一章12話 異世界三日目 初めての礼拝②
結論が出ない事を考えながらスイに手を引かれて歩いていくと、少し大きな建物が目に入った。
「おお、話してたら着いたね。さあ、お兄さん、ここが『ヘルミーネ礼拝堂』だよ。名前の通り礼拝する場所だよ」
前を歩くスイは足を止め、大きな建物――『ヘルミーネ礼拝堂』を指差した。
「なるほど、礼拝ですね。礼拝……」
俺がそう言うと、スイは笑って、扉を開けた。そして、俺の手首を掴んでいた手を放すと、今度はその手で俺の掌を握って、礼拝堂の中へと導いた。
礼拝堂の中は広く、そして何より白く重厚な造りの建物は荘厳であった。ステンドグラスから透き通った太陽の光が神秘的な雰囲気を感じた。室内に人が一人もいないこともあって、静寂さと荘厳さと神秘性が混ざり合って、複雑な空気感を醸し出している。
「じゃあ、お兄さんはここに座って」
スイは最前列の長椅子を指差した。言われた言葉に従い、長椅子に腰かける。俺が座るのを見届けると、スイは長椅子が並んでいる場所よりも一段高い演壇の上へ上り、中央にあるテーブルのようなものの前に立った。
「えー、それでは、今から礼拝を~……うーん、駄目だ。自分でやってても眠くなる。お兄さん、なんか合いの手挟んでー」
「礼拝って合いの手挟むものですかね?」
俺が答えると、スイは顔をしかめた。
「むむむ、じゃあ、いいや、礼拝中止!」
そう言うと、スイは演壇の上から降りて、俺の隣に腰かけた。
「お兄さん。なんかお話ししよう。眠くならないやつで」
「いや……一応礼拝という名目で呼ばれたような、いや、まあ、別に大丈夫ですが」
「今日のお兄さんはなんか反抗的だな~。さては、昨日ジェロックに奢られて気が大きくなってるなー。駄目だよお兄さん、教会に来るときはちゃんとお酒を抜いてからこないと」
反抗的……? あとジェロックって誰だ。なんか聞き覚えのある響きだが。あと俺は昨日飲んでない。というか、酒は飲めないのだ。
「……? 酒は飲みませんが」
俺がそう言うと、スイは体を俺の方へと寄せて、顔を近づけてきた。思わず心臓が大きく鼓動してしまった。俺が驚いているのを知ってか知らずか、スイはそのまま、臭いを嗅ぎ始めた。
「確かにお酒臭くないねー。でも本当かな~。本当はこっそり食べたり飲んだりしたんでしょー。ほらほら、早く言わないと、異端審問しちゃうぞー」
密着したまま、俺の耳元でスイは囁くように言葉を発した。なんか、緊張するな、この態勢。
「えっと、昨日は一人で食べたので、誰にも奢られたりしてないですよ」
できるだけ平常心を保ちながら言えたと思う。
「えー、そんな勿体ない。昨日はジェロックがレヒ亭でタダ肉配ってたのに。お兄さん、お金無いなら、行った方が良いよ」
スイの言葉を聞きながら、頭を働かせる。そうすることで、至近距離に美少女がいることから意識を遠ざけるのだ。そして頭を懸命に働かせたことで思い出した。ジェロックって確か、昨日の夕方にギルドで演説していた人だ。そういえば、肉奢るみたいな話をしていたな。別に行っても良かったが、なんか酒乱騒ぎになりそうな感じがしたのと、朝に教会に来ようと思っていたから行かなかったのだ。
「いやいや、もし行ってたら、今頃眠ってて、ここに来れてませんよ」
「……へ~。タダ肉に釣られず、私の話し相手になることを優先するなんて、お兄さんは面白いね~。えらいから頭を撫でてあげるよ」
そう言ってスイは左手で俺の頭を撫でてきた。流石にむず痒くなってきた。思わずスイから距離を取り、頭を撫でる事を無理やり中断させる。年下の美少女に頭を撫でられるとか、一生に一度あるかないかの体験をしたな……
「むむむ、やっぱり今日のお兄さんは反抗的だ~。えいっ!」
スイは立ち上がり、こちらに体を向け、一瞬で距離を詰めると、右腕でこちらの左肩を押さえつけ、左手で頭を撫でてきた。体を動かそうにも、スイの腕力が強く、振りほどけない。
「いやいやいや、スイさん。流石に恥ずかしいですし、それになんか強引ですよ」
言いながらも、動かせる右手を使いスイを引きはがそうとするが、焼け石に水。効果は無かった。やはり、この少女尋常じゃないほどに力が強い。
「お兄さんが恥ずかしくても私は関係ないからな~。よし、じゃあ面白い話をしてよ、お兄さん。面白かったら撫でるの止めてあげるよ」
「ええ? そんな無理難題……では、そうですね。まず、ここに白い鳥がいるとします。いいですか? 白い鳥ですよ」
「うんうん、白い鳥ね。それから、それからー?」
スイは合いの声を入れながらも、こちらの頭を撫で続けている。
「ここからが重要です。その白い鳥は尾まで白い鳥だったのです。尾も白いです……!」
俺が言い切ると、スイは一度目をぱちくりとさせた。そうして、クスクスと小さく笑った。
「え~、そのオチはちょっとなー。期待させといてひどいよー、お兄さん。お兄さんは私の期待を裏切ったので、バッテン一つを授与します。今後はもっと面白さに励むように!」
「バッテンってなんか良いことあるんですか?」
俺が聞くと、スイは一度頭を撫でるのを止めた。そうして、左手で指を三本立てた。
「三つ貯まると、お仕置きします」
水色の瞳が、じっとこちらを捉えた。
「ええ、マイナス点? ちょっと、あの芸人じゃないんで、咄嗟に面白い話とか無理ですよ。加減してください。加減。あとついでに力の加減もしてください。左肩全然動かないですよ」
「うーん、ちょっと今のは面白かったので、撫でるのは止めてあげよー」
スイは笑いながら言うと、右手を俺の左肩から放した。笑いのツボがよく分からんな。まあ、いいや。これで、ようやく動ける。
「いやー、それは助かります」
「うんうん、結構目も覚めてきた。お兄さんはちゃんと反応してくれるから、いいね。この調子で、明日以降も礼拝に参加するよーにっ」
「礼拝……? 今までの流れで礼拝要素ありましたっけ?」
「あったよー。聖導師の私が喋ったら、それはもう礼拝みたいなものだよー」
「そういえば、すみません、その聖導師って何ですか? ちょっと教会関係に疎いものでして……」
少し不自然かなと思いつつも、気になっていた言葉を質問してしまう。
今までに何度かスイの口から出ていた言葉だ。常識みたいな感じだったら少し変な質問になってしまうが……先ほど俺が教会に関して関りがないことにスイは気にしている感じはしなかった。だから、この質問もそこまで問題なく通るとは思っている。
「ほうほう、気になるかね?」
スイの水色の瞳がこちらを覗き見た。