二章43話 理由はできた
ルティナと一緒にユリアの怒りを買った翌日。
朝起きて、部屋の扉を開けると、ユリアがいた。
「き、奇遇ですね……!」
デジャブだ。昨日も同じことがあった。奇遇ではない気がしてきた。なんとなくユリアの腰元を見る。そこには、巻かれた鞭が吊るされている。
「今日の鞭は昨日のと同じ長さのです……!」
俺の視線に対して何を思ったのかユリアが長さを教えてくれた。いや、そこでは無くて……
「あ、はい。おはようございます、ユリアさん。奇遇? ですね」
「は、はい……あの、良ければ朝食を一緒に食べてもいいですか……?」
「あー、はい、そうですね。あ、でもたぶんまたミーフェさんがいると思いますが……」
俺の言葉にユリアは少し困った顔をした。良い人のユリアでもホフナーは嫌なようだ。
「大丈夫です……」
その言葉を信じ、ユリアとともに宿の受付に行く。案の定ホフナーが待ち伏せをしていた。
「ん。カイ。今日はミーフェ遺跡に行くから。朝は一人で食べて。街も一緒に巡ってあげられないけど、まああんまり遺跡行かないとミーフェも鈍っちゃうし……今日は別行動だから。まあ、カイが土下座してミーフェにお願いするなら、遺跡に行くの止めてもいいけど」
ぜひ遺跡に行って下さい!
「おはようございます! ミーフェさん。ミーフェさんの仰る通り遺跡は大切だと思います。ミーフェさんの腕を鈍らせるようなことはリデッサス遺跡街にとっても大損害ですから、是非行ってください! ミーフェさんが大戦果を挙げる事、宿でお待ちしています!」
嬉しすぎて、朝から元気なってしまった。なんとなく隣にいるユリアを流し見る。ユリアも嬉しそうだ。
「ん。じゃあ、行ってくるから。雑魚面、もの欲しそうな犬みたいな顔してるけど、ミーフェ、遺跡に雑魚は連れてかないから」
そう言ってホフナーは去っていった。よっしゃ!
「えっと、フジガサキさん。二人っきり、ですね……」
安心と喜びが混じったような顔でユリアが声をかけてきた。
「そうですね……なんか久しぶりな感じがしますね。以前クリスクでユリアさんにお世話になった時を思い出しますね。あの時は、色々と教えて下さってありがとうございます」
俺が改めて当時の事を感謝すると、ユリアはなぜか少し悲しそうな顔をした。
「……い、いえ。えっと、じゃあ、その、今日はその朝ご飯だけじゃなくて……その後も一緒に付いていってもいいですか……? 邪魔にならないようにするので……」
少し緊張しながらユリアが願うような言葉を口にした。
「ええ、大丈夫ですけど……あ、でも特に予定とかは無いんですが……」
本当に予定はない。まあ、敢えて言うなら本当は遺跡に入りたいが、ユリアが一緒だと無理だ。でもそれを言うのは、ユリアに悪いので言わないでおく。
「そうなんですか? あの、フジガサキさんは、ミーフェちゃんと、街を巡ったりしてたんですよね……?」
「一応、まあ、ミーフェさんがそうしたいみたいだったので。自分としては無理に街巡りはしなくても良いかと思っていて……いえ、まあ、まだリデッサスには慣れていないので、しても大丈夫ではあるんですが……」
「ミーフェちゃんが……そうですか。あ、あの、それなら、今日は私と一緒にリデッサスの街を周りませんか? まだフジガサキさんがリデッサスに慣れてないなら、何か役に立てることもあると思うんです」
不安気に緊張しつつも、どこか迫るようにユリアが提案してきた。
「え、あ、いいんですか? それは助かります」
ユリアは説明とかも上手だし、何より良い人なので一緒にいても基本的に不安にならない。
「は、はい、では、その……朝ご飯を食べたら一緒に周りましょう……!」
ユリアは喜びと安堵感を持って、そして彼女自身を奮い立たせるように言葉を口にした。
それからユリアの宣言通り、二人で朝食を食べ、そして街を巡った。
ユリアは、クリスクほどリデッサスには詳しくはないようだが、ここ何日かで色々調べていたらしく、俺よりは全然知識があり、とても勉強になった。美味しい店の情報、質の良い雑貨屋・服屋・食料品店、他にもアーホルンの宿から近くにある便利なスポットの情報、そしていくつかの遺跡の情報など有益になる物ばかりだった。何よりユリアの話し方は穏やかで、話す内容も道徳的に適している。ミトラの国士無双とは大違いだ。
