二章31話 ミーフェを舐めるなよ?
斜め前を歩き先導するような形のホフナーに従い、街中を歩いていく。途中ホフナーから「あの店は美味しくなかった」とか「あの店は量が少ないのに高い」といった飯屋の評価を聞かされた。それに対して適当に相槌を打ちつつ、この街巡りの目標に関して質問をした。
つまり『相互理解』以外に何かやることはあるのか、という質問だ。それに対するホフナーの答えは『情報共有』であった。何でも同じパーティーになるのだから、リデッサスの街に関する情報を互いに出し合い今後のために一歩先を行こうということのようだ。
わりと真面目な回答が返ってきたので正直驚いたが、その直後ホフナーが出してきた情報は、俺を何とも言えない気分にさせた。曰く、
「ここの雑貨屋はごねると安くなるから、カイも買うときはしっかりイチャモン付けときな」
「この金物屋はミーフェの事を舐めてて安くしない」
「ここは魔道具屋は高いくせに質が悪くてミーフェの事完全に舐めてたらから、ちょっと前に希少品のパチモン勧めてきた店主を裏路地に連れ込んでボコボコにした」
とのことだった。参考になるような、参考にしたくないような、そんな話ばかりで構成されていて、正直困ってしまう。
また、街歩きをしていると、よく他の探索者に出くわした。彼らは皆ホフナーを見ると嫌そうな顔をして道を譲った。格が高そうなパーティーですら道を譲ったところを見るとホフナーの知名度――もちろん悪い意味でだが、知名度の高さが再確認された。
なお、これらに反応に対してホフナーは、そもそも探索者が道を譲ってくれたことに気付いていないのか、または当然と思っているためか特に発言はしなかった。
しかし、いくつかのパーティーや個人を見た時は自慢げな顔で俺の語りかけてきた。具体的に言うと次のような言葉を残した。
「さっきすれ違った四人組は雑魚のくせに前ギルドでミーフェに説教かましてきたから、遺跡の中でちょっとビビらせてやったら泣きながら謝ってきた」
「今ミーフェにビビッて目線外した連中はギルドで持ち上げられてる『なんとかの牙』っていうパーティー。まあ今見て分かったと思うけど、ギルドで持ち上げられてても雑魚に毛が生えたくらいだから、最強のミーフェを前にしたら道譲るから」
「今、ミーフェの道譲ったやつは、ソロB級でそこそこできるやつ。前はパーティーメンバー候補に考えてやったんだけど、まあ、何て言うとか、ガチのミーフェ見てビビっちゃって組めなくなったんだよね。ミーフェ強すぎるからこういう事よくあるって言うか。まあミーフェも遺跡を小便塗れにしたくないからパーティーには入れなかったけど」
といった風に、ホフナーが道を譲ってもらった事に気付いている場合であっても、道を譲ってくれたパーティーや個人に対して傲慢な態度を繰り返していた。
俺はそれらに対して適当に相槌を打ちながらホフナーを適当に褒め称えた。ホフナーばかりに情報を提供させるのも忍びなかったので、俺からも知っている範囲でリデッサスの情報を話した。
まあ、ホフナーの方がリデッサスでの経験は上のようで、あまり有益な情報は提供できなかったが、意外な事にホフナーは俺の程度が低い情報を馬鹿にするでもなく、熱心に聞いてくれた。やっぱり、いまいち分からない少女だ。
ホフナーと街を歩き店を見て回り情報を共有していくうちに、段々と時間は過ぎ、日は暮れ始めていった。時間的にもホフナーの雰囲気的にも、そろそろ解散といったところだ。解散の前にふと気になった事を思い出しホフナーに声をかけた。
「そういえば、ミーフェさんってどうして自分の宿を知っていたんですか?」
「あの宿に入っていくとこ見たから」
「……それはいつ頃ですか?」
「三日くらい前」
……ん? その辺りは確かリュドミラの事を意識しすぎていた時だな。
「そうですか……あれ、ミーフェさんって今はどちらの宿で過ごされているんですか?」
「ギルドから大通りを西に行って六本目の十字路を入ったところ」
……そこそこ遠いな。というか、ギルドとホフナーの宿とホフナーがよく行く二つの遺跡の経路上――つまりホフナーの活動範囲となりそうな所に俺の宿は無い。なんか変だ。
「ん……えっと、自分は変な時間に宿に出入りするんですけど、ミーフェさんはどうしてその時、アーホルン――あの宿の近くにいらっしゃったんですか? ギルドからは少し離れてますしミーフェさんの宿とも方向が違うような気がしますが……」
「さっきから何? まどろっこしいんだけど。怒ってんの? ちょっとつけただけでしょ」
怒ってはいない。ただ、やっぱり尾行してたかという感想を思い浮かんだだけだ。
おそらくギルドでの素材売却を見ていて、そこからこちらの行動を調べたりしていたのだろう。ちょっと不味いな。気付けなかった。三日前あたりは頭がリュドミラでいっぱいだったというのもあるが……いや、もしかしたらホフナーの尾行が上手かったのかもしれない。
とにかく条件が重なると俺は尾行されるし、場合によってはそれに俺は気付かないという事が分かった。ホフナーに悪意がなかったようなので良かったが、これが悪意ある強盗とかだったら危なかったな。
「いえいえ、怒ってません。少し不思議に感じてしまって。すみませんミーフェさん」
「ん。まあいいよ、今ミーフェ機嫌良いし、ミーフェ器デカいから」
ホフナーは手を軽く振り気にしていないといった仕草をした。
「はい、ありがとうございます……そろそろ日も暮れてきましたし、今日はここまででしょうか……?」
少し不安になりながらも解散を促す。まさか夜までぶっ通しで何かやろうと言ってはこないだろうな。
「ああ、本当だ。あれ? 一日ってこんなに……ん。まあいいや。今日の街巡りはこれで終わり」
よし!!
