二章36話 大聖堂の奥深く
大聖堂に着くと、ユリアがこそこそと門番に近づき何かを伝えた。すると、門番はすぐに丁寧な態度でそれに応じ、俺たち四人を大聖堂の奥の方へと案内した。
移動しながら周囲に目をやる。何度かリデッサス大聖堂には足を運んではいるものの、まだ見ていないところがあるようだ。今歩いてる通路も、初めて見る気がする。静かだ。人と全然すれ違わない。ふとカチャリと妙な金属音がした。気になり歩きながら後ろを見る、ホフナーが胡乱気な表情で辺りを見回し、その後ろには最後尾を歩いているルティナがいる。
ルティナは俺と目が合うと緊張したような表情で手を腰元に近づけていた。そこには鞘があった。ホフナーか没収したものではない。ルティナが元々着けていた長剣の鞘だ。ルティナの手で見えないが、たぶん長剣が納まっているのだと思う。
なるほど、たぶん長剣が何かにぶつかって音が漏れてしまったのだろう。ルティナの表情が強張っていたのは、静かな空間で音を出してしまった事を気にしているのかもしれない。美術館で音を出してしまうと気まずくなるアレだ。
疑問は解けたので前を向き、それまでと同じようにユリアのあとに続き、大聖堂の奥へと向かう。そして、ふと思った。
――あれ? 何でルティナはまだ武装してるんだ? というか、さっきホフナーに俺は『聖堂では武器の持ち込みが制限される』といったようなことを考え発言したが、ルティナは普通に武装して入場してるな。いいのか……?
まあ、門番の人は気にしてないようだし、いいのかな? よく見ると前を歩くユリアも相変わらず縄状のものを腰に着けている。仮に、これも武器に該当するならば……うーん、武器の持ち込みは制限されてないのか? 聖堂は祈る場所では……? まあ、前の世界にいた時は歴史的に考えると、宗教は暴力との関りもあったようだし、別に聖堂だからって持ち込み禁止というわけでもないのかな?
――いや、待てよ。
それでも変じゃないか? 今までの発言からルティナは治安が悪くない限り、武器を携帯しないとのことだ。故に、今までは『リデッサスは治安が悪いのだと、ルティナは考えている』と俺は思っていたが、それなら大聖堂に入る時は武器を外してもいいんじゃないだろうか? ここは流石に治安がいいはずだ。一般的に考えて、大聖堂の中では殺しは起きないだろうし、それに今までの感覚からすると盗み等の軽犯罪も起きていないような気がする。なんで、まだ武器を持ってるんだ? 単に外すタイミングが無かっただけか……? なんか、変な感じがする。
考え事をしてると、前を歩いているユリアがゆっくりと止まった。それに従い、俺も歩きを止める。どうやら、案内したいところに着いたようだ。なんか、だいぶ歩いた気がするが……周りを見ると全然知らない場所だ。少なくとも大聖堂の内部ではあると思うが。
門番が通路に面した部屋の扉を開けユリアが礼をして入っていく、俺も彼女に習い門番にお辞儀をしてから中へと入ると、そこにはフェムトホープのリーダーであるアストリッドが椅子に座って待っていた。
「ユリア、少し遅かったわね……あら、カイさん。久しぶりね。クリスク以来だから、三週間――いえ、二週間と少しぶりかしら? また会えて良かったわ」
アストリッドは俺を見ると椅子から立ち上がり、無表情を僅かに柔らかくして出迎えてくれた。相変わらず冷たい表情に似合わず優しい人だ。
「アストリッドさん。お久しぶりです。自分もまた無事に会えて良かったです。まあアストリッドさんの実力を考えると、アストリッドさんが無事なのは当然ですから、自分の無事を改めて喜んでる感じかもしれませんが……」
思った事を口にしつつ、チラリとアストリッドの腰元を見る。そこには剣が納められた鞘が着けられていた。武装している……ふむ。どうやら聖堂では、武器の持ち込みは許されているようだ。
「カイはそうやってすぐ生意気な事言うっ! その癖、早く直さないと駄目だからねっ!」
不思議な気持ちになっていると、後ろから入ってきたルティナがまたぷりぷりと怒ってきた。ふむ?
「今のは生意気なんですかね……?」
「言い方がなんか小賢しくて、馬鹿にしてる気がするんだよっ!」
……なるほど?
