二章55話 秘密の地下室
リュドミラに導かれるまま地下への階段を降り、彼女のあとに従っていく。先頭にリュドミラが入り、俺はそのほぼ横に、そしてユリアが俺の後ろをついてくる。通路の幅的に三人並べなくもないけれど、まあそれはそれで狭く感じるだろうから、二列でもいいのかもしれない。
地下故に日射しの入らない長い通路を歩いていく。途中で、なんとなく地下に入ってどのくらい歩いたか気になり、一度立ち止まり、階段がある方向――後ろを振り向く。俺が立ち止まったせいか、後ろを歩いていたユリアも立ち止まった。
ユリアはじっとこちらを見た。ユリアの右手は鞭に手を触れていた。また、手が寂しくなったのだろうか……? 不思議な気持ちを胸の中に隠すために、そんな事を考えた。
「フジガサキさん、どうかしましたか?」
こちらを安心させるように優し気な笑顔をユリアは向けて来た。いつもより緊張が少ない気がする。むしろ解放感のようなものをユリアからは感じた。視界の端に、ユリアが右手でホルダーに納まった鞭をしっかりと握っているのが見えた。背筋が少し冷たく感じた。
「いえ、だいぶ長い通路だなと思って。どのくらいか気になったので、階段の位置を見ました。地下だと距離感覚が普段以上に分からないですから」
俺もユリアに習い、できるだけ落ち着いて滑らかに答えた。そうする方が良いと、今はなんとなく思えた。
「そうですね。階段から結構距離が離れてますよね」
階段という言葉を口にしたにも関わらずユリアはじっと俺の方を見ていた。
……これはイチャモンだけど、この状況で『階段』って言葉を使うのならば、階段がある方を見るのではないだろうか。ただユリアの位置から階段を見ようとすると振り向かなければならない。俺はなんとなく、ユリアが今、振り向きたくないと考えているのではないかと思った。
ふと、足音が聞こえなくなった。リュドミラも足を止めたようだ。
「フジガサキ様、煩わせてしまい申し訳ありません。何分、大きな聖堂ですから、地下部分も長く広くなってしまいまして。もう少しで目的に部屋まで着きますので、それまで、ご辛抱いただけないでしょうか」
「あ、いえ、リュドミラ様、突然、足を止めてしまってすみません。距離感覚が元々薄いものでして、気になってしまって。不満があるわけではないです。むしろ、結構面白い造りの聖堂だと思っています。なんだか、探索みたいで面白いです」
「お気に召していただけたのでしたら、何よりです。ふふっ――導師ユリア、そんなに鞭を触っていたらフジガサキ様に誤解されてしまいますよ。『導師ユリアは誰かを鞭打つことに飢えている、暴力的で残酷な聖導師』だと思われてしまうかもしれません」
リュドミラは俺に言葉を返した後、ユリアの方を見て、含み笑いを浮かべながら注意した。ユリアはそれを聞くと、少しだけ驚いた後、気まずそうに手を鞭から離した。
なんだろう、手が寂しくて無意識だったのだろうか? 確かにリュドミラの言う通り無意識で武器に触れる人は怖いが……まあ本当のことを言うと、怖いというより疑問の方が強い。クリスクで見た限り、ユリアはそんなに手が寂しいという人ではなかった気がするし、それに、そもそも何故大聖堂の中でさえも武装しているのかが気になる。いちいち武装したり武装解除したりするのが面倒だからだろうか?
あと他にもリュドミラの指摘の仕方が気になった。『暴力的で残酷な聖導師』というフレーズには聞き覚えがあったからだ。先程のスイの手紙にそんなフレーズがあった気がする。ユリアに対する悪評の一部だが……なんだろうかなぜリュドミラはそのことを? 彼女は手紙の中身を知らないはず。偶々、指摘の仕方がかぶっただけか……?
何か聖書の引用とかなんだろうか。それなら同じ聖導師であるスイとリュドミラで言葉のチョイスが重なるのも分かるけど。うーん。
そんな事に悩みながらも、再びリュドミラに導かれ、ついてには地下の奥深くの部屋まで案内された。
部屋は前回案内してもらった宝物庫と似た造りをしている。非常に頑丈な扉で廊下と区切られていて、部屋の中は少し薄暗い。
一方で、宝物庫とは中身が違った。以前見た宝物庫は中に沢山のものが置いてあったが、こちらは少ない。
ただ少ない中でも中央の鎮座しているものは独特の雰囲気を放っていた。時には淡く、時には濃く光り輝くそれは一定時間ごとに色が変わる。そして、それをよくよく見ると植物であることに、俺は気付いた。
様々な色に変化する植物……ゲーミング植物だ。俺はこれと似たような物を見たことがある。なぜ、これがここに……?




