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二章56話 七色草


「随分驚かれていますね。導師ユリア。想像していたものと違いましたか?」


 俺が困惑している一方で、リュドミラがユリアに声をかけた。そちらを見ると、ユリアもまた驚いたような顔をしていた。


「――っ。はい、そうですね。リュドミラ様。思っていたより大きな物で驚いています」


「ふふっ、それはそれは……フジガサキ様。いかがでしょうか。神話の植物の一種、『七色草(スイリラグメム)』です」


 リュドミラは少しだけ自慢げな表情で、この植物の名を俺に告げた。


「スイリラグメム……」


 オウム返しのように呟きながら考える。この植物は、俺がクリスクで最初に『感覚』で引き当てた物にとてもよく似ている。俺はクリスクの初探索時にゲーミング植物を見つけた。しかし、それを茎から折ってしまい、結果、色の変化は止まり赤く輝く『ルカシャ』となったのだ。思い出の品だ。あれから全てが始まったと言ってもいい。

 たぶんこの植物は、あの時のゲーミング植物の仲間だろう。そして、やはりこの植物も、あの時のゲーミング植物も『ルカシャ』ではないのだな。


「『七色草(スイリラグメム)』は七つの植物――ルカシャ、イダロイ、ロイエ、リィスミヴード、アエブカルオ、カイアロス、そしてペクトリアに変化し続ける特殊な植物です。変化している間はその植物の性質と『七色草(スイリラグメム)』そのものの性質の二つの性質を併せ持ちます。適切に管理することで、変化速度を調整することも可能です。そして何より、『七色草(スイリラグメム)』が命を失った時、本来の性質を全て失い、その時に変化していた植物に永久に存在が固定されます。非常に興味深い性質を持った植物です」


 リュドミラの解説を聞いていると、ふと視線を感じた。チラリとそちらを見るとユリアが何か言いたげに俺の方をじっと見ている。『ルカシャ』の件だろうか。はい、すみません。でも、それは、こちらの世界に来てすぐのことだったので、もう許してほしい。

 ……それにしても、丁寧に解説してくれたリュドミラのおかげで、ようやくクリスクの時からの疑問が一つ解けた。なるほど、俺は『スイリラグメム』の茎を折り、その時変化していた『ルカシャ』へと変えてしまったのだ。

 うーむ。珍しさから考えても、不可逆性から考えても『スイリラグメム』の方が『ルカシャ』よりも価値が高いだろう。惜しいことをしたな、獲得機会損失だ……まあ『ルカシャ』も法外に高かったから、損失という言葉を使うのは少し変か?


「なるほど、凄く珍しい植物なんですね……」


「ええ、非常に珍しく、何より貴重です。現代では入手不可能と言われています。これも二百年以上前に見つかったモノだと聞いています。それと、これは純粋な野生の七色草(スイリラグメム)ではなく、七色草(スイリラグメム)を傷つけないように採取し、古の技術で加工したものです。この技術も現在では失われていますので、実質的には古代のアーティファクトの一つとなります」


 ……そんなに珍しいものだったのか。そこまで珍しいと逆に換金性が低そうだし、何よりギルドで凄く怪しまれそうだし目立ちすぎるから良くなかったな。うん、折って『ルカシャ』に変えて正解だったかもしれない。


「おぉ、そんなに貴重で特別な物なんですね。ありがとうございます、こんな貴重な物を見せていただけるとは。何だか神々しい気がしますし、見ただけでご利益がありそうです」


 実際、俺はクリスクでこれを見てから、基本的に良い事ばっかりだし、ご利益があるかもしれない。


「触ってみますか?」


「少し興味がありますが、壊してしまったら怖いので止めておきます」


 実際、過去に一回引っこ抜いて『ルカシャ』に変えてるしな。


「ふふっ、確かにそれは恐ろしいことになりそうですね。何分、希少価値が高すぎるものですから。あまりにも珍しく、カテナ大陸内の各大司教区をゆっくりと回っているのが現状です。これも数日前にリデッサス大聖堂へ納められたばかりです。後々、地上部に展示いたしますが、あまりに貴重すぎるために一般公開ではなく一部の上級層への開示になりそうです。故に、信仰心が薄い者、特に非信者には本当は見せられないのです」