「はい。ありがとうございました!」
「ん、じゃあ、また」
俺は頷くホフナーと別れた。おお、ようやく終わった。なんかまた会う雰囲気みたいだけど、正直あんまり会いたくないな。いや、まあ、街巡りでは僅かにためになる知識もあったけれど、それでも少し面倒そうなので今後はご一緒するのは遠慮したいところだ。
ようやく終わったという解放感に浸りながら宿へと向かう。てくてくと後ろから何かが付いてくる音が聞こえた。少しおかしいと思いながらも気にせず歩き続け、解放感に浸る。てくてくと後ろから何かが付いてくる音が聞こえた。嫌な予感がしたので、少し足を速めた。とことこと早足で何かが近づいてくる音が聞こえた。後ろを振り向く。ホフナーが何食わぬ顔で付いてきた。
「…………あれ、ミーフェさん宿こちらでしたっけ?」
内心、逆方向だろと思いながらも疑問を口にする。
「うん」
…………?
いや…………? うん、じゃないんだが。
「なるほど……」
追及する言葉が出ず、そのまま歩みを進め宿に着いてしまった。当然ホフナーも付いてきた。チラリとホフナーを見る。ホフナーもこちらを見た。目と目が合う。
「ミーフェも今日からここに泊まるから」
相変わらずな勝気な表情でホフナーが言葉を発する。
「あ、えっと、あれ、その今までの宿の方は大丈夫ですか?」
「ん。あとで荷物は引き上げるから大丈夫」
……いや、大丈夫じゃないんだが。
「そうでしたか……しかし、なぜこちらの宿に? ギルドから近いですが、その分少し値が張るみたいですが」
「ミーフェ、一流だし稼いでるから、余裕。この程度の宿ならいくらでも泊まれるから」
『この程度の宿』って目の前に宿がある状態で使ってはいけない。
「――それに、カイが泊ってるんでしょ。同じパーティーだし同じところに泊まらないとね。毎朝ここまで迎えに来てあげるのも変だし。本当ならカイが私の泊ってる宿に移るところだけど、ミーフェ器デカいから、ミーフェの方が譲ってあげたんだよ」
「ああ、……なるほど? それは、どうも、あ! ありがとうございます」
思わず素で返してしまい、途中でホフナーが不機嫌そうな顔になったため仕方なく感謝のような言葉を返す。それに対してホフナーは満足したのか宿に入り一直線に受付へと向かう。部屋を予約する気だ。俺も宿の中に入り、受付に近くでぼんやりとそれを眺めていると悍ましい注文が聞こえてきた。
「カイ・フジガサキの隣の部屋か向かいの部屋で」
――やめて。
「そういうことはできません」
――えらい!受付!
「じゃあ近い部屋で」
――やめて。
「そういうことはできません」
――えらい!受付!
「じゃあ適当な部屋で」
俺が一流ホテルの一流の受付に感動していると、ホフナーがようやく諦めたのか、しぶしぶと言った風な声で部屋を確保した。なんとか最低限の安穏――最低限の安穏って言葉がそもそも安穏ではないのだが、まあ最低限の心理的空間の維持に胸をなでおろしていると、受付を終えたホフナーがこちらに近づいてきた。
「それじゃミーフェは三階だから」
それだけ言うと、ホフナーは宿の階段を上っていった。
今度こそ終わったと思い、大きな息が口から洩れた。
――中々疲れる一日であった。明日はゆっくりとしたいものだ。
※
なお、翌日。
朝起きて、宿を出ようとしたところ、受付でホフナーが待ち伏せしていた。
「おはよう。カイ。今日も街回るよ」
あれ? もしかしてこれって『パーティーメンバーになる』って言うまでずっと続くやつ……?




