二章59話 悪魔憑き
「ふふっ、そうでしたか。それは、それは……では僭越ながら、ご説明いたします。悪魔憑きとは、言葉の通り、悪魔に憑かれた――悪魔と特殊な関係を結んだ存在の事を指します。悪魔と契約し、悪しき力でカテナの地に混沌を齎そうとしています。それを未然に防ぐのも聖導師の役割の一つなのです。その役目を果たすために、聖具室を使う場合があります。悪魔憑きに懲罰を与え、悪魔側の情報を聞き出す必要がありますから」
えっと……結構、宗教的な感じだろうか。実際に悪魔とか悪魔憑きは実在するのだろうか……? まあ、聖なる術が実在するし、魔法とかもあるから、本当にいたりするのかもしれない……うーん。
「なるほど……そういった存在が、いるのですね。あの、その、これは決して疑うわけではないのですが、実際に悪魔憑きだと判断された人はいるのでしょうか。ここ数年以内に。それとも、悪魔憑きと判断された人というのは何十年も前、それこそ神話や聖書の中でのみ見られるのでしょうか?」
舌を回しながらも、この言い方だと本当に疑ってるように見えてしまうなと思う。まあ少し、いやそれなりに疑っているけれど……聖なる術は本当にあるし、本当に悪魔がいても変ではないのかもしれないが……
「ふふっ、確かに実例が無いと信じてはいただけませんね……では、聞いた話になってしまいますが、よろしいでしょうか」
「はい、聞いた話ですか……」
「ええ。これは私が実際に会った事がある聖導師の師弟の話でして……その師弟は実際に悪魔憑きと戦ったことがあるそうです。師の方は戦闘で負傷したようですが、最終的には悪魔憑きの捕縛に成功したと聞きました」
リュドミラの知り合いの話か。知り合いということは、おそらくここ数年の話だろうし、そうすると悪魔憑きというのは伝説上の存在ではないということになるか。
「悪魔憑きと実際に……悪魔憑きは、その、どういう姿をしているんですか? やはり怪物のような姿をしているのでしょうか」
怪物のような姿ならば分かりやすい。というか、戦闘をしたとも言っていたし、もしそうならば魔獣に近い存在だ。
「いいえ。悪魔憑きの見た目は普通の人と変わりません。そのため専用の道具で悪魔憑きかどうかを判定するのです」
「専用の道具……そんな物があるんですか?」
「ええ、ございます。その道具を使えば、必ず相手が悪魔憑きがどうかが分かります。貴重な道具ゆえ、数はないのですが、先ほどの師弟の師の方が一つ所持していたようです」
必ず分かる道具……なるほど?
………………
…………
あれ?
「ああ、それで、悪魔憑きかどうか分かったんですね」
「はい。悪魔憑きといえども判定具を誤魔化すことはできませんので。ふふっ、実は、この大聖堂にも判定具があるのです」
リュドミラが微笑み、なぜか空気が重くなったように俺には思えた。気のせいかもしれないが、ユリアから緊張しているような気配を感じた。
空気感が不明瞭で、上手く言葉を作れずにいると、リュドミラが再び口を開いた。
「聖導師は時折、怪しいと思った相手に判定用の道具を使うことがあります。悪魔憑きの中にはカテナ教徒に溶け込み悪事を企むモノもいますから」
そう言って、リュドミラはチラリとユリアに視線を飛ばした。ユリアは緊張しながらも、その視線を受け止めた。なぜだか胸がざわついた。
「なるほど……ちなみに、それで悪魔憑きと判定された場合はどうなるのですか?」
俺は聞かなくても良い質問をした。聞かなくても良いが、どうしてか、その質問をすることに意味があるような気がした。
「即座に拘束し、聖具室に連行いたします」
リュドミラは端的に答えると、じっとこちらを見つめた。その紫色の瞳は面白がっているように俺には思えてしまった。
なぜだろうか。いつもはリュドミラに見つめられると、大きく心が乱されるのに、聖具室に入ってからはあまり乱されない。妙に頭が冴えている……いや、違う、頭はぼやけているが、やるべき事をしなければいけないという思いがある。そしてそれは、自分でも分からないのだが、なんとなく、質問が頭に思いつき、それを口に出すこと、……なのだと思う……?
