二章54話 手紙が気になる
【お兄さんへ
手紙ちゃんと見ているようで一安心です。
これからもちゃんとスイちゃんに返信をするように……! 忘れたらリデッサスに次々と早馬が舞い込むことでしょー。
あと、ユリアがリデッサスでお兄さんとイチャイチャしているといのはいけないことだと思います。
最近のお兄さんはスイちゃんに対する還元を忘れています。よくないです。
ユリアは暴力的で残酷な聖導師です。きっとリデッサスでも気に食わない人を路地裏に連れ込んで痛めつけているの違いありません……!
現に、以前スイちゃんの部屋の扉を破壊しています。確固たる証拠があるのです。ユリアはみだりな聖導師です。あと足もくさいです。可愛い見た目に騙されてはいけません。
スイちゃんは賢くて天才なので騙されません。世界の真実を知っています……! ユリアは足がくさい暴力系腹黒少女です。決して信じてはいけません……!
それでは、お兄さん、寒くなってきたので体に気を付けて。足もよく温めて。ちなみにユリアは足がくさいです。嘘じゃないです。本当です。
かわいいかわいいスイちゃんより。
追伸
はよはよはよ帰ってこい。ひま、ひま、ひま……】
ふと思ったのだが、このような手紙を何度も大聖堂へ送りつけるのは良くないのではないだろうか。迷惑メールというか、なんというか。
「あの、フジガサキさん、どうでしたか? 見てもいいですか……!」
ユリアの声を聞き思わず、びくりと体が震える。これをユリアに見せていいのだろうか。良くない気がする。
「あー、いや、その少々、不適切な表現が見当たり、そのお二人にお見せするのは少々躊躇われると言いますか……」
「何が書いてあったんですか?」
不思議そうにユリアが問う。どうしようか。まさか『ユリアの悪口が書かれている』などとは言えまい。あと何となくユリアの脚部に視線が行きそうになってしまうのを鋼の意志で抑えた。スイが変な嘘を書いたせいだ。
「えっと、中身はちょっと、まあ近況報告みたいな……いえ、どちらかというと過去にあった事の報告とかですかね。少し独特な内容ですし、この内容を楽しむには、少々人を選ぶものかもしれません。あー、つまり、ちょっと、お見せしたり、中身を伝えたりするのは難しそうです」
「私か、導師ユリアの悪行でも書かれていましたか?」
「――え?」
リュドミラが俺に問いかけ、それを聞いたユリアが驚いたように声を漏らす。
「……いえ、それは違います」
僅かに遅れたがリュドミラの言葉を否定する。悪行というのは、実際に行っていることに対して使われる言葉だろう。今回はリュドミラについては書かれていないし、ユリアについてもスイが流している悪評に過ぎない。実際にそのような事が行われているとは思えないし、悪行ではないだろう。
少々強引な解釈だが、噓なく答えることができたと思う。ギリギリだが。いやギリギリアウトかも。
「ふふっ、それなら良かったです。『導師スイはフジガサキ様が他の聖導師と仲を深めて欲しくないと考えている』と私は思っていたのですが、どうやら杞憂だったようですね。良かったですね、導師ユリア。あなたの悪行はフジガサキ様の耳にはまだ入っていないようですよ」
「え、あの、リュドミラ様、悪行というのは……?」
ユリアが困惑したように言葉を漏らした。俺も困惑している。悪評ではなく、悪行というのはよく分からない。まるでユリアが何か悪い事をしているみたいではないか。
俺とユリアが困惑していると、リュドミラはじっとユリアを見つめた。数秒の間、二人は見つめ合い、ふとリュドミラは頬を緩めた。
「ふふっ、言い間違えです、導師ユリア。悪行ではなく悪評といった方が良かったですね。『導師スイは、私や導師ユリアの悪行を書き、フジガサキ様に伝え、関係を裂こうとした』と私は思ったのです。勿論これは、ただの杞憂だったのですが……導師ユリアも私と同じように考えていると思っていたのです。故に、悩みが無くなり心穏やかになった時、その気持ちを導師ユリアと共有できると思い、先ほどの事を言いました。勘違いさせてしまったようですね。フジガサキ様も驚かせてしまって申し訳ありません」
リュドミラは、ユリアには微笑み、そして俺には小さく頭を下ろした。
「あ、いえ、お気になさらず」
リュドミラへ言葉を返しながら、ふと、何となく気になったのだが……リュドミラはユリアには頭を下げないのだな。いや、まあ同業者だし、たぶんリュドミラの方が会社で言う所の上司みたいな感じで、俺は部外者なのだから態度が違うのは当然なのだが……なぜだろう、何だか不思議な気がした。
「……あの、私は、……えっとスイさんは私の悪口を書いたりはしないと思ってましたよ」
ユリアの悩んだ末に口にした言葉を聞き、なんとなく悲しい気持ちになった。でも俺の胸に秘しておこう。遠いクリスクの地で書かれた悪口などユリアに耳に入れるべきではないだろう。
