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二章74話 口付け……!?


「いえ……」


 引き込まれないように言葉を口にする。


「本当ですか?」


 しかし、そんな俺の態度を崩すように、リュドミラがさらに問いを重ねた。強い引力を感じた。俺の意志がリュドミラに砕かれ、心や体がリュドミラの方へと引っ張られそうになる。


「えっと……」


 リュドミラの引力から耐えるためにも、言葉を声に出すが、それも心もとない。そして、そんな俺に対してリュドミラは衝撃的な言葉を放った。


「――カイ様は、近いうちに別の街へ行ってしまうのではありませんか?」


 !?

 どうして? なぜ分かったんだ……? 誰にも言っていないのに。何かそう思われることをしただろうか……? いや、ホフナーならまだしも、リュドミラに高飛び計画が露見しているというのは考えられない。なぜ……?

 愕然としてしまい、ついリュドミラの方を無言で見つめ返してしまう。


「カイ様を()ていて自然とそう思ったのです」


 俺の驚きが伝わったからか、リュドミラがさらに言葉を続けた。しかし、その理由は不可思議なものだった。根拠などない、思い付きのようなものだ。けれど、自然体でこちらを見るリュドミラからは、俺を騙そうとするような意志は当然感じられない。だから、きっとリュドミラが今話した事が真実なのだろう。

 リュドミラは俺を見ていて、自然と俺の考えの深いところまで気付いたのだ。誰も気づかない事を。


「……そう見えてましたか」


 衝撃からか、リュドミラの言葉を認めるかのような言葉を口にしてしまう。

 駄目だ。衝撃が強い。先程よりもずっと強い衝撃だ。


 そこまで……そこまでリュドミラは俺の事を見て、知っていたのか……苦しい。本来、俺は理解されにくいタイプの人間だと思う。特に行動面においては、秘匿していた行動が露見することは今までに滅多に無かった。それをリュドミラは一瞬で見破ったのだ。

 勿論、リュドミラが洞察力に優れる人なだけなのかもしれない。実際、今までのやり取りから、そう思われる要素はあった。けれど、それだけではないのではないかと思ってしまう。リュドミラにとって特に意識している相手が、きっと俺なのではないかと、そう思ってしまう。


 出会いが違えば……いや、そうではないか。俺に『感覚』さえ無ければ、悪魔憑きでなければ、リュドミラともっと一緒にいることができて、そしてもっと一緒に語り合い、絆を深めることができたのではないだろうか。そう思わずにはいられない。いや、勿論知っている。『感覚』が無ければ、俺はリデッサス遺跡街など来なかったし、そもそもこの世界で生きてこれなかったかもしれない。それは知っている。けれど苦しい。

 想いが溢れそうになる。


「ええ、そのように……カイ様、しばらくは会うことが叶わなくなってしまうのですね」


 リュドミラは残念そうに俺を見た。俺の先ほどの言葉を肯定と受け取ったのだろう。もはや正直に話そう。もう最後なのだ。最後の最後に初恋の人には本心から喋りたいと思う。


「……はい。その、少し旅をしてみたくなってしまいまして。リュドミラさんとはしばらくは会えないかと」


 少しではない。たぶん長い旅になる。そして、きっとリュドミラにはもう会えない。『しばらく』ではないのだ。もう会えないのだ。


「残念です……カイ様、最後にお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」


「自分にできることでしたら」


 文字通り最後の願いになるだろう。当然、それは叶えたいと思った。


「ありがとうございます」


 そう言うとリュドミラは椅子から立ち上がり、窓の方へと寄った。行動の理由がよく読めず、そのまま眺めていると、リュドミラはカーテンを閉めた。外の景色が見えなくなる。

 そしてリュドミラがこちらを見て、妖艶に微笑んだ。


「これで外からは見えませんね。では、カイ様……立ち上がって私の前に来ていただけませんか。座ったままでは、その……やりにくい、ですから」


 頬を僅かに赤く染めてリュドミラは恥じるように視線を逸らした。その意味を何となく察してしまい、しかし同時に『そんなはずはない』とも思ってしまう。けれど、体は自然と椅子から立ち上った。ふらふらとリュドミラの前へと足を運ぶ。


「えっと、これで、ああ、その、最後のお願いというのは……?」


 期待が高まっている。そんなはずはないと思いつつも、確認のように彼女に問うた。


「――カイ様、最後に目を瞑っていただけますか」


 俺と向き合うリュドミラは頬を確かに赤く染めて、そんな事を言ってのけた。彼女は恥ずかしそうにしながらも、真剣に俺の方を見ている。

 あ、え、これは、つまり……そういうこと、だよな。そう、か。そこまでだったのか。そうだったのか。何だろうか、きっと嬉しいことのはずなのに、場違いにも、『俺って鈍かったんだな』と思った。いや、そうじゃないな。そうか、両想いだったのか。そうか。嬉しい……いや、凄く嬉しい。最後に分かって良かった。


「……はい」


 俺は目を瞑った。心臓が高鳴る。まさか、こんなことがあろうとは……

 五感を研ぎ澄まし、来るべきものを待つ。

 ……待つ。

 …………待つ。

 長いな。たぶん集中しすぎているからだ。一秒一秒を極めて長く感じてしまっているのだろう。

 唇に来るであろう感覚を待っていると、ふと、首に何か冷たいものが巻き付いた。

 疑問を感じる間もなく、巻き付いたものが絞められ首に圧迫感を感じる。そして金属が触れ合う独特の音が耳に響いた。

 驚き目を開くと同時に、俺の両手が瞬時に後ろへと回された。目の前にはリュドミラがいなかった。手首にも何かが嵌められ、再び金属音が耳に響く。後ろから人の気配がする。後ろを振り返るとリュドミラが満足そうな笑みを浮かべていた。今まで見た中で最も明るい笑みだ。静謐(せいひつ)とした雰囲気の中に、どこか妖艶さを併せ持つのが、リュドミラという美少女だ。故にこのような明るい笑みは、とても珍しいと思った。

 いや、現実逃避している場合ではなかった。これはどういうことだ。


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