二章66話 どきどき朝会話
マリエッタから情報提供を受けた翌日、目が覚めるとともに僅かに体が緊張する。昨日は計画を立てた。今日は高飛びをするために実際に準備をする日だ。
体を起こし、小さく息を吐いた後、準備を済ませ部屋の外へと出ようとして、一度動きを止める。そして、机の上に置いてある手紙を見る。少し悩みながらも手紙をバックパックに入れてから、部屋の外へと出る。
何が出ても驚かないように自然な態度で扉の外を見る。
ピンクブロンドの可愛らしい少女――ユリアがいた。
「おはようございます。フジガサキさん。えっと……なんだか、久しぶりですね」
相変わらず優しく、それでいて大人しそうな雰囲気の少女だ。少し緊張しているが、ユリアはリデッサスで再会して以来こんな感じなので、そういう意味では普段と変わりないと言える。
――俺のことを悪魔憑きと疑い判定具を準備しているようには到底見えない。
演技が上手いのだろう。凄いな。欠点を挙げるならば、武器を所持している点だ。これはユリアの優しそうな雰囲気を損なっているので良くないだろう。今までも禍々しい鞭だと思っていたが、ユリアが俺の事を疑っているという情報を得た後だと、より強く禍々しさを感じてしまう。なんだか血を沢山吸ってそうな鞭に思えてしまうのだ。
マリエッタ曰く、フェムトホープのメンバーが武装しているのは俺のせいらしいが、しかし一方で、フェムトホープのメンバーが俺に武器を向けたことはない。ちょっと気になることだ。怪しまれたら嫌なので、マリエッタに詳細を聞いてはいないが……悪魔憑きだと分かった時にすぐ捕獲ないし殺傷するためだろうか……? でも、俺を疑うことを隠すならば武器は俺の前では所持しない方が良い気もするが……いや、まあきっと何か考えがあるのだろう。実際、俺も、フェムトホープの面々が武器を携帯していたのは、治安が悪いからだと思っていたし。まあ、少し違和感は覚えたが。
とりあえず、あまり鞭を視界に入れていると疑われそうなので、ユリアの禍々しい鞭を意識しないようにしよう。
「おはようございます。ユリアさん。そういえば最近はずっとルティナさんと会ってる感じでしたね。結構、朝は忙しかった感じですか?」
できるだけ自然を装うが、少し質問を間違えたかと思ってしまう。これは俺がユリアを疑っているような質問になってないか……? いや、大丈夫か。俺は結構こういう感じの質問をするタイプだったと思う。だからこの質問は自然なはずだ。
あ、いや、待てよ。マリエッタが情報を漏洩したことをユリアに伝えていたら不味いか……いや、いや、いや、もしそうならばユリアはもっと警戒しているはずだと思う。今のユリアからはそんな雰囲気は見えない――って、いやいやいや、俺はそもそもユリアの思惑をこれまで全然見切れていないのだから、俺が今ユリアの雰囲気を読んでもそれは間違っている可能性が結構ある。という事は、ユリアの雰囲気から読み取って納得するのは危険か。
どうする? 初手から間違えたか? いや、そもそもユリアがマリエッタの情報漏洩を知っているのかが分からなければ、最善の選択は取れないか……あ、いや、待て。俺はマリエッタから情報提供を受けた時、かなり自然に振る舞ったと思う。あんまり気にしてない感じで答えた。もっと言うと何も考えてないアホっぽい回答をしていたと思う。
それならば、今俺がユリアの行動に関して質問をしても、ユリアはそこまで不思議に思わないのではないだろうか。たとえユリアがマリエッタの情報漏洩を知っていたとしても……! なぜなら、自然にアホっぽい感じでいけば、『ユリアが俺を疑っていること』をこちらは全然気にしていないと、読み取れるはずだからだ。よし、ならば、ユリアがマリエッタの情報漏洩を知っていようが、いまいが、なんとかなるか……?
「えっと、昨日までは教会関係の儀式とかで忙しかったんです。ただ、だいたい終わったので、今日は結構暇で……あ、あの、もし、良かったら、今日はフジガサキさんと一緒に行動できたらなって思ってて……どうでしょうか?」
俺の質問に対して、ユリアは自然な口調で答えた。たぶん今ユリアは嘘を吐いていない。恐らく、判定具を借りるための準備をしていたのだから教会関係というのは間違いないのだろう。なんか凄いな。
それに恐ろしい提案までしてきた。今の言い方やマリエッタの情報から考えるに今日は本当に暇なのだろう。ほぼ判定具を借りれる状況になったのか……? あれ、もしかして、もう判定具を持っていて今日俺に使おうとしてたりするのだろうか……不味いな。一手遅れたか? 昨日のマリエッタの言葉からして、まだ判定具を借りるのには時間がかかりそうな雰囲気だったが……マリエッタを信頼しすぎたか?