 ん……俺はカテナ教徒ではないのだが。あれ、リュドミラも知ってるよね……? 少し不安になってきた。不安が顔に出たのか、リュドミラは俺を安心させるように口を開いた。


「フジガサキ様は特別です。特別に私がフジガサキ様にお見せしたくて、ここに来てもらったのですから。ですので、どうかお気になさらないでください」


 ふう。良かった。誤解はなかったようだ。


「それは……その、ありがとうございます。とても貴重で本来は見ることができないものを、こうして見せて頂いて」


「いえいえ、私がフジガサキ様にお見せしたかったのです」


 そう言うと、リュドミラは口を閉じて俺をじっと見つめた。急に会話が無くなり、数十秒間無言になる。気まずくなりユリアの方を見るが、彼女は『スイリラグメム』に夢中のようで、じっと色の変化を見つめている。

 『スイリラグメム』の変化していく色彩がリュドミラの銀色の髪に映る。七色に変化する草も美しいが、それ以上にリュドミラは美しい。

 国宝級の植物であっても、リュドミラの神々しさの前では主役足りえず、せいぜい彼女の引き立て役にしかなれない。そして、その絶世の美少女がじっと俺を見ている。心臓の音がうるさく鳴り、熱い血が体中を巡っている。体が苦しいほどに。

 苦しさと沈黙の気まずさに耐えられず、俺は口を開いた。


「えっと、ところで、この『スイリラグメム』は貴重なのは分かったのですが、何か価値の保証と言いますか、良いことはあったりするのでしょうか。勿論、こうやって見ているだけでも神秘的なで特殊な効果がありそうですが……」


 喋りながらも、なんか貴重品にケチをつけているみたいで、話題の選択を間違ったような気もする。


「『七色草(スイリラグメム)』はカテナ教において、注目に値する特性を持っています。純粋に七色に変わっていくという性質が美しく幻想的で人々を惹きつけるという点もありますが、その七色を構成する植物全てが聖なる術に特別な反応を示すという特性を持っています。カテナ教において聖なる術は大変重要なモノです。聖なる術に反応を示す植物というだけでも教会が意識してしまうのも当然です。ましてや、七つの植物に変化し、その全てが聖なる術に反応するとなれば、それはまさしく神秘の草、主が強い意味を持って生み出したに違いないのでしょう」


 しかし、リュドミラは気を悪くすることなく、穏やかな態度で俺の質問に答えてれた。

 ……特別な反応をするのか。確かにそれならば特別視されるだろう。聖なる術は、まだ『光』と『力』くらしか俺は見ていないが、それでも確かな効果がある奇跡だ。魔術と比較しても様々な点で優れているらしいし、宗教的な権威を支えるのに大きく役立っているだろう。その聖なる術に反応するのだから特別視されるのも分かる。

 というか『ルカシャ』って聖なる術に反応するんだ。どんな反応をするんだろう……


「そういった特性があるのですか。それは確かに希少性が高い気がします。ありがとうございます、疑問が解けました。ところで聖なる術への反応というのは、どういった感じなのでしょうか。激しく光ったりするのでしょうか」


「基本的には聖なる術を宿しやすいという性質が共通しています。植物によって聖なる術に対する反応は少しずつ違いますが、どれも聖なる術を込めることで込めた術に似た効果を宿します。たとえば『光』を込めれば、夜の闇の中で消えない明かりにすることも、冬の寒さの中で凍えぬ温かさを得ることもできます」


「それは確かに、便利ですね。色々役に立ちそうな気がします。特に『癒し』や『力』を使うと凄いことになりそうです」


「植物との相性や加工に仕方にもありますが、概ねフジガサキ様がご想像なされた通りです。聖導師が聖なる術を込め特殊な加工を施すことで、様々な効果を持ったモノを作れます。聖導師が使うローブ――私や導師ユリアが今着ているモノもその一つです。衝撃に強く、温かく、また僅かですが着ている者に傷や病を癒す効果が含まれています。おそらく導師ユリアの鞭も、『七色草(スイリラグメム)』を構成する植物の一つを材料にしているかと」


