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二章34話 虎は獅子より強い


 ルティナはこちらにいる三人を順番に見る――まずはユリアを見て、その後素早くホフナーに視線を移し、そして最後に俺の方をじっと見た。それから、つかつかと早足でこちらに近づいてきた。数秒とかからず険しい顔で詰めて来るルティナに対して納得と疑問の両方を感じた。


 納得というのは、ルティナがここにいることだ。ユリアがいるのだから、同じパーティーの彼女がリデッサスにいるのは自然だ。というかさっきユリアも言っていた気がする。ユリアとはこの宿で待ち合わせていたのだろうか? それとも宿の外に実はいたのだろうか? 険しい顔の理由は、怒っているのかもしれない。仲間のユリアがホフナーに絡まれて義憤に駆られているのかもしれない。ルティナは正義感が強そうに見えたし、さもありなんという感じだ。


 疑問というのは……ルティナが武装しているのだ。長めの鞘を腰に着けている。真っすぐな鞘だから、中に納まっているのは刀というよりは西洋剣とかだろう。珍しい。ルティナが武装しているのは初めて見た。

 以前、剣や槍を武器にして戦うとは聞いていたが、実際に身に着けているところは見た事が無かった。というか、ルティナ自体以前、『武器は基本的に身に着けない』と言っていた気がするが……ああ、いや? 正しくは、『治安が良い場所では武器を身に着けない』だったかな?

 とすると、ルティナ的には『リデッサスでは大通りに面している宿内であっても治安は最悪』ということか……? ルティナは熟練の人っぽいし俺よりも色々と優秀そうなオーラを感じないこともないから気になるな。リデッサスは俺が知らないだけで、かなり治安が悪かったりするのだろうか……?

 ああ、『ルティナがここに来るまでの間に、治安が悪い所を通ってきている』という可能性もあるか。それでそのままこの宿に入ってしまった、と。うん、筋は通るし、自分の感覚的にも矛盾しない気がする。


「……カイ。久しぶりだね。相変わらずの生意気顔ってことは、リデッサスでも上手くやれてるみたいね」


 ルティナは少しだけ間を置いた後、そんな声をかけてきた。生意気顔ですみません。


「ルティナさん。お久しぶりです。ユリアさんから、こちらに来たと先ほど教えて貰って、ルティナさんもいるんだろうなと思っていたんですが、やっぱりこうやって実際に会うと、何と言うか……またルティナさんに色々と迷惑をかけてしまいそうで、今から緊張しています」


 具体的に言うと怒られないか不安である。いや、たぶん俺がどう行動しても、ぷりぷり怒り出しそうではあるが……まあ良い人っぽいし、怖いわけではない。少なくともホフナーよりは危険ではない。


「別に迷惑をかけられてるとは思ってないよ。生意気すぎるから見ててイライラすることがあるけどね」


 すんません、と思いつつ、ふと、気づく。またホフナーの話の途中で割り込まれている……! これはホフナーが怒らないかと思い、チラリとホフナーのを見る。

 ……あれ? 怒ってはいないようだ。ずっとルティナの方を警戒したように見ている。ユリアではなくルティナを新しいターゲットに認定したのだろうか?

 ただ、それにしてはいつもの勝気な表情ではない。ホフナーにしては珍しく緊張しているように見える。もしかして、ルティナが武器を携帯しているからだろうか。

 そういえば、俺もユリアも非武装だ。いや、ユリアはよく分からない縄状の物を身に着けているがあまり強そうな武器には見えない。対してホフナーは常に二本のナイフを身に着けている。もしかして、ホフナーは武器持ちが相手だとあまり強気に出ないのだろうか……? 


「いつもすみません。こちらにはユリアさんを探しに……?」


 チラリとユリアの方を見つつ話題を逸らす。ユリアは少し安心したような表情をしている。ルティナという頼りになる仲間が来て、ホフナーの圧が減ったからだろうか。


「そんなところ。カイはユリアちゃんから、――ユリアちゃんとは何か話してたの?」


 今なんで詰まった……? いや、別に気にすることではないけれど。ルティナらしからぬというか。


「先ほど会ったばかりで詳しい話とかはまだ。ただ、お食事に誘ってもらったのですが、実は少し前に食べてしまって……それでお誘いを断ってしまってそれから――それから、まあ色々話し合ってたらルティナさんが来た感じ? ですかね」


