一章13話 異世界三日目 初めての礼拝③
――「ほうほう、気になるかね?」
そう言ったスイは少し嬉しそうに見える。あまり疑念のような種類の感情は無さそうだ。よし、問題無いぞ。
「なりますなります、気になります。その聖導師っていうのは、司祭様的な感じの役職ですか?」
「役職って言えば、役職だけど、どっちかというと技術かな? 主が扱う御業、聖なる術を代行する人のことだよー」
「聖なる術……?」
「そうそう。特別な力が使えるんだよ。『癒し』の術と『力』の術が代表的かな」
ふむ……
「『力』の術っていうと、もしかして」
俺が言い切る前にスイは素早く体を動かし、片手で俺の両腕を締め上げた。相変わらず速くて鋭い。そして固い。痛みは全く無いのが毎回不思議なくらいだ。なんか、俺も押さえつけられるのに慣れてきたな……まあ、痛みが無いから気にならないのかもしれない。
「そうそう当たってるよー。こうやってお兄さんを一瞬で押さえつけられるのも『力』を使ってるからだね。基本的に『力』が使える聖導師に普通の人は素手だと敵わないよ。武器とか魔術とか使えば別だけどねー」
「なるほど。確かにスイさんは細い見た目なのに、何でこんなに力が強いのか疑問だったのですが、なんとなく分かりました。これは確かに特別な力って言えると思います……そろそろ、放してもらっていいですか?」
スイは俺の言葉を聞いても、拘束を解くことはなかった。不思議に思っていると、スイは口を開いた。
「んー、まだちょっとね。いやいや、お兄さんに意地悪をしたいわけじゃないんだけどー、『癒し』について説明したいから。もう少しこのままでね」
「この態勢で? うん? 『癒し』ってどんな感じなんですか?」
「『癒し』は怪我や病気を治したりできるんだけど……うーん、本当はお兄さんの二日酔いを治して、ビックリさせるつもりだったんだけど、そうならなかったからな~……ところで、お兄さんは痛いの大丈夫な人だったりする?」
そう言いながらスイは空いている方の手で、俺の左手の親指を触った。
「え? なんでですか?」
「今からお兄さんの指を折って、それを癒したら証明になるかなーって思ったんだけど、折ってもいい?」
「駄目駄目駄目駄目駄目!! 折っちゃ駄目! 痛いのは本当に駄目なんで! 本当にそれは止めて!」
「フリ?」
スイは可愛らしく小首をかしげた。それに伴いウェーブのかかった灰色の髪がかすかに揺れ動く。可愛いけど、駄目だ。痛いのは駄目だ。
「いや、本当に駄目なんで」
「そんなに真剣にならなくても、分かってるよー。冗談だって、お兄さん。でも、どうやったら『癒し』の証明になるかな?」
「いえ、無理に証明しなくても、力の強さだけで十分信じられるので、『癒し』の方も信じますよ。あと、そろそろ、本気で怖くなってきたので、放してもらっていいですか?」
「うん、いいよ。さっきも言ったけど、お兄さんに意地悪したいわけじゃないからねー」
スイが拘束を解くと、俺は彼女から少し距離をとった。流石に今回はちょっと怖さを感じたからだ。まあ、一瞬で距離を詰められるスイ相手にはあまり意味の無いような気がするが。
「お兄さん、その反応は地味に傷つくよー。私、悪い事してないのにー」
「スイさんはちょっと底知れないところがあるんで、その辺りがちょっと怖いですよ」
「むむむ、お兄さんの親密度が足りなかったか……まあ、それは明日からの朝の礼拝で上げていこっと」
ニヤリとこちらに向かって邪悪な笑みを浮かべるスイは教会の関係者には見えなかった。邪悪な笑みでも可愛く見えるのは美少女の特権だな。
「そういえば、こんなに強いなら遺跡でも活躍できそうですけど、探索者にはならないんですか?」
話を変える意味も込めて、そんな話題を振ってみた。
「ほー、中々良い所を突くね。お兄さん。その答えは~、聖導師って意味ならその通り、私って意味なら担当違いだよー」
「えーっと? つまり?」
