二章30話 お酒が飲めない二人組
「先ほども言いましたが、特殊な技術ですので、まだ一緒には遺跡には行けないかと……ですので、今日はこの辺りで解散しようかな、と」
「昼飯は?」
……?
確かに、色々話をしたり、ギルドで時間を潰したこともあり、そろそろ昼飯の時間ではあるが……
「えっと? 自分は、ということですよね。まあ、その辺りで適当に食べることになるかと」
「ん。どこにする? ミーフェ結構良い店知ってるけど」
…………いや、それは、一緒に食べるということか? 少し嫌なんだけど。
「えっと……」
どうにか断れないかと、言葉を探す。しかし、それが見つかるよりも早くホフナーが口を開いた。
「カイはミーフェの事をもっと知りたいんでしょ。背中預けられるかどうかって。だから一緒に食べないと分かんないでしょ」
なるほど……そう言われるとそうなるな。うむ。
「確かに……それは、そう、ですね」
「ん。じゃあ行くよ」
ホフナーに連れて行かれ、ギルドから徒歩十分程度の店へと入った。
席に着くとホフナーはメニューを見ることも無く店員に矢継ぎ早に注文したため、俺も慌ててメニューを流し見して良さそうな物を頼んだ。料理が来るまでの間に、ホフナーからこの店の良さ――料理の味と値段そしてホフナーに対して敬意を持っている事に関して語ってもらった。
そして、料理が来るとホフナーは大仰に手を振って、俺に食事の許可を出した。以前にもこんな事あった気がするが……あれか、ホフナーは相席者が勝手に食事をする事が許せないタイプなのだろうか。どんなタイプだ……
料理の味に関しては比較的良い方だった。クリスクの平均くらいだろうか? そんな事を考えているとホフナーから言葉が投げ込まれた。
「カイってランクいくつ?」
ちょっと困る質問だ。
「ランクというと、ギルドの評価したやつですか?」
飲み物で喉を軽く湿らせてから言葉を返す。
「それ以外ないでしょ」
すっとぼけながら時間を稼がないかと思ったが一刀両断されてしまった。
さて、どうしよう。ソロB級てたぶん結構高いよな……ホフナーは俺の事を評価してくれているみたいだけど……うーん、誤魔化す手もあるけど、ギルドで確認されたり、あと何らかの弾みでバレた方が面倒そうだな。
ん! そういえば、パーティーランクの方がソロランクよりも取りやすいんだよな……よし。
「以前、別の遺跡街で探索をしていた時に、親切な方が……ミーフェさんのように、といってもミーフェさん程ではないと思いますが、実力ある方にパーティーに誘われて……それもありまして、ギルドからBランクを一時的に頂きました」
パーティーランクは結構複雑で、パーティーそのもののランクという意味の他にも、そのパーティーに属した経験のある者にも一時的に同じランクを『パーティーランク』と呼んで付与しているみたいだ。
なので、今の俺の言い方はパーティーランクっぽい言い方になるだろう。まあ、実際は別にユリアたちに誘われたけど、パーティーには入って無いし、ソロランクも格下げがあるかもしれないから一時的にと付けただけだが。実際、俺のソロランクBは『感覚』によるもので個人的には正規の手段で入手したものでないと考えているので、何かあった時に格下げはあり得る気がする。
嘘は吐いていない……!
「パーティーBランクか。ソロは?」
……そっか。いや結局ソロランク聞かれたら意味ないな……どうしよう。
「クリスクにいた時にDランク認定されて、それから、あまり依頼とかはこなせていないので……」
我ながら、咄嗟にしては良い言い方ができた気がする。
ランクが上がっていないとは言っていない……!
「まどろっこしいなー。つまりDランクなんでしょ。別に良いって。ミーフェは器がデガいし、ランクとかいちいち気にしないから。まあ、ミーフェはソロA級だけど」
ランク気にしてない設定なのに、なぜランクの話をしたのか。いや、まあ今オチで言った事――『ソロA級』であることを俺に伝えたかったのだろう。前も言ってたし。褒めてほしいポイントなんだろう。
ああでも、ギルドの評価からするとホフナーってソロB級っぽいんだけどな。うーん。いまいち分からないな、嘘で評価盛るならソロAAA級とかでもいいだろうけど……それだと逆に嘘っぽすぎるから、リアル感がありそうなソロA級止まりなんだろうか?
『俺口座に五千万円持ってるよ』なら、金持ちだなーって思うけど、『俺口座に五千兆円持ってるよ』って言われたら、流石に嘘だろって思うみたいな感じだろうか。
「ソロA級でしたか……! 流石はミーフェさん。やはりお強いのですね……!」
あれ、そう言えば午前中ホフナーと話をしている時に、俺はホフナーがソロA級だと知っているかのような発言をした気がする。ホフナーがそれを覚えていたら、今の俺の発言は『一周回って馬鹿にしている』みたいに聞こえないだろうか?
