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二章60話 体験学習


 ホフナーに関する話を終えると、リュドミラは聖具室に置かれている聖具――拷問具の解説を始めた。

 平然とした顔で始めるものだから、俺とユリアは止める間もなくリュドミラの解説を聞くことになった。役立つかはともかく、知らなった事を色々と聞くことはできた。

 たとえばユリアの持っている鞭は、この聖具室に置かれている拷問用の鞭と似ているらしい。拷問用の鞭よりもユリアの鞭の方が長く威力が高いという話をリュドミラが嬉しそうに語ってくれた。なお、この話になった時、ユリアが嫌そうな顔をしていた。


 ただ、偶にリュドミラの解説に熱が入り、少し驚いてしまうことがあった。しかし、そうするとリュドミラも俺の態度を見て、自身に熱が入っている事に気付いたのか、すぐに落ち着いた顔になって、「先ほども申し上げましたが、邪悪な悪魔憑きにしか使われません。ご安心ください」と優し気な声音で語りかけてきた。

 こちらを気遣うことはしてくれるが、拷問道具の解説は止める気は無いようだった。スイもそうだったが、なんで聖導師や聖女は拷問道具を嬉々として解説するのだろうか……


 ちなみに、余談になるが、ユリアも時々リュドミラから声をかけられて困った顔をしていた。逆説的に、ユリアは聖導師だが拷問道具を嬉々として解説するタイプではないのかもしれない。いや、まあ、普通は嬉々として解説したりしないのかもしれないけれど……今の所、ユリア対リュドミラ・スイで一対二だから、解説派の方が多いな。あるかは分からないが、他の聖導師にもし会えたら、その時は票が拮抗することを願おう。

 一通り聖具の解説が終わり、聖具室を出ようとした時、ふとユリアが話しかけてきた。


「フジガサキさんは、この扉を開けたりできますか?」


 聖具室の扉に手をかけたユリアが振り向きながら、興味深そうにこちらを見ている。聖具室の扉は、非常に頑丈そうに見える。そしておそらく似たような造りの扉を俺は知っている。リデッサス大聖堂の宝物庫の扉だ。あれは確か聖導師でないと開けれないはずだ。


「いえ、すみません。開けられないと思います」


 仮に宝物庫の扉と違うタイプの物だったとしても、あの太さの金属製の扉の開閉は普通の人間では難しいだろう。


「あ、いえ全然、その、悪くないと思います。その、開けられる方が珍しいですから。かなり力が必要で、ほとんど聖導師くらいだと思いますし……」


「ああ、やっぱり、そういう感じの扉でしたか……」


 俺が相槌を打つと、ユリアはぎこちなく笑った。


「私とリュドミラ様が扉を開けなかったら、フジガサキさんはずっと聖具室から出られませんね……なんて、――あ、えっと、その冗談、ですよ? す、すみません、面白くなかったですよね……?」


 真顔のような半笑いのような複雑な表情でユリアが喋る。その言葉で、聖具室の出られない自分の姿を想像してしまい、なんとなく怖いなと思った。そして同時に、ユリアが俺の感情を読み取ったのか、すぐに慌てたように謝った。


「えっと、まあ、その、ちょっとビックリしますね」


 あんまり笑えない系の冗談だなとは思う。


「導師ユリア、少し席を外していただけますか?」


 気まずそうにするユリアに対してリュドミラの鋭い声が刺さった。まさかの一発退場命令だ。つまらない事を言った罪はリュドミラの中では重いようだ。いや、どちらかと言うと空気を乱した罪か、あ、でも、拷問具の解説が終わった後に『もし拷問部屋から出られなかったら……』みたいな怖い話をするのは流れに沿っているような感じもする。


「え……その……ちょっと言ってみたくて……」


 ユリアが悲しそうに呟いた。


「いえ、先ほどの冗談を責めているわけではありません。ただ、フジガサキ様と二人でお話したいことがありまして、それで席を外して欲しいのです」


 ん? 俺か。何だろうか。


「あ、そうですか、フジガサキさんと……それは、どういう……?」


「私のお願いを聞いていただけますか?」


 ユリアは話の内容を伺おうとするが、リュドミラはそれには答えず、逆にユリアに問うた。お願いと言っているが、口調が要求のように聞こえてしまうのは俺の気のせいだろうか。


