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二章38話 早馬


 リュドミラから日没の礼拝が近いとの指摘を受けて、親睦会は一時的に中断となった。最後までマリエッタは姿を現わさず、ルティナがその事を不満げにしていた。部屋にいた一同は全員で礼拝堂へと向かう。なお、リュドミラは部屋を出る際、通路に掛けてあったフード付きの外套のようなものを着た。その事にデジャヴを感じたが、すぐに、先ほど配膳をしてくれたフードの人物に似ているからだと気付いた。顔が隠れて銀髪が少し見えるという所と、背格好も似ている所が共通点だ。

 大聖堂の奥深くの部屋にいたため、移動にも時間がかかってしまう。窓がある通路に差し掛かった時に、差し込む夕日に気付き、時間が確かに経過していたことを感じさせる。あれ? リュドミラはどうして日没の礼拝が近いと分かったんだ? 先ほどまでいたのは窓が無い部屋だった。時計のようなものも無かった気がしたが。はて?

 疑問を感じていると、前から美しい声が耳を撫でた。


「フジガサキ様……今、言う話ではありませんが……以前頂いた巡礼用のクッキー、食べさせていただきました」


「え、あ、あれでしたか。どうでしたでしょうか? お口に合いましたか……?」


「ええ、大変美味しかったです。あのようなモノを下さって、誠に感謝いたします」


「あ、いえいえ」


「ふふっ……」


「……クッキー」


 照れながらも答える俺に対して、リュドミラは小さく笑った。そしてほぼ同時に誰かが呟いた。ふむ? 今誰か『クッキー』って呟いた? 声色からしてユリアっぽかったが……何か気になることでもあったのだろうか。

 しかし、俺の考えを遮るように、進行方向から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。


「おお! 何! 移動? って、カイさん! 久しぶり! 会えたんだ! 良かったね、ユリア!」


 足音の主は、フェムトホープ最後の一人であるマリエッタであった。呼気からアルコールの匂いがする。どうやら先ほどまで飲んでいたようだ。


「マリエッタさん。お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


「カイさんこそ! 元気にまた会えて良かったよ! もしかしたら死んじゃってるかもしれないって聞いてたから! いや、でも生きて――」


 いつものようによく通る声だが、それも途中で掻き消される。ルティナがマリエッタの口元を抑えているからだ。暴れるマリエッタをそのまま抑え通路の壁へと強引に押し付ける。突然の暴挙だ。マリエッタが何をしたというのだ。いや、まあ心当たりは結構ある。親睦会に参加しなかった事、そしてその理由が酒場での大量飲酒だ。ルティナの正義感が抑えきれなかったのだろう。

 ルティナは険しい顔でマリエッタに何事か呟いた。ここからだと内容は聞こえなかったが、マリエッタが何度か頷くとルティナは彼女を解放した。


「酷い目にあった! とにかく! カイさんとまた会えて良かった! リデッサスは結構危険な遺跡も多いから!」


 マリエッタの好意的な言葉に嬉しく思いつつも、ふと疑問を感じる。なんかマリエッタの言葉はどこか変な気がする。何だろう? 何となくそう思う。まあ、俺はいつでも人の言葉を深く考えすぎてるから、別に実際は変ではない可能性も高そうではあるけれど……


「ええ、自分もまたマリエッタさんに会えて良かったです。危険な遺跡には潜らないようにしているので、その辺りは大丈夫だと思っています」


「こらっ、調子乗らないっ!」


 俺の安全重視案について言うと、横からルティナが口出ししてきた。


「調子に乗ってるつもりは無いんですけど……あ、でも、すみません、もしかして、今の言葉も調子に乗っていると取られてしまいますか?」


「調子に乗ってる上に生意気だよっ!」


 生意気ですみません。

 俺とルティナの相変わらずのやり取りにマリエッタはゲラゲラ笑い、ユリアはぎこちなく笑い、アストリッドは相変わらずの無表情で、ホフナーはそれらを羨ましそうに見ていた。リュドミラはフードを深く被っているので様子は分からなかった。

 それからマリエッタと合流した一同はさらに通路を進み礼拝堂の近くまでたどり着いた。幸いにしてまだ日没の礼拝は始まっていないようだった。


「ん。赤いの、ミーフェのナイフ返して」


「ちょっとっ! 礼拝堂で何する気? 礼拝が終わるまで返さないからねっ」


「いや、ミーフェ、礼拝とか出ないでこのまま帰るから。だからナイフ返して」


「まあ、それなら良いけど。でもカイは礼拝出るよ。いいの? 一心同体じゃなくて?」


 俺の出席確定なんだ。いや、まあ、ここまで来たし出るけど。


「は? 一心同体だけど。本当はカイも出なくていいんだけど、まあ、赤いのはまあまあ分かってるやつみたいだし、銀色も雑魚の癖に分かってるから、今日ぐらいは、いいよ。ミーフェ器デカいから」


「はいはい、じゃあ、これ返すね」


「ん」


 ホフナーはルティナからナイフを受け取るとそのまま大聖堂の外へと消えていった。ようやく今日のホフナーノルマはクリアだ。大変であった……


「お! じゃあ、私も、カイさんに挨拶したし! 飲みにでも行こうかな!」


 そう言って、自然な感じで立ち去ろうとするマリエッタをルティナが素早く取り押さえた。


「こらっ! そうやって、すぐサボろうとするんだからっ! こういう時はちゃんと出るっ!」


「ああ、もう! ルティナは相変わらず煩いな!」


 そう言ってマリエッタは諦めたように懐から聖書を取り出した。ちゃんと持っていたのか。正直少し意外だったが……いや? 『フェムトホープ』が教会の支援を受けているパーティーと考えると当然か。むしろ定期的にサボっている事に驚くべきか。


「マリエッタは普通にできるんだから、いつもちゃんしなよ」


 ルティナが呆れ声でマリエッタに注意を送る。


「さっきまで飲んでたからね! 素面だとできないよ!」


「素面でちゃんとしなよ……まったく」


「では、『フェムトホープ』の皆様は全員参加して下さるということですね」


「そ、そうなります……」


 確認するリュドミラに対して、ユリアが恐る恐る答える。


「ふふっ。それでは、礼拝堂の中へ皆様をご案内――したいところではありますが、その前に一つ大事な事を失念しておりましたので、今しばらくお待ちいただけますか?」


「は、はい」


 笑みを浮かべて問うリュドミラに全員が僅かに硬直し、ユリアが代表して口を動かす。


「ありがとうございます。お時間をいただいた上に、少々、私的な面もあり恐縮ですが……フジガサキ様こちらを、今しがた、早馬が到着し、こちらを持参いたしました。フジガサキ様宛てになっています」


 美しい声とともに手紙がリュドミラから渡される。見ると、その手紙は以前貰ったものと同じ紋章が焼き入れられていた。スイだ。スイからの手紙だ。しかし、早馬……? 何か緊急の案件だろうか。


「ご確認されないのでしょうか? 導師スイが早馬を用意したのです。よほどの事があったのでしょう」


 どうしようと思い迷っているとリュドミラが開封の催促をした。


「確かそうですね。ちょっと見てみます」


 まるで何かを期待するような口調に少し不自然さを感じるが、その言葉に従い手紙を開封する。

 中には……!



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