不味いかなと思い、ホフナーの顔色を窺うか、彼女は機嫌良さそうに鼻を鳴らしながら、フォークで突き刺した大きめに肉を口にしていた。嬉しそうに肉を頬張る姿は幼そうに見えることも相まって、彼女の厄介な性格を知らなければ可愛らしく見えないこともない。
どうでも良い事だけど、ホフナーって歳いくつだ? かなり幼く見えるけど……ん? ユリアとかスイより幼く見えるってことは、かなり年下だよな……流石にその年齢で危険な探索者をやってるとは考えにくいような。ああ、いや、身長が低くて童顔なだけか? 案外同い年くらいの可能性だってある。まあ、いっか。別にそこまでホフナーの歳に興味はないし。
「まあ、ミーフェはリデッサス最強だから。てか、ミーフェ、ミーフェより強い奴に会った事ないからミトラでもミーフェに勝てる奴はいないんじゃないかな? カイはもっとミーフェと組めること感謝した方がいいよ」
肉を一通り頬張り満足したのか、ホフナーが再び話しかけてきた。彼女の中で、彼女の評価がリデッサス最強からミトラ王国最強になりつつあるようだ。国家最強……国士無双ってやつか。揃えると三万二千点貰えるやつか、それとも煮られた走狗だろうか。
「ありがとうございます!」
「あと、まあミーフェ依頼とかあんまりやってないから、カイもミーフェと一緒に頑張れば一流になれるから、そこは心配しなくて良いよ」
ホフナーは少し気恥ずかしそうにしながらも、そんな事を言った。
……? ん? あれ、もしかして、今気遣ってくれたのかな?
あれか、俺が依頼とか受けれてないって言ったからか。ん? なんか、よく分からない少女だな。大物っぽかったり小物っぽかったり、器が大きかったり小さかったり、厄介だったり意外と善良そうだったり。最初会った時は無茶苦茶しょうもない少女だと思ったが、話をしていくと、よく分からなくなっていく。いや、まあたぶん普通に第一印象通り、本質的には厄介な面を抱えているのだろうけれど。
……そう言えば、午前中に話をしていて気になった事があったな。タイミング的にもちょうどいい気がするし聞いてみるか。
「依頼といえば、午前中ミーフェさんは『一流の探索者は、ギルドに媚びたりしない』と仰っていましたが、それはどういう事なのでしょうか? なんとなく、探索者の皆さんはギルドで依頼を受けているイメージがありますが……」
オレンジジュースを飲み終えたホフナーに質問を投げかける。
「依頼は、ギルドに媚びてる雑魚探索者が、しょぼい報酬欲しさにやることだから。ミーフェみたいな一流はやらないよ。ギルドの依頼は、ギルドがやって欲しくて出してるものでしょ。だから、どうしてもミーフェにやって欲しいなら、ギルドが土下座してお願いしますってしなきゃやらない。こっちから餌を欲しがる犬みたいに頼むものじゃないから」
「……なるほど」
なんだか特殊な美学があるようだ。いや、まあ分からなくもないが……需要と供給というか、ホフナーのようにある程度稼いでいるのならば、わざわざ依頼を受ける必要性は薄いのかもしれない。
「カイもミーフェと一緒に一流になるんだから、そこはちゃんと弁えてよ。同じパーティーメンバーのミーフェまで甘く見られるでしょ」
……パーティーにまだ入っていないのだが、ずっとゴリ押ししてくるな……ホフナーは実際に実力はあるみたいだし、俺じゃなくてもいいだろうに。
たぶんホフナーが求めているのは、ホフナーに寛容そうに見えてかつ『鼻が利く』とホフナーが定義したやつだ。おそらく探せば俺以外にもいるだろう。『鼻が利く』やつもホフナー曰く結構いるみたいだし。うーん、機嫌良さそうだし、ちょっとその辺り聞いてみるか。
「はい。気を付けます。ところで、話は変わりますが、今ミーフェさんのパーティーメンバーって何人くらいなんですか?」
どうせ零だろけど、話の都合的に呆けた振りして聞いておこう。
「今のところメンバーはミーフェとカイしかいないけど、『できる』やつがいたら増やすかも」
特に怒りや呆れといった感情も無く平然とホフナーが返す。ふむ。増やす『かも』か、うーん、『かも』か。現状満足してるのか……?