 本当はホフナーがキレて、ユリアに絡み始めていてヒートアップしたところでルティナが来た感じだが、直接言葉にするとホフナーが怒りそうなので説明を省く。念のためホフナーの方を見て彼女の怒り指数を確認する。

 ……あれ? さっきと同じだ。怒っていない。俺が話をしている間もずっとルティナの方を見ている。


「止めておいた方がいいよ」


 ホフナーの方に意識を向けていたら、ふとルティナから声がかかった。言葉の意味はよく分からなかったが、たぶん余所見(よそみ)をしていないで会話に集中しろという意味だと思い、口を開き、


「あ、すみま――」

「――まぁ、ミーフェはどっちでもいいけど、ここの宿は気に入ってるから、わざわざ血なまぐさくする気は無いよ。どうしてもやりたいなら相手になってもいいけど」


 ルティナに謝ろうとしたところで、ホフナーも同時に言葉を返した。ホフナーは彼女に向けられた言葉だと考えたようだ。

 はて? どういう意味だろうか。ルティナが今言った言葉は『止めておいた方がいい』だ。何をだ? なんとなく、俺に向けての言葉だと俺は考えたので『(人と話をしているとき、余所見をするのを)止めておいた方がいい』だと考えたのだが……ん?

 えっと? ホフナーの言葉から考えるか。『どっちでもいい』って何をだ?『止めておいた方がいい』にかかるなら、ルティナが『止めておいた方が良い』と思った事をホフナーは『止めても止めなくても良い』と考えているということか?

 その上で、『血なまぐさくする気は無い』と来ている。そして最後は『どうしてもやりたいなら相手になってもいい』だ。多分『相手になる』と『血なまぐさくする』がセットだから……少し曲解になるが、いつもホフナーが口にする『ボコボコにする』が近い意味のような気がするが……駄目だ。よく分からない。『(何かを)止めても止めなくても良いけど、(ホフナーが)(おそらくルティナを)ボコボコにしてもしなくてもよい』みたいな感じか……?

 というかそもそもルティナは俺に話しかけたのか、それともホフナーに話しかけたのか、どっちなのか。それが気になり、彼女を見るが、ルティナは俺ではなくホフナーに視線を向けていた。俺じゃなかったのか……


「そんなに警戒しなくても、別に襲い掛かったりしないよ」


 そして少し呆れたような口調でルティナがホフナーに言葉を返した。『警戒』というのは分かる。ホフナーはさっきから妙にルティナを見ている。でも何で襲い掛かる……? 『ホフナーが、ルティナがホフナーにいきなり襲い掛かる人と考えている』とルティナは考えているのか?


「別に警戒してないけど? 自意識過剰なんじゃない?」


 じっとルティナのことを睨みながらもホフナーが答える。なんかホフナーとルティナの間で認識にズレがある気がする……修正、ないし情報の統合を図った方がいいのではないかと少し思ってしまうが、ここに割り込むのは勇気がいるので保留とする。


「……ユリアちゃんが我慢したのに私が我慢しないのも変かな。まあいいか。ところで、カイはこの後、何か用事とかある?」


 ん……? なんだ……? なんか変だな……ああ、なんか、いつもより怒ってない気がする。いつもはもっと、まるで怒る理由を探すかのようにぷりぷり何かに怒っているが、今日はそんなに怒ってないな。

 機嫌が良い……って感じではなさそうだけど。なんだろう? 今日のルティナは少し緊張しているような気がする。ユリアも緊張していたし、ホフナーもルティナが来てから緊張している。皆、緊張している……? なんだ? 俺が鈍いだけでなんかあるのか?


「いえ……そうですね、えっと、今日は少しやることもありますが……ああ、でも、どうしてもという程でもないです。ああ、いや? でも重要度は高いと言いますか……何かあるんですか?」


 特に予定は無いが、ホフナーに『午後の街巡りは付き合わない』と言ってしまっているので、ホフナーが目の前にいる状況下で『この後は暇です』とは答えにくい。


「重要なのか重要じゃないのかハッキリしなよ。もう、相変わらず、調子狂うな……ふぅ。カイっ! 探索者が適当に動かないっ! やることはしっかりやるっ! あと、ちゃんとした用事が無いなら一緒に大聖堂まで来てもらうからね!」


 うぉっ! 急に怒った! 


