二章52話 まったりと紅茶でも
「気を付けます。ところで、アストリッドさんは今日はどうしてギルドに?」
「少し調べ物ね。あとギルドの様子を見ておきたかったというのもあるわね。カイさんは? もしかしてルティナと一緒に依頼でも受けるのかしら?」
「あ、いえ、自分もちょっと調べ物とか様子の確認とかです」
「ああ、そういうことね」
そう言って、アストリッドはルティナの方を一瞬見て何かを理解したような顔になり、再び俺の方を見た。
「ルティナもユリアも貴方の事を気にかけているのは、やっぱり貴方の才能が突出しているからでしょうね」
「えっと、いえ、お二人が評価するほどには無いとは思いますが……」
『感覚』無しなら一層漁りも碌にできてないだろうし……『感覚』に関しては特殊すぎるので、それを俺の才能と言っていいかは少し微妙なところだ。俺個人にとっての儲けの手段としてはだいぶ助かってはいるが。
「別のパーティーとして貴方に会えたら少し面白かったかもしれないわ……こういう時、教会繋がりのパーティーの不便さを体感するわね。勿論、それ以上に便益は得ているのだけれど」
少しばかり愚痴のような事を言うアストリッドを見て、やはり教会との関りというのが色々と大変なのだと再確認する。
そして、ふと、思う。フェムトホープは遺跡で活動しているのだろうか? いや活動してたらこんなに会えないよな……俺も全然遺跡に潜れてないし。
「そういえば、フェムトホープの皆さんは、遺跡って潜ってますか?」
一応、口に出し確認をする。
「今はフェムトホープは遺跡では活動していないわ」
淡々とアストリッドが答える。視界の端でルティナが少し緊張しているように俺には思えた。
「何か理由でも?」
「少し教会絡みで、ね」
やはり教会絡みか。先程のアストリッドの愚痴といい、面倒な事でも起こっているのだろうか。ユリアの礼拝の件とかもあるし、『フェムトホープ』とリュドミラのぎこちない関係性もある。
これは思い付きだが、もしかしてリュドミラと上手くいってなかったりするのだろうか? リュドミラはリデッサス大聖堂の聖女であり、きっと影響力があるだろう。彼女と揉めていたりするのだろうか。
俺としては両者ともに思い入れがあるので、もしそうならば、何か手伝いたい気持ちはあるが……何か今ここで提案してみるべきだろうか? うーん。いや、前提からしてかなり俺の主観が入っているし、別にリュドミラとトラブルがあると決まったわけでもないのに、勝手な進言をするのも変か。
一応、情報収集も兼ねて、『教会絡み』というのはリュドミラ関係なのかだけでも聞くべきか……? いや、それこそ踏み込みすぎか? 赤の他人である俺が引っ搔き回していると思われるのも良くないし、ここは止めておこう。それに一応、ユリア経由で、『俺とリュドミラが面識があること』はアストリッドも知っているだろうし(仮に知らなくてもユリアは知っているのだし)、もし、リュドミラとトラブルがあり、少しでも他者の手を必要としているのなら、アストリッドから俺に声をかけるだろう。やはり変に出しゃばるのは止めておこう。
「教会絡みでしたか、やはり色々と大変なんですね……」
「…………そうね」
アストリッドは少し間を置いてから言葉を漏らした。その間は、まるで何かを悩んでいるように、俺には感じられた。
それからルティナとアストリッドと一緒にギルドで情報収集などをしていると、こちらに早足で近づいてくる足音を捉えた。ユリアが特徴的なピンクブロンドの髪をはためかせながら近づいてきたのだ。時間的に大聖堂で朝の礼拝を終わらせてきた感じだろうか。今のルティナの行動は読めないだろうから、アストリッドと元々合流する予定だったのか、それともアストリッドとは関係なくギルドに来る理由でもあったのだろうか。
挨拶をしてくるユリアに俺とアストリッドは挨拶を返すと、ユリアは少し心配そうにルティナを見て口を開いた。
「ルティナさん、朝はすみません」
「気にしないで、ユリアちゃん」
「ありがとうございます……えっと、フジガサキさんはギルドで何か用事とか、ですか……?」
いつものように少し緊張した雰囲気を出しながらユリアが尋ねてきた。相変わらずだ。
リデッサスにユリアが来てから、俺と話をするときはずっと緊張して――ん? あ、いや、以前ホフナーの部屋に連れ込まれた後、ユリアに偶々会った時は緊張してなかったな。あれ? うーん? というか、あの時のユリアはどこかいつもと違った気がする。クリスクにいる時とも少し違ったような気がする。