「お兄さんの言う通り、聖導師は強いから、遺跡でも活動するよ。教会から聖導師や聖従士を集めてパーティーを組んで遺跡を探索するって形だね。ああ、聖従士って言うのは聖なる術の代わりに光の魔術を扱える人のことね。聖導師ほどじゃないけど、結構強いよ」
「なるほど……あれ、聖なる術と光の魔術って似たような響きを感じますが、別物なんですか?」
「発動方法とか、力の源とか、色々と違うかな。まあ、どっちも便利って意味では一緒だけどね。話を戻すね。聖導師を中核に聖従士とかを集めてパーティーを組んで遺跡を探索。儲けの一部を教会が貰う代わりに、教会から支援を受けるっていうスタイル。まあ、人員の大半は教会から集められてるから、殆ど教会の息がかかったパーティーだね。教会が遺跡利権にもっと絡みたくて始めたものらしいけど、ギルドとしても役に立つ強力なパーティーがいると色々と便利だからか、上手く嚙み合ってるみたい。ちなみに、このクリスク遺跡街にも聖導師が所属してるパーティーがあるよ」
淀みなく解説するスイに対して、俺は前々から気になっていた疑問が大きくなった。スイはあまり教会が好きではないのだろうか。礼拝の件もそうだし、扱いが雑だ。それに説明もやや辛辣な気がする。
「お兄さん、ちゃんと聞いてるかなー?」
俺が思考にふけっていたのを気付いたのか、スイが咎めてきた。
「聞いてます、聞いてます。今ちょっと話を頭の中で嚙み砕いているところでした」
「それならよろしい~。続きを話すね。私は担当違いっていうのは、所属の問題だね。聖導師は強さ以外にも『癒し』の力とかもあるから、もしもの時に教会にいると色々便利なんだよね。だから、こういう大きな教会……聖堂には一人置いておきたいっていう司教様や大司教様の考え方が入っているのかな。あとは、さっきの役職の話にも被るけど、聖導師は『主の御業の代行者』っていう意味合いがあるから、色々と儀式をするときにいると良いんだよね。まあ、纏めると、こんなに人気者で美少女のスイちゃんを教会は放ってくれない訳なのですよ~」
そう言ってスイはニヤリと得意げな笑みを浮かべた。そして続けるように「この輝く銀髪を見よ~」と少しふざけた様子で自身の容姿をアピールする。
いや、確かに、非常に可愛らしい見た目をしているとは思うが……自分で美少女って言うのは……いや、まあ事実ではあるのだが。あ、でも銀髪って言うのは違くないか? スイの髪色は銀髪というより灰色に近い気がする。
「あれ、でも、それなら、やっぱり司祭様と礼拝に出た方が良かったのでは?」
「主を信じていない人を改宗させるのもー、立派な聖導師のお勤めの一つだよ~」
「さっきも言ってた主を信じていない人って……ええっと、スイさん的にはどう思ってるんですか? あ、答えられたらでいいんですけど」
「むむ? 私は基本ゆるいので、そんなに気にしないけど」
「スイさんは……ということは、結構気にする方は気にしますかね? というか、今更ですけど、信仰心に薄い自分がこのような神聖な場所に入っても大丈夫でしょうか……?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。そこは平気だよ、お兄さん。聖導師である私が良いと言えば良い事になるからね! 権力万歳っ……!」
「え、権力……なるほど……」
「お兄さん、お兄さん、納得しない。冗談だよ。半分くらいは。主は優しいのでお兄さんが聖堂に入っても怒ったりしないよ。というか、お兄さんも同じカテナ人だからね。カテナ教はカテナ人の為にあるんだから、そこはゆるく考えて良いと思うよ~。実際、お兄さんみたいなあんまり主を信じていない人相手でも怒ったりする人はあんまり見ないからね。たまーに、気にする人もいるみたいだけど、そんなにいないし、特にこのクリスクは普通の人が多いから大丈夫だよ」
大丈夫のようなら問題は無いのだが……今スイが言ったことで少し気になる事があった。
カテナ教っていうのは文脈的にたぶんスイが信仰している宗教だろう。ただ、カテナ人とは何だ?
