする……?


「…………すみません。考えても、全然分からなくて……」


 できるだけ困ったような声を出した。いや、勿論実際に困ってるのだから、そのままの声を出した。


――とりあえず、正直に言うのは絶対に駄目だ。もしかしたらリュドミラの中で確信が持てていない可能性もあるし、誘導尋問みたいな形なのかもしれない。決して認めてはいけない。『なぜこんなことになっているか分からない』という風に押し切るしかない。仮に、押し切れなくとも時間を稼ぎ、リュドミラの口からもっと情報を出させよう。


「本当に分かりませんか?」


 聞き返すリュドミラからは苛立ちのようなものは感じられない。むしろ余裕のようなものを感じる。いや、まあ、それは自然か。この状態で余裕が無いのは俺で、リュドミラは俺から余裕を奪う側なのだから。


「すみません……その、本当に、よく分からなくて」


 本当に分からない。ここまでやったという事は確信があったということだが……ユリア経由だとしてもおかしい。マリエッタの話から推察するに疑っているのはユリアだけで、しかもユリアは判定具の申請に難航しているという話だ。

 つまり、リュドミラはユリアに判定具を貸すことの必要性に疑問を持っていたということになると思う。だから『ユリアが俺を悪魔憑きだと疑っている』ということをリュドミラは知らないか、もしくは知っていたとしても彼女自身は俺の事を疑っていないと考えるのが自然だと思う。故に、このような行動に出るのは大変に謎だ。


「そうですか……分かりませんか。では、申し上げますね」


 リュドミラは一瞬だけ複雑な表情をした後、真剣な表情で俺を見た。


「まだカイ様と離れたくないのです」


「え……?」


 予想外の言葉がリュドミラから出たせいで、思わず疑問の音が漏れてしまう。


「旅に出ずに一緒にいて欲しいと思ってしまったのです。私も、カイ様の自由を尊重したいのですが……このように縛り付けたいと思ってしまう心もあるのです」


 あ、ん、あ、え……じゃあ、つまり……


「なるほど……?」


「本当はこのまま鎖で繋いでしまいたいという思いもあるのですが……やはり、良くはありませんね。きっと今、私がすべき事ではないのでしょう」 


 そう言うとリュドミラはゆっくりとこちらに近づいてきた。恐怖を抑え、それを迎える。リュドミラが、俺の首元に嵌められた首輪に手を触れた。そして俺の首元を首輪の上からゆっくりと撫でる。

 ぞわりと何かが体から抜け落ちる感覚がした。不気味な感覚に戸惑うか、すぐに小さな金属音と共に首への締めつけが緩まった。そのままリュドミラが流れるように首輪を手に取り、俺の背後へと回る。そして同じように俺の手首に嵌められた手枷も外した。


 自由になった手首を労り、その後首元に手をやる。解放感がある。やはり手に首にも何も巻いていないのが一番だ。仮に何か巻くとしてもマフラーのような薄くて締めつけが小さくて――そして何より自分の意志で脱ぎ着できるものが良い。

 それにしても危なかった。危なく悪魔付きだと疑われてもいないのに自白する所だった。危ない危ない、勘違いで死ぬところだった。


「カイ様……痛かったでしょうか? 痛みを与えないように拘束したつもりだったのですが」


 リュドミラが心配気味に尋ねてきた。

 よくよく考えると、散々な事をされたような気がするが、心配そうにこちらを気遣うリュドミラの姿を見ると、なぜだか全然問題ないように思えてしまう。『まあいいや』みたいな気分だ。

 まあ、自分が悪魔憑きだと露見したかもしれないという最悪の予想が外れていたので、相対的に全然問題ないという気分なのかもしれない。勿論、リュドミラが絶世の美少女で初恋の相手であるという事もあるだろうが。


「いえ、まあ、その、痛くはなかったですよ……かなり驚きましたけど……」


 圧迫感はあったが痛みは無かったと思う。

 でも、一応を苦言を(てい)しておく。


「驚かせてしまい申し訳ございません。カイ様。ですが、カイ様も悪いのですよ。ふふっ、急に何も告げずに旅に出ようとしてしまうのですから……もし私が聖女『アンジェリカ』であれば、本当にカイ様を鎖で繋いでしまったかもしれません」


 聖女『アンジェリカ』――駄目だ、どの聖女か分からない。たぶんユリアならすぐ分かるんだろう。もし、ユリアに追われるような状況でなかったら、彼女に聞いたかもしれないな……


「なるほど……? 次の機会があったら、ゆっくり旅に出るように努力します」


「ふふっ、やはりカイ様はお優しいですね。カイ様、その優しさに甘えるようで、少し卑怯かもしれませんが、もう一つお詫びいたします。実はこの聖具は本当は悪魔憑き以外には使用してはいけないのです。ですから、今日あった事はどうか秘密にして下さいね?」


 少しだけ悪戯気にリュドミラは頬を緩めた。

 ……俺はたぶん悪魔憑きだから結果的には問題が無いな。いや俺個人としては問題あるけど。


「え、ええ……まあ、大丈夫ですよ」


 少し珍しいリュドミラの悪戯気な雰囲気に飲みこまれつつも、ぼんやりとした言葉を彼女に返した。


「ふふっ、それでは、カイ様、どうかお気をつけて。カイ様の旅のご無事をお祈りいたします。どうか()き旅を……そして、また会える日を楽しみにしております」


「ええ、ありがとうございます。また……」


 きっと『また会える日』は来ないであろう。


 そうして俺は大聖堂をあとにした。何だか色々な意味でドキドキとした時間だった。

 一応、結果だけ見たらスイへの手紙は渡せたし、リュドミラにも別れの挨拶はできた。でも、なんだか凄く興奮し、驚き、そして恐怖を感じた。勿論、恐怖は俺の誤解だったが、それでもある意味で綱渡りな面はあったと思う。危険な行動だったと見ることもできるかもしれない。

 でも、それでも最後のリュドミラに会えてよかった。キスは……ああ、いや、それはちょっと自惚れ過ぎた。兎に角、リュドミラは俺と分かれるのをとても惜しいと思ってくれていた――拘束具を一回使うくらいには。かなり驚いたし、今でも驚いているけれど、それでも俺との別れを惜しいと思ってくれたことが嬉しかった。


 リュドミラは少しだけ変わっている所があるが、それでも、そんな面を含めて、きっと俺は好きだった。初恋だからかもしれない。きっと後々考えれば、ちょっと個性的だったなとか思うかもしれない。けれど好きだったのだ。

 好きだったのだ……

 でも、もう会うことは無いだろう。


 さようなら、リュドミラ。



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