俺のイメージだが、クリスクのユリアがデフォルトで、リデッサスのユリアが緊張気味、この前のユリアが…………なんて言えばいいんだろうか、慈愛的というか、強引というか、引力が強そうというか、うーん分からない。
「……ええっと、そうですね。少し調べ物とかギルドの様子を見てみたくて来た感じです。ユリアさんは?」
ユリアの態度について考えるのを止め、質問に答える。
「はい。私もそんな感じです……! あの、フジガサキさん、良かったら一緒にギルドを見たりしませんか。あと他にも何か今日することがあったら、お手伝いしたいです……!」
やや迫るようにユリアが提案してきた。最近よく一緒に行動するように言われる。ユリアは優しいし良い人だし、別に問題は無い。しかし、ユリアの時間は、たぶん俺の時間よりも貴重だから、俺の大した事でもない予定に巻き込んでしまって良いのか悩む。
「……ええっと、大したことをするわけではないのですが、それでも良ければ、大丈夫です」
「で、では、その、一緒に、ということで……!」
緊張しつつも、気迫のこもったような眼差しが向けられた。そんなに一生懸命にならなくても……
「ユリアはカイさんと一緒に行動するのね。分かったわ。私は商会の方を少し見て来るけど、ルティナはどうする?」
アストリッドはユリアを一度見た後、事務的に予定を明かした。
「……私も、アストリッドさんと一緒に行こうかな」
声をかけられたルティナは、俺とユリアを数秒ほど見つめたあとに、アストリッドに言葉を返した。
「そう、それなら、カイさんとは一旦お別れね。ユリア、日没の礼拝には――いえ、これは余計だったわね、気にしないで。それじゃあ」
アストリッドはそう言うとルティナとともにギルドを離れていった。後には、俺と、隣で張り切っているように見えるユリアが残された。
この日はギルドや街での情報収集や事務作業に勤しんだ。張り切るユリアが手伝ってくれたり、色々と教えてくれたりしてくれたので、大変捗った。
一通り作業を終えた後、時間が少し余りどうしようかと思っていたら、ユリアから紅茶に誘われた。
こちらの世界では珍しく何より好物であった紅茶の誘いに俺は二つ返事で応じた。せっかくなので、以前リュドミラへの手土産に購入したカテナ教の巡礼用のクッキーをお茶会に持ち込んだ。お土産用に用意したものだったが、普通に味が美味しかったので、買っておいたのだ。ちなみに、クリスクに戻る時のスイへのお土産候補でもある。
なお、今回のお茶会は以前とは違い、ユリアが借りている部屋――つまり俺の借りている部屋の向かいで行われた。ルティナはまだ戻って来ていないようで二人きりだ。部屋はとても綺麗に使われていて、使用者二人にきちんとした性格が表れていた。
そして、肝心の紅茶の方は、以前と同じで大変美味しかった。茶葉もさることながら、ユリアの紅茶淹れに技能が上手なのだろう。持ち込んだクッキーも紅茶とよくあい、ユリアにも喜んでもらえた。よかったよかった。リュドミラにも喜んでもらえたし、カテナ教の人に贈り物をする時は、このクッキーを常に候補として考えておこう。というか普通に美味しいし保存も利くので買いだめしておいても良いかもしれない。
そんな感じに、ユリアと一日行動をしたのだった。やはりユリアは、優しくて誠実な少女であるため、一緒に行動するのは、心地よい。ホフナーとは大違いだ。
ただ、僅かに、本当に僅かにだが、不自然さのようなものを感じた。
クリスクにいた時よりも、ユリアとの間に変に距離が開いてしまったように、俺には思えるのだ。何故そう思ったのかは全然分からなかったが、それでも何故だろうか、温度差というか、何かが俺のユリアに対する理解を下げているように思えたのだ。
もしかしたら、ユリアがリデッサスにいる時、常時、鞭で武装しているからかもしれない。平和な国から来た身としては武装している人に対する忌避感があるのかもしれない。クリスクではユリア――というかフェムトホープの面々は武装していなかったので、差を感じるのだろう。
まあ、勿論、凄腕のフェムトホープの面々が武装する方が良いと判断しているならば、それが正しいとは思っているのだが。うーん、我ながら贅沢な望みだ。




