二章68話 技術を見せて褒められたい
「確かにそれは仰る通りですね。ミーフェさん、先ほどと意見が変わってしまうかもしれないんですが、少し考え直しまして、来年にはリデッサス遺跡街から移動している可能性が高いのではないかと思いました。そして、それはたぶん、もう少し寒い場所を想定するというのが良いように自分には思えます」
「なんで?」
俺が明日以降、寒い所に行くから。
「それは――実は、最初にミーフェさんに謝罪しなければいけないことがあるのです」
「ん?」
「決して、自分はミーフェさんを侮ったつもりはありませんでした。しかし、先ほどのミーフェさんのお言葉を聞いて、考えを変えました。ミーフェさんは非常に深く先を考えて行動されていると。そのような先見性のある素晴らしいリーダーの元には優れた人材が多く集まるでしょう。故に、そう長くはリデッサスにいないと確信を持ったのです。ですが、これはよくよく考えれば、自分がミーフェさんの事を僅かに甘く見ていた証です。どうか、お許しください」
そう言って、俺はホフナーの前で深く深く頭を降ろす。三分の二土下座くらいだ。
「ん。まあ、いいよ。ミーフェ器デカいから、いちいち気にしないっていうか。カイもちゃんと分かってるみたいだから、いいよ」
ホフナーは寛容さを見せつけるような態度で俺の謝罪を受け止めた。よし、誤魔化し完了。
「ありがとうございます! やはりミーフェさんは自分などと比べると非常に器が大きい方です」
実際、器の大きさでは俺よりは大きいかもしれない。まあ、アストリッドとかには負けると思うけど。
「まあ、カイもミーフェほどではないけど、結構見れるとこあるから、副首領にしたっていうか。まあ、カイも結構できるよ」
「ありがとうございます!」
「で、ミーフェが凄いのはまあ当然だし分かったけど、なんで寒い所行くの? ミーフェ温かいところがいいんだけど。いや、別に寒いのが苦手なわけじゃないけど」
苦手なのか。
「それは……より優秀な人材を求めるためです。決して温かい所が悪いわけではありませんが、寒い所の方が人々はより強くなろうとします。故にミーフェさんが求める人物に出会いやすいのではないかと思いました」
ちょっと思い付きで喋ったから、かなり適当な言葉になってしまた。やはり思い付きで行動するのは苦手だ。
「ああ、確かにそうかも。ミーフェも寒い所で育ったし。いや、まあ知ってたけど」
お、寒い所出身だったか。まあ、これで『ミーフェ、温かい国出身なんだけ?』ってキレられたら、『ミーフェさんは規格外の存在です。凡人達の指標では評価できないかと』とか言って逃げるつもりではあったが。
「ミーフェさんは寒い所出身でしたか……」
神妙な顔でそれっぽい事を口にしてみる。念のため、『やはりか……』みたいな雰囲気を出しておく。
「カイは寒い国出身?」
唐突にホフナーが問いかけてきた。
関東だから、普通だな。というか温かいって言った方がいいかもしれない。
「いえ、そこまでは……リデッサスよりは温かい所から来ました」
「まあ、カイも結構できる方だよ」
妙に慰めているような雰囲気だ。ホフナーの中で寒い有能論はしっくりきたようだ。個人的には、そこには全く相関性はなくて、寒くても暑くても有能な奴は有能だし、無能な奴は無能だと思うけど。あ、でも嘘を吐いたつもりはない。寒い国は特殊な農業とか工業とか発展すると思うし、それはやっぱり強く生きるために頑張ろうとしているんだと思う。だから先ほどの俺の言葉に嘘はないつもりだ。
さて、と。
「ありがとうございます。ところで、ミーフェさんはミトラの出身ではないのですね。どちらの国の出身なんですか?」
ちょっと気になってたところだ。『ミトラ王国外出身』でかつ『今ミトラにいる人』に聞きたいことがあったのだ。ホフナーは今までの言動から考えて、それに当てはまる人物のようだ。ちょっとラッキーだ。
「ヒストガだけど」
