二章幕間 ミーフェ・ホフナー②
ミーフェ・ホフナーが十層にたどり着いた時、事件が起こった。
ミーフェは当時から態度が悪く、他の探索者と口論することが多かった。通常ならば子供の戯言、気にする探索者は少ないはずだった。しかしミーフェは有名人で、そして実力があった。その上、多くの探索者よりも金を持っていた。
つまり、ミーフェは悪い意味で注目され、嫉妬されていた。
ある時、ミーフェは路地裏に誘い込まれ、そこで、ある探索者パーティーにリンチを受けた。そのパーティーは若く実力のあるパーティーで、ギルドで最も期待されていたパーティーであった――ミーフェが来るまでは。
ミーフェが来てから彼女らは変わった。賭けで大損をし、他の探索者パーティーからは侮られた。それを取り返そうと無理な探索を行いパーティーメンバーを一人失った。同時に、ギルドからの期待も失った。
全てミーフェ・ホフナーが悪かった。少なくとも彼女らはそう思っていた。その事への注意と謝罪を要求したが、当然のごとくミーフェは断り、さらには、この若き優れたパーティーとそのメンバーを愚弄した。
万死に値する行為だった。ミーフェは徹底的に痛めつけられた。苦しみから逃れるため、ミーフェは求められた土下座をしてしまうほどだった。
しかし、今更謝罪は認められず、ミーフェはズタボロに打ち据えられ、金品や所有している装備を全て奪われた。僅かな温情か、それとも幼い少女を殺す事への忌避感か、命は見逃された。しかし、リンチによる傷から高熱にうなされ、三日三晩生死を彷徨った。
教会の癒し手から治療を施され五体満足に回復したミーフェだったが、最初に得たものは高額な治療費の請求だった。ミーフェの中で再び憎悪が育った。所持品を奪われたこと、痛めつけられたこと、そして望まぬ謝罪――土下座を強要されたことが許せなかった。必ず復讐をする。
ミーフェは心に、いや己の魂に刻み込んだ。
しかし、相手はパーティーで複数だ。一人一人は倒せても全員を倒すのは難しかった。闇討ちも考えたが、一人か二人殺した後、残ったメンバーが散り散りに逃げるだろう。そうすれば復讐達成は困難になる。ミーフェは己一人で全員を同時に倒すことを考え、修練を積み、相手を見定めた。
そして九歳のとき、それは訪れた。遺跡の中に入っていく件のパーティーを尾行し、連戦で弱ったところで襲い掛かった。
ミーフェは即座に二人の少女の喉をナイフで抉り、残った三人と対峙した。魔術師は既に魔獣との戦いで魔力が尽き戦力にならない。残った二人の剣士――片方はミーフェはひどく痛めつけた赤い髪の女剣士で、もう片方はこのパーティーのリーダーであり土下座したミーフェを踏みにじった青い髪の女剣士だ。特に復讐したかった二人は奇襲では殺さなかった。嬲り殺しにするとミーフェは決めていたからだ。
しかし、ミーフェにとって不運なことが起きた。戦力外の魔術師がミーフェの鮮やかな殺人を見てパニックになり大声を出して逃げ出したからだ。音に引き寄せられ近くの魔獣達が群がり魔術師を殺した。そして魔獣の群れが少女三人に殺到した。ミーフェは魔獣に手一杯になった。しかし少女二人はミーフェ程実力が無く、魔獣の群れに飲まれた。
ミーフェが魔獣を一掃したころには少女の死体が五つ晒されていた。結局ミーフェは憎いパーティーのメンバーを二人しか殺せず、それも急所を抉り痛めつけることなく終わってしまった。本当に復讐をしたかった二人には傷一つ付けられなかった。ミーフェの中では今日は、赤い髪の少女が痛みに絶叫し、青い髪の少女が必死に自分に土下座をして靴を舐め命乞いをする。だが、自分は容赦なく二人を殺し、骸を五つ並べる。そうなる日だった。
復讐のためにかけた時間や労力は無駄に終わった。その事に気付かされたミーフェは、魔獣に食い散らかされた五つの死体をさらにナイフでズタズタにした。
それでも気は晴れなかった。気は晴れなかったが、求めていた五人の死は達成された。この時から、ミーフェ・ホフナーの中で、暴力による解決が、好ましく有用な手段として刻み込まれた。そして得られなかった謝罪を何かに求めるようになった。
五人の探索者の死に関わったこともあり、ミーフェは遺跡街を変え、さらに西へと向かった。過去の失敗を学んでいたミーフェは、新しい遺跡街では舐められないように振る舞った。積極的に動いた。少しでも自分に楯突く探索者は許さなかった。憎い相手のやり方を流用するのは癪だったが、それでも有用性は認めた。
つまり路地裏に誘い、焼きを入れた。すぐに悪名は広まった。ミーフェは悪名がある程度広がると、また別の遺跡街に向けさらに西へと移動した。
