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二章71話 諸悪の根源


 ホフナーと別れた後、俺は少し悩みつつも、自分の借りている部屋には戻らずに大通りへと出た。

 そして、一歩一歩、ゆっくりと重い足取りで大聖堂と向かった。


 これは愚かな行動ではないかと悩んでいる――いや、確実に愚かな行動だと思っている。

 それ故に、足取りが重い。真実を知った今、聖導師や聖女との関りは最低限にするべきだ。頭では分かっているのだ。

 けれど、それでも、最後に、最後に一度だけリュドミラに会いたい。彼女に名前を呼んで欲しいのだ。今日、この後、彼女に会って、それが最後だ。もう二度と会わない、いや、会えない。それでいいのだ。別れは告げない。口にすると不審に思われるかもしれないし、何より、余計に苦しくなる気がするからだ。いや、『最後に会う』と意識している時点で既に苦しい状態なのだけれど。


 ああ、本当に苦しい。実ったかもしれないと考えていた初恋が、こうも簡単に終わってしまうのだから。

 苦しくて、ユリアを憎みたくなる。いや、もう既に少し憎んでいる。ああ、駄目だな。良くないな。何か別の事を考えよう。ああ、そうだ。手紙も渡さなくては。今回、リュドミラに会う名目は手紙を渡す事なのだ。ただ、この名目も決して飾りではない。スイへの手紙だ。彼女は俺の手紙を楽しみにしてくれていたし、再会も楽しみにしてくれていた。俺も再び彼女に会って話したいという思いは強いが、それは叶わないだろう。スイも聖導師なのだから。

 だから、もうスイと会うことはできないし、手紙を送ることもできないだろう。今持っている手紙も最後の手紙だ。この手紙は昨日計画を考える合間に書いた。最後の手紙故に内容に悩んだが……あまり重い内容にするのはスイは好まないだろうと考え、普段と変わらないような内容を中心とした。


 スイとリュドミラ、親しくしていた人に、これから親しくなれただろうと考えていた人。その二人との実質的な別れになる。そう、最後なのだ。うん。重い足取りなのは良くない気がしてきた。気持ちを強く持とう。最後なのだから。

 決意を新たにし、大聖堂へと飛び込む。いや、まあ、勿論、普通に歩いていったのだが、気持ちは飛び込むような感じで行く。


――大聖堂に着くと、正門のすぐ近くにリュドミラが銀色の髪を靡かせながら立っていた。


 会う約束はしていなかった。けれど、何となく会えるのではないかと思っていた。というより、俺が大聖堂に足を踏み入れる時、いつもリュドミラに会っている気がする。偶然、なのだろうか……不思議な気持ちと同時に何かがおかしいような気持ちになる。いや、最後なのだ。今は不思議でも気にすることではない。


「リュドミラ様、お久しぶりです」


 俺が声をかけると、リュドミラは蠱惑的な笑みを浮かべた。


「フジガサキ様、わざわざ来て下さったということは……ふふっ、少し場所を変えましょうか」


 リュドミラの言葉に従い、彼女に大聖堂の中へと案内される。場所を変えてもらえるのは助かる。一応、大聖堂へは尾行されてもいいように振る舞ってはいるが、視線などを警戒しながら振る舞うのは神経がすり減るような感じがして嫌だ。建物の中ならば尾行はしにくいだろうし、仮にユリアたちが俺を尾行していたとしても諦めるだろう。いや、まあ、ここまで来る間に尾行の気配は無かったので、たぶん尾行されてないと思うけど。念のため。

 しかし、何度かこの大聖堂には来ているが、未だに知らない場所が多い。今、案内されている場所も知らない場所だ。

 そうして、複雑な通路を何度か通った後、個室にような場所に案内された。


「ここは?」


 なんだか良い感じの部屋だ。落ち着いていて、それでいて、質の良さそうな調度品が置かれている。高価そうだか、一方でむやみやたらに豪勢というわけではない。


「私が教会から借りている部屋です。眠る時と、予定が無い時はここで過ごしています」


 私室か。部屋を見た感じ、そんな気はしたが、そうか、リュドミラの私室か……

 え、いや、なぜ俺をここに案内した……?


「リュドミラさんの……」


 上手く言葉が思いつかず、特に意味の無い言葉を口にする。そして、何となく部屋を見渡そうとして、違和感を覚えた。そしてすぐに違和感の発生源に気付く。タペストリーだ。

 この部屋には大きなタペストリーが飾られている。それ自体はおかしくはないのかもしれないが……何と言えばいいのだろうか。凄く、既視感を覚えるのだ。このタペストリーに描かれている『冠をかぶった少女』――銀髪の美しい少女をどこかで見た気がするのだ。

 はて? 誰だろうか? 銀髪といってもリュドミラではない。別人だ。タペストリーの少女はリュドミラとは見た目が違うし、何より幼そうな印象を受ける。うーん? 何かの聖人とかで、カテナ教の聖堂とかで見たのだろうか?


「どうかいたしましたか?」


「あ、いえ、そのタペストリーが、何だか、美しくて見とれてしまいました」


「それはそれは……流石はフジガサキ様、確かな審美眼をお持ちですね」


 リュドミラの紫瞳が妖しく輝いた。


「審美眼……えっと、もしかして、カテナ教の方々にとって重要な絵なのでしょうか……?」


「ええ。大変重要な絵です。この絵は聖女の最上位である『使徒』――その一人である『癒しの使徒』をモデルにしています」


「あ、こちらの方が、以前言っていた……確か、使徒……使徒様というのは、聖女の中でも凄く立派な方たちでしたよね。その一人ですか……そう言われると何だか、とても神々しい方のように見えます」


「ええ、とても立派なお方です。私も、お慕いしております。少しでも彼女に近づきたいと願っています。昔も、今も」


 リュドミラの頬は少し赤く、どこか熱を持っているように見えた。熱が入るほどに尊敬しているのだろうか。きっと凄い偉人なのだろう。なるほど。そういった偉人ならば、きっと聖堂とかには飾られてあるだろうし、どこかで俺も見たことがあるかもしれない。


「自分から見れば、リュドミラさんも凄く立派な方だと思います。親切な方ですし、何より聖女として皆さんからとても尊敬をされているように見えます」


「ありがとうございます。カイ様のような方にそのように言って頂けるのは光栄なことです……ふふっ、折角、部屋まで来て下さったのに、立ったままお話するのも変ですね。カイ様、どうぞこちらにお掛けください」


 立ち話の切っ掛けを作ってしまったのは俺だったが、リュドミラは気にした風でもなく、椅子を勧めてくれた。当たり前だが、ホフナーとは違う。


「ありがとうございます」


 タペストリーの既視感の謎を解き、すっきりとした俺は遠慮なく椅子に座った。

 この椅子も部屋と同じで雰囲気の良さそうな椅子だ。座り心地も良い。何となく、この部屋の雰囲気にマッチしている気がする。こういった家具も全てリュドミラが選んだのだろうか……?



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― 新着の感想 ―
[一言] タペストリーの子がスイちゃんならリュドミラはスイちゃんに好意的っぽいし本当にラブコメ路線にワンチャン戻れるのかな。後、ユリアの足が臭いに信憑性が…
[良い点] スイちゃん…!?
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