おお! マジか。やった。第一逃走先候補だ。色々聞けるな。元々、ミトラ王国以外の情報が欲しかったのだが、ヒストガ王国ならさらに良い。とりあえず、まずは基本的であり、かつ大事な事を聞こう。
「ヒストガ王国でしたか……ミーフェさんはヒストガ王国からミトラ王国に入る時、金貨とかはどうしましたか? たぶん違う通貨が使われてますよね。ヒストガ王国の通貨はミトラ王国でも使えるんでしょうか?」
これは聞きたかった事だ。ホフナーは何となく外国人だと思っていたので、聞ける時に聞こうと思っていたのだ。
国が違えば通貨は違うはず。まあ広範囲で使える国際通貨みたいなのがあって、ミトラ王国の通貨――デリウス金貨やデリウス銀貨がその地位にあるという可能性もゼロではないだろうけど……ヒストガ王国には別の通貨が使われていて、最悪の場合はデリウス金貨が使えないという可能性もある。事前に知っておきたい情報だ。
聞き込みをしてもいいが、あまり動きすぎるとユリアとかに逃走計画が露見するかもしれないので、できればホフナーに聞いておきたい。
「両替した。金貨は両替できるよ。まあ両替商は手数料ぼったくろうとするし、その辺は基本ミーフェがやるからカイは気にしなくていいよ」
ホフナーは得意げな顔をした。たぶん、これはイチャモン付けて手数料を格安にして貰うという手段を示唆しているのだろうな。流石はホフナーだ。俺にはできない所業だ。
「両替商ですか、なるほど。ちなみにヒストガ王国では大きな都市とかでは両替商は結構いる感じですか?」
「ん……いや、ミーフェ商人じゃないし。いちいち見てないっていうか。言っとくけど、他の探索者も見てないから。商人じゃないから」
『商人じゃないから』って二回言った……知らないことを聞いて欲しくないみたいだ。
「あ、はい、すみません。ミーフェさん」
「ん。まあ、いいよ。ミーフェ器デカいから。でも、まあ国境に近い遺跡街なら探索者向けにあるんじゃない」
ああ、なるほど、国境に近い遺跡街か。ん、とすると、リデッサスにもあるのかな……?
「そうすると、リデッサスにも両替商っていますか? あんまり見る機会が無かったんですが」
「リデッサスにはいる。東側の商館通りにあった。てか、ミーフェそこで両替したし。たぶん北側にもあるんじゃないかな」
ああ、東側か。あんまり行かないから分からなかったな。時間があったら確認するんだが……ちょっとタイミング的に難しそうだな。まあ、でもこの言い方なら、ヒストガ王国でデリウス金貨の両替に困るという事は無いように思える。よし。
「貴重な情報、教えて下さってありがとうございます」
適当に感謝を告げると、ホフナーが少し神妙な顔になり口を開いた。
「何? 両替、興味あるの? ミーフェの技術見せてやってもいいけど」
それはいいや。両替商さんに申し訳ないし。
「いえ、すみません……少し気持ちが早まってしまって。将来的にリデッサスを出ることになるとすると、今のうちに色々と考えなくては、と思ってしまって。ご心配おかけしてしまい、すみません」
「ん、まあ、いいけど……別にミーフェも見せつけたいわけじゃないから。まあ、カイがどうしてもって言うなら、技術を見せてやっても良かったっていうか。まあ、カイのために言ってるんだけどな。いや、いいけど」
ホフナーは不満そうな顔で、こちらを見てきた。
さきほど、ホフナーが両替対応をすると言ったのならば、俺に技術を見せる意味は無いのではないだろうか。いや、まあ本質はそこじゃないんだろうけどさ。
うーん、ホフナーとの友好的な雰囲気を大事にするなら、ここは技術を見せてもらう方が良いんだろうけど、両替商さんに申し訳ないし、何よりタイミングが悪い。ここは気付かないふりをしておこう。
「いえいえミーフェさんに、悪いですし……あ、そういえば、ヒストガ王国出身ということは、やはり、街道を通ってミトラ王国には来たんですか?」
なんか、気づかないふりしようとしたら、露骨な話題変更になってしまった。まあ、知りたいことがそっちにあったのだから仕方がない。