そうして十二歳の時、活動する遺跡街を変えに変え、ついてにはヒストガ王国の西の果て、ミトラ王国との国境近くの遺跡街までたどり着いた。
この遺跡街でミーフェは初めてパーティーを組んだ。ここではまだミーフェの悪名は広まっておらず、ただただ純粋に優秀な若手としてパーティーに誘われたのだった。ミーフェは気まぐれにそのパーティーに入った。リーダーの男はミーフェの優秀さを強く認め、また事あるごとに戦果を挙げるミーフェを褒め称えた。そして、それに呼応するように他のメンバーたちも、ミーフェを称えた。ミーフェは内心喜びつつも舐められないように強気に振る舞った。
強気になったミーフェはより深く難易度が高い層へ行く事を強く進言した。リーダーの男は悩んだが、ミーフェの強さに目がくらみ、それを受け入れた。
これは間違いだった。四人パーティーの中で飛び抜けて強いのはミーフェ一人で、そしてそれに何とか付いていけるのはリーダーの男だけだった。残り二人のパーティーメンバーは探索中に些細なミスをした。普段の探索層であれば問題の無いミスであった。しかし、深く危険な層では命取りなミスだ。魔獣の群れに襲われたパーティーは壊滅しかけた。ミーフェとリーダーの男が必死になって戦ったため、死者を出さずに遺跡から出る事ができた。
この一件で、ミーフェのプライドはズタズタに切り裂かれた。ミーフェは安全確保のために真っ先に退路を確保したからだ。それは探索者としては当然でパーティーとしても好ましい行動だ。リーダの男もそのおかげで助かったと強く認識していたし、他のパーティーメンバーもそう思っていた。
しかし、ミーフェ自身が、その行動を許せなかった。本来なら雑魚である魔獣相手に、自分が真っ先に逃げ出したように見えたからだ。正しくは違った。皆ミーフェほど動けなかった。
けれど、ミーフェはなぜか自分が強く責められているように感じた。ミーフェは、ミスをした二人を非常に強く責め立てた。そして、ギルドの中、公衆の面前での土下座を要求した。謝罪だ、ミーフェは謝罪を欲した。非常に強く何度も何度も要求した。ミスをした二人はそれに従おうとしたが、リーダーの男が許さなかった。そしてミーフェにパーティー追放処分を言い渡した。ミーフェは逆上した。しかし、男の「リーダーは自分である」という一点張りに押され、しぶしぶパーティーを抜けた。
ミーフェにとって三流パーティーを抜けることなど苦では無かった。
ただ舐められたまま終わりにするのは嫌だったから逆上してみせたのだ。結局、男が駄々をこねたせいで、変な恥をかいたが、既に気にしていない。所詮は三流パーティーに言う事だ。真の一流である自分を理解するなどできないだろう。犬に獅子の気持ちは分からない。ミーフェはそう自分に言い聞かせた。
ただ、それでもミーフェは、なぜかぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。その穴を埋めるため、ミーフェは自分がリーダーとなりパーティーを立ち上げようとした。ギルドの中でメンバーを盛んに求めた。しかし誰もこなかった。公衆の面前で行った土下座要求と、そして他の遺跡街で行った数々の悪行が、ようやくこのヒストガ王国の西端にも届き、それらが響いたからだ。
がらがらと何かがミーフェの中で崩れ落ちた。いつも誰かが順風満帆な自分の邪魔をする。猟師の父の下にいた時は村長が、最初の遺跡街では嫉妬に狂ったパーティーが、そして今はようやく居場所になりそうだった所がミーフェの邪魔をした。
ミーフェは自分を追放したパーティーが遺跡に入るの見て、それを追った。ミーフェを追放したリーダーの男がミーフェの代わりに入った新しいパーティーメンバーと協力して戦っていた。ナイフを鞘から抜いた。
タイミングを見る必要もなかった。憎きパーティーを皆殺しにした時よりもミーフェの技量は上がっていたし、何よりこのパーティーはあの憎きパーティーよりも弱かった。一瞬で四つの屍を作り終わるはずだった。
ミーフェは結局何もせずに遺跡を出た。三流をいちいち殺すのは一流のやることじゃないと自分を諭した。ミーフェの居場所はこの遺跡街にはなかった。
そして、ミーフェはヒストガ王国からミトラ王国へと渡り、リデッサス遺跡街へと訪れた。非常に人気があり、そして危険な遺跡街だ。ミーフェは期待した。
ここならば、自分が正しく評価されると思った。三流では自分を正しく見られない。一流たちが集うこの遺跡街ならば、正しい評価が得られる。きっとここが自分の居場所に違いないとミーフェは思った。




