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二章49話 クラン


 ホフナーと一緒に、昼飯代わりの軽食と飲み物を露店で買った後に、アーホルンの宿の彼女の部屋へと向かった。

 ホフナーの部屋は、想像よりずっと綺麗に使われていて感動した。もっと汚い部屋を想像していた。というか俺の方が部屋が汚いかもしれない。ホフナーに負けるとは……ん? でも、あれ、なんか、これ変じゃないか。整理整頓されているというよりも、まるで荷造りされてるみたいな感じだ。やっぱり宿を出るつもりなのか。いや、先ほどの会話からすると、これはもしや夜逃げの準備では……?


「カイはそこに座って」


 俺が訝しんでいると、ホフナーから声がかかった。見ると彼女はベッドに座っていた。そして俺にも着席を促した。

 しかし、その場所が少し問題のように俺には思えた。ホフナーが指した場所はベッドの前の床だ。床に座れと指示してきたのだ。

 なんとなく部屋の隅にある椅子を見る。普通に空いている。次にホフナーの座っているベッドを見る。空間的に余裕がある。別に、『ホフナーが座っているベッド』の横に座りたいわけではない。わけではないが、せめて椅子を勧めるべきではないだろうか。なぜ床を勧める……?


「はい、失礼します」


 一瞬、椅子を隅から運んで座ってやろうかと思ったが、勝手な事をすると、ホフナーが怒りそうなので、止めておく。

 俺がホフナーの前に座る。ベッドの高さがある分、ホフナーを見上げるような形になる。ホフナーは背が低いので、少し新鮮だ。


「…………」

「…………」


 ホフナーが何か言うのかなと思い、彼女の出方を窺う。

 しかし、ホフナーが黙ったまま時間が過ぎていく。俺から切り出す方がいいのか……? いや、でも、ホフナーが言ってたヘマを聞くために来たんだし、それに、なんかホフナーは俺が喋るのを待っている感じではなく、どう話せばいいか悩んでいるように見える。もう少しだけ待とう。


「……ミーフェは」


 しばらく待つと、ホフナーがついに口を開いた。よし、正解のようだ。


「ミーフェは『クラン』を作りたかった」


 そしてホフナーがつっかえつっかえ語り始めた。それは彼女の探索者としての経緯だった。


 ホフナーは昔、窃盗で生計を立てていたらしい。しかし遺跡というものを知り、窃盗を止め遺跡稼業に明け暮れた。超絶強いホフナーは遺跡でも連戦連勝で常に尊敬を集めていた。しかししかし、いつも周囲に妬まれてしまい定期的に遺跡街を移すことになっていた。超強くて超誇り高いホフナーはそういった舐めたやつらを余裕でボコボコにすることもできたが、ホフナーは超絶慈悲深いので、そういったことはせず、黙って遺跡街を移ってあげたらしい。この辺りはホフナーの主観が強いような気がしたが、それは指摘せずに話を聞き続けた。

 そうしてリデッサスに流れ着きここでも遺跡稼業に明け暮れていると。しかし、いくつかの遺跡街を転々としてホフナーは帰る場所のようなものに興味があったらしい。


 そこで『クラン』という言葉が出てくる。これはちょっと定義が難しい言葉なんだが、どうやら、パーティーの上位互換みたいな感じらしい。何度も集合したり解散したりするタイプのものではなく、常設でメンバーの変動が少ないパーティーであり、その関係はパーティーよりも深く特殊な互恵関係が結ばれるらしい。後天的な家族のようなもののようだ。

 また『クラン』はギルドに特別な届け出をし、さらに土地を持ち特定の遺跡群に紐づくことが多いらしい。一応ギルドに届け出をしなくても勝手に『クラン』と名乗ることはあるし、土地を持たないタイプの『クラン』や、いくつかの遺跡街に土地を持つような大きな『クラン』もあるらしい。

 ホフナーが考える『クラン』像はクラシックでかつ壮大なもので、大きく偉大なクランを作りたいらしい。いくつかの遺跡街を股にかけ、ゆくゆく世界最強の探索者として称えられる予定らしい。大きな夢を持てるって凄いなー、なんて感想を内心で抱きつつも適当にホフナーを褒め称えておいた。

 ただ、現状リデッサスまで来て、ホフナーがクラン要員を全く確保できいないらしい。さもありなんと思ったが、口には出さなかった。


 しかし、ホフナーは弱気になっているのか、こんなことを呟き始めた。


「カイ。ミーフェと一緒に別の遺跡街に行こう。クランはそこで作って……メンバーは、集められなかったらミーフェとカイの二人だけでもいい」


 ベッドの上に座るホフナーはいつもと違い弱気な表情だった。勝気さも傍若無人さも無い。位置関係的にはベッドの上からこちらを見下ろしているはずなのに、俺にはホフナーが小さく見えた。

