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二章44話 フェムトホープ(ユリア抜き)


 ユリアと一日過ごした翌日の朝。

 少し緊張しながら、通路に繋がる扉を開けたが、ユリアはいなかった。まあ、こういう日もある。いや、こういう日が普通だ。たぶん昨日と一昨日は、たまたまユリアとタイミングが合ってしまったのだろう。

 そのまま宿の通路を歩き始めようとしたとき、後ろから扉が開く音がした。


「カイ。おはよう」


 振り向くとルティナがこちらに近づいてきた。


「あ、おはようございます。ルティナさん」


 挨拶をしながらも腰元を見る。着けられた鞘には長剣が納まっている。これもしかして、寝てるとき以外は武装してるのかな?


「カイは今から朝ご飯? なら一緒にどう?」


「え……? あ、はい、そうですね」


「今、何で『え』って言ったのっ! 私と一緒だと嫌なの?!」


「いえ、嫌では無いです。でもルティナさんに誘われるのは珍しい気がして……まあ、クリスクにいたときにお食事――軽食店に誘っていただいたこともあるので、その延長と思えばおかしくはないのですが……でもルティナさんって意味のないことはしないタイプに見えますし、以前の時も、自分がしたことをルティナさんが気にしていたから誘って貰ったわけですし……あー、つまり、すみません、また何かルティナさんの気に障ることをしてしまったでしょうか……?」


 つまり、これから朝食の時にルティナにぷりぷり怒られてしまうのではないか、と俺は漠然と警戒しているわけだ。


「……っ! カイってそうやって人の事本当によく見てるよね……人の事なんか気にもかけてない癖にっ! 生意気な事ばっかり考えてる癖にっ!」


 生意気ですみま――、あれ、今褒めてもらったな。確かに、俺は、人のことをできるだけよく観察するようにしている。『情報は多く精確であるほど良い結果を導ける』と考えているからだ。ルティナのような実力者からもそう思ってもらえるとは嬉しい。


「ああ、ありがとうござ――ん? えっと、すみません、今のところは、『ありがとうございます』って言うところですか、それとも『すみません』と謝るところですか? あ、でもすみません、この二択だと基本後者の方がいいですよね。えっと、生意気ですみません」


 嬉しくてつい、言葉が出てしまうが、途中で、やっぱりルティナが怒っているのだから『すみません』の方が適切だと思いルティナに質問してしまう。そして質問してから、それもそれで失礼だなと気付き、一人結論を出す。ついでに出した結論も口にしてしまう。


「本当にっ! 人の事おちょくってっ! カイ、最近スイみたいになってるよっ! さてはリデッサスで上手くやっててクリスクの時よりも調子に乗ってるでしょっ!」


 おちょくるつもりはなかったんだ……なんだろうか。俺とルティナって変なところで調子が合わないのだと思う。以前はルティナが勘違いして俺を責め立てたし、今回は俺が変に言葉に迷ってルティナを怒らせている。相性が悪いわけではないと思っているが、上手く嚙み合わない時があるのだ。


「ええっと、すみません、自分としてはそんなつもりはないのですが……それに、たぶんですが、クリスクの時の方が上手くやれていたと思います」


 こっちに来てから活動はしているが、リュドミラの心を奪われたりホフナーの相手をしていたりして探索の方は疎かだ。クリスク時代の方が成果をあげているだろう。


「さっきから、謝る気ないでしょっ! そういうの分かるんだからねっ!」


 あ……! しまった、また怒らせてしまった。まずい、まずい……! 鎮火、鎮火しないと……!


「あ、えっと、いえ、本当に先ほどからすみません。あ、えっとその、あ、朝食でしたっけ、あ、自分は大丈夫ですけど、あー、でもすみません、今たぶんルティナさんのご気分を害してしまったと思いますが、この状態だとルティナさんとしては自分と一緒には食べたくは無いですよね? 度々すみません。その、決してルティナさんをおちょくってるつもりはなくて――」

「――もういいよ。兎に角、今日は一緒に食べるよ。アストリッドさんとマリエッタと待ち合わせしてるから、早く行くよっ!」


 ルティナは俺の言葉を途中で遮り、俺の手を取り歩き出した。


 大通りを教会側に歩いて少しのところにある店へと入った。昨日ユリアに教えてもらった店の一つだ。つまり朝から美味しいものが食べれるということだ。ちょっとわくわくしてきたぞ。

 店に入ると、ルティナが言っていたようにアストリッドとマリエッタが既に店内にいた。彼女たちに軽く挨拶をしつつ席に着き、ルティナとともに食べたいものを注文する。


「三日ぶりだけれど、何か変わった事はあったかしら?」


「私は一昨日あったよ! なんかちっちゃい子と一緒にいたよね!」


 冷めた表情で問いかけて来るアストリッドと同時に、マリエッタが横から言葉をねじ込む。ちっちゃい子――ホフナーの事だろう。そういえば、今更だけど、今日はホフナーがいなかったな。いつもは宿の受付で待ち伏せしているのに……なんか用事かな? まあ、どうでもいいか。


「一昨日はミーフェさんと一緒に、マリエッタさんと会いましたね。そういえば、実はあの前にユリアさんと、あの後にルティアさんと会ったんです。昨日もユリアさんとは会ったので、なんだか『フェムトホープ』の方とお会いする機会が多いですね」


「会えてないのは私だけみたいね」


「そうですね。宿が……あれ、そういえば、マリエッタさんとアストリッドさんは、アーホルンの宿に泊ってるんですか? ユリアさんとルティナさんが、向かいの部屋というのは知っているのですが。お二人はどのあたりの部屋で?」


「…………アーホルンの宿には泊まっていないわ。私とマリエッタは別の所に泊ってるの」


 俺の質問に、なぜかアストリッドは間を置いて答えた。聞かれたくなかった質問だっただろうか? 


