二章51話 ぷりぷりルティナ
朝日を浴びながらギルドへ向かう道を歩く。チラリと隣を窺う。俺の隣にはこちらを監視するように鋭く目を尖らしているルティナがいる。
「何、どうしたの? カイ」
俺の瞳の動きまで見られているようだ。
「あ、いえ、特には……それより、本当にいいんですか? ただちょっとギルドに行くだけなんですけど……」
「さっき一緒に行くって言ったでしょ。それとも何? もしかしてっ! 何か見られたくない事でもする気っ!」
今日もいつも通り、ぷりぷりされている。
「いえ、そういうわけではないのですが……ルティナさんにご足労おかけしてしまう上に、大したものはお見せできないと思いますが……」
ルティナに対して答えながら、何故こうなったのかを思い返す。
本日は朝起きて、部屋の扉を開けるとルティナに出会った。今日はルティナだ。ユリアだったりルティナだったりするけど、毎日どちらかと朝会っている気がする。なんか起床時間が被るのだろうか? うーん。なんか待ち伏せされているように感じてしまうのだが。自意識過剰だろうか?
そして、そのままぷりぷりされながら朝食を共にし、今日の俺の予定に関して詰問された。それとなくギルドに行くかもと答えると、一緒に行くと言われて、今こうして移動している。なんか最近本当に誰かと一緒に行動しているな……
「そういえば、ユリアさんは今日はどちらに? 見かけませんでしたが」
歩きながら、なんとなく会話に困り、共有できそうな話題を口にする。
「ユリアちゃんは朝から大聖堂の方に行ってるよ」
「ああ、朝の礼拝とかですか」
喋りながらも、ふと気になることがった。ルティナは朝の礼拝には参加しないのだろうか? だいたい今くらいの時間のはずだと思うが……というか今まで朝の礼拝の時間でも普通にユリアもいたような。とすると朝の礼拝ではないのか。クリスクの時は二人とも朝の礼拝に参加していたみたいだけど、こっちはそうでもないのか?
気になりルティナを見ると、彼女は僅かに目線を逸らした。
「まあ、そんな感じかな」
うむ?
「なるほど、そうでしたか……ところで、ルティナさんは朝の礼拝には行かれないんですか?」
試しにつついてみる。ぷりぷりされてしまうだろうか?
「――っ! 行かない事もあるんだよっ! 遺跡に入る時とかは計画によっては行けないこともあるから」
ルティナはやや早口に答えた。
「今日は遺跡に行くんですか?」
思わず質問出てしまった。そしてすぐに踏み込み過ぎたと気付く。
「行かないよっ! カイっ! さっきから私の事おちょくってるでしょっ! 分かるんだからねっ!」
ぷりぷりされておる。
「あ、いえ、そういうつもりは無いのですが……あ、着きましたね」
ルティナの噴火を抑えようと言葉を選ぼうとして、ギルドのすぐ近くまで来ていたことに気づいた。
と、とりあえず、ギルドに着いたことに意識を持って行き、この話は流そう。
「そうやってっ! すぐ誤魔化そうとしてっ!」
ギルドの中へ逃げるように入る俺を、ルティナが二つの意味で追いかけて来た。
「ああ、いえ、その、そんなつもりは……ただ遺跡に行かないのに、礼拝にも行かないのは何故かと考えて、ふと思いついたのですが、もしかして自分のせいなのかなと思ってしまって。何と言いますか、朝ルティナさんとお会いしてから一緒に行動してますけど、本当は朝会った時、ルティナさんは大聖堂の方に行こうとしていたのかなと今気づいて……自分のせいで礼拝に行けてないのだとしたら、申し訳ないと思いまして……」
言い訳みたいな言葉を並べてルティナの様子を窺う。ぷりぷり度合いはまあまあって感じだ。
「別に、そこは気にしなくていいよ。私が勝手に来ただけだし。ユリアちゃんは暇じゃないから、そこはカイもちゃんと分かってないとダメだと思うけど……あっ! 一応言っておくけど、私も暇なわけじゃないからねっ! カイがちゃんとギルドで悪い事してないか見張ってるだけだからっ!」
俺ってそんなに悪い事しているように見えるのだろうか。
「なるほど? ユリアさんは礼拝で忙しいということですね。ちなみに、これはルティナさんとは直接関係のない話なのかもしれませんが、ユリアさんは毎日朝の礼拝に出ているんですか? クリスクにいた時はかなり出ていたと聞いていますが、リデッサスでは毎日は出席されていない気がするんです。これは何か理由があるんでしょうか?」
「――っ! それは……それは私は知らないけど、でもまあ、朝の礼拝に出るか出ないかは、聖導師であるユリアちゃんが決めることだから。一応、出る義務は無いよ。スイと違ってユリアちゃんはミトラ大司教区所属だから」
ルティナは少し緊張しながらも俺の質問に答えてくれた。
言っている内容については理解できる。以前も聞いていた話だ。ユリアは教会の支援の下で探索を担当する聖導師ゆえに聖堂での活動には関与しないタイプだ。でも現実的な面として、ユリアはクリスクでは礼拝に参加していたし、聖堂図書館の手伝いもしていた。リデッサスに来てから聖堂への活動が少なくなるというのは少し不思議に感じるのだ。
うーん。なんだろうか。以前リュドミラと一緒にいるときもなんか緊張していたし、ユリアはリデッサス大聖堂とは相性が悪かったりするのだろうか。そう考えると、ルティナがこの話題を嫌っているような感じなのも理解できる。
「そうでしたか。教えて下さってありがとうございます。ルティナさん」
とりあえず、これ以上、ルティナが嫌がってそうな話題に突っ込むのも悪い気がするので、感謝をして話を中断する。
「もう、相変わらず、なんか調子が読めないんだから……」
ルティナが怒っているような困っているような複雑な顔でそう呟くと、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。そちらに視線を移すと冷たそうな女性――アストリッドがいた。
「おはよう。カイさん、ルティナ。相変わらず仲が良さそうね」
「あ、どうも、おはようございます、アストリッドさん」
アストリッドに挨拶を返しながら、ふと思った。アストリッドの認識では俺とルティナは仲が良いなんだな。以前からそんな感じの事を言っていたが……いまいちルティナから向けて来る感情が読めないのだ。よくぷりぷりしてくるというのは知っているけど。まあ知人以上友人未満くらいだと勝手に思っているけれど。
「アストリッドさん! おはよう。あと、別にカイと私はそんなに仲良くないよっ」
「そうかしら? ルティナはあまり人に対して興味が薄そうだから、珍しいと思っているんだけど」
『人に対して興味が薄い』か、うーん、俺の視点から見ると結構親切でお節介な人に見えるけど、アストリッドには違って見えるようだ。まあ、でもルティナは『意味の無い事』はあまりしないように見えるし、そういう人は『人に対して興味が薄い』という事との相関性が結構ありそうにも見える。
「それはっ! カイがいつも才能をひけらかして生意気言うからっ」
「生意気ですみません」
俺がルティナに言葉を返すと、アストリッドは小さく笑った。おお、珍しい、アストリッドが笑うとは。なんか雰囲気的に全然笑わなそうだからな、この人は。
「そういうふざけてる態度が生意気なんだけどな」
うーん、なるほど……