「……なるほど? ルティナさんがそう仰るということは、今日、何かが大聖堂で行われるんですか?」


 内心びっくりしつつも、できるだけ冷静にルティナに対応する。あわあわした態度でいるとまた怒られてしまうと思ったからだ。


「それは――、別に何もなくたっていいでしょっ! カイはどうせ今日も適当に過ごす気なんでしょ。それなら私とユリアちゃんと一緒に来るっ! 今日という今日は大事な事を叩き込んであげるんだからっ!」


 ルティナは俺の反応が気に食わなかったのか、顔を上気させ、一度言葉を詰まらせた後、矢継ぎ早に話し出した。

 ……どんどん怒り始めてきたぞ。さっきは、緊張してどうしたのかと気になったが、こうもエンジンをかけてぷりぷりされると、さっきまでの緊張した感じの方が良かったかもしれないとか思ってしまう。


「大事な事ですか。確かに探索者として先達であるルティナさんやユリアさんからのお話はとても大事な事ですから、是非お聞きしたいという気持ちはありますが……ちなみに大事な事というのは具体的にはどういったものになりそうですか? やはり遺跡関係のことでしょうか?」


 内心ひさびさのルティナラッシュにびくびくするが、なんとか適当な言葉を作り、落ち着く時間を稼ぐ。そしてホフナーの方を念のために確認する。

 ……ホフナーはまだルティナの方をじっと見ていた。これは、もう興味の対象がルティナに移ったから気にしなくて大丈夫かな? ああ、でも、ルティナに興味を示している中、ルティナと行動すれば再びホフナーの興味の対象になる可能性があるか……どうしたものか。


「えっと、ルティナさんが言いたいのは……つまり、その親睦会を開きたくて。本当はさっき話そうとしたんですけどミーフェちゃ、ミーフェさんが話しかけてきちゃったから――もちろん、別にミーフェさんが悪いわけではないですけど……! あ、あの、それで、もしよかったらフジガサキさんに大聖堂に来てほしくて。他のフェムトホープのメンバーも今、大聖堂に集まってて。皆、フジガサキさんに一度会いたいと思うんです。情報交換とかもしたいですし……あ、あの、予定があれば、全然、いいんですが……」


 俺が悩んでいると、おそるおそる言葉を選びながらユリアが声をかけてきた。

 彼女の優しく誠実そうな声音は、内心びくびくしてばかりの俺の心にゆっくりと染み込む。やはりユリアは優しくて助かる。話していて怖くないし驚かない。苛立ちに(まみ)れた残り二人とは大違いだ。まあ若干、ホフナーに思うところがあるようだが。

 さて、どうしよう。個人的にはユリアはとても良い人だし、彼女にはクリスクにいるときにお世話になったし、他にもフェムトホープの面々は皆良い人だった。できればご一緒したいが……チラリとホフナーを見る。まだルティナのことを見ている。よし……! ここは度胸だ! ルティナの方を見ているうちにこっそり受けてしまおう。


「ああ、なるほど……そういうことでしたら、ぜひご一緒したいです」


 若干声を小さくしてユリアの言葉に答える。ユリアは俺の答えを聞くと、緊張していた顔を安心するように緩めた。使命を果たした、そんなような表情だ。もしかして、俺が断ると思っていたのだろうか……? ああ、でも俺は内向的だし、近くには激怒しそうなホフナーがいたので、状況が違ったら断ったかもしれない。

 うん、ユリアはよく俺の事を分かっているな……


「それなら、さっそく行くよっ! 皆待ってるんだからっ! ほら、カイっ、一緒に来るっ!」


 小さな声はルティナにも届いていたのか、彼女は素早く俺に近寄ると手を握り、大通りへと引っ張っていく。強引だ……

 引きずられながら、後ろを見る。ユリアは申し訳なさそうに、ホフナーは少し不快そうに俺の方を見ていた。とりあえず、ホフナーの激怒は回避か。明日以降埋め合わせをする必要がでるかもしれないが、まあ最近はホフナーに対する理解度も上がってきたし何とかなるだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 大聖堂に何の用ダロウナ〜
[一言] ミーフェちゃんわからせ回避できたけど後でわからせられそう
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