二章57話 その術をいつ誰に使ったんですか
「なかなか複雑なようですね……」
「ええ、複雑です。私も聖女になったばかりですから、分かっていない事が多いもので。特に遺跡やそこで入手できるモノに関しては私より導師ユリアの方が詳しいかと思います。導師ユリア、私の今までの説明で、何か補足することはありますか?」
流れるようにリュドミラはユリアに話しかけた。先程からずっと『スイリラグメム』を見ていたユリアは話を振られて、少しだけ悩まし気な表情を作った後に言葉を口にした。
「ええっと、私からですか……そうですね。大体はリュドミラ様が言った通りだと思います。すみません、補足できるほど私も知らなくて……ただ、『七色草』は本当に貴重で、私も見るのはまだ二回目だったはずです。遺跡では当然入手ができない物なので、一体どうやって昔見つかったのかも分からないです。あ、でも、その、一応、これに関しては二つ説があると聞いたことがあって……一つは遺跡の深層で見つけることができるというもので……現在では探索不可能と言われている一部の遺跡で見つけることができるのではないかという説です。もう一つは、元々は地上にあったという説です。元々、遺跡で取れるものは地上にもあって、それが何らかの理由で地上では存在できなくなったというものです。ああ、でも、こに二つの説は対立するものではなく、両方ともという可能性もあると思います。私も、個人的には、この両方の複合なんだと思います。ただ、この『七色草』は二百年程度昔ということなら、前者の方が可能性が高いと思います。後者はきっとあるとしても、もっと昔の話だと思いますので……」
戸惑いながらユリアが面白い話を教えてくれた。個人的には遺跡というのは金目の物が見つかる場所としか考えていなかったが、こういう話自体は結構好きだ。
……まあ、『スイリラグメム』の貴重性を知れば知るほど、何でクリスクの一層で見つかったかが気になるが。たぶん俺の『感覚』の効果なんだろうけど……それにしても『スイリラグメム』だけはやけに貴重だよな。他はせいぜい『ルカシャの灰』とか『アラバイト石』とか二十層から三十層レベルの物なのに。
うーん、でも遺跡で四十層とか聞かないし、もしかしたら、『スイリラグメム』が四十層相当のもので、俺が『スイリラグメム』を見つけた時は偶々上振れしたのかな……?
「そういった話は初めて聞きました。やはり導師ユリアの方が詳しかったようですね。ところでフジガサキ様、少し話題が逸れてしまい恐縮ですが、先ほどの『七色草』の有用性に関しまして、一つ思い出したことがあります。お話してもよろしいでしょうか?」
リュドミラはユリアの解説に小さくうなずくと、再び俺に話しかけた。どうやら何か話忘れていた事があるようだ。
「はい、勿論です」
俺が答えると、視界の端でユリアが動いた。リュドミラに求められた役割を全うしたと判断したからなのか、ユリアは展示されている『スイリラグメム』に近寄り、それに再び意識を集中させ始めた。だいぶ興味があるようだ。
「ありがとうございます。それでは、少し話題が逸れてしまいますが……フジガサキ様は聖なる術に関してはどこまでご存知でしょうか?」
リュドミラの探るような視線に強く動揺しそうになるが、慌てぬように目を見て答えることにする。
「聖なる術ですか。ええっと、以前スイさんに教えてもらった時は、四つの術『癒し』『力』『光』『導き』があり、信仰心によりそれらの術を聖導師の方が使えると聞いています」
だいたい、こんな感じだったと思う。少し間違えているかもしれない。
「ふふっ。また、導師スイですか」
「え、あ、えっと、すみません……」
リュドミラの視線に責めるようなものを感じ、反射的に謝る。何となくだがリュドミラはスイに対して何か思う所があるような気がする。リュドミラ本人はスイの事を知らないと言っていたが……リュドミラはもしかしたらスイの手紙の中身を知っているのかもしれない。それならばスイの事をあまり良く思わない事の理由も分かる。