「えっと……はい、その、先に一階まで戻っていますね」


「ありがとうございます。導師ユリア」


 リュドミラが感謝を告げると、ユリアは扉を開け外へと出て行った。ユリアは特に苦労なく開けていたが、扉の開閉時の様子からして、やはり超人専用扉なのだろう。一般人の俺には当然開けられない。

 そう考えている内にユリアは扉の向こうへと行ってしまい、それに伴い扉が閉まる。聖具室と外の空間が隔絶され、リュドミラと二人きりになる。

 なんとなく不安になってしまう。いや、特に何か変な事が起こると考えているわけではないのだが……好ましくない部屋に自分がいて、その部屋からは自分一人では脱出できないという状況というのは一般的にストレスを感じるのではないだろうか。たとえ、脱出に必要な人材がすぐ近くにいたとしても。


「フジガサキ様。これで、二人っきりですね……ふふっ」


 艶めかしい声が聖具室に響いた。びくりと体が震えそうになる。


「あ、そうですね。リュドミラ様――」

「――『様』などと付けないで下さい。もう導師ユリアはいません。以前のように呼んで下さい」


 言葉の途中で、素早くリュドミラが修正を求めてきた。


「そうでしたね。すみません。では、その以前のように、ええっと、リュドミラさん、お話というのは何でしょうか……?」


「勿論、聖具についてです。先程解説しただけでは不十分かと思います。そこで、実際に体験してみるのはどうかと思いまして。ふふっ、大したものではありませんが、こちらの手枷などいかがでしょうか?」


 そう言ってリュドミラは懐から手枷を取り出した。金属と革の両方が使われていて、丈夫そうな作りに見える。それに年季が入っているのが感じられる。


「えっと……?」


 想定外の提案に動揺してしまう。


「こちらの手枷は悪魔憑きを管理するために使うモノです。悪魔憑きの行動を制限するために後ろ手で嵌めます。手枷は締め付けを調整できるようになっていまして、基本的には強く締め付けるように装着します。ですから、束縛感が強く痛みもあります。長時間嵌められていたら痕が残ってしまうかもしれませんね。他にも手の自由を奪われると食事など色々と不自由しますし、この手枷を嵌められた悪魔憑きは、きっと苦しい思いをするのでしょうね」


 手枷を弄りながらリュドミラはまたしても聖具――拘束具に解説を嬉しそうに始めた。

 俺が何とも言えず黙っていると、リュドミラはさらに口を開いた。


「試しに嵌めてみませんか? 何事も経験と聞きます。勿論、痛くないように、優しく嵌めて差し上げます。いかがでしょうか?」


 そう言ってリュドミラは妖艶に微笑んだ。太陽が届かない地下室で、絶世の美少女と二人きりという状況。頭が変になりそうだ。

 先ほどまではユリアがいたから耐えられたのかもしれない。二人きりになったせいでリュドミラの美しさを強く感じる。


「えっと……」


 何とか絞り出すように声を出しながらリュドミラを見る。彼女は妖しい笑みを浮かべたまま一歩一歩俺に近づく。手枷の金属部が鈍く光る。美しく蠱惑的な紫瞳に囚われそうになる。両手を差し出しそうになってしまう。しかし、ふっと何かが頭の中で繋がった。


「え、いえ、それは、ちょっと……」


 拒絶の言葉が小さく漏れる。

 俺の声を聞くと、リュドミラは足を止め、手枷を懐へと再び隠した。


――危なかった。今、受け入れそうだった……


 安堵から小さく息を吐く。

 そして、ふと気になる。今の手枷は元々どこにあったのだろうか? 元々この聖具室にあって、俺が気付かぬうちに懐に入れたのだろうか? それとも元々リュドミラの懐にあったのだろうか。なんか、どちらにしても、不思議だ。


「ふふっ……冗談です。先程、導師ユリアがやっていたので、私もやってみたくなったのです」


 穏やかに微笑むリュドミラからは先ほどまでの妖しい雰囲気は感じない。こうも雰囲気が変わると驚いてしまうのだが……まあ、彼女が冗談と言うからにはそうなのだろう。冗談と思うことにしよう。

 ……冗談と口にしたリュドミラの表情は、残念そうに俺には見えたが、きっと気のせいだろう。気にせいだろうと思うことにする。


「なかなか尖った冗談ですね……それで、えっと、話というのは、この冗談ですか……?」


「いえ、本当にお話したかったことは、フジガサキ様と私の関係についてです」


 リュドミラは急に真剣な表情で俺を見つめた。


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