「それよりもっ! 何でカイはあんな子に付きまとわれてるの?」


 俺と同じようにアストリッドの考えを読んだのか、はたまたより重要な話題を提示したかったからか、ルティナがホフナーに関する質問をしてきた。


「あんな子というと、ミーフェさんの事ですか?」


 正直、ホフナーが目の前にいないし『ホフナーさん』と言っても良い気がしたが、その言い方で慣れてしまいホフナーの前で『ホフナーさん』と呼んだら危ないし、何より俺がいちいち『ホフナーさん』『ミーフェさん』と呼び方を変えるのをフェムトホープの面々に見られるのはそれはそれで良くないと思うので、『ミーフェさん』に統一している。


「そうっ! ミーフェって子っ! なんで一緒にいるの! 前はパーティーなんか組んでなかったでしょ! 組むにしても、もっとちゃんとした子にしなよ。あの子は良くないよっ! 歳も離れてるしっ!」


 昨日ユリアに話した内容は、同室のルティナには共有されていないようだ。あと歳は関係ないのでは?


「あれ? あのちっちゃい子は十八歳らしいよ? あ! 二十三歳だったかも! どっちにしろルティナよりカイさんに近いね!」


 あれは嘘っぽかったけど、マリエッタは信じているみたいだ。


「絶対嘘だよっ。私より年上のはずないっ! 小さいし、幼いし、十二歳とか、そのくらいだよ! カイはもっと経験を積んだ人と組んだ方が良いよ」


 確かにホフナーはルティナよりは年下に見えるが、十二歳は流石に若すぎないか……? 十二歳で危険な遺跡に潜っているというのは考えにくい――違うな、考えたくない。元の世界なら義務教育の範囲だ。なんか気が重くなってしまう。

 だからホフナーは個人的には十五歳より上であって欲しい。あ、でもユリアも十五歳か。でも、まあ、ユリアは権威と権力、そして何より強い暴力を持っていそうだし、問題はそこまで無いか……たぶんユリアは他の道も沢山ある中で、探索者としての道を自分の意志で選んでいるような気がするし。


「自分より年上なのに『ちっちゃい子』呼びなのね」


 ルティナが荒ぶる一方で、アストリッドは冷めた声音でマリエッタに話しかける。


「いや、なんか嘘っぽいし! とりあえず『ちっちゃい子』で! 本当だと思ったらミーフェさん! 絶対嘘ならミーフェって呼ぶよ!」


 どうやらマリエッタも、ホフナーの言葉を信じてなかったようだ。信じてなかった言葉を、わざわざルティナに伝えたのか……

 というか、マリエッタの中でのホフナーの呼び方は暫定『ちっちゃい子』なのか。ということはマリエッタの中では、『ミーフェさん』>『ちっちゃい子』>『ミーフェ』なのか……? なんか『ちっちゃい子』って呼び方は呼び捨てにするより悪い感じがするが。いや、まあ正体不明が一番悪いということで、確信が持てない状況だと一番悪い呼び方をするのかもしれない。俺とは逆の考え方だな。


「こらっ! カイ! どさくさに紛れて流さない! 何であの子と組んでるの!」


 あ……流したつもりは無かったのだが、マリエッタが会話に割り込んできたから、タイミングを逸してしまったのだ。


「なんで、ですか。なんか気付いたら一緒にいました。でも厳密には組んでないですよ。ミーフェさんが、そう言ってるだけです」


「そんなすぐわかる嘘を言わないのっ! 前会った時、ミーフェって子が一心同体って言ってたでしょ! 本当は二人でパーティー組んで遺跡に何度も潜ってるんでしょ!」


 ぷりぷりしてきたな。


「いえ、それが、何と、まだ遺跡には一回も潜ってないんですよ。いや本当に。たぶんミーフェさんに聞けば分かりますが。あれ、こんな事、前もありましたよね……ということは、この言い方だと信じてもらえませんかね……?」


 以前、スイと俺の関係性についてルティナが非常に気にしていた事を思い出す。そして俺の言葉でルティナもその事を思い出したのか顔を赤くした。


「ぐぅぅ……それは、悪かったって……でも、じゃあ本当なの? いや! でも! それだとおかしいよ。あのミーフェって子、パーティー組んでもいないのに一心同体とか言い出したの?」


 そうだよ。


「残念ながら、そうなります。なんか、ミーフェさんに気に入られてしまって……」


「嘘でしょ……カイ、もしかして、あの子のこと騙したりしたの?」


 いや? たぶん騙してないとは思っているが……


「そんな事はしていないと思いますけど……なんか気に入られたみたいです。自分でもよく分かりませんが」


 俺の答えにルティナが何とも言えない表情になり黙ってしまう。ホフナーの意味の分からなさが伝わってきたようだ。

 僅かに場が沈むが、マリエッタが素早く手元の酒を煽ると、口を開いた。


「じゃあさ! 実際、カイさんはあのミーフェって子と組む気、あるの?」


 ない。

 心の中で即答しつつも何となくフェムトホープの三人を見る。皆興味深そうに俺の返答を待っていた。なんと答えるべきか。


「今のところは、ソロで活動できればと思っています。一応、自分一人でもそこそこ上手く回せているので。ミーフェさんの事もよく分かっていないというのもありますし……」


「そっか! 意外と悪くない組み合わせかと思ったけど! まあ、カイさんがそう言うなら、それでいいんじゃない!」


 おや? 初めてホフナーと組むことに対して好意的な回答が返ってきた。ちょっと興味あるな。


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