街巡りを終えユリアと共に帰路につく最中、やっぱりユリアは良い人だななどと思っているとユリアから声をかけられた。
「あの、フジガサキさんって、聖女様……リュドミラ様とはどんな関係なんですか……? 一昨日会ったのが初めて……じゃない、ですよね」
ユリアの声音は緊張しているように思えた。最近いつも緊張しているな……ユリアは元々話をする時、緊張するタイプだが、リデッサスで再会してからは、よりその傾向が強くなっている気がする。
「ええ、何度がお会いしていて……確か、スイさんへの手紙を出すときに、会ったのが初めてだったかと思います。それから度々会うようになって色々とお世話になっています。もしかして、あんまり聖女様と会ったりしたら駄目だったりしますか?」
「い、いえ! そんなことは無いですけど……その、何か悩み事があったり……するんですか……? 聖女様に相談とか、してたり……?」
ユリアは、こちらを探るようにじっと俺を見る。これは……どういう意味だ。もしかして、ユリアは気付いているんだろうか。俺のリュドミラへの想いに。
「相談はしてなかったと思います。悩み事はまあ、探索者ですから、色々とありますが……」
一番の悩み事はリュドミラの事だろう。ああ、いや、最近はホフナーが面倒というのもあったか。でもある意味ホフナーのおかげで、リュドミラの事ばかり考えずに済んでいるという見方もできるな……ふと思ったが、リデッサスを出れば両方とも解決しそうな悩みだな。
まあ、リュドミラへの懸想は、リデッサスから離れても続いてしまうかもしれないが。数年単位で引きずったら嫌だなと、自分の事ながら考えてしまう。たぶん失恋前提だからだろう。
「相談してない……あの、えっと悩み事があったら、その私に相談して、もらえたりは……しないですか……? その、一応、聖導師ですから、困ってる人の悩みを聞くのも必要なことで……! あの、もちろん、その、フジガサキさんが良ければ、ですが……」
おっかなびっくりとユリアが言葉を口にする。心配そうに俺を見ている。これは、バレてるっぽいな……どうしようか。
「相談ですか」
「あ、いえ、その嫌だったら全然……でも、私の事を信用できるなら話して欲しいです……」
「ユリアさんのことは信頼していますが、相談事ですか……あんまり、ええっと、一応クリスクにいた時の方が美味しい店が多かったので、そういう意味ではリデッサスでの食事に悩むことがあったのですが、今日ユリアさんにいくつか美味しそうな店を紹介してもらったので……今すぐユリアさんに話すことは無さそうですね」
相談したい気持ちも無くはないのだが……しかし、自分でも分からぬ感情の動きを他者に話すのは憚られる。ユリアのことは信頼しているが、問題は信頼しているかどうかではないのだ。
「……あの、もしかしてフジガサキさんはリュドミラ様のことを――」
そこまで言ったところで、ユリアは何かに気付いたような顔になり口を噤む。
「えっと、リュドミラ様が、どうかしましたか?」
俺が問いかけると、ユリアは悲しそうな顔をした。
「い、いえ、……あの、ところで、えっと、ミーフェちゃんとはどんな関係なんですか……?」
ユリアは俺の問いかけに口を詰まらせ、そして慌てたように話題を変えた。あー、こりゃバレたな。でも、まあここは乗っておこう。
「ミーフェさんですか……」
「はい。そのいつも一緒にいて……クリスクではいなかったですよね。リデッサスの探索者みたいですけど、フジガサキさんとはどんな関係なんですか?」
何かを心配するような顔でユリアが問いかける。
「ええっと、何と言うか、気づいたら一緒にいることになったと言いますか……」
事実をありのまま言うと、俺がホフナーを侮辱しているように取られてしまいそうで、言葉に悩む。
「あ、その教えられない事なら全然、大丈夫です……! でも、その、ミーフェちゃんの事で、フジガサキさんが困ってるなら、力になりたいです……!」
そして俺の仕草からか、それとも普段のホフナーの悪徳故か、すぐにユリアは結論に至った。確かにホフナーには困っている。しかし、ユリアに力になってもらうのは難しいかもしれない。ユリアだってホフナーを苦手だろうから。むしろルティナあたりにお願いした方がいいかもしれない。今度頼んでみるか……? でもルティナに貸しを作るのは、少しだけ面倒かもしれないな。いや、まあ、今のままホフナーに絡まれ続ける方が面倒か。