俺は日本人なのだが……カテナ人っぽく見えるのか。こちらに来て鏡を見る機会はあった。俺の外見は特にこっちに来て変わってはいなかった。
うーん? 見た目ではなく文化的なものだろうか? 文化的に共通点が多いからカテナ人と認識されている、とかだろうか? 気になるけど、これは流石に聞けないな。なんか俺がカテナ人って確信してるみたいだし、この状況で態々日本人と主張するのは少し変だし、少し危険だ。もしかしたら、スイが俺に好意的なのは俺の事をカテナ人だと思っているからかもしれないからだ。実際『カテナ教はカテナ人の為にある』という言葉が少し怖い。
「お兄さん、黙っちゃって、どうしたの?」
「ああ、いえ……おかしな仮定ですが、もし自分がカテナ人ではなかったらスイさんはどう思っていたのかな、と思ってしまって」
「ん~~~。どうかな~、まあ悪魔憑きとかだったら、その時は、こうっ! お兄さんを捕まえてっ、地下室に連行したかな~」
言葉の途中でスイが片手を使い再び俺の腕を掴む。
掴まれた腕を見る。視界の端でスイがニヤニヤと笑っている。
……少し気になるが、俺の力では振りほどけないし、痛くもないから気にしないでおこう。
それよりも、今スイが口にした言葉の中に気になるものがあった。
「悪魔憑き……?」
「凄く凄く悪いモノのことだよ。まあ、滅多にいないし、私も見た事はあんまりないけど、お兄さんも気を付けてね。悪魔憑きは人を狂わせるから、お兄さんも会ったらすぐ逃げるんだよ」
俺が呟くと、それをスイが素早く拾い上げた。
「凄く危険な人ですね。わかりました。気を付けます。ちなみに外見に何か特徴があったりしますか?」
「うーん、私が見たのは二匹だけだからなー。片方は目に見えて変な見た目してたけど、もう片方は見た感じ普通の人みたいだったから、特に見た目で区別はできないかもね」
「見た目で分からないとすると、気を付けるのは中々難しいような……」
「むむむ、そう言われるとそうだね。まあ、悪魔憑きなんて滅多にいないから大丈夫だよ~。私の友達に……ん? 友達……? ん~、知り合い、かな。私の知り合いに悪魔憑きの浄化を専門にしている人がいるけど、その人でも十匹くらいしか浄化できてないってぼやいてたから、普通に生活していれば、一生に一度見るかどうかなんじゃないかな」
そう言うとスイは満足したのか掴んでいた俺の腕を解放する。
「まあ、それなら、そんなに気にしなくても良さそうですね」
それとなく腕をさすりながらも適当な言葉を返す。
「うんうん、それに、お兄さんの場合は遺跡で魔獣と戦う時の方が危険かな。どのくらい戦ってるの?」
適当に投げられたような質問であったか、俺には少し困る内容だった。俺は戦った経験は当然無い。しかし、俺はスイの友人であるルティナの中では4層の探索者であり、そしてギルドの買い取り担当の中では25層の探索者だ。
そして、昨日の昼組の活動を見るに、4層までの探索者が全く戦っていないというのは不自然な気がする。25層の方に関しては情報が無さすぎるので推測もできない。
さて、何と答えるべきか。
「いや、できるだけ魔獣を避けてるので、実のところ、戦闘経験はあんまり無いですね」
「慎重だね~」
「一応、命を大事にする感じです。お金も借りてるので、とりあえず、返すまでは死なないつもりなので、安心してください」
まあ、返した後も死ぬつもりはないので、しばらくは安全な1層での活動が中心になるだろう。
「私としては、お兄さんには、しばらく朝の話相手になって欲しいから、お金よりも死なない方を選んでほしいなー」
物価から考えるに、金貨3枚は結構大金だが、それよりも優先してもらえるとは……色々と理由があるのかもしれないが、それにしても嬉しい言葉だと思う。あまりそういう言葉をかけてもらったことが無いので返答に少し困るな。
「ええと、どうも?」
沈黙で返すわけにもいかず、曖昧な返事を返してしまった。
「むむむ、お兄さん今のは2個目のバッテン授与かな~」
「え、え……バッテンって日が落ちたらリセットされたりとかしません?」
「ずっと残り続けるから気を付けてねー。そういえば話は逸れちゃったけど、聖導師についてまだ聞きたいことはあるかな、お兄さん」
「あー、じゃあ、聖なる術って普通に人でも使えるようになったりとかしますか?」
「お兄さん使いたいの?」
「できるなら、使えるようになってみたいです」
