二章41話 強い武器
「は? カイ。もしかして、この雑魚面をミーフェのパーティーに入れたいの? こんな役に立たない奴は入れられないよ。カイの頼みでも駄目だから」
ホフナーは俺の言葉を違う意味で解釈したようだ。別に俺はユリアを面倒な事に巻き込みたいとは思っていない。むしろユリアのような立派な人は幸せでいて欲しいと思っている。
「カイは分からないかもしれないけど、こいつ雑魚すぎる。しかも武器が鞭とか、完全に素人。四流探索者」
俺が言葉に詰まっているとホフナーが追加の説明をしてきた。ん。ああ、ユリアが腰に着けている縄状のもの、やっぱり鞭なんだ。以前マリエッタが『ユリアは鞭を使う』とか言っていた気がするから、何となくそうかなと思っていたが……確か師匠譲りなんだっけ……?
「えっと、ミーフェちゃん。鞭を使う探索者は、ちょっと珍しいかもしれないけど、偶にいるよ……?」
「それって全部『打ち手のサプラト』の物真似でしょ。弱い奴に限って変に憧れちゃうんだよなー。四流の雑魚が『サプラト』になるとか絶対に無理だから諦めな」
サプラト、人名だろうか。その名がホフナーから出た時、ユリアが僅かに目を伏せ複雑な表情を浮かべた。なんか少しつらそうに見える。
「ミーフェさん、そのサプラトと言うのは人の名前ですよね? なんか有名な探索者とか何ですか? すみません、自分、全然知識が無いもので……」
ホフナーからのユリアへの意識を逸らせないかと思い適当に言葉を並べてみる。
「ん。カイ、サプラト知らないの? まあ、たいして強い奴でも無いんだけど、少し前に、ミトラで活動してた探索者。鞭を使う珍しい奴。ミーフェは会ったことないけど、まあ、話を聞いた感じミーフェと少しは勝負できそうな奴だと思うよ。この前の赤いのよりは強いかな」
ということは『ホフナーが考える強さランキング』一位みたいな感じか? 会ったこともない奴の実力をどう評価しているのか気になるところではあるが……まあ、そもそも『ホフナーが考える強さランキング』の基準が分からないんだよな。いっそのこと『95点…!!』とか言ってくれないか。
「ミーフェさんがそこまで仰るとは……本当に強い方なんですね」
「まあ、ミーフェの方が強いけどね。で、鞭なんか使う奴は『サプラト』に憧れてる底辺ってこと。鞭は武器としては使えないし、仮に使えたとしても『サプラト』クラスの実力がなきゃ役に立たない。ていうか、『サプラト』も別の武器使ってた方が普通に考えて強いから。ナイフとか」
そう言って、ホフナーは見せつけるように腰につけているナイフに触れる。
「えっとね……ミーフェちゃん。鞭は武器としても道具としても便利だよ。ナイフより、間合いは長いし攻撃範囲も広いから……先に攻撃したり、多数の敵を纏めて薙ぎ払ったりできるんだよ」
「はー、分かってないなー、その気になればナイフは投げれるから鞭よりもよっぱど間合いが長いし、狭い遺跡で鞭なんか振るえないし、仮に振るえても仲間に当たるでしょ。雑魚面は、雑用ばっかりで実際に鞭を使ったことないから分からないだろうけど」
「……ナイフは投げたら使い切りだよね。鞭なら何回でも使えるよ。それに、狭い所でも、仲間がいても上手な人は敵だけを鞭で打ったりできると思うよ」
ユリアの言葉に耳を傾けながらパンをまた齧る。やっぱり美味しいな、このパン。
「雑魚面は、どうせ鞭使うの下手な癖に何言ってるの? 上手とかの話しても意味ないから。それに仮に上手く当てられても肝心の威力がないでしょ。雑魚面は知らないだろうけど中層くらいまで行くと硬い皮の魔獣もいるから。鞭なんて効かないよ」
「凄く強い力で鞭を振るえば魔獣の硬い皮膚は破れると思うよ。『打ち手のサプラト』もそうだったんじゃないかな……?」
「は? そんな力の持ち主はいないから。四流の浅知恵を語らないでよ」
「でも、『サプラト』は鞭を使ってたんだよね……? 深層まで行ってたて聞いたよ。硬い皮の魔獣もいっぱいいたと思うから、やっぱり、凄く強い力で鞭を振るってたんじゃないかな。あと、もしかしたら、魔獣の皮の弱い部分を狙うのが上手かったのかもしれないけど」
「はぁ~。話にならないなー。そもそも、そんな力の持ち主がいても、その力で鞭を振ったら鞭の方がすぐ壊れるし、普通に力が強いなら鞭なんて使いにくい武器を使わなくてもナイフでいいから。『サプラト』は強かったけど、その程度の事も分からなかった馬鹿なんだよ」
「……ミーフェちゃん。『サプラト』は、馬鹿じゃないよ。賢い人だよ」
「は?」
「…………えっとね、ミーフェちゃん、鞭には間合いと攻撃範囲があるし、軌道も読みにくいから……一撃で魔獣を打ち殺せるだけの力と技術があれば、ナイフよりも鞭の方が武器として強いよ」
なるほど……? 確かに一撃で殺せる攻撃力があるならば、あとは射程距離と攻撃範囲が広い武器の方が有利というのは分からなくはない意見だ。でも鞭で本当に殺せるんだろうか。ユリアの持ってる鞭からはそこまで禍々しさを感じないが。