 急に話を振られたユリアがビクリと反応しリュドミラを見た。リュドミラの解説中も彼女はずっと『スイリラグメム』に夢中だったようなので、いきなり名前が出て来て驚いたようだ。


「あ、はい。私の鞭は『リィスミヴード』を編んで作ってます」


「このように聖導師が扱うもの、特に『聖具』と呼ばれるモノの材料として七つの植物はよく使われています。故に教会からすると、実用面でも価値がある植物なのです。魔道具やアーティファクトのようなモノを量産できるのですから。ただ、それ故、需要過多と申しますか、供給が追いつかず、七つの植物――特に『ルカシャ』『カイアロス』『ペクトリア』は教会としても常に枯渇状態でして、喉から手が出るほどに欲しているようです。導師ユリアのような優秀な聖導師を遺跡を送り込む程に……ふふっ」


「ああ、それで、ユリアさんのような方が遺跡に……あの、ふと思ったのですが、この『スイリラグメム』は変化中に実や種を宿したりはするのですか? もし実や種を宿したりしたら、それを回収した後、『スイリラグメム』が変化すると状態とかはどうなるんですか? 上手くやれば無限に実や種、場合によっては草や花なども手に入れられそうに思えたのですが……」


 言っていて、こんな浅知恵、誰でもすぐに思いつきそうなので、何らかの理由でできないか、またはそれでも供給力には微々たる貢献しかできないのだと気づく。


「ええ、フジガサキ様の仰る通り、『七色草(スイリラグメム)』は変化中に花や実、種を宿します。しかし、それを採取することはできないのです。以前、別の『七色草(スイリラグメム)』にそういった事を試した聖女がいたのですが、採取を行った部分が変化後の植物にも悪影響を及ぼしてしまったようです。それ故、教会で保存されている『七色草(スイリラグメム)』では採取は禁止されています。本来ならば魔力を宿した遺跡でのみ成長する植物ですから、古の技術が無ければ、こうして地上で保管することも難しいのかもしれません」


 そう簡単にはいかないようだ。


「ああ、傷や欠損を引き継ぐのですか……確かにそれだと怖くて手が出ませんね」


「一説になりますが、特殊な条件下でならば実を少しだけ採取する分には問題がない、という話を聞いたことがあります。また、教会ではなく聖女個人が保有しているものだと定期的に採取されているとも聞きます」


「え、あ、なるほど。教会ではなくて聖女様が個人で持たれてたりもするんですね……あれ、でも古の技術で保管されてるということは、『スイリラグメム』の総数はそんなに無いですよね。聖女様個人が持たれていてもいいのでしょうか……? ああ、いえ、これは決して聖女様の事を低く見ているわけではないのですが……教会はとても大きな組織に見えますから」


 つい疑問が口に出てしまうが、すぐに『この疑問は聖女であるリュドミラに対して良くないのではないか』と思い、言葉を補足する。しかし、リュドミラは特に気にした様子もなく、微笑みながら口を開いた。


「ふふっ……確かにフジガサキ様の仰る通り、聖女というのは名ばかりが強く、実質的には教会に比べて小さな存在です。しかし、聖女の中にも格があるのです。私のように最下級の聖女からすれば、教会は非常に大きな存在ですが……最上位の聖女――『使徒』と呼ばれる者達は個人でありながら非常に強く、教会も無視できない存在です。彼女たちの中には『七色草(スイリラグメム)』を個人的に所持している者もいるかと」


 聖女にも格があるのか……まあ探索者にもランクはあるし、教会関係者にも大司教やら司祭やらあるのだし、あっても変でもないか。一番上は『使徒』っていうのか。一応覚えておこう。いや、まあ聖導師の時点で珍しく、聖女となるとかなり珍しいようだから、その『使徒』というのに関わる機会があるとは思えないが……

 しかし、リュドミラは最下級なのか。こんなにも神々しい美少女が最下級というのは、とても不思議だ。いや、勿論、見た目や雰囲気で階級が決まるのではないのだから、不思議なことではないのかもしれないが。


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[一言] カイ、とんでもない爆弾抱えてて草
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