「えっと……その後は……?」
思いつくままに先を促す質問をする。それが、とても大事なことに俺には思えたからだ。なぜ大事かはよく分からないけど。でも、なぜかとても大事なような気がする。
「ご興味を持っていただけましたか?」
俺が先を促すと、嬉しそうにリュドミラは笑みを深めた。
えっと、これはもしかして、さっき俺がビビッて引いたことを根に持ってるのか……? いや、別にそういうつもりではないか。リュドミラなりに、俺に気を遣って詳細に話す内容を選んでいるのかもしれない。だから、俺が詳細を促すまでは黙っていたのかも。
なんだか……偶に思うのだが、リュドミラは結構独特な話し方をするな。俺やユリアのおっかなびっくり族とは違うし、スイのような自由気まま族とも違えば、ルティナやミーフェのような低沸点族とも違う。何か微妙に動きが読めないのだ。
何でだろう? いや、むしろこれは俺の問題か? 俺がリュドミラに複雑な感情を抱いているため、彼女に対して色眼鏡で見てしまっているのかもしれない。
「えっと、その、興味と言いますか……そうですね、その少し気になって」
俺が答えると、リュドミラはそれが嬉しかったのか、小さく笑い声を漏らした。
「捕まえた悪魔憑きには、聖具を用いて懲罰を与えます。聖導師にもよりますが、鞭を使う者が多いでしょう。鞭はカテナ教において、悪魔を打ち払う神具の一つですから、愛用している聖導師も多いです……ふふっ、導師ユリアも好んで使っていますね」
こちらをじっと見ていたリュドミラは、話の途中でユリアの名を出し、視線を彼女へと向けた。向けられたユリアは緊張気味にリュドミラの方へ視線を返した。
「えっと……はい、その、使ってます」
「聞いた話ですが……聖導師が鞭を使い悪魔憑きに懲罰を与える時は、とても厳しくするそうです。なんでも鞭で肌と肉を少しずつ削ぎ、骨を砕くとか……ふふっ」
リュドミラはユリアの方をじっと見ながら、楽しそうに語る。
「それは……えっと……」
ユリアは困ったように俯いた。
「導師ユリアはどう思いますか? 悪魔憑きに会ったら、やはりその鞭を使うのでしょうか?」
「それは……………………その時は、聖導師としての使命を果たします」
ユリアは気まずそうに言葉に詰まるも、最後には強い使命感を宿した表情でリュドミラの言葉に答えた。
「そうでしたか。やはりあなたは噂通りの聖導師なのですね。フジガサキ様、このように悪魔憑きは見つけ次第、拘束し聖具により戒めを与えます」
リュドミラが、前半はユリアに後半は俺に向かって話す。
「なるほど……ありがとうございます、勉強になりました」
「いえいえ、フジガサキ様に興味を持っていただけたのでしたら、何よりです。ところで、話は変わりますが、ミーフェ様はお元気でしょうか」
……?
なぜ今、ホフナーの話を……?
「? 元気ですよ」
「ふふっ、それはそれは……いかがしましたか、導師ユリア」
俺の答えを聞き、リュドミラはまるで面白い事を聞いたとばかりに笑うと、再びユリアに声を向けた。
なんとなくユリアを見た。ユリアは真剣な表情で、俺とリュドミラを交互に見た。
「――いえ、その、突然ミーフェちゃんの名前が出たので、びっくりして……」
「どうして、驚くのでしょうか? 私はミーフェ様とは立場上、中々お会いできないので、ご様子を窺うのは決して不思議な事ではないはずですが」
……そう言われると確かにそうなのだが、でも、そんなに接点無かったと思うし、それに何より、いきなりホフナーの話になったから驚く方が普通だと思うが。
「えっと、ミーフェちゃんにはあまり会ってないので、私は分からないです。でも、フジガサキさんが言うなら元気なんだと思います」
「そうですか。それは良かったです。路地裏で誰かに襲われでもしたら大変ですから。ふふっ」
個人的には、ホフナーは襲われる側ではなく襲う側だと思う。ユリアも同じことを思ったのか、リュドミラの方を難しい顔で見ていた。
……一瞬だけ変な考えが頭に過ったが、それを深く考えるのはやめておいた。