いや、でも以前マリエッタがユリアは鞭で魔獣を殺しまくってるみたいな話を聞いたな……ダメだ。ユリアの強さはよく分からない。『フェムトホープ』曰く無茶苦茶強いらしいが、ホフナーは凄く弱いと思っている。ルティナはホフナーが見る目が無いと言っていたが、ホフナーは俺の特性の一部を言い当てている。個人的には、ホフナーは見る目が意外とあるのではないかと思っている。うーん。
ユリアの言葉に思うところがあったのか、ホフナーも少し黙って考えている。それを見て、さらにユリアが口を開いた。
「あと、力加減を間違えなけらば生け捕りにもしやすいから。ナイフだと間違って殺しちゃったりするよね……?」
「は? 魔獣を生け捕りにするとか何言ってるの?」
「魔獣の中には――」
ユリアは急に言葉を切ると俺の方をチラリと見た。そして素早くホフナーに視線を戻し、押し黙ってしまった。
「魔獣の中には、なに?」
「……そうだね。ミーフェちゃんの言う通り魔獣を捕まえたりしないかもしれないね。でもね、捕まえたりするかもしれないから」
ホフナーが先を促すが、急にユリアは態度を翻し……いや、翻してない。最後に結局『捕まえるかもしれない』というゴリ押しをしてきた。どういうことだ? 捕まえたりするのか? これに関しては俺はどちらかと言うと珍しくホフナーに同意見なのだが……なんか魔獣の生態研究とかに使ったりするのかな?
「はぁ~、さっきから分かってないくせに知ったかぶるなー、雑魚面は」
「……えっとね、ミーフェちゃん。私、知ったかぶってなんかないよ。鞭は便利な道具だよ。武器として以外にも、遠くの物を回収したり、殺したくないけど痛みを与えたい時に凄く便利だよ……」
前者は理解できるが、後者はやけに物騒な話だ。いったいどういうケースを想定しているんだ……?
「まあ、そこは認めても良いよ。遠くの物を取るのは使えそうだし、それにミーフェも殺すほどじゃないけど痛めつけたい奴は結構いるし、そういう時には便利かな。まあミーフェは鞭なんか使わなくても素手で相手をボコボコにできるけどね。雑魚面は弱そうだから鞭使うのもいいかもね。まあ雑魚面が鞭を使っても返り討ちに遭うだろうけど」
「ありがとう。ミーフェちゃん、分かってくれて」
優し気な笑みでユリアがホフナーに言葉をかける。ようやく和解できそうだ。良かった良かった、と一瞬思いかけたけど、和解に至った言葉の半分が『痛めつける』とかいうパワーワードである事を考えると、単純に良かったと思ってはいけないのかもしれない。
「まあ、ナイフの方が強いから」
あれ、和解できそうか……? いや、ユリアが挑発に乗らなければ……
「えっとね、ミーフェちゃん。鞭の方が強いし便利だよ……?」
なぜ乗るのだ……いつもはユリアは抑えるはずなのに。なぜ? そんなに自分の武器を馬鹿にされたくないのか……?
「は? ナイフの方が強いから。カイもそう思うでしょ」
俺に振るなよ……個人的にはお世話になったユリア派だが、ホフナーに付かないとホフナーが怒る。ユリアはユリアに付かなくても怒らない。しかも、今回は至極どうでも良い話題だ。これはホフナーの方に乗って――
「えっと、フジガサキさんも鞭の方が強いって、思ってくれますよね……!」
俺が決意を固めようとしていると、ユリアが予想外の言葉を投げてきた。
……え、まさかユリアまで振ってくるとは。それになんか今のユリアはキリっとしているというか、真剣そうな表情だ。え? ちょっと、これユリアに付かないといけない流れ? どうしよう……?
「え、あ、なるほど……そうですね」
二人の視線が俺に注がれている。ホフナーは苛立ちながらも当然といった顔でこちらを見ている。ユリアは少し不安気だが俺の方を期待しているような顔で見ている。
気まずい。ここは『お互いそれぞれ自分の武器を使い決闘し、勝った方の武器が強いとする!』とでも言ってやりたいが、それで、どちらかが怪我をしても困るので、止めておこう。
どうしよう。真面目にどっちが強いか考えるか? 武器としては、どちらにも強みがあると思う。ただ、どうしても殺傷能力だと、素人感覚としては、尖ってるナイフの方が強そうに見える。ただ、ユリアも言ってたけど、間合いというのは重要だと思う。間合いが広いと早く相手を攻撃できるし、その間に少しでも相手にダメージを与えられれば相手の戦闘能力も下げられる。ホフナーの鞘に納まったナイフを見る。短い。ユリアの鞭を見る。長そうに見えるけど、巻かれてるから、実際の長さがよく分からない。
「えっと、フジガサキさん。この鞭の長さはだいたいフジガサキさんの身長より少し長いくらいです。あ、でも、いつもはもう少し長い鞭を使います。これは一番短い鞭です……!」
俺の視線の意味に気付いたのかユリアが素早く解説してくれた。そうすると、ざっくり考えて、ホフナーのナイフの十倍くらいの長さか? 結構長いか? とりあえずルティナやアストリッドの剣よりは長いな。槍とかよりも長いのかな? いや、槍の長さとか知らないけど。
あと、ユリアって鞭を何本も持ってるのか。あれかな? 遺跡の通路の広さとかで使い分ける感じなのかな?