「いえいえ、決して責めてなどいません。ただ、何度も名前が挙がるので、それだけ親密な関係というのは羨ましいと思ったのです。では話を戻しますね。フジガサキ様もご存知の通り、聖なる術は大きく分けて四つに分かれるのですが……実はあと一つ、特殊な術があるのです。これはご存知でしょうか?」
責めていないという言葉をその通り受け取って良いか悩みつつも、問われた事を頭の中に持って行き記憶を探る。たぶん無いな。以前スイがやっていた『光』の応用の『熱』というのがあった気がするが、これは何となくリュドミラの文脈的に違う気がする。
「……特殊な術ですか。いえ、聞いていないと思います」
「導師スイから聞いていませんか?」
妙に嬉しそうな表情でリュドミラが尋ねた。またしても変な考えが頭を過りそうになり、それを必死に堪える。
「聞いていない、と思います」
どよめく心とは裏腹に、平然とした声が出せた気がした。
「ふふっ。どうやら、今回は私の方が早かったようですね。特殊な術というのは、聖女の術です。聖女、いえ、聖導師は主の祝福を受け、聖女となるときに一つ新たに聖なる術を与えられるのです。その術は、とても興味深い事に、聖女ごとに違うのです。主がその聖女に最も相応しい術を与える、とされています」
なるほど……特殊な術か。確かにそれは興味深い。聖女ごとに違うというのは独特だ。リュドミラはどんな術の持ち主だろうか。聞いてみたいが、聞いてもいいのだろうか……いや? 文脈的にむしろ聞いた方がいいか……?
「そんな術があるのですか。初耳です。リュドミラ様も、やはり特殊な術をお持ちですか?」
「ええ、持っていますよ。そして、ここからが先ほどの『七色草』の有用性の話に繋がるのですが、『七色草』を構成する植物の中には、この聖女の術の鍛錬に使うことができます。通常の聖なる術と違い、この聖女の術は鍛錬がしにくいのです。ですが、『ルカシャ』などを特殊な方法で加工し、それを服用することで、しばらくの間、鍛錬がしやすくなります。実際に私も少し服用して聖女の術を実用レベルまで使えるようにすることができました」
ん……? 今、流されたか? リュドミラが持ってる聖女の術がどんな物かについては聞かない方がいいのかな。
「服用する、ですか。そういった使い道もあるのですね。しかし、聖女様の術は聖導師の術とは違い鍛錬しにくいというのは、何と言うか、興味深いですね。やはり聖女様というのは聖導師の方の中でも選ばれし人ですから、そんな人のみが与えられる術となると、普通の術よりも難しいということでしょうか」
「難しいというよりも慣れないといった感じでしょうか。基本四つの聖なる術は、私にとっては自然に抵抗なく使うことができます。しかし聖女の術は何とも扱いにくいです。秘薬を口にしてからはある程度自然に使えるようになりましたが、口にする前は、なかなか制御が利かず……ふふっ、そうですね、あの時は、不思議に感じてしまいました」
「不思議ですか?」
「ええ、不思議です。もしかしたら、秘薬に籠った主の気に当てられてしまったのかもしれませんね」
神秘体験という感じだろうか。
なるほど、と相槌を打とうとしたら、それを妨げるように声が差し込まれた。
「――リュドミラ様は、何度、秘薬を口にしましたか?」
ユリアだ。『スイリラグメム』をじっと鑑賞していたはずのユリアが、急にリュドミラに質問したのだ。
「数回ほど飲みました。私の固有の術は一度の鍛錬で成長しやすいものだったので、服用した回数は少ないです」
急な割込みであったが、リュドミラは特に慌てることなくユリアの問に答えた。
「少ない、ですか。それなら、その、リュドミラ様はどんな能力を持ってるんですか?」
先ほど俺が聞かないでおこうと思ったが、ユリアはそうは思わなかったようだ。まあ、『スイリラグメム』に夢中でリュドミラの反応を見ていなかったのかもしれないけれど。
「ふふっ、気になりますか?」
「はい……」
リュドミラはユリアの言葉を聞くと、薄っすらと笑みを浮かべながらじっとユリアを見つめた。見られたユリアは緊張から体を少しだけ震わせるが、目ははっきりとリュドミラを見つめ返していた。
