二章35話 一心同体
「ルティナさん、ルティナさん。もうちょっと、ゆっくりで良いですか? あと、できれば手を放してもらってもいいですか?」
大通りに出て少ししたあたりで、俺を引きずるルティナに声をかける。微妙に痛いので、普通に歩きたいところだ。まあ、急ぐようなら走ってもいいのだが、ルティナに引きずられるとルティナの力が強いため、結構腕が痛いのだ。
「駄目っ! カイが逃げ出すかもしれないでしょっ!」
ルティナは一度足を止め、俺の方に振り向き答えた。
「逃げないですよ」
そもそも逃げる必要性がない。
「それでも――え、ユリアちゃん、何でその子来てるの?」
ルティナはさらに何か言おうとして、急に言葉を切ると俺の後ろに目を向けて驚いた風に言葉を紡いだ。その言葉に違和感よりも妙な納得感を覚え、後ろを見る。ユリアとホフナーがいた。ユリアは困ったように、ホフナーは当然といった表情だ。なるほど。そうだったな。ホフナーはこういう奴だ。
「ミーフェも行くから」
そして俺が予想していた言葉を口にした。
「……それは、ちょっと……困る、かな…………」
ユリアが戸惑いの言葉を漏らす。
「雑魚面には言ってないんだけど」
しかし、ホフナーはそれを一言で叩き潰す。
「ちょっとっ! こっちは忙しいんだからっ! 付いてこないでよっ!」
「は? そもそも、そっちが勝手に誘ったんでしょ。カイはミーフェのパーティーでミーフェと一心同体なんだから、カイが行くならミーフェも行くから。カイが行かないなら別にミーフェも行かないよ」
「一心同体って……あー、もうっ! ミーフェって言ったっけ? あのね――」
「――ミーフェさん、でしょ?」
「私、年下には基本的に『さん』付けはしないから。ミーフェ、私とユリアちゃんは大事な使――大事な用事があるの。勝手に関わらないでくれるかな」
「はぁー、多少は強そうだと思ったけど、まあ、そんな雑魚連れてるようなら底が知れてるか。カイ、こんなのに付き合ってないで、さっさと行くよ。今日も街巡りするから」
ホフナーが苛々とした声音で俺に声を飛ばしてくる。
困ったな……かなり嫌な展開になってしまった。できればユリアたちと一緒に行動したい、そしてできればホフナーと街巡りはしたくない。今の俺の気持ちだ。
どうにかならないかな……
「ええっと……」
言葉に詰まりながらルティナの方をなんとなく見る。とりあえず、まだ手を放してもらっていないので、放してもらえないかと思っている。ルティナと目が合う。するとルティナは俺を放すことはなく、むしろ、ぐいっと手を引っ張った。体が無理やりルティナの方へと動く。
「カイっ! 一緒に大聖堂に行くよっ!」
そう言い放ち大聖堂への道を歩き出す。ルティナの力に抗うことができず、そのまま引きずられていく。
「え、ちょ、ちょ、ちょ……」
「人のパーティーメンバーに何して――」
「ミーフェちゃん……! 待って……!」
俺は引きずられている状況に慌て、ホフナーはその状況に怒りだしルティナと俺の方へ詰め寄ろうとし、そしてユリアはそのホフナーの歩みを妨げる。三者三様の動きで場が乱れる。
「どけ! 雑魚面!」
「ミーフェちゃん、駄目だよ……! 危ないよ!」
行く手を遮るユリアを弾こうとするが、ユリアがよく分からない動きでホフナーの体に纏わりつき、彼女の歩みを止める。
「!? 雑魚のくせに、妙に……!」
ホフナーは驚きつつも、藻掻き暴れるが、ユリアから離れることができないでいる。
「カイっ、今のうちに行くよ!」
そう言ってルティナは俺の手を掴みながら駆けだした。
目まぐるしく変わる状況に流されるままになり、そのままルティナとともにその場を離れようとして――
「だから、カイとミーフェは一心同体なんだから! 勝手に引き剥がそうとしないでよ!!」
――ホフナーの叫びが俺とルティナの足を止めた。
「ミーフェちゃん……」
ユリアの哀れむような小さな声が、やけに耳に響いた。
二つ気付いてしまったことがある。一つはホフナーがここまで俺に執着しているということ。純粋に驚いている。もっと替えが利く存在なのかと思っていた。そしてもう一つは……少々ズレた点だが、ユリアがまたどさくさに紛れてホフナーの事を『ミーフェちゃん』と呼んでいるということだ。ホフナーは俺とルティナに注視しているから気付いていないようではあるが……
