二章65話 あの人の力を借りる時
できれば今日から整えたいが……今はロビーにマリエッタがいる。マリエッタに許可を貰う、ないし彼女と一緒に準備をするという手もあるが、そうすると『俺が高飛びの準備をしている』とユリアに気付かれてしまうかもしれない。
それに『今日は部屋でゆっくりする』と言ってしまった以上は、整合性から考えてあまり外には出たくない。まあ、明日もきっと俺は監視されているだろうから、いつ準備するにしても同じという考え方もあるが……いや、違うな。たぶん明日準備する方がいい。理想としては、ユリアがいて、他のフェムトホープのメンバーがいない時がいい。その時に『ある条件』が満たされれば、高飛びの準備をある程度隠蔽できるかもしれない。その条件が整うかを確認したいが……もし今、向かいの部屋にルティナやユリアがいたら危険だな。たぶん状況から考えると『いない可能性』の方が高いはずだが……ちょっと賭けに出るか。
俺は一度、悩んだ後、バックパックの中から保存食を取り出す。これはかなり美味しいやつだ。たぶんお土産とかで配っても嫌われないものだろう。俺は保存食を手にしたまま、扉を開け部屋の外へと出る。そして向かいの部屋をノックする。
…………
……
反応なし。
一応、もう一度ノックするが、反応はなかった。よし! いない! 俺は一度部屋に戻り保存食をバックパックに戻し、部屋を出た。そして階段へと歩き出す。目的地は三階だ。ロビーを経由せずに行く事ができる。階段を一段上ったところで、ふとある事に気づき、もう一度自分の部屋に戻る。そこで一度置いた保存食を再び手に取り、今度こそ部屋をあとにして、三階へと向かった。
目標の部屋へと向かいある人物に会い、保存食を献上し、少し話をして、自室へと戻った。
よし! 条件は整った。あとは、明日、朝会えるのがユリアであると良いのだが……まあ、今までの傾向からルティナでも何とかなる気がする。マリエッタとアストリッドだと少し難しいかもしれないが……その時はその時にできることをしよう。最悪、準備を遅らせるという手も……あ、いや、駄目だ。確か、マリエッタが言うにはあと数日でユリアが判定具を手にするのだ。それを使われてしまったら駄目だ。故に急いで逃げる準備を整えないといけない。うーん、難しい。
いっその事、逃げないで済む方法があればいいのだが……いや、まあ腹案があるにはあるのだ。
これは、ちょっと変わった策なのだが……判定具をこっそり手に入れて俺が悪魔憑きかを知る方法はないだろうか? たぶん俺は悪魔憑きなのだろうが、もしかしたら何かの手違いで悪魔憑きではないかもしれない。故に悪魔憑きでないかどうかを判定具を使い知っておきたいのだ。
勿論、逃げながらやってもいいが、真の理想の形は逃げずに悪魔憑きでないと知ることなのだ。ユリアより先に、リュドミラから借りるという手が、とりあえず思いつくが……いや、駄目だ。
このタイミングでユリアより先に借りようものならば、それは俺自身が『自分は悪魔憑きであるかもしれないと』思っているとリュドミラに気付かれる。聖女であるリュドミラにそう思われるのは危険だ。
ああ、いや? 待てよ、でもそれはそもそもユリアがリュドミラに『判定具を誰に使うかの情報』を伝えていればの話で……いやいやいや、それぐらい普通は伝えるか。とするとリュドミラはユリアが俺を疑っていると知っているわけで……ん? あれ? でも、そうすると、この前の聖具室での出来事は……? ん? いや、今はそれはいいか。リュドミラから借りる事ができるか検討しよう。
疑われている人物が判定具を借りたいなどと言うのは、疑いが正しいと認めるように第三者には思えるが……ん? いや、確実にそうとは言い難いか? むしろ疑われていたら自分が本当に悪魔憑きか知りたいと思うはず。そう考えると借りたいというのは逆に自然か? ただ、これはユリアが『疑っていることを隠している』とまでリュドミラに伝えていたら、俺がユリアに疑われていることを知っているのが不自然になる。うーん。あ、いや、これはユリアの偽装が下手で誤魔化せるか……? ちょっと厳しいか? ユリアとリュドミラはそこまで親しいわけでは無いし、なんとかなりそうな気もするが……
あ、でも、そもそも、これって、判定具をどのような手段で借りたとしても、結局リュドミラが判定具を直接使う流れになる気がするし、もしその時、俺が悪魔憑きだと判定されれば終わりだ。やはり高飛び、高飛びだ。
そして、そのためには明日だ。明日を上手く切り抜ける必要がある。色々と明日の動き方は考えたが……まあ最悪の最悪は準備をせずに移動して、東のヒストガ王国で逃げながら準備を整えるという手もあるが、できれば将来的に不利になりそうな手だから避けたいところだ。たぶんこれをやるとユリアの追撃を躱すのが大変になる。今の大変を取るか、未来の大変を取るかだな。
まあ明日次第だ。明日の出方で全てを決めよう。
俺は、寝るまでの間の残りの時間で、高飛びのための計画や必要事項をまとめるのだった。