 しおらしい態度のせいで、少しだけ可愛いと思えてしまった。驚きだ。俺がホフナーを可愛いと思う時が来るとは。床の上に座りながらそう思った。これで椅子をちゃんと勧めてくれるような人柄であれば……


 ああ、ちなみに、提案自体は、端的に言って嫌だ。凄く嫌だ。断りたい。というか、今の話、全然ヘマの話が見えない。個人的には早く露見した犯罪行為(ヘマ)について聞きたい。

 いや、まあ、たぶん今ホフナーが言った『遺跡街を出る』っていうのが関わっているような気がするけど。ホフナーが逃げを選択するということは結構やばい感じなのかもな。うーん、巻き込まれないように立ち回りたいところだけど……


「ミーフェさん。クランの話、凄く感銘を受けました。そして気付きました。ミーフェさんがリデッサスにいる理由を。クランを彩る優れたメンバーと、そして資金を集めるためですよね」


 とりあえず、話を先延ばしにするための言葉を適当に口にする。


「…………当然だけど」


 ホフナーの目が少し泳いだ。どうやら、特に考えずにリデッサスに来たのかもしれない。まあ明確に言葉にできていなかっただけかもしれないが。


「まさしくそのお考えは正しいかと。もっとメンバーを集めましょう。そして資金も準備しましょう。リデッサスを動くのはそれからにしませんか?」


 俺はその間に逃げる。

 はっきりと決めた。ミーフェ・ホフナーは傍迷惑がすぎる。瞬間湯沸かし器みたいな少女で、実力があってもそれ以上の叶わぬ夢を追い求め、それを使い他者に迷惑をかける。

 ちょっと俺には荷が重すぎる。それに厄介事に俺を巻き込もうとしている。今、一緒にリデッサスを逃げたら俺まで大変な目に遭いそうだ。以前考えていた逃亡案を使う時が来たようだな……ただ、まだ俺もリデッサスでやることがあるし、今は時間を稼ごう。ホフナーが資金繰りに勤しんでいる間に、やるべき事を終わらせホフナーより先にリデッサスを出よう。


「でも――」

「――ミーフェさんなら、できます。必ずできます。ミーフェさんはいつも強くて凄い人です。メンバーも資金きっと集まります、ここリデッサスでならっ! 」


 俺は珍しくホフナーの言葉に自分の言葉を重ね、ゴリ押しした。本来は他人の喋っている言葉を潰すようなことはしないが、今回は致し方が無い。というか、これ上手く立ち回らないと、『ホフナーと一緒に別の遺跡街に行く』という個人的には最悪の結果になりそうだ。それは何としてでも避けたい。緊急避難というやつだな。


「そう、だよね。いや、まあ知ってたけど……ミーフェ超強いから、カイに言われなくても分かってたから」


 乗り気になったのかホフナーは足を揺らしながら、彼女の考える『偉大なクラン』結成計画について話し始めた。規模や人数、求めている人員などを語ってくれた。

 とりあえず、必要な資金は莫大で、それを行うにはかなりの労力と時間が必要で、そして何より、『俺とホフナーの低人望コンビ』では決して集められないような質と量の人材を求めていた。まあ無理だな。ああ、でも金だけなら何とかなるか……?

 ルカシャの値段とか考えれば、運が良ければ結構稼げるよな……うーん、数年くらい遺跡に潜り続ければ『偉大なクラン』のための最低限の資金は集まるかもしれない。まあ、そこまで遺跡に潜りたくないし、何よりホフナーの計画に協力する義務は無いので、どうでもいいか。


 一通りホフナーが気持ちよく語った後、隙をついて大事な話を持ち込む。


「ところで、ミーフェさん。最初に仰っていたヘマの内容を聞いてもいいですか……?」


 慎重に、それでいて何気ない感じで質問する。


「ミーフェ、ヘマとかしてないから」


 ホフナーは特に機嫌を崩すことなく答えた。平然とした感じだ。これはあれだな。気持ちよく語ってヘマについては頭の隅に追いやった感じだな。


「いや……それは、そうですけど。ただ、そのもし警吏とかに追われてたら危ないですし……」


「は? 別にミーフェ追われてないけど」


 ホフナーは特に怒ることなく、ただただ不思議とばかりに俺を見た。はて? 国家権力と敵対したわけではないのか?