「それはそれは……随分、導師スイを信用しているのですね。羨ましい限りです」
「信用……はい、私はスイさんを信用していると思います。リュドミラ様は違うのですか?」
「以前にも言ったかもしれませんが、私はスイという名前の聖導師と会ったことはありません。会った事がない者に信用も何もないかと考えています」
「……スイさんの――いえ、そのリュドミラ様はさっき羨ましいと言いましたが、それはどういう意味なんですか?」
リュドミラとユリアの会話を聞きながら、こっそり手紙を懐にしまう。また追求されると困るので。
「ふふっ、それを聞いてしまいますか? 導師ユリア」
「――それは、その、聞いても良い事ならば聞きたいです」
「私は構いませんが……そうですね。純粋に、信用できるほどに導師スイの事を知っているのが羨ましいと思ったのです。フジガサキ様のことをこれほど慕っている聖導師、私もどのような方か知りたいのです。願わくば、骨の髄まで」
急に名前が挙がったためチラリとリュドミラを見た。迫力のある笑みをユリアに向けていた。
なんか、凄みを感じる……というか、リュドミラはそんなにスイのことを知りたいと思っていたのか? ああ、でも以前ユリアの事も知りたいと言っていた気がするし、同業者が気になるのかもしれない。実際、聖導師は数も少なく珍しい存在らしいし、中々情報が入手しにくいのかもしれない。
「そうですか……それは、その、一応、今スイさんはクリスクにいるはずなので……同じ大司教区所属になりますし、リュドミラ様ならば大司教経由で会うことができると思いますが……」
若干、引き気味にユリアが答えた。
「ご助言ありがとうございます、導師ユリア。上手くいくかは分かりませんが、今度試してみましょう……フジガサキ様、申し訳ありません。つい導師ユリアと話し込んでしまいました」
「あ、いえ、お気になさらず……」
またしても突然話を振られてしまい、少し前に言ったような言葉を繰り返してしまう。
「ご寛大なお言葉感謝いたします。それと、ご配慮いただいた直後に、このような申し出をするのは、私も心苦しいのですが――もし許していただけるのでしたら、大聖堂の深部にご案内したいのです。どうか、ご一緒いただけないでしょうか?」
リュドミラは、じっとこちらを見つめながら言葉を紡いだ。絶世の美少女の懇願のような言葉は、心を殴り殺すかのような威力がある。
「あ、えっと、全然、自分としては大丈夫です。あの、そのこちらとしても全然気にしていませんし……むしろ、またしても、こんな立派な大聖堂の中を案内して頂けるというのは、こちらとしても願ったり叶ったりと言いますか……あー、その大聖堂の深部というのは?」
言い訳になるかもしれないが、本当に大聖堂への興味もある。大きな建造物というのは何だか凄い物のような気がするし見ていて楽しい。でも、もし俺が大きな建造物を嫌いだったとしても、今のリュドミラの誘いを断るのは難しかったかもしれない。
「以前お見せした地下室の近くにあります。特別にお見せしたいものがあるのです。同じような言葉ばかり使う浅ましさを、お許し下さい」
「地下室……」
リュドミラの言葉になぜかユリアが反応した。見ると彼女は俺の方を見て固まっていた。不思議に感じるものの、俺がユリアを視界に収めているのに気付くと、ユリアは急に顔を俺から背けリュドミラの方を見て口を開いた。
「あの、リュドミラ様、地下室というのは――」
「――導師ユリア」
ユリアが全て言葉を口にするよりも早く、リュドミラがユリアの名を呼び、じっと彼女を見つめた。そして、人差し指を口元で立てた。シーっと、何かを噤むように要求するような仕草だ。
「何があるか分かってしまったかもしれませんが……フジガサキ様が見るまで秘密にしていただきたいのです。特別なモノですから、フジガサキ様に新鮮な気分で見ていただきたいのです」
リュドミラの指摘にユリアは、ハッとしたような顔になった。
「――っ、はい。そうですね……すみません、少し配慮が足りていませんでした。あの、私は……?」
「勿論、導師ユリアにも来てもらおうと思っていましたよ。とても貴重なモノですから、きっと、とても良い経験になるかと思います。ふふっ」
「――ありがとうございます!」
ユリアは、安心したように、少し大きな声でリュドミラに答えた。流れがはっきりと見えないが、これから案内してくれる先にあるものは、非常に貴重なものであり、かつユリアはそれが何か予想がついているらしい。あとは、まあその概要を知ると見た時に新鮮さが若干失われるもののようだ。
うーん、何だろう? この前みたいな綺麗に輝く石だろうか。あれは幻想的な感じがして綺麗だったな。