「あー、えっと、すみません、気を付けます」
「全然反省してないでしょっ! 分かるんだからねっ!」
ルティナは、俺の事をよく分かっている時と、とても誤解している時がある。今回は前者だ。
「相変わらずルティナは、カイさんの事気に入ってるようね。それにカイさんも意外と……いえ、それは置いておきましょう。それより、その子は?」
アストリッドがホフナーの存在について問うた。
「あー、彼女はミーフェ・ホフナーさんです。リデッサスで探索者をしている方で……」
それに答えようとして、途中で言い淀んでしまう。俺はホフナーの事をあまり知らない。一応知っている点もあるが、基本的に彼女に関して知っている事は、悪評や短所が多い。
だが、アストリッドにとって初対面と思われるホフナーの悪評をばらまくのは、先入観を与えて誘導するみたいで良くない。というか、ホフナーが目の前にいる状況下でホフナーの悪口を言うのは危険だ。
「この子が一緒について来たいって言うから連れて来たよ。カイと一心同体らしいから」
言い淀む俺の代わりにルティナが答えた。なるほど、人物の特徴ではなく、なぜその人物がここにいるかの理由を説明するのか。上手い。
「そう。ミーフェさんって言うのね。私はアストリッドよ。よろしく」
そう言ってアストリッドはホフナーに片手を差し出すが、ホフナーはその片手を握ることなく、
「……弱」
と、小さく呟き、アストリッドを無視して用意されていた椅子に座った。アストリッドは無表情のままホフナーに差し出していた手を下ろした。いつも無表情だが分かりにくいが、不快そうにしているように見えなくもない。
……悪い先入観を与えてしまうかもという配慮は、無意味だったようだ。
「あ、あ、えーっと、そういえば、マリエッタさんは? 見かけませんが? どこかに行っていらっしゃるんですか?」
気まずくなり、話題を変えるため、アストリッドにマリエッタの所在を問う。マリエッタに会えば、『フェムトホープ』のメンバーとの再開はコンプリートだ。
「マリエッタならまだ酒場を回っているわ」
「あー、なるほど……」
端的な答えが返って来てしまった。なんとなくルティナを見る。おそらくだが、ユリアは宿の確保で動いていて、ルティナも何か用事があって街にいたのだろう。アストリッドはよく分からないが、なんか一仕事終えたような雰囲気を感じるし、たぶん何かやっていたのだろう。つまりパーティー内で分業し、リデッサスでの活動準備みたいな事をしていたのだと考えれる。
そんな中、アル中のマリエッタは酒場をハシゴしていた、と。
これは正義感が強そうなルティナが怒りそうだと思ったのだ。故にルティナを見たのだが……なぜだろう、別に怒って無かった。
「カイ、どうしたの?」
「あ、いえ、何でもないです」
むしろ俺が視線をよこした事の方が、興味を惹いたようだ。
「ユリア、聖女様が少し準備に時間がかかると言っていたわ」
「あ、はい……! 分かりました。それまでは、ここで待ち、ですね……」
「ええ、それで良いはずよ」
ルティナに胡乱気に見られている中、アストリッドとユリアが何か会話していた。内容はよく分からなかったが、聖女というとリュドミラだろうか? 何かリュドミラに頼み事をしているみたいだ。
確か『フェムトホープ』は教会から支援を受けている探索者パーティーだったな。恐らく何らかの支援をお願いした感じだろう。少し気になるが、あんまり他人の契約状態とか確認するのは図々しい気がするので止めておこう。
それから、俺とフェムトホープのメンバー三人は軽く情報を交換し合った。自分からは主にリデッサスでの活動なんかを大雑把にした他、クリスクからリデッサスへ移動するまでの旅の内容なども話をした。『フェムトホープ』の三人の他、ホフナーも熱心に聞いてくれた。
一方で、『フェムトホープ』からは、俺が去った後のクリスクでの活動についてや、リデッサスに来るまでのことを教えて貰った。
また他にも、アストリッドは過去にリデッサスで活動していたことがあったらしく、色々遺跡の特徴やギルドの方針なども教えて貰った。大変参考になった。なお、ホフナーは『フェムトホープ』側の情報に不満があるのか、時折会話の邪魔をしてきたが、そのたびにユリアが諫めたり、アストリッドが対応したり、ルティナが怒ったりしてホフナーを牽制した。俺も時々、それに混じりホフナーの相手をした。
ホフナーはルティナと俺の言葉はまあまあ聞いてくれたが、アストリッドの言葉はあまり聞かず、ユリアの言葉にいたっては全てを撥ねつけた。何でこんなにユリアを嫌うんだ……?
そうして一通り情報交換を終えたあたりで、通路に繋がる扉がゆっくりと開いた。マリエッタが来たのかと思い、そちらに顔を向け――体が強張った。そこには、絶世の美少女、リュドミラがいたからだ。