「一心同体ね……分かった。そこまで言うなら、カイと一緒に来ればいいよ。ただし、条件付けるからね」
ホフナーの言葉に何か感じ入るところがあったのかルティナは急に態度を変え同行を認めた。
「え……ルティナさんっ!」
ルティナの言葉にユリアが真っ先に驚きの声を上げた。彼女は信じられないという風な表情をしている。そんなにホフナーが大聖堂へ来るのが嫌なのだろうか。いや、嫌だろうな。あと、どうでもいい事かもしれないが、未だにユリアはホフナーを取り押さえている。いまいち二人の強さ関係が分からない。自称リデッサス最強のホフナーか、それとも『フェムトホープ』のエースで聖導師のユリアか。
「ユリアちゃん、こんなに言うくらいだから、きっとこの子はカイと強い絆があるんでしょ。カイがこっちに来てから……二週間くらいかな? 二週間も一緒に遺跡で活動すればこういうこともあるよ。それだけ強い絆があって、背中を守りあうと誓った仲なら、むしろ一緒に来てもらった方がいいよ」
真剣な表情でルティナはユリアを説得する。
……いや。
まだ一緒に行動して三日くらいだし、やったのは殆ど街巡りだけだ。強い絆どころか、遺跡を一緒に潜ってもいない……でも、なんかホフナーが満足気に頷いてるし、言わないでおくか……
「……! それは……確かに、そう、ですね……」
「ボソボソ煩いよ雑魚面。お前の所のリーダーが認めたんだから、良いんだよ。ほら、纏わりついてないで、さっさと離れてよ」
ホフナーは乱暴にユリアを突き放すと、俺とルティナの方に近寄り口を開く。
「それで、条件って何?」
「もし大聖堂に来るなら武器は預かるから。それでいいなら来て良いよ」
「なんでよ。意味わからない。なんでミーフェが相棒をお前に預けないといけないの?」
「だって、どこで暴れ出すか分からないでしょ」
「ミーフェは暴れたりしない!」
説得力がここまで無い言葉も珍しい。
このまま見守っても良かったが、これ以上こじれるのも困る気がするので、重い腰を上げて介入することにする。
「まあ、そのミーフェさん、聖堂は祈る場所ですから、武器の持ち込みが制限されるのは仕方がないのでは……」
「カイ、もしもの時、ミーフェが相棒で守ってあげられなくなるけど、ちゃんと分かってるの?」
大聖堂でそんな事起こるわけないだろ……
「大丈夫です。ミーフェさん。大聖堂は安全なところですし、それに、まあ正直な話、ナイフ無くてもミーフェさんに勝てる人はそう多くはないのでは……?」
たぶん俺よりは強いだろう。それに彼女は少なくとも彼女の中では超一流らしいし、武器が無くなったくらいでそんに弱くなることはないだろう。彼女の言葉を信じるならば。まあ多少は弱くなるかもしれないけれど、それでも一般人よりは十分強いだろう。
「まあ、カイがそこまで言うなら……それに、そっちの赤いのは探索者の流儀を思ったより分かってるみたいだし。本当ならミーフェの相棒を預けるなんてしないけど……ミーフェ器デカいから、預けてやってもいいよ」
いつものように大きな態度で言うと、ホフナーはナイフが納まった鞘をルティナに差し出した。
「感心したって言いたいところだけど、ポケットと袖に隠してるやつも出してね」
ルティナは二本のナイフを受け取りながらも鋭くホフナーに指摘する。俺が、はて、と思っていると、ホフナーは悪びれる事もなく言われていたナイフをさらに二本出した。
「なかなかやるね。ミーフェの奥の手に気付いたのは、お前で四人目だよ」
結構いるな……ああ、いや、むしろ、むしろここはホフナーが武装を全てルティナに差し出したことに感動するところか?
「褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からないよ……」
「ミーフェちゃん……」
ホフナーが大物ぶり、俺が感動し、ルティナが呆れている横で、ユリアがただ一人心配そうにホフナーを見つめていた。
一悶着あったものの、無事仲直り(?)した四人で大聖堂へと移動することにした。