「『できる』やつって言いますと、具体的にはどんな感じになりそうですか?」
知りたいところだ。ホフナーの求める人材像が気になる。
もしかしたら、俺が考える理由以外に俺を求めていた理由が分かるかもしれないし、上手く聞き出せば、俺以外のいけに――じゃなかった、俺よりもホフナーのパーティーメンバーに相応しい人を見つけられるかもしれない。
それに、聞いているうちにホフナーという人が求めるパーティー像なども分かるかもしれない。知っておくと、最悪パーティーを組む事になった時に『どのように振る舞えば良いか』の練習になる。いや、勿論、ホフナーと組む気など無いけれど。
「使えるやつ」
答えになってないんだが……
「使えるというと……どういう風に使える感じでしょうか。戦闘とかできる感じでしょうか、それとも『鼻が利く』感じでしょうか」
話していて、このパーティーに必要なメンバーは『交渉能力が高いやつ』だと思った。俺もホフナーもあまり高くはないだろうから。でも、それを指摘したら、ホフナーのお怒りポイントに触れる気がするので、止めておこう。
「ミーフェが使えるって思ったやつ。あとミーフェの事ちゃんと分かってることも重要かな。対等な口利くやつとかは駄目」
難儀な条件が付与されてた。いや、まあホフナーらしいし、ある意味ホフナーのパーティーにいるためには必要な技能だけれど。
「なるほど……以前クリスクで見たパーティーの中には、上下関係が薄くて、パーティーメンバー同士が対等な関係というものもありましたが、ミーフェさんが考える理想の関係ではないということですね。あ、すみません、なにぶん経験が薄いものですから、分かっていないことが多くて。先ほどから、ミーフェさんのお手を煩わせてしまって、すみません」
何となくホフナーの考えるパーティー像に疑問を感じ口を出してしまったが、途中でホフナーが不機嫌そうな顔をしたので、慌てて方向を変える。
俺が話の方向を変えると、ホフナーは満更でもないという表情を作りながら、口を開いた。
「はぁー、ミーフェがリーダーだし、そもそもミーフェの方が強いんだから、ミーフェの言う事を何でも聞くのは当然でしょ。ミーフェが靴を舐めろって言ったら即座に土下座して靴舐めるくらいできないとダメだから。カイは結構分かってるみたいだから、そこは合格かな。あとは遺跡に潜って実際に使えたら正規のメンバーに入れてあげるよ」
……さっき俺がパーティーメンバー入りを拒否したのだが、なぜだか『ホフナーが採用を見送った』みたいな言い方になっている。いや、まあ俺にとって都合が良いから気にしないけど。
「なるほど。強いリーダーであるミーフェさんのご指示の下、メンバーが動くという形なんですね。ミーフェさんの強さとリーダーシップを強く活かしていくスタイルなんですね」
感想が無さすぎて『なんですね』って短期間で二回も使っちゃった……
「そう、そんな感じ。まあリデッサスは分かってない雑魚が多いから、カイ以外のメンバーは期待できないかな。ミーフェは、カイのこと結構高く評価してるから。ミーフェの期待裏切らないでよ」
少し……いや結構鋭い視線をホフナーは向けてきた。
居心地の悪さを感じる。飲み物を口に含み、答えを誤魔化しそれとなく話題を変え、ホフナーに対して明言を避けた。
とりあえず、分かったことは、やはりホフナーはだいぶ敬意に飢えているという事だ。そして今までのホフナーの周りとの関係性を見るにホフナーの欲求を満たすのは難しいようだ。
しかも、ホフナーの口ぶりからするに、俺は変に気に入られてしまったのかもしれない。ホフナーが厄介で少し危険そうに見えた故に慎重に事を運んだつもりだったが、かえって逆効果だったようだ。しかし、今になって急に態度を変えたらホフナーは怒り狂うだろうし、いまいち行動が読み切れないところも相まって、そのケースの危険性が予測できない。
長期的なリスクに関しては、最悪リデッサスを高飛びしてクリスクに戻れば良いが、短期的――瞬間的なリスクに関してはそうはいかない。目の前にいるホフナーがいきなりナイフを抜いて襲い掛かってきたら助からない。だからホフナーに対する態度は今から変えることはできない。
とりあえず適当に煽てておいて、危険な事への参加は拒否し続ける。ホフナーが途中で飽きれば完璧。そうならなくても、途中で俺が面倒になったら何も告げずにクリスクに高飛びする。ホフナーのせいで予定を狂わされるのは少し気分が悪いが、まあ良いだろう。
あ、でもさっき俺がクリスクから来たと言ってしまっていたな……クリスクに高飛びするのは危ないか? いや、俺がいきなり消えたら流石に諦めるだろう。クリスクまで連れ戻しにはこないはず。そこまで執着してはいないはずだし、もし仮にそこまでのものであったとしたら、どこに高飛びしても同じだろう。
それから俺はホフナーと適当に雑談したり、ホフナーを崇めたりして昼飯を終えた。
ちなみに、飯代はホフナーが出してくれた。なんでもパーティーリーダーの義務らしい。嫌だなと思って『まだパーティーメンバーではない』ことを理由に自分の分は自分で払うと申し出たが、ホフナーは受け入れず、だんだんと不機嫌になっていったので、仕方なく諦めた。なんか貸しを作ったみたいで嫌だ。
まあでも、これでようやく解散となると思っていたら、今度はホフナーが一緒に街を見て回ると言い出した。普通に断りたかったが、昼飯の時と同じ理由である『相互理解』を強く持ち出されてしまった。俺がそう言えば従うと思ってるだろ…………まあ、でも、飯代出してもらったし仕方が無いかと思い、ホフナーの街巡りに付き合うことにした。




