二章73話 隙あらば聖具語り
「そういうことでしたか。ありがとうございます。どうにも知らないことばかりで……」
「いえいえ、少しでも私の言葉が、カイ様のお役に立てるのでしたら、この上ないことです。折角ですから、他の二つに関してもお話したいと思います」
そう言って、リュドミラはサイドテーブルの上に置かれていた手錠のような物を手に取った。
そして、俺が止める間も無く語り出した。
「こちらの手枷は、前に聖具室でお見せしたモノと同じ用途で使います。悪魔憑きを拘束し決して逃さないようにするためのモノです。ふふっ、聖具として定められている手枷の中には、内側に棘が付いているモノもあります。じわじわと悪魔憑きに痛みを与えるために棘を付けるのですが……見ての通り、この手枷にはありません。それどころか、この手枷は非常に慈悲深く作られています。本来、悪魔憑き用の手枷は強く締め付けて使うモノなのですが、この手枷は締め付けが少なく、体への負荷が小さいのです。しかし、それでいながら、とても頑丈で、どのような悪魔憑きであれ、この手枷を壊すことは叶わなかったと聞きます。一説によると、『聖女リリアナ』の弟子の一人『聖女ヘルミーネ』が作ったモノを改良して、このような手枷ができたと」
絶世の美少女の口から美しい声とともに、受け取り方に困る情報が発される。
確かに棘は付いていない。それに革の部分は柔らかそうに見えなくもない。この手枷は革でできた二つの輪を金属の鎖が繋いでいる。ドラマとかで偶に見る手錠は全体が金属製だったと思うので、革で出来ている分、柔らかく見える、いや脆く見える。しかし、頑丈らしい。元の世界の手錠の方が頑丈そうに思えるけど……いや、『聖なる術』とかもあるし、何か特殊な製法で作られているのかもしれない。
「それは、何と言うか……ああ、えっと、慈悲深い方だったんですね……?」
反応に困り、微妙な相槌が出る。
聖具について嬉しそうに解説する所がリュドミラの怖い所であり、そして数少ない欠点の一つだ。勿論、そんな欠点があっても惹かれてしまうのだが。
「ええ。教会の歴史書によると、聖女ヘルミーネは大変に慈悲深く、それでいて多くの聖具の原型を作ったとあります。こちらの首輪も、その原型から発展したものと言われています」
そう言ってリュドミラはサイドテーブルの上に置かれている最後の聖具――金属が付いている革製の帯のような物を手に取った。
「捕まえた悪魔憑きを管理する時には、必ずこういった首輪を使います。首に巻き付け、聖なる術で外れないように固定し、鎖で繋ぎます」
そう言ってリュドミラは蠱惑的な視線を送ってきた。本来ならば恐ろしい話――それこそ自分の身に降りかかるかもしれない恐ろしい話であるのに、彼女の美しさに当てられてしまい、思わず心が高鳴ってしまう。
俺の心を知ってか知らずか、リュドミラは首輪だけではなく既に紹介し終えた手枷も再び俺に見せた。
「先ほど手枷について一つお話し忘れていたことがありました。こちらの手枷も、そして首輪も、嵌める時は聖なる術を用います。この二つはどちらも特殊な素材でできておりまして、聖なる術に反応すると固まってしまうのです。再び外すには、やはり聖なる術を用いる必要があります。つまり、こちらの手枷と首輪は、聖導師にしか嵌めることも外すこともできないのです。ついでに申し上げますと、大変に丈夫な素材でできているので、壊されたという話も聞きません。また、一度嵌めると滅多な事では外しません。管理の関係上、必要に応じて手枷の方は外すことはありますが、首輪は基本的には外すことはありません。ふふっ、一度、この首輪を嵌められた悪魔憑きはずっと首輪と共に過ごすのです」
そこで一度言葉を切ると、こちらの顔色を窺うようにじっと見つめてきた。
「そんな感じなのですか……色々と手順があるのですね……」
なんとも言えず、曖昧でよく分からない言葉を返してしまう。
リュドミラは俺の言葉を聞くと、慈しむような表情を浮かべた。
「もしかしたら、お優しいカイ様は残酷と思うかもしれません。しかし、これは慈悲でもあるのです。悪魔憑きは邪悪で醜い存在です。この地に混乱をもたらし人々を苦しめます。特に悪魔の術と呼ばれる能力は、人々を狂わせ破滅へと導くと言われています。本当であれば悪魔憑きは見つけ次第誅滅いたします。しかし、この首輪は悪魔の術の発生を防ぐようにできています。この首輪を嵌めることで、悪魔憑きを安全に管理できるようになります。故に、邪悪な悪魔憑きであっても滅することはいたしません。勿論、世に害を与えないように徹底的に管理いたしますが、それでも大変に温情ある処置なのです」
まるで世の真理を説くかのようなリュドミラの言葉に小さくない衝撃を受ける。分かっていた面もあったが、やはり俺には難しいようだ。
今はまだ、リュドミラは俺を悪魔憑きと思っていないから、きっと関係が成立している。俺が悪魔憑きだと分かればリュドミラとは非常に悪い関係になってしまうのだろう。
つらいな。悪魔憑きでさえなければ……いや、もしかしたら俺の杞憂で悪魔憑きではないという可能性もあるが、それを証明するような状況に陥るのは危険ゆえにできない。俺は自身が悪魔憑きだと考えて行動しなければいけないのだ。
「カイ様、ご気分が優れないようにお見受けいたしますが……少し、カイ様には合わないお話だったでしょうか?」
リュドミラは心配そうに俺を見た。こちらを見る彼女からは俺を害そうとか管理しようといった面は一切見えない。それがまた俺を苦しくする。
「いえ……いや、そうですね、少し苦手な話だったかもしれません。すみません」
「申し訳ございません、カイ様。つい語りすぎてしまいました。私の良くない癖なのですが、カイ様のような特別な方と、お話していると、どうも自分を忘れて語りすぎてしまうようです」
リュドミラは後悔するように目を伏せた。
「い、いえ、気にしないで下さい。自分が少し変わっているという面も大きいですから」
「やはりお優しいのですね……度々申し訳ございません、カイ様。つい語りすぎてしまいましたが、本日はどのような趣でいらっしゃったのですか?」
謝罪の言葉を口にしてから、リュドミラは本来の俺の目的を問うた。
リュドミラの紫色の瞳がじっと俺の目を捉える。
「えっと……その、今日も、手紙を持ってきていて、それと…………いえ、そうですね、手紙を出したいと思って来ました。いつもすみません」
リュドミラに紫瞳に取り込まれそうになってしまい、思わず『逃走前の最後の別れを告げに来た』と言いそうになる。強い気持ちを持ってそれを抑える。聖女であるリュドミラに言うわけにはいかない。それならば、なぜリュドミラに話をしに来たのだと自分自身に問いかけたくなる気持ちもついでに抑える。
「導師スイ宛てですね。お任せ下さい」
手紙をリュドミラへと預けると、彼女はそれを大切そうに受け取った。いつもそうだ。彼女はいつもスイへの手紙を、とても大事そうに、まるで宝物のように扱ってくれる。
リュドミラが手紙を懐へと収めるのを見届け、嬉しさと悲しさが同時に押し寄せる。自分が書いた手紙をこうも大切に扱ってくれる嬉しさと、もうこういった彼女の仕草を見るのは最後なのだなという悲しさだ。
「ありがとうございます」
悲しさを抑えるように俺はリュドミラに感謝を告げた。
「お役に立てたようでしたら光栄です。ところで……他にも何かあるのではないですか?」
リュドミラの紫色の瞳が、妖しく光った。