そうして、しばらくの間、二人は見つめ合った。俺がなんとなく、どうしようか悩みながら硬直する二人を見ていると、ふとリュドミラがユリアから視線を外し、俺の方に視線を向けた。釣られてユリアも俺の方を見る。
突然二人の視線が向けられ困惑する。そんな俺の態度を見て、リュドミラは表情を緩めた後、再びユリアの方を見て口を開いた。
「秘密です。理由はお分かりですね、導師ユリア」
やはり、リュドミラが持っている聖女の術の詳細は聞いてはいけなかったようだ。
「えっと。はい……、その、すみません」
ユリアは気まずそうに謝った。
「構いませんよ、導師ユリア……ところで、フジガサキ様、まだ『七色草』の鑑賞はされますか?」
ユリアに対して、リュドミラは一言だけ言葉を返すと、俺の方へと言葉を向けた。そろそろ部屋を出る感じだろうか? まあ、貴重品だし、あまり長く見せるのも良くないのだろう。
「あ、いえ、自分は大丈夫です。ユリアさんは?」
「……大丈夫です」
少し未練があるようにユリアは『スイリラグメム』を見た。まだ鑑賞していたいのかもしれない。
しかし、リュドミラはユリアの視線に気づかなかったのか、満足そうに表情を浮かべると、廊下へと繋がる扉を開いた。俺は少し悩みつつも上手い言葉が浮かばず、リュドミラに従い頑丈な扉をくぐり廊下へと出た。ユリアは最後に一度『スイリラグメム』をじっと見た後、決心がついたのか廊下へと出た。
三人とも廊下へと出るとリュドミラがゆっくり扉を閉めた。頑丈な物が空気を押し潰すような音がした。やはり、この扉も以前見た宝物庫と同じ造りをしているのだろう。
「どうでしょうか、フジガサキ様。『七色草』は? ご満足いただけたでしょうか?」
扉に意識を向けていると、リュドミラが少しだけ得意げに話しかけてきた。
「とても珍しいものを見せてもらって感動しました。色々と教えて頂きありがとうございます」
少し頭で言葉を考えて、それを整えてから口に出す。
――遺跡で見たことがあったので初めてではないが、それでも珍しかったことは事実だ。それに色々とリュドミラには教えてもらったので、学べることは多かった。勿論、得意げなリュドミラに対して、『いや、二回目だけど』などと言うのは良くないというのも頭の隅にはあった。
「いえいえ、私の方こそ、ここまで来て下さってありがとうございます、フジガサキ様。しかし、珍しいですか、ふふっ。そのように思っていただけるのでしたら、もう一つお見せしたいモノがあります。見ていかれませんか?」
「もう一つですか」
「ええ、そちらにも珍しいものが置かれているのです。見方によっては、『七色草』よりもフジガサキ様にとっては珍しいと思っていただけるかもしれません」
ゲーミング植物よりも珍しい物か。何だろうか。少し気になる。それに、まだ、理性の方は大丈夫だと思う。いや、だいぶ侵されてはいるが……それでも今までのようにリュドミラと二人きりでは無いからか、まだ冷静な面があると思う。ユリアがいてくれてよかった。
「えっと、そうですね。では、行ってみたいです」
「ふふっ、ありがとうございます。フジガサキ様」
「その、リュドミラ様、『七色草』よりも珍しいというのは何でしょうか……? あ、すみません、見る前に聞いちゃダメなんですよね……?」
ユリアが教えてほしそうにリュドミラに問うが、すぐに、地下に入る前の問答を思い出し、おずおずと確認の言葉を口にした。
「導師ユリア。どうやら、あなたにも期待させてしまっているようですね。ただ、残念ながら、導師ユリアにとっては、見慣れたモノかもしれません」
リュドミラは微笑みながら言葉を返した。リュドミラの顔はユリアの方を向いていたが、その紫の瞳はユリアの腰元――ユリアの腰のホルダーに納められている鞭を見ているように俺には感じられた。
「見慣れたものですか? それでいてフジガサキさんにとっては珍しいもの……」
「ふふっ、すぐに分かりますよ」
考え込むように呟くユリアに対して、リュドミラがそう言うと歩き出した。俺とユリアはリュドミラの後に従い一歩一歩、暗い地下の廊下を歩いていった。