「ああ、それは、その本当にありがたいお話なのですが……まあ、実を言うと、少し前から変に気に入られちゃって、なんだか、ミーフェさんのパーティーに入れたいみたいで。ああ、いや、正しくは、たぶんミーフェさんって、推測になるんですけど、パーティーとか組んでない人みたいで、普段はソロみたいなんですけど、おそらくパーティーを組みたいみたいで、同じソロの自分が目についちゃったみたいで……ああ、すみません、なんだか纏まりのない話をしてしまいました。つまりミーフェさんにパーティーに誘われてて、それを自分としては、まあ、できれば断れないかなと思っている状況でして」
俺の言葉を最初は不安そうに聞いていたユリアだったが、俺の話が進むと、徐々に安心したような表情になった。
「そうだったんですか……それじゃあ、あの、ミーフェちゃんとはパーティーは組んでないし、これからもフジガサキさんとしては組む気は無いんですよね……?」
ユリアは喜びを隠しきれないかのように言葉を口に出す。
「はい、ミーフェさんとは組む気はないです。悪い人では、……もしかしたら無いのかもしれないですが、あまり自分とは相性は良くないですし、遺跡のような命が関わるところでは背中は預けられないのかなと思っています。勿論、これは自分からだけではなく、ミーフェさんから見ても、自分のような人に背中を預けない方が良いと思っています」
実際、ホフナーだけに戦闘をやらせて俺が雑用という形は、俺だけではなくホフナーも不安に思うのではないだろうか。つまり俺の気持ちだけではなく、ホフナーのパーティーは構造的欠陥を抱えているのだ。
「それはつまり、ミーフェちゃんが、…………迷惑、なんですよね……?」
恐る恐ると、けれどもあまりにも直接的なユリアの言い方に少し驚く。
「迷惑というか、そうですね、まあ言葉の使い方にもよりますけど、かなり苦手ではありますね」
否定しようとして、否定できなかった。だって迷惑なのだから。
「そうですよね……、うん、そうだよね…………フジガサキさん! あの! 色々と、相談してくれてありがとうございます。力にちゃんとなれないかもしれないですけど、でも私の方でも色々とやってみますね……!」
ユリアは独り言のような言葉を呟いた後、急に笑顔に話し出した。不安や緊張が掻き消えたような顔つきだ。色々と何をするんだ……?
「やる、と言いますと……?」
「えっと、それは……その、ミーフェちゃんとお話したりして……分かってもらえればなって、思ってます。えっと、上手くいかなかったら、ごめんなさい……」
俺が詳細を問いかけると、ユリアはぼんやりとした事を言いだした。急に態度も萎んでいる。なんだか今日のユリアは気持ちの上下が激しいな。なんだろうか。先ほどは方向性が決まり、気合が入ったけど、具体的なアイディアを聞かれて、無い事に気付き、気持ちが萎んでしまったのだろうか。なんだか、俺のせいのようで悪い事をしてしまっているような気持ちになる。
「なるほど……ミーフェさんとお話。お気持ちは凄くありがたいのですが、決して無理はなさらないで下さい。そのユリアさんも多分ミーフェさんのこと苦手だと思うので……」
「……? いえ、私、そんなにミーフェちゃんの事は苦手でも……?」
ユリアは不思議そうに俺を見返す。
ん? いや、苦手だと思うのだが……いつもホフナーがいると嫌そうにしているし。
「――っ! あ、いえ、そうですね……確かにちょっと苦手かも、です。でもフジガサキさんの方が見ていて大変そうなので、力になりたいです」
俺が言葉に迷っていると急にユリアが言葉を翻した。
その言葉は嬉しいが……
「えっと。確かに大変な面はありますが、何となくですが、ユリアさんの方が大変なような気がしたので……なので、そのミーフェさんと話す件は、無理はしないで下さい。それで、ユリアさんがご不快な思いをしてしまったりしたら、なんだか申し訳ないです」
「い、いえ……! 全然、大丈夫です」
そんな風に会話をしながらアーホルンの宿へと二人で戻っていった。
久しぶりにユリアと一日を過ごした気がする。何だか気分がクリスクに戻ったかのような、そんな一日であった。