「あれ、でもさっき遺跡街を出るって言ってましたけど……それは?」


「…………ミーフェ、別にビビってるわけじゃないから」


 割と直接的な聞き方をしたせいか、ホフナーは目線を逸らして答えた。やっぱり何か問題があって遺跡街を出たかったようだ。


「あ、その、それは勿論分かっています。ただ、敵の情報を共有していただければ、こちらも何か対策が取れるかもしれませんし、もしミーフェさんが許して下さるのでしたら、教えていただきたいです」


「敵っていうか、いや別に、ミーフェ、ビビってるわけじゃないから」


 だいぶビビってるようだ……しかし国家権力じゃないとすると相手は何だろうか? ギルドとか大きな組織だろうか。いや、もしかしたら、どこかの大きなクランに目を付けられたのだろうか。


「勿論です! ミーフェさんをビビらすようなやつがいるとは思えません。ただ、ミーフェさんが厄介だと思う敵がいるようですから、その情報をできればお聞きしたいです」


「厄介っていうか、まあ、雑魚だけど、ミーフェが本気出せば一瞬だから。ギルドで聞いてきたけど、ソロA+とかでイキってるだけの雑魚探索者だから。てか、忘れてたけどミーフェはソロAAランクだから」


 うん? あれ、国家権力どころか、組織ですらない……個人か?


「なるほど、ソロA+ランクの探索者でしたか。自分からすると雲の上のような存在ですが、やはりミーフェさんからすると、そんなやつでも一瞬なんですね。流石です!」


 ホフナーは自称ソロAランクらしいので、ちょっと厳しい相手なのだろう。ふと気になりホフナーの全身を観察する。うん、別に怪我とかしてないな。ということは……


「ま、まあ、ミーフェがガチになれば余裕だから。この前はちょっと手加減したっていうか。なんか卑怯な事してきたし、よくよく考えなくてもあれはミーフェの勝ちだったかな」


 なるほど、だいたい分かった。

 どうもホフナーは他の探索者と何かで競って負けたみたいだ。それでプライドに傷を負って泣いたのだろう。なんて紛らわしい少女なんだろうか。心配して損した。一瞬だけ、ボコられたのかと思ったが、ホフナーの見た目はとても健康そうで傷一つ無い。だから、暴力を振るわれたりしたわけではないだろう。

 単純に、例えばだが、遺跡の中の成果で負けたとかだろう。もしかしたら、ラップバトルで負けたとか、飲み比べで負けたとかかもしれないが……まあ、どちらにしろ、ほぼほぼ平和的な方法でボロ負けしたのだろう。


 ん? いや、でもそれで何で遺跡街を逃げるんだ……? もう一度ホフナーの全身をよく見る。怪我はない。健康だ。やはり精神面での衝撃が強いのだろう。ホフナーは気が強いから逆に一度プライドが折られると、かなり弱るみたいなタイプなのだろうか……?

 あ、いや、あとはもしかしたら、何か恐怖を植え付けられたのかもしれない。脅されたとかそんな感じだ。それなら確かに高飛びしたくなる気持ちも分かる。

 もし、そうであるなら少し危険だな。暴力などを相手が示唆してきていた場合においては、『ホフナーがそれに屈しているという状況』は問題だ。ホフナーのような気が強くプライドが高い少女が屈したのだ。よほど恐怖を感じ、尚且つ『相手がそれを実行するだけの力量と精神性を持っている』とホフナーが感じ取ったのだろう。

 毎度思うが、俺はホフナーの分析力は結構あるんじゃないかと思っている。そのホフナーが『遺跡街を離れたくなる』ほどに危険を感じたのだ。うーん。もう少し相手の事を聞いておきたいが……あんまりここを詰めるとホフナーが怒りそうなんだよな。


「なるほど……ところで、そのソロA+の人というのはどんな人なんでしょうか? もし良ければ教えて頂けませんか?」


「ん。どんなって、だから――っ! いや、別にカイは知らなくていい」


 ホフナーは途中で急に言葉を切るとぶっきらぼうな態度をとった。うーん? んん……?


「分かりました。あ、その、もう一つお聞きしたくて、あ、でもその、もし自分が知るべき事でなければ、大丈夫なんですが、ミーフェさんとその人はどんな勝負をしたんですか? ミーフェさんが本当は勝ってたっていう勝負で、相手が卑怯な事をしたんですよね。勝負はどんなものでしたか? やはり遺跡関係でしょうか?」


 俺の質問に対して、ホフナーは押し黙った。そしてじっと俺を見た。その目を見つめ返すと、ホフナーがたっぷりと間を取ってから口を開いた。


「はぁー、カイ、今、ミーフェのこと甘く見た? ミーフェは超慈悲深くて、カイのことは認めてるから許すけど、あんまり甘く見てるとミーフェもちょっと手が出るから」


 どうやら聞かれたくない質問だったみたいだ。


「すみませんでした。余計な質問でした」


 しょうがないので、軽く頭を下げておく。


「いいよ、ミーフェ器デカいから許すよ。まあ、でも他の奴だったら、その程度の頭の下げ方じゃ許さなかったから。床にめり込むまで頭下げさせてたから。カイはもっとミーフェに特別扱いしてもらってることを、もっと感謝した方がいいよ」


「はい! ありがとうございます!」


 なんか、これ毎回やってると漫才みたいだな……


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