二章47話 平和な朝
ここ数日、比較的穏やかにリデッサス遺跡街での日々を送っている。理由はたぶんホフナーだ。朝の出待ちがなくなったのだ。というより、そもそも最近見ていない。同じ宿のはずなのに、まったく見かけないということは、もしかしたら、宿をまた変えたのかもしれない。俺に構うのに飽きた可能性もある。当初俺が考えていたプランの中で一番平和的な流れになったな。ふう、平和は良い事だ。
朝、部屋を出ると、やっぱりそこにはユリアがいた。
「き、奇遇ですね……!」
そして、いつもと同じ言葉を発した。最近よく見る光景だ。というか、必ずルティナかユリアのどちらかと朝会う気がする。部屋が向かいだから、そういうことも起こり得るとは思う。まあ、それにしても、よく会い過ぎている気がするけど。
「おはようございます。ユリアさん」
挨拶をしつつも、どうしても目線がユリアの腰に向かってしまう。そこにはいつもと同じように黒い鞭が納まっている。
「えっと……今日も、今までと同じ長さの鞭です……!」
そして、俺の視線に気づき、すぐにユリアが解説してくれる。特にその情報を求めているわけではないのだが……単に、クリスクにいた時は身に着けていなかった物があるから気になってしまうのだ。
「なるほど……? その、最近は朝からよく身に着けているみたいですけど、何か使ったりとかはするんですか?」
特に使う機会が無さそうだけど……いや、まあ武器だから実際に使う機会がある方が問題か。使う機会が無いようにするために、普段から武器を身に着けているのかもしれない。やっぱり、リデッサス遺跡街は危険なのだろうか……うーん、クリスクとそんなに変わらない感じがするんだけどな。俺が鈍いだけか……?
「えっと、その時々……使ったり、しますよ……?」
言葉に迷いながらユリアが回答した。時々使うのか……いや、どういう時だ?
「使う……遠くのものを取ったりする感じですか?」
「えっと……フジガサキさんは路地裏とか行ったりしますか……?」
俺の質問には答えず、ユリアは質問を返してきた。
「いえ、基本的には大通りを使います。路地裏は流石に危なそうな感じがするので」
クリスクもそうだけど、基本的には大通りを使う。危ないのはよくない。
「私も同じです。でもこの前、偶々路地裏を通る必要があって、その時、ちょっと使っちゃいました……」
なるほど。これは、人に使った感じか……?
「なるほど……えっと、用途は、あー、身を守る的な、感じですか?」
「はい……その、武器を持った人に襲われそうになって、それで、そのちょっと使いました」
「あー、それは、凄く大変でしたね。お怪我はありませんでしたか? あと、被害とかは、お金とか盗られたりされましたか……?」
「いえ……! それは大丈夫です。あんまり強い人じゃなかったので、私は怪我とかはしませんでした」
「あ、それは良かったです。しかし、リデッサス遺跡街は結構危険な場所なんですね。路地裏を少し通っただけで、そんな事が起こるとは……ああ、でも自分が知らなかっただけで、クリスクとかも同じような感じなんですか? ユリアさんは、クリスクでは路地裏を通ったりはしましたか?」
「いえ、あまり機会がなくて……この前は偶々通って、それで、これを使うことになって……」
ユリアは右手で鞭を触りながら俯き気味に話した。鞭に手を触れるユリアを視界に収めて、少しだけ変な感じがした。なんだろう? 鳥肌が立った、気がする。うん? なんだ? 寒気のようなものを感じた。
「そうでしたか。とすると、もしかしたらリデッサスの方が危ないのかもしれませんね。ルティナさんも武装してますし……」
よく分からない感覚を頭から追い出しつつ、適当な言葉を作っていく。それに対して、ユリアは急に押し黙った。あれ、と思い彼女を見ると、ユリアは慌てたように喋り始めた。
「あっ! そ、そうですね。私も、そう思います。あ、あのっ、ところで、今日は、そのフジガサキさんは予定とかは? もし、良かったら、また一緒に行動してもいいですか?」
ユリアは不安そうにしながらも、期待したようにこちらを見た。
うーん。実はちょっと断りたいと思っている。ここ数日誰かと一緒に行動しすぎている。なんか、ホフナーだったりフェムトホープの面々だったりと。おかげで全然遺跡にいけない。故に、少し不満なのだ。そろそろ『感覚』を使いたい気分だ。使用感を覚えておきたいし、色々と実験もしたい。だから遺跡に行きたいのだ。もっと言うと、今日行きたいのだ。
「それは、何と言いますか……うーん、今日は一人でちょっと行動しようかと思っていて、申し訳ないのですが、またの機会とさせていただくわけにはいかないでしょうか?」
まあユリアが『どうしても』ということなら、ユリアを優先したい。色々とお世話になってるし、それに何より彼女はとても良い人だからだ。俺は、優しい人とか誠実な人とかが割と好きなのだ。ユリアは両方とも満たしている人だろう。
「……そうですか、それなら、その、また次に機会に。忙しい時に誘っちゃって、ごめんなさい」
ユリアは、しょんぼりとしながらも謝罪の言葉を口にした。何となく、こうなるとは思っていた。ただ、こうなるとこうなるで、なんか申し訳ないな。
極論、俺が一人じゃないと遺跡に行かない理由は、人を信じてないからだ。つまり自分の都合だ。そのせいで良い人のユリアに謝罪させるのは少し違う気もする。というか、ユリアは信頼できる人だし、もうなんかユリアと一緒に遺跡に行っても良いような気もするのだ。
まあ、でも一度決めた安全方針を覆すのは違うか。
俺はユリアに謝罪を返し、せめてというわけではないのだが朝食だけは一緒に食べ、そして彼女と別れた。目指すは遺跡……!