『力』は普通に便利そうだし、『癒し』もあって損をすることは無いだろう。
「残念だけど、お兄さんには無理だよ。聖なる術は修練を積んだ清らかな乙女だけが使えるからねー。分かるかな? つまりスイちゃんは清らかな乙女なのです」
清らかの定義にもよるが、可愛いことに関しては否定しない。
「なるほど、女性の方だけでしたが……ちなみに光の魔術の方は?」
「ん? そっちも? んー、まあ、光の魔術は男の人でも使えるけど……その辺りはお兄さんの魔力と適性次第じゃないかなー?」
こっちは才能次第か。地球産まれの俺に適性があるかは微妙だが、魔力自体はあるみたいなので、ワンチャンあるかもしれないな。
「ちなみに、その才能があるかどうかって、スイさんには分かったりします?」
「お兄さん、何でも私に頼りすぎだよ~」
「あ、すみません」
「まあ、いいけどさー。ちょっと待ってね、今調べるから」
そう言うと、スイは掌を俺の額に当てた。それから数秒ほど少し待つと、額から手を離した。
「光の魔術は難しそうだね。他の適性は……うーん、教えたらお兄さんが朝の礼拝をサボりそうだから、教えなーい」
え、気になるんだが……
「サボらないので、教えてください」
「探索者は魔術好きな人が多いからなー。どうせお兄さんも教えたら、魔術の研鑽だーとか言って礼拝に来なくなるでしょ。だから教えないよー」
意志が堅そうに見える。このスイから聞き出すのは難しそうだ。まあ、いいか。魔術はできたらいいな、くらいな気持ちだし。
「えっと、分かりました。じゃあ聖なる術については聞いてもいいですか、これは女性じゃないと学べないので聞いてもいいですよね」
「いいよー。お兄さんは、何が知りたいのかなー」
「さっき言ってた『力』と『癒し』は基本形みたいな感じでしたけど、他にもあるんですか?」
「ほほう、相変わらずイイ線突くね。お兄さん。確かに他にもあるけど……そうだなー、まあ基本はその二つと、あとは『光』と『導き』かな。どっちも便利な感じの術だよ」
「便利な感じ……? 具体的にはどんな感じの効果があるんでしょうか?」
「知りたい? お兄さん」
「気になります」
「残念! 親密度が足りません! もっと私から情報を聞き出したかったら、面白さと親密度をあげよー」
今日は秘密が多いな。いや、まあ、俺が色々と聞きすぎなだけかもしれないが。
「わかりました。ほどほどに頑張ります」
それから、上機嫌なスイとの雑談を続けた。
一通り雑談を終えたところで、金属音が礼拝堂の中に響いた。音は一度なった後、少し時間をおいてからさらに何度か鳴り響いた。俺が気になっているのを察したのか、スイが説明を始めた。
「今のは礼拝の終わりの鐘だよ。クリスクの教会では、『ティリア礼拝堂』で礼拝が終わったときに鳴らしてるんだよ。あ、『ティリア礼拝堂』っていうのは皆が行ってた方ね。今、お兄さんがいる、ここは『ヘルミーネ礼拝堂』ね」
「なるほど。では一応朝の礼拝はこれで終わりですか?」
そもそも俺とスイは礼拝していたのか謎だが。
「なんか嬉しそうだなー、お兄さん。私とお話しするのは嫌だったのかなー?」
「ええ……いや、そんなことは……」
「本当かなー。まあ、明日もあるし今日はこのくらいで帰っていいよー。その代わり、明日も話し相手になってね~」
「ええ? まあ、大丈夫ですけど。ああ……でも、明日は遺跡関係でちょっとやりたい事があるので、次は明後日でも良いですか?」
具体的には、明日はギルドの朝の様子を確認したい。いつも昼前から行ってるので、どうなっているか気になるのだ。
「むー。明日も来てほしかったけど、予定があるなら仕方ないかー。明後日はここで待ってるから、最初からこっちに集合だよ、お兄さん」
「了解です」
「うむ。よろしい。では特別に聖導師の祝福をお兄さんに授けよー。むんむんむん」
スイは何かを念じながら、こちらに向かって掌を向けた。そして、そのまま何かを呟くと、掌を下ろした。
「うん、これでよし。お兄さんが遺跡で死んじゃわないように祈っておいたから、安心して遺跡に潜ってきてねー」
どうやら、宗教的な仕草だったようだ。どういったものかは分からなかったが、気持ちは伝わったので、ありがたく受け取っておこう。
「ああ、なるほど……ありがとうございます、スイさん」
「うむうむ、くるうしゅうないぞー。遺跡活動がんばりたまえ~」
手を振るスイに見送られながら、俺は教会を後にした。