「そんな長さの鞭、振り回しても仲間に当たるよ。これだから雑魚面は」
ホフナーの指摘に対してユリアは答えずに、ただただ俺の方を期待するように見ていた。よし! 決めた!
「えっと、素人意見になってしまいますが、個人的にユリアさんの武器の方が強いような気がします。やっぱり間合いは重要なような気がします。も、勿論、素人意見なので、達人の方からすると論外な考え方で選んでいるかもしれませんが……」
予防線を張りつつもユリアを支持する言葉を口にする。
ユリアに付いた理由は複雑で、沢山ある。
一番の理由は、ユリアが求めるならばユリアを選ぶべきではという考え方だ。単純に俺はユリアの事を気に入っていて、ホフナーを苦手としている。そして今回の案件は俺にとってはどうでもいい物で、かつこの案件を判断する知識や技術を俺は持ち合わせていない。そういう意味では本来は中立だ。
しかし、気に入っている人と気に入らない人がいて、前者がこちらを強く求めているならば、その人に手を差し出すべきだと思ったのだ。
まあ、後者も求めているみたいだけど、後者は苦手な人だし、それにいつも求められている気がするので。あとはまあ、ユリアに普段そこまで求められていなかったので、そういう人に求められたら、応えたくなるのが自然ではないだろうか……?
一応、他にも最近ホフナーの機嫌が良いので、『あえてホフナーの意に沿わない結論を出し、その時の反応を確認したい』という思いもある。
チラリとホフナーを見る。
「は?」
やべ、思ったより怒ってる。しまった。最近機嫌が良いから勘違いしてたが、元々ホフナーは瞬間湯沸かし器みたいな少女だ。これは良くない。選択を間違えた。ホフナーを選んでおけば良かった。君子は豹変する、いや朝令暮改か?
「やっぱり、フジガサキさんも、そう思いますよね……!」
一方でユリアはとても安心したように、そして嬉しそうにしていた。うん……まあ、普段から緊張したり不安そうにしていたりするユリアがこんな表情をするならば、俺の選択は間違っていなかったかもしれないが……ああ駄目だ、朝令暮改だ。
「えっと、まあ、素人意見ですが……」
俺の言葉を聞くと、ユリアが嬉しそうにチラチラとホフナーを見ている。その視線に気付いたのか、ホフナーが、
「雑魚面はうざいから出てけ」
と苛立ちながらユリアを睨みつけた。
「えっとね……ミーフェちゃん、私まだ食べてるから」
ユリアの皿には、まだ料理が半分以上残されていた。ちなみに、俺もホフナーもだいぶ食い終わっている。まあ、俺はユリアとホフナーが武器議論している間にこっそり食べていたし、ホフナーは食べながら話をしていたので、ユリアと単純に比較することではないけれど。
「はぁ~、雑魚面は食うのも遅いか。まあいいや。カイ、こんな雑魚面はほっといてミーフェと一緒に街をめぐるよ」
そう言ってホフナーは席を立つ。
「えっと、フジガサキさん食べ終わったらすぐ行きますね……!」
ユリアは、こんな状態でもまだ一緒に来ることを諦めていないようだ。なんか、凄いな。俺には無い精神力だ。
「駄目に決まってるでしょ。雑魚面はここで一生スープでもすすってな。――っぺ」
突然の出来事だった。なんとホフナーのやつが、ユリアに唾を吐きかけたのだ。ホフナーの汚い唾液がユリアの頬を汚す。
なんてやつだ……ホフナー、ここまで下品なやつだったとは……
「…………唾を人に向けて吐いたら、ダメだよ……?」
ユリアが困惑しながらホフナーに注意した。何と優しいのであろうか。俺なら、というか、多くの人なら怒り狂っていただろう。
「――っぺ」
しかし、頭がおかしいホフナーは何を思ったのか、ユリアの汚れていない方の頬に、さらに唾を吐いた。これはダメだろ。
「えっと……」
あまりのホフナーの無礼かつ意味不明な行動にユリアが唖然としている。
これはいけない。とりあえずホフナーをこの場から退出させよう。
「あ、あのミーフェさん行きましょう。とりあえず……」
「ん。じゃあ、二度とミーフェにたてつくんじゃないよ、雑魚面」
そう言うとホフナーは店の出口へと向かった。ホフナーが背を向けているうちに、俺は何度もユリアに頭を下げ、謝罪をしてからホフナーの後を追った。