「すみません。ユリアさん。実は今日は先客がありまして……」
とりあえず断ろう。昨日準備を済ませておいて良かった。元々、今日は対ユリア・ルティナ用に策を考えていたが……早速使うことになったな。
「えっと、誰かと約束してるんですか?」
ユリアがじっとこちらを見た。思わず目を逸らしそうになるが、それを堪えて、ぼんやりと彼女の淡い赤色の瞳を見る。
「ミーフェさんです」
ここは正直に答える。実は俺は昨日、ホフナーと会う約束をしたのだ。
そして、これが対ユリア・ルティナ用の策だ。『ホフナーと一緒に行動する』、このリデッサス遺跡街でこれほど煙たがれる行為はない。これはフェムトホープであっても有効だろう。というか実際、ルティナは俺を監視していた時も、ホフナーが駄々をこねると、しぶしぶ折れていた。そしてユリアに至っては引き下がることすらある。
ルティナにはある程度有効であり、そしてユリアにはかなり有効なはずだ。ユリアはホフナーの事が苦手なのだから! 俺と一緒で! 気持ちは分かる。だからこそ、そこを突く。卑怯だが、俺も命は惜しい。まあ、ユリアが俺の事を殺そうとしているかまでは分からないが……
「え……ミーフェちゃん? その、何で、ですか? ミーフェちゃんはフジガサキさんに迷惑かけてたんですよね。あの、もしかして、無理やり誘われたりしたんですか?」
ユリアからは困惑の色が読み取れる。少し焦燥感のようなものも読み取れなくもない。やはりホフナーは困るようだ。
内心、順調だと思いながらも、それを顔に出さないようにしつつ、少し声を潜めてユリアに話しかける。
「いえ、こちらから誘いました。理由としては、実はこれはまだ秘密のことなのですが……」
そこで言葉を区切る。ユリアがじっとこちらを注視している。
「……実はミーフェさんと一回組んでみようと思っているんです。そのために相性を見ておきたくて、今日一緒に行動して、良さそうなら明日組んで遺跡に潜ろうかと思っています」
ゆっくりと、考えに考えた案を披露するかのように話す。実際、結構悩みつつも決めたことだ。いや、まあ、最悪の場合は今日中に高飛びするので、ホフナーと組まないケースもあるし、今日ホフナーと話をしていみて、やっぱり組みたくないとなるかもしれないが……それでも現在の感覚としては、八割方、ホフナーと組んで遺跡に入ろうと思っている。
なぜそれをするのかという理由はいくつかあるが、最も大きな理由はフェムトホープへの妨害と攪乱だ。
「急ですよね……」
不満そうな顔でユリアが呟いた。だいぶ俺とホフナーが組むのが嫌なようだ。
「思いついたら、つい。一応、前々からミーフェさんとお話する機会があって、それで、色々とお話していたら、こちらの気持ちも変わってしまって……その、以前、ミーフェさんの事で、ユリアさんにはご足労おかけいたしてしまったので、申し訳ないのですが……ただ、今の自分の気分としてはミーフェさんと組んでみたいという気持ちが強くて。すみません」
俺の言葉を聞くとユリアは何とも言えないような、難しい表情をした。これは『効いている』と考えていいだろう。やはりホフナーは強い。聖導師であるユリアとて引くほどの面倒臭さだ!
「い、いえ……そのフジガサキさんが決めたことなら全然大丈夫なんですけど……でも、その、ミーフェちゃんのことが大変になったら、相談して下さいね。その時、その、頑張りますから」
心配そうにこちらを見るユリアからは、優しさや親切心、責任感、善意といったものが読み取れる。なんだかとても演技のようには見えない。状況から考えて、演技だと考えるのが自然ではあるが……うーん。
「お気遣いありがとうございます。ユリアさん。でも、今回はたぶん大丈夫じゃないかな、と思ってます。まあ、ミーフェさん次第なところがありますが。それじゃあ、ちょっと行ってきます」
「はい……その、また今度一緒に」
「はい、また」
ユリアに別れを告げた後、俺はその足でホフナーの泊っている部屋へと向かった。




